エピソード 3ー6 そして過ちは繰り返される
「お前はこの部屋で大人しくしていろ」
騎士に連行された俺は、ベッドしかない部屋に乱暴に放り込まれる。
「おい、俺をどうするつもりだ?」
「黙れっ、お前はその部屋で大人しくしていろ!」
「せめて理由くらい教えろよ」
食い下がろうとするが騎士達はそれを無視。無慈悲に扉を閉めてしまった。それでも納得できなくて扉に飛びつくけど、外から鍵を掛けられてしまう。
「おい、待てよっ! なぁってば!」
暫く叫び続けるけど反応がない。俺は話し掛けるのを諦め、部屋の隅にあったベッドサイドに腰を下ろした。
……まったく、なにがどうなってるんだ? まさかスフィール家での話し合いがキャロラインさんに知られた? いや、それだといくら何でも対応が早すぎる。
だったら跡継ぎの件? でも、あれは話がついていたはずだ。
だとしたら……
「はっ、いいざまだな」
不意に人を馬鹿にしたような声が響く。見れば、扉に覗き窓のようなモノがあったらしく、外からブレイクが顔を覗かせていた。
「……俺になんの用だ?」
「口の利き方に気を付けろよ。お前はもう、俺に逆らうなんて出来ないんだからな」
「逆らう?」
「あぁそうだ。知ってるんだぜ、お前が色々計画してたことをな」
「……なんのことだ?」
「はっ、惚けやがって。お前は俺の地位を狙ってたんだろうがよ。お前が父上に良からぬ事を吹き込んで、暗躍してたのは知ってるんだぜ。今回スフィール家にクレアを連れていったのも、それが理由なんだろが」
……おぉ、なるほどね。俺が跡継ぎには興味がないって言ったのを、キャロラインさんは本心を隠す為の嘘だと受け取った訳か。
俺はそこまで野心家じゃないし、そもそもそんなに策略家でもないんだけどな。ちょっと過大評価が過ぎませんかねぇ。
それはともかく、このブレイク。ちょっと聞き返すだけでこっちの知りたいことを全部教えてくれるなんて良い奴過ぎる……いや、訂正だ。
例えイヤミでも、アリスに乱暴しようとしたブレイクを良い奴呼ばわりはしたくない。
「なにを企んでいたかは知らんが、もう諦めるんだな。お前はもう、一生そこから出られないんだからな」
「一生……って、スフィール家との結婚はどうするつもりだ?」
「お前を野に放つと何をするか判らんからな。母上はお前を一生幽閉すると仰せだ」
一生幽閉って……本気で言ってるのか? そんなの出来るはず……って、俺は生まれてからずっと幽閉されてたな、そう言えば。
まずいなぁ。さすがにこんな部屋で一生過ごすのはごめんだぞ。なんとかキャロラインさんに会って誤解を解かないと。
「なあ、キャロラインさんと話をさせてくれないか?」
「はっ、何故お前ごときを母上に会わせねばならん。そもそも、今更反省しても遅すぎるんだよ」
「いや、今回の件は誤解だから。キャロラインさんと話させてくれれば判るはずだ」
「黙れ! もう良い、お前はそこで一生悔やんでいろ!」
「いやいやいや、ちょっとは人の話を聞けよ!?」
慌てて呼び止めるが、ブレイクは覗き窓を閉めてしまった。
……まいったなぁ。父やクレアねぇ、それにスフィール家との約束もあるから、さすがにこのままって可能性は低いと思うけど……アリスの件もある。
早く誤解を解いてここから出して貰わないと大変だ――と、考えていたのだけど、そんな俺の思惑も虚しく数日が過ぎた。
だけど数日たったある日。
無口なメイドが食事を運んでくるだけという日々に変化が起きた。食事を届けてくれたのが無口なメイドではなく、俺の知っている相手――ミシェルだったのだ。
「ミシェル!」
「しっ、お静かにお願いします。今から食事を運ばせますので、どうかあまり大声は出さないように願います」
「……判った」
理由は判らないけど、俺はミシェルを信じて頷く。程なく扉が開き、黒髪のメイドがトレイを持って部屋に滑り込んできた。それを確認し、ミシェルは再び扉を閉ざす。
と言うか、知らないメイドだけど、何故かで見たような……って、
「もしかして……クレアねぇ?」
「ふふっ、さすが弟くん。良く判ったね」
「なんとなく……と言うか、もしかしてウィッグ?」
「そうだよ。さすがに地毛を見られたら直ぐにバレちゃうもの」
クレアねぇは馴れた仕草でウィッグを取り払う。黒髪の下から美しいプラチナブロンドがこぼれ落ちた。
「どう? メイド姿のあたしも可愛いでしょ?」
「自分で言うかぁ? ……まぁ可愛いけど」
この世界だとブロンドの髪は貴族の証みたいなところがあるから、プラチナブロンドのメイドさんって言うのは少し違和感がある。なのでどっちかって言うと、メイド喫茶で働くメイドさんみたいな雰囲気だった。
「可愛いけど、なによ?」
「クレアねぇなら直ぐにカリスマメイドになれるなって」
「か、かりすまめいど? 褒めてくれてるのよね?」
「そこは安心して良いぞ。っと、それは置いといて、状況を説明してくれないか? 俺を逃がしに来た訳じゃ……ないんだよな?」
「残念ながらね。外の通路には見張りがいるから、逃がすのは無理よ」
「じゃあ、せめて状況を説明してくれるか?」
「もちろんよ。ただ、あまり時間がないから手短に説明するわね。弟くんを閉じ込めたのがお母様だっていうのは知ってるわよね?」
