エピソード 4ー3 めんどくさい三人目
誕生祭二日目。俺は足湯メイドカフェ『アリス』に顔を出した。
「お帰りなさいご主人様――って、あれ? リオンお兄様じゃないですか」
どうかなさったんですの? と小首をかたむけて出迎えてくれたのは、青みがかった銀髪のロリ巨乳メイド。この国の王女でもあるリーゼロッテである。
「――って、なんでリズが足湯メイドカフェで働いてるんだ?」
「……え? だいぶ前から、バイトとして働いてますけど?」
「いや、それは知ってる」
と言うか、仮にも一国の王女だぞ。なんでいまだにバイトなんだよ。いや、正式にメイドとして雇用すれば良いかというと、はなはだ疑問だけどさ。
「俺が聞きたいのは、なんでお祭りの最中までメイドをしてるのかってことだよ。アルベルト殿下やノエル姫殿下に見られるかもだぞ?」
呼んでもいないのに、あの二人は誕生祭初日からグランシェス家に滞在している。午後は料理対決を見に行くだろうけど、午前中に足湯メイドカフェに来る可能性は高い。
そう思ったんだけど、リズは「それなら問題ありませんわよ」とのたまった。
「……なんで?」
「だって、わたくしがここでバイトを始めたのは、お兄様とお姉様がここvipルームに入り浸っていたからですわよ?」
「あぁ……そうだった」
とっくに見られていた訳だ。そういうことなら、二人に文句を言われることはないだろう。
「でも、ほかの貴族に見られたら面倒じゃないのか?」
「面倒というか……『美しい、貴方こそ我が姫君。ぜひ結婚してください』としつこく言い寄ってくるお客様ならいらっしゃいましたけど」
「……ほう。それで?」
「わたくし、貴方の姫君ではなく、この国の姫君ですが? って言ったら、顔を真っ青にして、土下座をした末に逃げていきましたわよ?」
「……なるほど」
色々な意味で驚いただろうなぁ。自分の口説いた相手、しかもメイドカフェの店員が、リゼルヘイムのお姫様とは夢にも思ってなかっただろう。
お祭りの時期に、リズを働かすのは危険な気がしたんだけど……リズが働いてるおかげで、みんなが安全になりそうだ。護衛も付けてるし、心配しすぎだな。
「ところで、なにか用事があったのでは?」
「そうだった。オリヴィアと待ち合わせをしてるんだ。ここに来てるだろ?」
「あら、リオンお兄様は、お昼にオリヴィアさんを食べるんですわね」
「食べませんよ!?」
突然なにを言い出すんですかね、このどじっ娘お姫様は。
「すみません、言い間違えました。お昼をオリヴィアさんと食べるんですわね」
「……どんな言い間違いだよ」
わざとっぽいけど、突っ込んだら負けな気がするのでスルー。「オリヴィアから話を聞く約束なんだよ」と答えた。
「もしや、シロちゃんの件ですか?」
「そういうことだ」
オリヴィアはザッカニア帝国のお姫様で、人質のような立場だけど、ザッカニア帝国からの留学生に対するお目付役でもある。その地位を利用して、シロちゃんにバレない範囲で探るように頼んでいたのだ。
「オリヴィアさんなら、奥のVIPルームでパフェを食べてらっしゃいます。部屋まで案内いたしますね」
そんな訳で、メイドなリズに案内してもらった。
そうしてやってきたVIPルーム、
赤みがかったロングヘヤーを揺らしながら、パクパクとパフェを食すお姫様がいた。
「あ、ちょうど良かったですわ、リズさん。パフェのお代わりをお願いしても良いですか?」
リズを見るなり追加注文をするオリヴィア。使用人をしてるのは、オリヴィアが人質として預けられた国のお姫様なんだけど……まぁ今更か。
「かしこまりました、パフェのお代わりですわね。リオンお兄様は?」
「俺はショートケーキとミルクティーで」
「かしこまりました、ですわ」
リズを見るなりパフェの追加注文をするオリヴィア。リズはスカートの裾をつまんで優雅に一礼、すぐに立ち去っていった。
「リオン兄様、おまちしていましたわ」
そう言いつつも、パフェを食べるのを止めない。
「オリヴィア……太るぞ?」
前も忠告したはずなんだけど、なんて思いながらもあらためて忠告する。だけど、オリヴィアは「問題ありません」と微笑んだ。
