エピソード 1ー1 挙式の準備
アリス達と結婚式を挙げる。その準備として、俺はまずクレアねぇとソフィアを、足湯のある会議室へと呼びつけた――のだが、なぜか二人は俺の両隣でスカートの裾をまくり上げて、足湯に素足を浸している。二人の真っ白な太ももがまぶしい。
思わず手を伸ばしそうになって――慌てて引っ込めた。
「それで弟くん、あたし達に相談ってなぁに?」
「ソフィアは、リオンお兄ちゃんのお願いならなんでも言うこと聞いちゃうよ?」
クレアねぇとソフィアが、俺の腕を自分の胸に抱き寄せる。両腕が豊かな胸の谷間に挟まれ、俺は思わずムラムラと……って、落ち着け。
アリスが妊娠してからご無沙汰だから、気をつけないと不味いな。
「コホン。二人を呼んだのは他でもない。結婚式を挙げようと思って」
「あら、ついにアリスと結婚式を挙げるのね。おめでとう」
心を読めるソフィアは目を見開いたのだけれど、クレアねぇは俺とアリスが二人で式を挙げると誤解したみたいだ。
実際、子供の件ではアリスを優先してたから、そう思われても仕方ないな。
「結婚式は、俺とアリスとクレアねぇとソフィアの四人で挙げるつもりだ」
「……え? あたし達も一緒で良いの?」
「うん。俺はそうしたいって思ってる。アリスもそれが良いって言ってくれた」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ」
顔を赤らめて、クレアねぇは所在なさげに髪の毛を弄り始める。普段は大人ぶっているくせに、こういう不意打ちに弱いのは相変わらずみたいだな。
「クレアねぇ」
俺は身体をひねって、クレアねぇを正面に捕らえた。プラチナブロンドに縁取られた顔に納められた緑の瞳が、心なしか揺れている。
「な、なにかしら?」
「俺が離れに閉じ込められていた頃、最初に出会った女の子はクレアねぇだった」
離れの少し外で泣いていた。初めて目にする年の近い女の子、クレアねぇを見て、俺は凄く可愛いと思った。その後、すぐに実の姉だって気がついて、その感情は一度は抑えてしまったけれど……クレアねぇは今も昔も、ずっと大切な女の子だ。
「あらためて言うよ。クレアねぇ、俺と結婚してくれ」
「し、仕方ないわね。弟くんがそこまで言うなら、結婚してあげるわよ」
「……なんでいまさらツンデレになるんだよ」
婚約をしているとは言え、色々待たせてしまったからとあらためてプロポーズしたら、なぜかツンデレで返された。可愛いから良いけど、なんて苦笑い。
俺はよろしくなと、クレアねぇを軽く抱きしめた。そうして、今度はソフィアに向き直る。
「ソフィア」
「……うん」
もう、俺がなにを言うか分かっているはずだ。けれど、直接口にして欲しいのだろう。ソフィアは紅い瞳を潤ませ、俺をまっすぐに見上げている。
「婚約者として出会ったとき、ソフィアなら良いと思ったんだ」
俺は政略結婚の道具とされる運命から逃れようとしていた。けど、ソフィアが相手なら、きっと良い関係を築ける。ソフィアが相手なら、逃げなくても良いと思った。
初めて会って、そう思えるような相手だった。
その後、ソフィアの父が俺の家族を殺したりと色々あって婚約は解消したけど……それでも、ソフィアはずっと俺だけを思い続けてくれた。
「ソフィア、俺と結婚してくれ」
「うん、もちろんだよ。リオンお兄ちゃん、大好き!」
ソフィアがぎゅうっと、俺の腕を自分の胸に抱き寄せる。さっきよりもずっと強くて、腕にソフィアの豊かな胸の感触が。……ここ数年でまた大きくなったなぁ。
「えへへ、良いんだよ?」
「え、良いって……なにが?」
「ソフィアの身も心もこの胸も、全部、ぜぇんぶリオンお兄ちゃんのものだから、好きに揉みしだいても良いんだよ」
「――ぶっ!?」
想像以上に直球で、俺は思わず咳き込みそうになった。
「そうよねぇ。弟くんは、アリスが妊娠するまでは――って、あたし達に手を出さなかったんだものね。アリスが妊娠したんだから、これからはあたし達にも手を出してくれないとね」
