エピソード 1ー3 恋する乙女の包囲網
貧乳乙女なアカネに、寄せてあげるブラの知識を授けた翌日。俺はイヌミミ族の様子を確認するために、街を建築している現場を訪れていた。
より正確には、現場を指揮しているリアナのもとを訪れていた。
イヌミミ族の街は建築が始まってからまだ一年と経っていないし、それほど多くの人数をかけていないというのに、開発はずいぶんと進んでいる。
あと一年と掛けずに、街として最低限の体裁は整うだろう。
さすがはイヌミミ族。身体能力が優れているだけのことはある――と言いたいところだけど、その実態は指揮官がリアナだからという報告を得ている。
つまりは、リアナが作業員達から大人気で、良いところを見せようとみんなが頑張った結果、通常の5割増しくらいのペースで作業が進んでいるらしい。
リアナは素朴で可愛いからな。
だけど――と、現場に到着した俺は、指揮を執っているリアナの後ろ姿を眺めながら、なんかリアナの元気がなさそうだなと思った。
と言うか、リアナの歩く先に、積み上げたレンガが置かれている。気がついてないみたいだけど、大丈夫かな――と駆け寄ったら、目の前でリアナがそのレンガに蹴躓いた。
「ひゃうっ!?」
「――っと、間一髪だな」
慌ててその華奢な身体を抱き留める。
「あ、れ……? 私、なにが……」
「指揮を頑張るのは良いけど、足下がお留守じゃ危ないぞ?」
「……え? リ、リオン様!? わ、私、もしかして、あわわっ」
自分が俺の腕の中にいると気付いたリアナが紫の瞳を見開き、慌てて起き上がろうと、バタバタと慌てふためいた。
「こらこら、そんなに慌てたらまた転けるだろ」
俺はリアナの両脇をしっかりと支えて持ち上げ、地面の上にゆっくりと下ろした。
「はううう、あ、ありがとうございます」
青みがかった銀髪に縁取られた小顔が、真っ赤に染まっている。可愛いなぁと思って眺めていたのだけど……その顔が不意に曇った。
「……リアナ?」
「え、あ、えっと……なんでもないですよ?」
透き通るように透明な微笑み。綺麗か綺麗じゃないかと言われれば綺麗だけど、リアナの素朴な可愛らしさが損なわれている。
やっぱりなにかあると思ったんだけど「それで、リオン様はどうしたんですか?」と続きを促されてしまった。あまり、聞いて欲しくなさそうだ。
仕方ないので、今は引き下がり、本来の目的を果たすことにする。
「お祭りで種族間の関係が修復されたと言っても、しがらみがなくなったわけじゃないからな。リアナは大丈夫かなって、様子を見に来たんだ」
「……私の心配をしてくれたんですか? イヌミミ族と人間の関係、ではなく?」
「リアナが指揮してる限り、イヌミミ族と人間の関係が悪化するとは思ってないよ。でも、リアナは頑張りすぎて倒れることもありそうだからな」
作業速度が5割増しになっても、リアナの手間まで5割増しになるわけじゃない。とは言え、忙しさが増しているのは事実だろう。
「心配してくれてありがとうございます。でも……大丈夫ですから」
少しも大丈夫そうには見えないのに、大丈夫だと精一杯の微笑みを浮かべる。
リアナがなにか問題を抱えているのは明らかで、今すぐその手を取って、俺がなんとかするから大丈夫だって言ってやりたい。
だけど、俺はアリスとクレアねぇとソフィアを選び、もうすぐその三人と結婚する。そんな俺が優しくしたら、逆にリアナを悲しませてしまう。
だから――
「……そうか、それなら良いんだ」
俺は納得したフリをした。もちろん、リアナが心配なのは事実なので、あとでティナかクレアねぇ辺りに、それとなくお願いするつもりだ。
という訳で、俺は作業員に目を向けながら、本来の目的である、イヌミミ族の様子や、作業の進捗の確認をする。他の現場では、価値観の違いから諍いが起きたりもしたわけだけど……さすがに、リアナが指揮する現場では上手く回ってる。
力の強いイヌミミ族が肉体労働を主体にこなし、人間は細々とした作業をこなす。そうして作業を分担して、お互いにフォローしているようだ。
「みんな上手く協力し合ってるみたいだな」
「実は、人間とイヌミミ族を混ぜたグループを複数作ったんです」