「……太っても良いって言うのか? たしかに、オリヴィアはスレンダーだし、少しくらい太っても問題ないとは思うけど」
「ふふっ、リオン兄様はそうおっしゃいましたけど、あたくし、リズさんや、ソフィアさんから聞きましたよ?」
「……聞いたって、なにを?」
なんか嫌な予感がするのは気のせいなのかな~なんて思いながら尋ねる。
「たしかに甘い物を食べ過ぎると太るかもしれません。ですが、太るのはまず胸やお尻から、なんです。ですから、問題ありません!」
思わず頭を抱えた。たしかに、ソフィアやリズはシスターズ屈指のロリ巨乳体型だ。特にこの数年、身長とかはあまり伸びないくせに、胸だけは良く育っている。
だけど……
「ええっと……。あのな? たしかに胸にばっかり脂肪がいく体質の人もいるけど、それはごく一部だけだ。普通はお腹とか二の腕につくぞ?」
「………………え?」
なんか、ピシッとひび割れるような音が聞こえた気がするけど、たぶん幻聴じゃないだろう。オリヴィアの顔が、可哀想なくらい引きつっている。
「え、えっと……で、でも、二人のようになる可能性もあるんですよね?」
「リズは食べた分が全部胸にいく特異体質だな。それにスレンダーな体型ではないぞ?」
太ってはいないんだけど、どじっ娘っぽい体型と言えば想像がつくだろうか? なんと言うか、抱きしめるとふよんっとしそうな感じなのだ。
「で、ではソフィアさんはいかがですか? 凄く細いですわよね!?」
「ソフィアは……そうだな」
「そうですよね! だから、あたくしも、ソフィアさんのように……」
「オリヴィアが、ソフィアくらい運動をしてるのなら、同じようになるかもな」
「……ゑ? う、運動ですか?」
「ああ。甘いものを食べて摂取したカロリーは、運動で消費することができるからな」
「ソフィアさんは、その……どれくらいの運動を?」
「えっと……毎朝十キロほど走ってるな」
「――毎朝十キロ!?」
「あとはエルザやアオイと格闘訓練だろ?」
「格闘訓練……」
「それに母親のお見舞で、スフィール家まで乗馬で往復。でもって、料理の研究で走り回ったり、だな――って、なんで泣いてるんだ!?」
気づいたら、オリヴィアがポロポロと涙を流してて、わりとマジで焦る。
「リオン兄様ぁ、あたくしにそんな運動は不可能ですぅ~」
「あぁいや。ソフィアがそれだけ運動してるってだけの話で、そこまで運動する必要はないと思うぞ。パフェの一つや二つくらいなら」
「どれくらい、ですか?」
「え? ええっと……」
パフェのカロリーってどれくらいだっけ? もう十六年以上前のことだからなぁ。ええっと、ええっと……たしか、カロリーが400オーバーとかだっけ?
だとすると……
「マラソン半刻で、パフェ一つ分くらいかな?」
マラソンのカロリー消費は、距離が重要なので時間で表すのは正確じゃないんだけど……大雑把な数値としては間違ってないだろう。
「ええっと。それはつまり、今日の食べた分を消費するには、三刻くらい走らないとダメと言うことですよね。絶対に無理です……」
「……食べ過ぎだ」
オリヴィアの計算があってるなら、既に六つ食べた計算になる。何時からここに入り浸ってるのか知らないけど、ずっとパフェを食べていたのだろう。
「お待たせいたしました。ご注文のチョコレートパフェに、ショートケーキ。それにミルクティーですわ」
物凄いタイミングで、パフェの追加が来てしまった。しかも、よりによってチョコレートパフェ。一般的なパフェより二割くらいカロリーが高い。……可哀想だから言わないけど。
なんて思っていたら、オリヴィアが「リオン兄様ぁ……」と泣きそうな顔で俺を見た。
「そんな目で見ても、俺は食べないからな?」
俺が頼んだのは大きめのショートケーキ。甘さ控えめではあるけど、男の俺はそれ一つでもお腹いっぱいになりそうだ。
「そんなイジワル言わないで、お願いします」
「無茶言うな」
「無茶でもなんでも良いから、あたくしのを食べて、食べてくださいっ!」
足湯に浸かったまま机を回り込み、俺の両肩を掴んで迫り来る。
そんなに食べたくないなら残せば良いじゃん――とか思うんだけど、貧困に苦しんでいたザッカニア帝国のお姫様としては、そんなマネはできないようだ。なんて思っていたら、なにやら視線を感じる。見れば、メイドなリズが、なにやら言いたげにこちらを見ていた。