「な、なんでそれを……って、そうか」
アリス経由でも筒抜けだろうし、ソフィアなら恩恵で俺の心はお見通し。そうでなくても、クレアねぇなら俺の考えはお見通しだろう。
「ねぇ、リオンお兄ちゃん……」
「ねぇ、弟くん……」
二人が濡れた瞳で俺を見上げてくる。どこか物欲しそうな瞳。最近ご無沙汰な俺の本能を揺さぶられる。揺さぶられるのだけど……俺は唇を噛んだ。
「いや、あのな、二人とも。俺も本音を言えば、二人には今すぐ手を出したい」
クレアねぇやソフィアとも婚約している。アリスとはまた違ったタイプの美少女だし、男としてなんとも思わない、なんてありえない。
むしろ、本能的にも手を出したい状況、だけど――
「アリスが妊娠してるときに他の女の子を抱くって、男として最低だと思わないか……?」
浮気云々は当てはまらないとしても、アリスが妊娠している時期に、クレアねぇやソフィアを抱くというのは、アリスはもちろん、二人に対しても失礼だと思うのだ。
だと言うのに――
「最低って、どうして?」
「アリスお姉ちゃんが出来ないあいだ、ソフィア達が代わりをするのは普通だよね?」
「そうよね、普通よね?」
クレアねぇとソフィアは、意味が分からないとばかりに小首をかしげている。
「これだから異世界はっ!」
思わず突っ込みを入れると、声を揃えて「「いまさら?」」と突っ込まれた。
「あのね、弟くんの考えは理解できるわよ? 奥さんの妊娠中に、他の女の子と浮気するのが良くないって言うのは、その通りだと思う」
「だろ? だから――」
手を出すのはよくないはずだと俺が口にするより早く、クレアねぇは首を横に振った。
「それは、浮気の話よ。弟くんはあたし達三人と婚約してる。三人ともが出来るときだけ、三人で交代して、誰かが一人でも出来ないときは誰ともしないって……おかしいでしょ?」
「……むむむ」
たしかに、三人共に手を出すの前提なら、アリスが妊娠している今、他の二人に積極的に手を出すのが正解のように思える。思えるんだけど……相手はクレアねぇだからなぁ。なんか、良いように誘導されてる気がしないでもない。
「と、取り敢えず、しばらく考えさせてくれ!」
俺自身も今は冷静じゃないというか、ムラムラしているというか。ここで手を出すと、色々な意味で大変なことになりそうだと踏みとどまった。
せめて、アリスにそれとなく確認してからだ。
「アリスお姉ちゃんなら、絶対賛成してくれてるけど……」
「ぐぎぎ。自分の耳で聞くまでは認めないっ」
ソフィアに心を読まれた俺は、理性を総動員して踏みとどまった。
いや、違うんだ。なんかこう……ここまで我慢してきたのに、最後の最後で流されてって言うのが嫌なのだ。どうせ、一度いたしたら流されるに決まってる。
だから、最初くらいは……な。
とまぁ、そんな風に説得したら、二人は納得してくれた。なんだかんだと言って、二人も最初はこういうシチュエーションで――って夢があるようだ。
それはともかく、四人で結婚式を挙げることが決定。その時期と手配をするために、俺はクレアねぇの執務室で作業をしているティナのもとを訪れた。
「ティナ、いま少し良いかな?」
「少し待ってくださいね」
ティナは断りを一つ。隣でお手伝いをしていた女の子に視線を向けた。
「作業は少し中断するわ。私とリオン様に紅茶と、私が作ったクッキーを持ってきて。その後は話が終わるまで休憩していてかまわないわ」
「分かりました、ティナさん」
女の子は一礼して、執務室から出て行った。
「ごめん、忙しかったか?」
「いいえ、リオン様なら、いつでも大丈夫です。お話を伺いますから、席に座ってください」
ティナに進められ、俺はティナの向かいのソファに座った。
「それで、お話というのはなんですか?」
「実は……アリス達と結婚式を挙げてないことを思い出してな。アリスとクレアねぇとソフィア。三人と同時に結婚式を挙げようと思って、それらの手配をして欲しい……ティナ?」