「おぉ、なるほど。それで成績優秀なグループには、報酬アップとかしてるんだな」
「いえ、その……報酬はアップしてません。あまり煽りすぎると、グループ同士での対立が起こると思ったので」
「ふむ……なるほど?」
たしかに、そうなる可能性はあると思う。他にも、グループ内に要領の悪い者がいたら、種族関係なく蔑まれたりとか、そういった問題も発生するだろう。
でも、報酬をアップしなければ、グループにする効果は弱いと思うんだけどな……
なんて思っていたのが伝わったのだろう。リアナが少しだけ困った顔で、
「その、成績優秀なグループだと、私に評価してもらえるのが嬉しいらしく……」
「あぁ……なるほど」
リアナは学園でも教師として大人気で、今は現場指揮官として大人気。その人気を遺憾なく発揮しているわけか……と、俺はあらためてリアナを見る。
二房だけ長い青みがかった髪に、澄んだ紫色の瞳。俺より二つ年上なんだけど、どこか可愛らしさも兼ね揃えている。
制服を身に纏うリアナは、一緒にいたいと思わせるような魅力がある。それにスタイルだって申し分ないし……うん、モテるのは分かるなぁ。
「あ、あの、リオン様? そんなにじっと見られると、恥ずかしいです」
「す、すまん」
慌ててそっぽを向く。そんな俺の横で、「いえ、リオン様なら、その……いくらでも見てくださってかまいません。と言うか、リオン様に見て欲しいです」
可愛い声が聞こえてきて、萌え死にしそうになった。
いかん、落ち着け俺。冷静になって話を戻そう。
「まあ、リアナの人気はほかの者に真似できないかもだけど、グループに分けるのは良い案だな。報酬を調整して、他のところでも採用させよう」
「……そうですね。それが良いと思います」
「この調子なら、農地の開墾も順調そうだな?」
「ええ、もちろんですよ。みんな頑張ってくれているので。次の収穫期には自給自足をした上で、食料の出荷が可能になると思います」
「そうか、それは良かった」
リアナの元気がないのは心配だけど、イヌミミ族と人間の関係。それに、街の開発や農地の開墾が順調なのは喜ばしいと安堵する。
「……一つだけ聞いても良いですか?」
「え、うん。もちろん良いけど?」
リアナから質問なんて珍しいなと、俺は少し意外に思いながら聞き返す。
「聞きたいのは農地のことです。今はどこの領地も農業革命で自給率が上がってますよね。いざというときは融通し合えるはずなのに、どうして農地をここまで増やすんですか?」
「あぁ、そのことか」
農業革命により、食料の供給は増えているので、交易をするうま味は少ない。
それに、離れた地にあるグランプ侯爵領や、レリック子爵領。そのほか、多くの貴族と友好的な付き合いがあるいま、自給自足にこだわる必要はない。
だけど、イヌミミ族も人間も、つい最近までは貧困に喘いでいた。
たとえ不作の年でも、自給自足を保てるだけの食料を確保するのは、みなの不安を振り払うのに必要だと思っている。それが理由だよ――と、俺はリアナに伝えた。
「……やっぱり、リオン様はちゃんと私達のことを見てくれているんですね。そんなリオン様だから、私は……」
後半は声が小さくて聞き取れなかった。
「……リアナ?」
「いえ、なんでもありません。――リオン様、覚悟しておいてくださいね!」
「……え? なにを?」
「なんでもありません、よーだっ」
マジで意味がわからないんだが……リアナが元気になったからよしとしておこう。などと、このときの俺は暢気に思っていた。
いや……まあ、後から考えても、どうしようもなかったんだけど、な。
その後、作業現場を一通り見て回った俺は、屋敷に戻って休憩――しようとしたところで、クレアねぇに呼び出された。
最近なにかと誘惑してくるクレアねぇ。今日もそっち系の用事かなと警戒していたんだけど、呼び出されたのが足湯のあるほうの執務室だったので迷わず向かった。
「お待たせ、クレアねぇ」
ノックをして執務室に入ると、生足を足湯に浸すクレアねぇがうたた寝をしていた。
テーブルの上に突っ伏して、両腕と豊かな胸をクッション代わりにしている。前も思ったけど……苦しくないんだろうか?