「……なんだよ?」
「いえ、やっぱり、お昼にオリヴィアさんを食べるのかなって思いまして」
「……違うから」
なんだよ、やっぱりって。いや、今の体勢と先ほどのセリフを総合して考えると、誤解されてもしょうがないけど。後々ややこしいことになったら困るので全力否定だ。
……仕方ない。
「リズ、そのチョコレートパフェ、休憩中のバイトか誰かに上げてくれ。取り合いになりそうなら、俺のおごりで追加してもいい」
「え、それはかまいませんけど……良いんですの?」
「良いというか頼む。正直めんどくさい……」
リズと言いオリヴィアといい、ノエル姫殿下といい、なんでお姫様という生き物はめんどくさいのばっかりなのか。
と言うことで、チョコレートパフェはリズに引き取ってもらった。それを見送ると、俺の隣に回り込んでいたオリヴィアは、そのままバタンと机に突っ伏した。
……リズとかソフィアが倒れ込んだときと効果音が違うとは言わないでおこう。
いやまぁ、別にスレンダーなだけで、小さい訳ではないと思うんだけどな。周りの女の子のスタイルが良すぎるので、比較的に小さく感じるのは事実だけど。
「落ち込んでるところ悪いんだけど、留学生達に聞いた話を教えてくれないか?」
「――はっ! そうでしたね」
オリヴィアはガバッと起き上がった。今更だけど、みんなシロちゃんのことになると人が変わるよな。シロちゃんを可愛がりたくなる気持ちはよく分かるけどさ。
「まず最初に申しておきますが、シロちゃんのイジメについて調べているとバレないよう、それとなく近況を聞いただけなので、込み入った話は聞いていません」
バレるのを覚悟の上でなら、ソフィアに頼むなりいくらでも方法がある。だから重要なのは、バレないように気を使うこと。だから、それで問題ないと俺は頷いた。
「それで、どんな話が聞けたんだ?」
「それなんですが……どうも、学園でやたらと優遇されている生徒がいる、と」
「……優遇? シロちゃんのことか?」
「分かりません。それ以上は警戒されそうな雰囲気でしたので。ですが、状況的に考えれば、恐らくはそうだと思います。」
「ふむ……」
ほかの生徒と比べてシロちゃんが優遇されている。それが事実であれば、ほかの生徒がやっかんでシロちゃんを虐めていると言う図式は理解できる。
理解できるけど……シロちゃんを優遇、ねぇ? 心当たりは……ないなぁ。シロちゃんと仲良しのマヤちゃんには、それとなく見ておいて欲しいと頼んだりはしてるけど……
さすがにそれで優遇とかは言われないよなぁ。
まあ……予科生は日本で言うところの小学生だし、本科生も中学生と同年代。それくらいの子供って、理不尽なことを言い出したりするしなぁ。
「一応聞いておくけど、シロちゃんが優遇されてそうな心当たりあるか? たしか、シロちゃんは、オリヴィアが受け持つ、黒魔術の授業にも出席してたよな?」
「うぅん。あたくしも考えてみたんですけど……心当たりはありませんわ。授業後に質問されたりして、少し教えてあげたりはしましたけど……それくらいですわね」
「だよなぁ」
ミューレ学園の教師は、ミューレ学園を優秀な成績で卒業した選りすぐりだ。それは勉強面だけじゃなくて、人格面でも教師に向いている人間を選んでる。
だからたとえば、教師が俺達に気に入られようと、俺達のお気に入りであるシロちゃんを露骨に特別扱いする――なんてことも考えにくい。
「すみません、あまりお役に立てなくて」
「あぁいや、大丈夫だ。シロちゃんにバレないこと優先だしな。特別扱いってヒントが聴けただけでも十分だよ。あとはこっちで調べてみる」
「そう言って頂けると救われますわ。申し訳ありませんが、あとはお任せします」
「おう、任せとけっ!」
ケーキを食べ終えた俺はオリヴィアに別れを告げ、足湯メイドカフェをあとにした。
次に待ち合わせているのは、学園に通う商人の子供から情報を仕入れてくれているはずのアカネのもと。料理対決の会場だ。
今月末に異世界姉妹の三巻が発売となります。
活動報告に表紙や特典情報などをあげてあります。よろしくお願いいたしますm(_ _)m