セリフの途中で、ティナが相づちを打っていないことに気付いてその顔を見る。その一瞬だけ、ティナが泣いているように見えた。
だけどその顔を見直すと、綺麗な微笑みが浮かんでいた。
「ついに、結婚式を挙げるんですね。おめでとうございます」
「ありがとう、ティナには色々と世話になったな」
「ふふっ、私もお湯を被った甲斐がありました」
「あのときのことか……」
クレアねぇが王都に連れて行かれたと嘘をつくのに、温泉のお湯を被ってずっと雨に濡れていたように見せかけた。
クレアねぇのためにしたことだから、恨んだりはしていないんだけど……女の子って恐いなぁと思った一件ではある。
「……ほんと、ティナは演技派だよな」
「そうですね。女の子はみんな演技が上手なんですよ。例えば……悲しいときでも、笑顔を浮かべて見せたり、とかね」
「……ティナ?」
「なんでもありません。結婚式の準備なら、私に任せてください。結婚式の会場も、皆さんへの招待状も、私が全て手配して見せます」
「待て待て、ちょっと待て」
自然な感じで引き受けてくれる。普通じゃないはずなのに、どう見ても普通にしか見えない。そんなティナの様子に、俺は言いようのない危うさを感じた。
「ティナ、辛いのなら他の人に頼むから」
俺は、ティナが想いを寄せてくれていることを知っている。だけど、俺が選んだのはアリス達三人だけ。ティナは選ばなかった。
それでもティナは、その思いを抱いたまま、グランシェス家に仕えることを選んだ。
だから、クレアねぇの右腕として、グランシェス領を管理するティナに頼んだのだけど、さすがに気を遣うべきだったのかもしれない。
そう思ったのだけれど――
「いいえ、どうか私に準備をさせてください」
「……良いのか?」
「すみません、ちょっと弱音を吐いちゃいました。クレア様の晴れ舞台の準備、ぜひ私に手配させてください」
ティナの顔に、さきほどの憂いは残っていなかった。
申し訳ないという気持ちもあるけど……これからもいまの関係を続けるには、乗り越えなくてはいけないことだろうと、俺もティナの申し出を受け入れる。
「それじゃ……ティナに頼むな?」
「ええ、お任せください。という訳で、どういう式が良いですか?」
「どういう式と言われても……こっちの世界の様式は知らないんだよなぁ」
「婚約のときと同じような感じです。ただ、グランシェス家のご当主様の結婚式ともなれば、それなりに技術を見せ付けたりするのが良いと思います」
「あぁ……なるほど」
クレアねぇとの結婚式と考えれば、確実にノエル姫殿下が参加する。それにクレインさんや、フルフラット侯爵、トレバーなんかは出席してくれるだろう。
そうすると、他のミューレ学園に関わりがあるような貴族も呼ぶ必要が出てくるので、それなりに派手な結婚式にする必要がある、と。
「そういうことなら、なにか新しい技術をお披露目するよ。ちょうど一つ、実用段階になりそうなのがあるから」
「また……なにか革命を起こすんですか? 経済に影響を及ぼすような場合は、事前に教えてくださいね?」
「そうだな、経済には影響を及ぼすと思うから、後で詳しく話すよ」
「……本当に、相変わらずですね」
なんか、困ったような顔をされてしまった。
「なら、その件は後で話し合うとして、他にはなにかありますか?」
「うん。実は、子供が生まれてきたときの環境を整えようと思って」
「えっと……それは、どういう?」
「医療研究に必要な設備の充実は、紋様魔術の研究をしてからだから、取り敢えずは子供達が安全に暮らせるお屋敷の建築かな」
俺がそう言うと、ティナは不思議そうに首を傾げた。
「お屋敷を新しく建てるんですか? このお屋敷も十分新しいと思うんですけど」
「この屋敷には色んな人が出入りして騒がしいからな。新しい技術を取り込むついでに、家族でのんびり過ごせるお屋敷を作ろうかなって」
「……そうですか。分かりました。そういうことなら手配します」
「ありがとう、よろしく頼む」
アリスと達との幸せな生活を送るために、俺は全力を尽くすと決断した。