いや、それよりも……温めのお湯に浸かり、ほんのりと色づいている生足が艶めかしい。
普段は良くドレスを身につけているクレアねぇだけど、今日は足湯に浸かって作業をするためか、洋風な服装でミニスカートをはいている。
――実に眼福である。
「……寝ている女の子の足をガン見するのは普通に問題よ? 弟くんは責任取って、ちゃんと襲わなきゃダメなのよ?」
「いや、そんなさらっと言われても……襲いませんよ?」
と言うか、起きてたのかよ。まさか、足湯で寝たふりをして俺を誘惑するなんて、なんて恐ろしいトラップを仕掛けるんだ。危うく引っかかるところだった。
……いやまぁ、冗談だけど。
「それより、なんか俺に用事があるって聞いたけど?」
「あぁ、うん。実はザッカニア帝国から書状が来たのよ」
「書状? なにが書かれていたんだ?」
「――それはわたくしが説明いたします!」
「うわぁ、びっくりした」
いきなり背後からオリヴィアの声が上がり、俺はビクッとして振り返った。そこには、パフェを片手にたたずむオリヴィアの姿が。
「……またパフェを食べてるのか。いいかげんにしないと、マジで太るぞ?」
「ふふん、ご心配には及びませんよ、リオンお兄様」
「……一応聞いてやるけど、なんでだ?」
ダメっぽい答えしか想像できないけど、ここで過ちを正しておかないと、オリヴィアが本当に身体を壊してしまうと心配する。
「お兄様は言いましたよね。パフェで過剰摂取したカロリーを運動で消費しないと太る、と」
「たしかに言ったな」
「ですから、一つ食べるごとに、三時間の散歩をするようにしているんです!」
「…………………………あぁ」
オリヴィアには以前、軽く食べ物のカロリーや、運動によるカロリー消費を説明した。
若干カロリーが低めのパフェ。低く見積もって300kcal。一時間ほど散歩をすれば、消費するカロリーは100kcalくらい。
三時間歩き回れば消費する計算で、オリヴィアの計算は正しいように思える。
しかし――だ。運動と名がつかずとも、なんらかの作業をしていれば、人は少なくとも50kcal程度は消費する。
つまりは、散歩で余分に消費するのは50kcalほど。パフェで余剰に摂取したカロリーを消費するには、少なくとも6時間は散歩をおこなう必要がある。
要するに――
「その計算、間違ってるから。そのままじゃ太るぞ?」
「……え?」
「だから――」
運動で消費したカロリー消費から、普段消費するカロリーを引かないと、計算がおかしくなる旨を説明した。そして、それを聞き終えたオリヴィアは、がっくりと項垂れた。
「……と言うか、なんだかんだと食べ続けてるよな。太ってきたりしてないか?」
「えっと……そう言えば最近、胸やお尻が大きくなってきたような」
「おぉう……」
食べたら、食べた分だけ胸やお尻にお肉が行くタイプだった。アカネはもちろん、体型に気を遣っている女の子を敵に回すやつだ。
「うぅ……リオンお兄さまぁ~、たくさんのカロリーを楽に消費する方法を教えてください」
「そんなものあるはずないだろ……」
いや、外的要因で脂肪を燃焼させて痩せる……みたいなあれこれも地球にはあったみたいだけど、この世界にそんなものはない。
「そんなにカロリーを消費したいなら、弟くんにエッチなことをしてもらえば良いのよ」
「――ふぁっ!?」
今まで黙っていたクレアねぇのとんでも発言に、俺は思わず変な声を出してしまった。
「エッチなこと……ですか?」
「カロリーってようするに、激しい運動をすれば多く消費するんでしょ? だからつまり、自分にとって楽しくて、激しい運動をすれば良いのよ」
「なるほどです!」
「なるほどじゃねぇですよ!?」
思わず変な口調になってしまう。それくらい驚いた。
子供の頃のクレアねぇは、俺が実姉や前世の妹にも手を出すように、倫理観を破壊するという名目で、義理の姉妹に手を出させようとしていた。けど、俺がクレアねぇ達三人と結婚すると決まったいま、そんなことをする意味はないはずなのに……どういうつもりだとクレアねぇを軽く睨むと、穏やかに微笑み返されてしまった。
そんな可愛い顔をしたって誤魔化されないからな?
