エピソード 2ー2 イヌミミ族との関係
クレアねぇと分かれた俺はミューレ学園をあとに。馬に乗って、街から数百メートル離れた位置にある、イヌミミ族の仮設住宅を訪れた。
仮設の馬小屋に馬を預け、イヌミミ族を束ねる立場にあるアオイのもとへと向かう。
お昼前で、労働力の大半は開墾か、街作りの手伝いに出張っているのだろう。比較的静かな住宅地域――なんだけど、アオイの住む仮設住宅に近づくと、なにやら剣戟が聞こえてきた。
――まさか、賊か!?
ミューレの街の住人がそんな馬鹿なことをするとは思えないけど、ザッカニア帝国の過激派の悪あがきという可能性はある――と、俺は急いで向かった。
そうしてたどり着いた仮設住宅の前では激戦が繰り広げられていた。
「アオイ、スピードが落ちてるよっ!」
「くっ、まだだよ! これで、どうだいっ!」
「そんなの、ソフィアには通じないよっ!」
と言うか、アオイとソフィアだった。
目にもとまらぬ――遠目で見ている俺ですら捕らえきれぬ速度で動きまくるアオイの攻撃を、ソフィアはすべて短剣でいなしている。
なんというか……ソフィアさん、最近強すぎじゃないですかねぇ。
婚約者として、ソフィアを護れるような存在になりたいんだけど……あれを超えるのは無理、絶対無理だ。精霊魔術を使う前に瞬殺される気がする。
「このっ、これでどうだい!」
追い詰められたアオイが、スピードを捨てて全力の一撃を放つ。いわゆる大ぶりで、それがソフィアに当たるなんてありえない。
そう思った瞬間、ソフィアは俺を見て「あ、おにいちゃーん」と叫んだ。
「ちょ、ソフィア!?」
背後から振り下ろされるのは、人間より遥かに力のあるイヌミミ族の全力攻撃。そんな一撃がソフィアの華奢な身体に当たったらひとたまりもない。
だけど――
「アオイ、ちょっと休憩だよっ」
ソフィアはこちらを向いたまま、背後からの攻撃を短剣で逸らし、そのまま腕を巻き込んでアオイの身体を投げ飛ばした。
自身の攻撃を利用されて投げ飛ばされたアオイは凄まじい速度で吹き飛び、地面をごろごろと転がっていく。だけどソフィアはそれを見ることもなく、俺の腕の中に飛び込んできた。
「わーい、お兄ちゃん。ぎゅううううっ」
「おいおい、いきなりだな」
と言うか、無邪気に抱きつく姿は可愛らしいけど、イヌミミ族最強を簡単にあしらっておきながらその反応は……なんと言うかちょっと恐い。
しかし、大丈夫なのか――と、俺はアオイを見る。息が上がって、負けたことを悔しそうにしているけど、怪我はしてなさそうだ。
「もちろん、ちゃんと怪我をしないように投げたから大丈夫だよ」
「……そうですか」
お互い気をつけて訓練してるんだろうし、とやかく言うつもりはないんだけど……これ以上ソフィアに強くなられたら、本気で俺の立場がない気がする。
「大丈夫だよ。リオンお兄ちゃんはソフィアが護ってあげるから」
「いやいや。俺が護られるだけとか、なんかこう……情けないだろ?」
「そんなことないよぉ。お兄ちゃんがいてくれるだけで、ソフィアはがんばれるんだよ?」
「うぅむ……」
それは戦闘力のある主人公が、正統派のかよわいヒロインに言うたぐいのセリフな気がする。仮にもグランシェス家の当主で、戦闘訓練も積んでる俺が言われるのは……どうなんだ?
「お兄ちゃんは護られる系主人公だから大丈夫だよ」
「そ、そうなのかなぁ……」
違うと言いたいけど……スフィール家の件ではアリスに護られたし、キモの入手ではクレアねぇに助けられた。そして、アヤシ村ではソフィア。
そのほか、シスターズにも助けられてるし、否定できる要素がないな。
「リオンお兄ちゃんは、ソフィアに護られるの……嫌なの?」
少し寂しげな表情。だから俺はそんなはずがないよと、ふわふわの髪を撫でつけた。
「護られるのが嫌なんじゃない。護ってもらうだけなのが嫌なんだ。ソフィアも以前、俺に護られるだけなのは嫌だとか言ってただろ?」
……って、そうだよ。あの頃は、俺が護ってあげる存在だったのに……いつの間に立場が逆転したんだ。
「普段の積み重ね?」
「……そうだな」
うん。わりとまじめに剣術の稽古を増やそう――って、最近いつもそんなこと考えてるな。
でもまあ、本気で鍛え直す良い機会なのかも知れない。
いままではなんとかなってたけど、アオイには勝てるか怪しいし、ドーピングしていたザッカニアの工作員にも負けそうになった。
もう少し強くならないと、どこかで痛い目を見そうな気がする。
「それじゃ、ソフィアと稽古する?」
「いまからか?」
「それでも良いけど……あ、ごめん。ソフィア、シロちゃんと約束があるんだった」
「シロちゃんと? また料理か?」
「うぅん。今回は戦いを教えて欲しいって言われたの。だから今日の放課後、訓練室で戦闘訓練に付き合ってあげる予定なんだよ~」
……なんと言う。シロちゃんがどんなつもりでソフィアに頼んだのか知らないけど、よりにもよってソフィアに頼むとか。見た目は天使だけど、本性は戦闘狂なんだぞ?
