エピソード 4ー5 犯人は、この中にしかいないっ!
誕生祭二日目の夜。お屋敷にある足湯円卓会議室には、グランシェス家を――いや、リゼルヘイムを支える女の子達が集合している。
服飾や紋様魔術を得意とするアリスに、料理や近接格闘に特化したソフィア。それに領地経営に特化したクレアねぇに、補佐として能力の高いティナやミシェル。
それにこの国のお姫様であり、精霊魔術の使い手でもあり、更には人気のメイドでもあるリズに、ザッカニア帝国のお姫様であり、黒魔術の得意なオリヴィア。
白魔術の使い手で、聖女とも噂されるヴィオラに、学生の憧れの的であるリアナに、お世話係でありメイド筆頭でもあるミリィ母さん。
俺の親衛隊の隊長であるエルザに、イヌミミ族最強の戦士であり、族長でもあるアオイ。それに、グランプ侯爵の娘であるマヤちゃん。
そして最後は、このミューレの街で一番の商会を取り仕切るアカネ。
彼女たちが力を合わせれば、国の一つや二つは思いのままだろう。
それほどのメンバーが、この足湯円卓会議場に集合している。その理由はもちろん、シロちゃんが虐められている問題を取り除き、犯人達に罰を与えるためだ。
「さて、集まってもらったのはほかでもない、シロちゃんの件だ。既に知っている者もいると思うけど、シロちゃんが虐められている原因が分かった」
俺の宣言に、犯人は誰だと息巻く女の子達と、気まずそうにそっぽを向く女の子達。前者は事件の真相を知らない者で、後者は真相に気付いた――あるいは最初から知っていた者達だ。
ちなみに、事前にアオイに確認を取ったところ、イヌミミ族がシロちゃんを虐めている理由も、人間がシロちゃんを虐めている理由と同じであることを確認済みだ。
という訳で、俺は手のひらを広げて、ズバッと円卓会議にいる者達に突きつけた。
「――犯人は、この中にしかいないっ!」
「「「……え、どういうこと?」」」
真相に気づいていない者達が、それぞれ自分の口調でそんな言葉をのたまった。ちなみに、真相に気づいている者達は、非常に気まずそうに身じろぎをしている。
まあようするに……そういうことだ。
「今回シロちゃんが虐められているのは、シロちゃんが特別扱いされているから。いわゆる嫉妬だ。まずは……アリス」
「ふえっ!? 私っ!?」
気づいていなかった筆頭、アリスが名前を呼ばれて取り乱す。そんなアリスに向かって、俺は淡々と調べた事実を口にする。
「アリスはこのあいだ、ミューレ学園の実技室で、シロちゃんに紋様魔術の個人授業をしてただろ? 更にいうと服飾まで」
「ふえ? それは……うん。シロちゃんに頼まれたから、放課後に教えたけど……?」
「教えたけど、じゃねぇよ」
アリスは今年から、紋様魔術の授業を担当している。だから、放課後に特別授業をすることは別にかまわない。それがシロちゃんだけでなければ、だけどな。
「ええっと……もしかして、シロちゃんだけに教えたのがダメって言いたいの? でも別に、私はシロちゃんに限定したつもりはないよ? ほかに誰も名乗り出なかっただけで……」
「まぁそうなんだろうけどな」
俺の婚約者であり、アリスブランドの創設者。更にはハイエルフである彼女に、授業を受け持ってもらえるだけでも恐れ多いという状況。放課後に特別授業など頼める者はいない。
更にいえば、服飾の授業は卒業生が教師をしていて、アリスは担当じゃない。それなのに、いつ、どうやって頼むのか? という話である。
にもかかわらず、シロちゃんは平民の子供なのに、アリス達の寵愛を受けている。それが周囲の子供達にとって、嫉妬の原因となっているのだ。
「で、でもでも、それだけで、他の子達が嫉妬して、シロちゃんを虐めたっていうの?」
「いやまぁ……アリスだけなら、問題はなかったのかもしれないけどな」
「え、それって、もしかして……」
アリスが周囲を見回すと、一斉に他の子達がそっぽを向いた。ここに来て、ほかのみんなも、原因を理解したのだろう。
という訳で、俺は次の相手として、ソフィアに視線を向けた。
「ソフィアも、実習室で格闘訓練や、料理の特訓をしてたな?」
「うん。ごめんね、リオンお兄ちゃん」
「いや……責めてる訳じゃないぞ。俺だって人のことは言えないからな」
俺は学園の見学をして、不審者扱いされて撤退した。だから学園でシロちゃんを優遇するところは目撃されていないが……俺がシロちゃんを可愛がっているのは有名な話らしい。
「ただ……ソフィアは恩恵があるから、周囲の子供が嫉妬してるのは分かってただろ? なんで、一緒に教えてあげなかったんだ?」
「最初は教えてあげようと思ったんだよ? でも、ソフィアが近づいたら逃げていっちゃって。教えて欲しいって言うことも出来ないなら、別に良いかなって思ったの」
「なるほど……」
天使みたいな見た目の幼女なのに、なんだか体育会系思考である。いや、今更だけど。