「ああ、ブレイクが来て話してくれたよ」
「そう、なら話は早いわ。お母様を説得してみたけど、まるで話を聞いてくれないの。お父様は一応取りなそうとしてくれてるみたいだけど、こっちも効果はなさそうね」
「そうか……じゃあ、クレアねぇとアリスは? 大丈夫なのか?」
「アリスは今のところ離れで普通に生活できてるわ。そっちはお父様が保護してくれてるみたい」
「そうか。良かった……」
アリスの無事を知り、俺は心から安堵の息を吐く。
だけど――
「でも、あたしは……ねぇ弟くん。ついに、あたしの結婚が決まっちゃった」
「……え?」
「相手は以前に言ってたグランプ侯爵様よ。あたしより十八歳年上の、ね」
「そ、それはまだ先の話なんだろ?」
「あたしが十二歳になるまで。後……半年くらいね」
「半年あれば、まだ判らないだろ!? あの計画が上手くいけば、カルロスさんがきっとなんとかしてくれるはずだ!」
「無理よ。弟くんだって判ってるでしょ? 今すぐ動いたって、半年じゃ間に合うかどうか判らないのよ? 弟くんが監禁されてる状態じゃどうしようもないでしょ?」
「でも、だけどっ、他に何か方法があるはずだ!」
理解できなかった訳じゃない。だけど認めたらクレアねぇがいなくなるような気がして、俺は認めることが出来なかった。
「……あのね、弟くん。今日はお別れを言いに来たの。あたしは明日から花嫁修業をすることになってて、もう今までのように自由にはさせて貰えないから」
クレアねぇがほんの僅かに微笑む。それは悲しいことを全部受け入れたような、見ているだけで胸が苦しくなるような微笑みだった。
俺は……俺はその微笑みを良く知ってる。だって俺は前世で、そうやって微笑む紗弥をずっと見続けていたから。
「……クレアねぇ。本当に、本当にもう方法はないのか?」
「心配しないで。弟くんはきっと大丈夫。カルロスさんがなんとかしてくれるはずだし、あたしもグランプ侯爵様に頼んであげるから」
「ちがっ、俺が心配してるのはクレアねぇのことだよ!」
紗弥の時は見守るしか出来なかった。
地球の現代医学が完全敗北した不治の病。神に縋る以外に出来ることなんて一つも無くて……俺はただ、死を受け入れた紗弥を見守るしか出来なかった。
だけど、今はあの時と違う。
神に縋らなくたって、ただ人の意思を変えるだけでクレアねぇを救うことが出来る。それが判っていて、全てを諦めたクレアねぇを許容するなんて出来ない。
「なにか、なにか出来ることがあるはずだ」
「……あるわよ。一つだけ。弟くんに……うぅん。弟くんにしか出来ないことが」
「教えてくれ! 俺に出来ることならなんだってするからっ」
「なら、あたしの初めてを貰って」
俺はクレアねぇの言葉に息を呑んだ。
「……こ、こんな時にまで、そんな冗談言うなよ」
「こんな時にまで、そんな冗談言うはずないじゃない」
「……本気で、言ってるのか?」
俺達は姉弟なのに。それとも、クレアねぇにとってそれは些細な問題なのか? イヤそれ以前に、クレアねぇはどうして俺にそんな事を……
「弟くん。あたしは貴方が好きよ。初めて会った時から、ずっとね」
クレアねぇは俺の疑問に答えるように、決定的な一言を口にした。その言葉を聞いて、俺は激しく動揺する。
「……クレアねぇが、俺を好き?」
「そうよ。一人の女の子として、貴方に惹かれているの」
本気、なのか? 今までにも冗談っぽく語られた好意も全部本物だって言うのか? クレアねぇは本気で、俺に初めてを捧げることを望んでいる?
だとすれば、俺はどうすれば良い?
前世の記憶がある俺にとって自分は裕弥であり、リオンは新しく得た体の名前でしかない。だから、別の場所で生活していたクレアねぇが実の姉だという感覚は薄い。
だから、異性としてみた事が無いかと言われたら嘘になる。
だけど、だ。姉を見てドキっとすることがあるかどうかと、恋愛対象としてみられるかどうかは別だろ? 少なくとも、俺はクレアねぇをそんな風に見られない。
だから、クレアねぇの思いは受け入れられない。
そう思いながらも、引っかかっていることがある。それは、クレアねぇとは二度と会えないかも知れないと言うこと。ここでクレアねぇを傷つけたら、紗弥を失った時と同じように後悔するかも知れない。
そうして思考の袋小路に迷いこむ俺の頬を、クレアねぇの手のひらが包み込んだ。
「――大好きよ、弟くん」
クレアねぇの唇が俺の頬をかすめ、耳元で囁くように告げる。そうして、クレアねぇは直ぐに立ち上がった。
「……クレアねぇ?」
「ごめんなさい、もう行かないと。あまり時間が無いのよ」
「え、でも――」
俺に初めてを捧げるつもりだったなら、もう少し時間があるはずだ――と、そこまで考えた俺は、クレアねぇの寂しげな表情を見て全てを悟る。
クレアねぇは初めから、あまり時間が無いと言っていた。クレアねぇはただ、自分の気持ちを俺に受け入れて欲しかっただけ。
俺はまた、紗弥の時と同じ過ちを――
「クレアねぇっ!」
「……ばいばい、弟くん」
伸ばした手は、クレアねぇに届かなかった。クレアねぇは俺の手を避け、そのまま部屋を出て行ってしまった。