「もぅ、ちゃんと手加減するから大丈夫だよぉ」
俺の心を読んだソフィアがふくれっ面で言い放つ。そんなソフィアに、俺はごめんごめんと言って、金色の髪を再び撫でつけた。
ホントは分かってる。ソフィアは相手の心が読める上に優しいから、嫌がるシロちゃんに無理矢理スパルタなんてありえない。上手く加減をするだろう。
でも、拗ねるソフィアが可愛いので、ついついからかってしまうのだ……って、あれ? よく考えたら、心を読めるソフィアはそれすら分かってるはずだよな?
なのにどうして……と視線を向けると、俺に撫でられて幸せそうにしていたソフィアは、クスリと小さく笑った。
「お兄ちゃんが撫でてくれるのが嬉しくて、ついつい乗っちゃうんだよね」
「なん、だと……」
まさかの、手のひらの上だった。
「お兄ちゃんの手に撫でられてるから、ソフィアが手のひらの下だけどね」
「……ははは」
完全にソフィアの思惑通りみたいだ。とは言え、悪い気はしないからかまわない――と言うか、可愛く拗ねるソフィアを見れて、ふわふわの髪を撫でられる。しかもそれでソフィアの機嫌が良くなるのなら一石三鳥だ。
と言うことで、俺はしばらくソフィアの髪の感触を楽しむことにした。
ほどなく、撫でられるのに満足したのか、ソフィアは上機嫌で「それじゃソフィアはシロちゃんのところに行ってくるね~」と走り去っていった。
その後ろ姿を見届け、いまだ土の上に座り込んでいるアオイへと視線を向ける。
「アオイは……大丈夫か?」
「……なんとかね。ソフィアは凄いね。最初は良い勝負をしてたんだけど、戦うごとに強くなる。いまじゃ、相手をするのも一苦労だよ」
「そこまでか……」
どこかの戦闘民族かなにかかなってレベルだな。
「それで、あたいになにか用かい?」
「ああ。会話が出来そうなら、聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なんだい?」
「イヌミミ族の暮らしについてだ。なにか、不便はないか?」
「ここの暮らしには満足してるよ。奴隷商に怯えなくて良いだけでも、いままでの暮らしとは全然違う。それに、以前住んでいた藁屋より快適だしね」
「ふむ……仮設住宅でそう言ってもらえるなら、家が建ったら満足してもらえそうだな」
「楽しみにしておくよ。と言うか、建築を手伝いに行った連中が言ってたよ。凄いだけじゃなくて、自分達が住みやすいように考えてくれてるってさ」
「そっか。そう思ってくれてるなら良かった」
イヌミミ族と人間は風習が違うから心配したんだけど、ティナが上手く調整してくれてるみたいだな。あとでお礼を言っておこう。
「あぁでも、少し不安なこともあるんだ」
アオイは立ち上がり、ソフィアとの戦闘で服に付いた土を払いながら言った。
「不安って……なんだ?」
「農地の開墾する人数が少ないだろ? あのペースじゃとてもじゃないけど、自分達の食料をまかなえないと思うんだよ」
「あぁそのことか。それなら心配ないぞ」
「あるじが支援してくれるのは嬉しいけど、いつまでもお世話になるって言うのもね」
「分かってる。ただ、この国の農業は進んでるからな。いまのペースでも、なんとか自給自足が出来るレベルには達すると思う」
イヌミミ族の里にある畑を見たことがあるけど、なんというか……この世界基準で言ってもお粗末な畑だった。この街基準の畑なら、倍くらいの収穫は十分に見込めるだろう。
「本当に問題ないのかい?」
「凶作が起きない限り大丈夫だ。そして、不測の事態に対する備えもある」
いまのグランシェス領は、自給率が百パーセントを優に超えている。もちろん、輸入に頼っている食べ物もあるけど、飢饉が来ても耐えられるだけの備えはある。
それを説明したんだけど、アオイの表情はあまり浮かない感じだ。
「……そんなに心配か?」
「いや、あるじのことは信じてるよ。でも、一方的に世話になるのは嫌なんだよ」
「それは……」
人間に頼るのが嫌という意味なのかと、俺は思わず息を呑んだ。
「勘違いしないでおくれ。たしかにイヌミミ族は人間に虐げられてきたから、人間に恨みを持つ者だって少なくない。けど、それはあるじ達とは別の人間。それはちゃんと理解してるよ」
「なら、どうして頼るのが嫌なんだ?」
「頼るのが嫌なんじゃないよ。あたい達は、誇り高きイヌミミ族。あるじに救われた恩は必ず返す。だから、頼りっぱなしなのが嫌なのさ」
「そう言うことか」
嫌いだから世話になりたくない――ではなく、恩を感じているから、ただ世話になるだけは嫌。そう言われると、なんだかくすぐったい。
でも、それと同時に、イヌミミ族がそう思ってくれている事実が嬉しい。