「リオンお兄様、リオンお兄様」
オリヴィアが、俺に詰め寄ってきた。その目がキラキラしているのが……なんだか非常に嫌な予感がする。
「ええっと……聞きたくないけど、聞かないと勝手に物事が進んで大変なことになりそうだから聞くけど……なんだ?」
「そのエッチで消費するカロリーって、どれくらいなんですか?」
「……やっぱりその話かよ」
言っておくけど、俺はしないからな――と言うセリフは寸前で飲み込んだ。だって、俺にしてもらえば良いというのは、クレアねぇのセリフ。
オリヴィア自身はカロリー消費を聞いてきただけで、俺云々という話はしていない。それなのに、自分から言い出すのは絶対、クレアねぇに突っ込まれると思ったからだ。
まあ、俺から言い出さなかったとしても、なんだかんだと突っ込まれる気がするのだけど。どのみち突っ込まれるのなら、せめて真面目に振る舞おう。
「そうだな……雑学程度に聞いた話だから正確と言えるかは微妙だけど……受身な感じで、一時間で300kcalくらい。積極的なら一時間で400kcalくらいだったと思う」
「400kcalって、パフェ一つ分じゃないですか!」
「まあ……そうだな」
って言うか、パフェ一つ分のカロリー消費に、エッチ一回という計算は愛がないというか、なんと言うか……なんかヤダ。
「ねぇ弟くん、積極的なのが激しい運動になるっていうのは分かるんだけど……受身な感じだと、運動にならないんじゃないの?」
「いや、ドキドキして心臓が激しく鼓動するとかでカロリー消費をするらしいぞ」
ほかにも、気をやった回数が多いほど、カロリー消費が増えるという話も聞いたことがある。筋肉が勝手に動いたりするときに消費するということなんだろう、たぶん。
「へぇ、そうなんだ。ならあたしは、弟くんと一緒にいるだけでダイエットできるわけね」
「……お、おう」
俺と一緒にいるだけでドキドキするといいたいらしい。無邪気な感じで言う辺りが可愛くて、なんと言うか……あざとい。
それはともかく、だ。オリヴィアがなにかを考えているように見える。その考えがまとまるのを待つのは危険な気がするので、俺は少々強引にでも、話を元に戻すことにした。
「それより、オリヴィア。ザッカニア帝国から書状が届いたとか聞いたけど?」
「あ、そうでした。リオンお兄様にご相談があるそうです」
「グラニス皇帝が、俺に相談……? いったいどういう内容だ?」
「実はポンプが上手く稼働しないそうです」
「……ポンプが? 詳しく教えてくれるか?」
グランシェス領で作る各種道具はどんどん進化して、今ではかなりの完成度を誇っている。
最初から技術を吸収していったリゼルヘイムの各地ならともかく、技術の遅れているザッカニア帝国が上手く再現できないというのは理解できる。
だけど、それは俺も想定済み。最初に設置するポンプは、ミューレの街から輸出した製品だから、設置するだけで上手く使えるはずだった。
「色々と調べた結果、使える井戸と、使えない井戸があるようです」
「うん? 使えるポンプと使えないポンプじゃなくて、使える井戸と使えない井戸?」
「ええ、そうみたいです。どうも、苦労して掘った井戸ほど、使えない可能性が高いようで、ほとほと困っているみたいです」
「……苦労して掘った井戸ほど? あぁ……もしかして」
「――原因が分かるのですか!?」
オリヴィアが喰い気味に詰め寄ってきた。どうやら、かなり困っているらしい。
考えてみたら、技術の提供は、リゼルヘイム王国とザッカニア帝国の友好の証。その技術が上手く機能していないというのは、だいぶ問題だよな。
「たぶんだけど、苦労して掘った井戸って、大半は深い井戸だろ? あのポンプは、およそ7メートルくらいまでしか汲み上げられないんだ」
ちなみに、大気圧の関係だ。逆に言うと、この世界の気圧がおよそ一気圧であるという補強材料になったりもするのだけど、まぁそれはともかく。
どうやら、その辺りの説明が上手く伝わっていなかったらしい。
「深い井戸……ですか。至急、お父様に確認の書状を送ります」
「ああ、そうしてくれ。あと、こっちで対策も考えておく」
「対策まで……可能なのですか?」
「まぁ、リゼルヘイムでもそういう場所はあるからな」
なお、そういった場所では、滑車とかつるべ式を使っている。
ただ、元の世界には水面にポンプを沈めて押し上げる方式や、水面から7メートルまで水を汲み上げて、そこから別のポンプでもう一度汲み上げるなんて方式もある。
それらを開発しても良いんだけどだけど、どうせなら――
「他の問題も纏めておいてくれ。時間があるときに、俺が説明に行くよ」
「リオンお兄様が、ですか?」
「ああ、ついでにお披露目したい技術があるからな」
リゼルヘイムの平和を維持するためには、ザッカニア帝国との関係の維持は必須だ。俺達の幸せな未来のために、俺はもう一度ザッカニア帝国に足を運ぶ決意をした。
無自覚吸血姫の二章は、24日に開始予定です。……たぶん!
改めてtwitterで告知すると思います。