「まぁとにかく、だ。そんな感じで、クレアねぇは領地経営の実習として、あっちこっち連れ回してたみたいだし、ほかのメンバーもみんな似たような感じだろ?」
リズが精霊魔術や歌唱、それにメイドカフェでのお仕事。ヴィオラが白魔術で、オリヴィアが黒魔術。更にはティナが秘書的なお仕事を教え、リアナが幅広い授業をカバーした。
アカネは商売について教えていたし、姉代わりであるアオイは言わずもがな。ミリィ母さんやミシェル、それにエルザなんかも各種分野を教えていたという訳だ。
今にして思えば、俺と会う女の子はみんな、これからシロちゃんと約束が――とか言っていた。それはつまり、学園が始まる前から英才教育がおこなわれてたということだけど……
生徒達からすると、どうしてシロちゃんだけ――と思わずにはいられなかったのだろう。
という訳で、シロちゃんのイジメの原因となった犯人はこの中にしかいない。というか、この場にいる全員が犯人である。
「弟くん、シロちゃんが虐められる原因があたし達にあるのは分かったわ。でも、どうするつもり? あたし達はたしかにシロちゃんを優遇しているけど、それは優秀だからよ?」
クレアねぇが少しだけ咎めるようなセリフを口にするけど、その口調に覇気はない。どうするべきなのか、クレアねぇ自身も計りかねているのだろ。
そもそも――だ。今回の件でなにが問題なのか? それは、みんながシロちゃんの可愛さにやられて、ほかのみんなより優遇したこと――ではないと思ってる。
俺がこの街を作った目的からして、自分が幸せになるためであり、そのために大切な人達の居場所を護るため。――つまり、全ての人々を同列に考えている訳じゃない。
ましてや、シロちゃんは、アリス達が思わず親身に教えてしまうほどの才能の持ち主。各分野でそれだけの実力を示せるのは、もはや天才と言っても過言じゃないだろう。
だから、シロちゃんを優遇するのは必然だ。問題なのは……それが原因でシロちゃんが嫉妬され、クラスのみんなから虐められていること。
だから、対処は至ってシンプルな――
「俺の提案する解決策はたった一つだけ。押してダメなら――押し倒せ」
この世界に転生して出会った、異世界姉妹から教えられた基本戦術である。
翌日――つまりはお祭り最終日の朝。ミューレ学園は騒然となっていた。
だけど、それも無理からぬことだろう。なぜなら、皆が登校している朝の校舎に、ミューレの街を支える主要メンバーが勢揃いしているのだから。
俺は周囲のざわめきをスルーして、彼女達を引き連れて校舎の中へ。シロちゃんがいるであろう教室へと向かった。
そしてやって来た教室の前。扉を強めにノックして、中にいるであろう生徒達の視線が扉に向くのを見計らい、ゾロゾロと教室の中へと踏み込んだ。
「な、なんだ、なにごとだ!?」「あれ、リオン様じゃないか!?」「ホントだ……って、横にいるのはクレアリディル様……だよな?」「リーゼロッテ姫様もいるわ!」
「あっちには、オリヴィア姫がいらっしゃるぞ!」「アリスブランドのアリスティアさんもいるわ!」「学園の魔女だ!」「あっちにいるのは、アカネ商会の会長よ!」
「あれ、マヤさんもいるぞ」「リアナお姉ちゃん、可愛えぇーっ」「農民から、グランシェス家の秘書にまで駆け上がったティナ様よ!」
「「「な、なんでこの教室に!?」」」
なんて感じで周囲がざわめいている。
アリス達は教師として学園に顔を出しているけど、こんな風に勢揃いして教室にやってくるなんて前代未聞。異様な光景にみえるだろう。
だけど、俺はそれらの視線を無視。目をぱちくりさせているシロちゃんに視線を向ける。
「シロちゃん、こっちこっち!」
「ふ、ふえ? ボクに用事なの?」
「そうだよ。今日はシロちゃんに用事があって会いに来たんだ」
俺は優しく語りかけ、シロちゃんのイヌミミをモフモフした。シロちゃんは、戸惑いながらも、気持ちよさそうに目を細める。
それを目にした生徒達が少し面白くなさそうな表情を浮かべ、あとから付いてきたであろう、背後にいるギャラリーからも鼻を鳴らす音が聞こえる。
だけど、俺はそんなのは知ったことかとばかりにシロちゃんをモフる。
「わふぅ、お兄さんくすぐったいよぉ。……それで、わふっ、用事って、なぁに?」
「今日が俺の誕生日なのは知ってるだろ?」
「うん。リオンお兄さんと、アリスお姉ちゃんの誕生日なんだよね?」
「そうそう。それでコンサートのあとに、俺とアリスの誕生パーティーを開催しようと思ってるんだ。もちろん、個人的に、だけどな」
パーティーと聞いたギャラリーは一瞬湧き上がり、個人的と聞いた瞬間に沈んだ。
ここにいる生徒達がなにを専攻しているかは分からないけど……間違いなく、生徒達の憧れの対象は、俺が引き連れてきた女の子達の誰かなはずなので、無理もない反応だ。