最初は労働力とか、シロちゃんをいつでもモフりたいとか、足湯イヌミミメイドカフェを経営したいって言うのが主な理由だったけど……いまはそれだけじゃない。
あらためて、彼らがミューレの街の住人として受け入れられるようにがんばろう。
「ところで、本当にあたい達を受け入れて良かったのか?」
「ん? 今更なんだよ。ダメなら、最初から連れてきたりしないぞ?」
「それは分かってるよ。でも、イヌミミ族と人間が一緒に暮らすのは、あるじにとって予定外だったんだろ? シロがわがままを言ったんじゃないのかい?」
「シロちゃんにほだされて予定変更したのは事実だよ」
最初は居住区が隣り合っているだけで、交流があまり起きないようにしていた。けれどいまは違う。互いの種族が、十分に交流できるように変更した。
「だったら……」
「大丈夫、ちゃんと勝算もあるから心配するな」
俺がいた頃の地球でも、難民問題は存在していた。だから、ある程度はこれから起きうる問題が想像できる。
まず最初に思いつく問題は言葉の壁……なんだけど、幸いにしてイヌミミ族とリゼルヘイムの者達の言語は同じなので、そう言った心配はない。
なので次に問題となるのが、難民の中に敵意を持つ者が混じっている場合。これはかなりの不安要素だったりする。
イヌミミ族はザッカニア帝国の人間から迫害を受けていたし、リゼルヘイムの民には大陸から放逐された過去があるからだ。
ザッカニア帝国の人間は、リゼルヘイムの人間とは違う。そして、イヌミミ族を放逐したのは、俺達より何世代も前の人間。そんな風に割り切れるものかどうか。
俺達が救ったのも事実なので、いまは好意的だけど……しこりはたしかに残っている。なにかの切っ掛けでこじれることはあるだろう。
そして、関係がこじれる切っ掛けになりそうな問題として考えられるのは……雇用問題や、生活費の負担などがある。
例えば、難民が優秀な働き者だった場合は、割の良い仕事を奪われることになり、逆に難民が怠け者だった場合は、税金で難民の生活を保護することになる。
どちらに転んでも、現地の人間に不満がたまる可能性をはらんでいると言うこと。
でもそれは地球での話。
この世界ではそもそも職業選択の自由があまりない。学園の卒業生なんかは自由に職業を選べるかもしれないけど、大半は農民として一生を過ごすのが普通。
ミューレの街は深刻な人手不足だし、仕事を奪われるという事態にはならないはずだ。
そして生活の保障にしても、地球とはまるでルールが違う。怪我や病という、やむにやまれぬ理由ならともかく、それ以外で働かなければそもそも村から追い出されるだろう。
――だから、俺は雇用問題は起きないと考えている。
もっとも、いま並べ立てたのは前世のにかわ知識による机上の空論かもしれない。だから、今後なんらかの問題が起きるかもだけど……思いつく限りの対策は考えている。
なので、俺がいま一番心配なのは習慣の違いだ。
こればっかりは……なぁ。自分達にとっての常識が、相手にとっての非常識。それどころか、嫌悪するべき行動――なんてことはざらにある。
そういうのは……なにが出てくるか分からない。些細なことが切っ掛けで、両者のあいだに対立が……なんて事態は避けたい。
――などなど、考えつく問題をアオイに話したのだけど、途中から理解が追いつかなかったようで、頭から煙を出し始めた。
「……ええっと、大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃないよ。あるじはいつも、そんなにややこしいことを考えてるのかい?」
「難しいかどうかはともかく、必要なことだからなぁ……」
そして、これだけ考えておいても、予想外の事態で困るハメになる。アリスに驚かされたりとか、ソフィアに驚かされたりとか、クレアねぇに驚かされたりとか!
ほんと、人生はままならないことばっかりだ……って、なんの話だっけ?
そうそう。イヌミミ族を受け入れても大丈夫かって話だったな。
「イヌミミ族を受け入れたことに後悔はないよ。そして、問題が起きないようにするつもりだし、問題が起きても全力で対処する。けど、絶対とは言えない。だから、なにか不満があったり、問題が起きそうになったら、俺に報告して欲しいんだ」
「ええっと……それだけで良いのかい? ほかにもあるじみたいに色々と気を回したりは?」
「それは俺達の仕事だな。だからアオイは、なにか気になることがあったら、俺に報告してくれるだけで大丈夫だよ」
「分かったよ。そういうことなら任せな。あるじの期待に応えてみせるよ」
「ああ、期待してるよ」
ご先祖様が出来なかった、イヌミミ族と人間の共存のために。俺達は一歩を踏み出す。