「そんな訳で、そのパーティーに、シロちゃんを誘いに来たんだ」
「ふえ? ボクも出席して良いの?」
「もちろん。なんと言っても、シロちゃんはシスターズの一員で、俺の義妹だからな」
シロちゃんは特別なのだと、皆の前で宣言する。
その瞬間、シロちゃんに向けられたのは、嫉妬と羨望の眼差し。あまりの格差を見せ付けられて耐えきれなくなったのだろう。なかにはズルいと呟く生徒まで現れた。
だけど、残念ながら世の中は不公平に出来ている。俺達に気に入られたシロちゃんが、俺達に優遇されるのは、自然な成り行きだ。
それに、ズルいと呟いた生徒達だって、一般的な平民から見れば十分にズルイ立場だ。なにしろ、ミューレ学園に通うことすらできなかった子供の方が多いんだからな。
そして、学園に通えなかった子供達と、自分の立場を交換しようとはしない。その時点で、シロちゃんを悪く言う資格はない。
――とは言え、それらの不公平は、行動によって埋めることが出来る場合がある。それを示すために、俺は「それで――」と、シロちゃんに向かって続けた。
「会場のキャパシティーには余裕があるから、シロちゃんの友達も連れてきて良いぞ」
その瞬間、話を聞いていた生徒達が、ピクリと身じろぎをした。普通であれば、自分達はそのパーティーに参加することができない。だけど、シロちゃんの友達としてであれば、もしかしたら――そんな可能性に気がついたのだろう。
だけどシロちゃんは気づかず、「ボクの友達?」と、小首をかしげてマヤちゃんを見る。
「マヤちゃんは出席するメンバーに含まれてる。だから、呼ぶのならほかの友達だな。四、五人くらい……多少は前後してもかまわないけど、好きに呼んで良いぞ」
俺が先に答えると、シロちゃんは困ったように眉を落とした。
無理もない。シロちゃんは周囲の生徒から避けられているからな。マヤちゃんのほかに、連れて行くような友達が思い浮かばないんだろう。
そして、それが分かったのか、ほかの生徒達が落胆する。
だから――
「ちなみに、四、五人って言うのは俺の枠な」
「ふえ? リオンお兄さんの枠って、どういうこと?」
「言葉どおり、俺の枠で四、五人は呼んでも良いってこと」
「あたしの枠でも、四、五人呼んでも良いわよ」
「私の枠も、シロちゃんのお友達呼んでも良いよっ」
「ソフィアもソフィアも、同じくらい大丈夫だよぉ~」
俺のあとに、クレアねぇ、アリス、ソフィアと続き、その後も、連れてきたメンバー全てが似たようなセリフをシロちゃんに投げかける。
「――という訳だから、ざっと七十名くらいかな?」
「ふえええぇぇぇえぇっ!? ボク、そんなにお友達いないよ!?」
シロちゃんが、俺達の思惑どおりに悲鳴を上げた。だから俺は、あらかじめ用意していた、とっておきのセリフを口にする。
「友達が足りないなら、これから友達になれそうな人達を誘えば良いよ」――と。
シロちゃんはピンとこなかったようだけど、問題はない。なぜなら、話を聞いていた生徒達が、ピクリと身を震わせたからだ。
という訳で、用事を終えた俺達は身をひるがえす。
「――っと、そうだ。多少なら増えても良いぞ。それに、今後同じようなこともあると思うから、どうしても人数が増えすぎるようなら、次回に持ち越すと良い」
「そ、そんなに友達いないってばぁ」
「だから、これから作るんだろ?」
「でも……」
それが出来ないから困っていると言いたげに、シロちゃんがしょんぼりとする。
でもそれは、杞憂だ。これからは、数え切れないほどの子供達が、シロちゃんの友達になろうと近づいてくるはずだ。だから俺は「大丈夫だよ」と笑って、今度こそみんな――マヤちゃんを除いたみんなと一緒に教室をあとにした。
直後――
「……ふえ? みんな、急にどうかした――ふええええっ!?」
教室の中からシロちゃんの可愛らしい悲鳴が聞こえてきたけど、まぁ予想どおりだな。
今後は、シロちゃんを利用しようと近づく子供もたくさん現れると思う。けど……それならそれで、あらためて対処するだけ、なんだけど……
「――こらっ、みんなで一斉に詰め寄ったらシロちゃんがびっくりするでしょ! 大体、今まで無視してたりしたのに、ちょっとは反省しなさいよ!」
教室から響いたのは、俺の知らない声。
きっと、シロちゃんの人脈を利用しようとする子供だけじゃなくて、声の主のようにシロちゃんを好きになってくれる子達も現れるだろう。
「そう言って、自分だけは味方です、みたいに、あざといんだよ!」
「失礼ね、私は前からシロちゃんの毛並みをモフモフしたいと思ってたのよ! と言うか、リオン様がモフってるのを見たから、もう我慢できないわ! シロちゃん、モフらせてね」
「ふえぇっ!? きゅ、急にモフモフしちゃダメぇっ!」
……まあ、身体目当てなのも、シロちゃん自身を好きってことで……いいよな?






