エピソード 1ー5 謝罪の重要性
リーベルさんが来るまでは少し休憩――と言うことで、俺とアリスは家の裏手にある柵に寄りかかり、肩を並べて青い空を見上げていた。
「ねぇリオン、ありがとね」
「……なんのことだ?」
ぽつりと紡がれた言葉に、俺は隣にいるアリスの横顔を見る。すると、アリスも同じように俺を見た。青い瞳の中に、俺の顔が映り込んでいる。
「私と結婚したいって言ってくれて、凄く、凄く嬉しかったよ」
「なんだよ今更。王都でちゃんと婚約しただろ?」
「……そうだけど、ね。寿命が違うから、結果的に私を悲しませるくらいなら……って。そんな風に言われるかもしれないって、少しだけ心配だったから」
「それは……考えたけどな」
人間同士で言えば、余命いくばくもない相手と結婚するのが幸せかどうか――と言う系統の問題で、その答えは人それぞれだと思う。だから俺自身、迷わなかったって言えば嘘になる。
だけど……
「アリスなら、俺が死んだ後も幸せな日々を送ってくれるって、そう思ったから」
俺がいないと思っていたこの世界で、アリスは幸せを求めて必死に生きていた。だから、俺がもう一度死んだとしても、アリスならきっと大丈夫だと信じられる。
そう思ったのだけど、アリスは寂しげに瞳を揺らした。
「それ……リオンが死んだら、私に新しい相手を探せって言ってるの?」
「それでもかまわないよ。死んですぐとかだったら……寂しいって思うかもしれないけど、俺が死んでもずっと思い続けてくれとは言えない。……言いたくない」
「……リオン」
困ったような、それでいて泣きそうな表情。アリスの青い瞳が潤んでいる。予想外に湿っぽい話になりつつあることに気づいて、俺は慌てて咳払いでごまかす。
「そんな顔するな。まだずっと先の話だろ。それに……こんな世界だ。もしかしたら、寿命を延ばす方法だって、あるかもしれないじゃないか」
「……ほんとう?」
縋るようなまなざし。根拠なんてなかったけど、そんな顔で見られて、否定できる訳がない。俺は「可能性はゼロじゃないだろ」と繰り返して、アリスの桜色の髪を撫でつける。
「それに、さ。俺もアリスも転生しただろ? それがなんでなのか知らないけど……でも、そういう奇跡があった。だから、もう一度あってもおかしくはないだろ?」
「そう、だね。……うん。分かった。それじゃリオンが死んだら、私は一生、リオンの生まれ変わりを探し続けるから」
「おいおい。さすがにそれは……」
「それが嫌なら、ちゃんと長生きしてね」
アリスは微笑んで、俺に右手を差し出してきた。一瞬なにをと思ったけど、すぐにその意図を理解する。ここが、アリスとエンゲージを結んだ場所だったからだ。
だから――
「……約束するよ」
いつかここで、ハイエルフとの契約――エンゲージをしたときのように。だけど、あの頃とは少しだけ違う意味を込めて。俺はアリスの手を取って跪き、その手の甲に唇を押しつけた。
それからほどなく、リーベルさんを迎えに行った使いの者が帰ってきた。けど、リーベルさんは同行していない。使いの者曰く、孫娘との語らいを邪魔するなと追い返されたらしい。
「あのお爺さんはホントに……」
フィリスティアお義母さんがこめかみを引きつらせる。
「リオンくん!」
「は、はい?」
「いまから直接乗り込んで謝らせるわよ」
「ええっと……はい」
なんかもう、そこまでしなくてもいいやと思ったんだけど……リーベルさんより、フィリスティアお義母さんを敵に回す方が恐かったので、コクコクと頷いた。
そうしてやってきたのは、リーベルさんの住んでいる木造の家。
ちなみにメンバーは、俺とフィリスティアお義母さんだけ。ミリィ母さんは関係ないからとお留守番を申し出て、アリスのお父さんとアリスは逃げてしまった。
「リーベルさん、入るわよ!」
フィリスティアお義母さんは返事も聞かずに扉を開けて家の中に。リビングには、リーベルさんとサリアがテーブルを挟んでおしゃべりをしていた。
いや……おしゃべりというか、謝りに行った方が良いと心配するサリアの声と、そんな必要はないと突っぱねるリーベルさんと言った構図のようだ。
その証拠に、俺達を見たサリアが、どことなく申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「フィリスティア様、すみません。謝罪に行くべきだって話したんですけど、リーベルお祖父さんが、どうしても言うことを聞いてくれなくて」
「サリアが謝ることじゃないわよ。悪いのは、そこの頑固じじいですもの」
フィリスティアお義母さんがさらっと毒を吐く。それに対し、リーベルさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なんの用だ。孫娘との語らいで忙しいと言っただろう」
「その孫娘を救ってくれた恩人に、お礼の一言もないとはどういうことですか?」
「なぜわしが人間なんぞに礼を言わねばならん。孫娘を攫ったのは人間ではないか」
「……使いの者に事情は説明させたはずですが?」
なんか、フィリスティアお義母さんの声のトーンが一つ下がった気がする。怒らせちゃダメな人、筆頭な気がするんだけどなぁ。
「そんなに感謝がしたければ、お前がすれば良いではないか。普段から族長だのなんだのと威張っているのだから、それくらいするべきだろう?」
その瞬間、ブチッと言う音が聞こえたのは……果たして幻聴だったのだろうか? 驚いて視線を向けると、フィリスティアお義母さんはなぜか、満面の笑みを浮かべていた。
「ふふ、そう、ですか……分かりました。そこまで言うのであれば、あなたがリオンくんに謝罪することも、感謝することもしなくて結構です」
「ふん、初めからそのつもりはないと言っているだろう」
「――サリア、あなたも同じ意見ですか? 彼に感謝する必要はないと、そう思いますか?」
そっぽを向くリーベルさんを無視し、フィリスティアお義母さんはサリアへと問いかけた。
「そんなはずありません、フィリスティア様。リオンにはとても感謝しています。ですから。私に出来ることがあるのならするつもりです」
「そう、分かったわ」
サリアの答えに、フィリスティアお義母さんは満足そうに頷いた。青い瞳が怪しく輝いてるように見えるのは気のせい……だと思えなくなってきた。
「おい、フィリスティア。お前一体なにを……」
ようやく不穏な空気を感じ取ったリーベルさんがこちらを向く。けれどフィリスティアお義母さんはそれを無視。サリアに向かって話しかける。
「リオンくんは植林を手伝ってくれる、知識と経験が豊富なエルフを求めているわ。あなたにその気があるのなら、彼と共に行きなさい」
「待て、フィリスティア! お前なんの権限があって、そのようなことを!」
「普段から威張っている族長としての権限ですが、なにか?」
桜色の髪を揺らし、すまし顔で聞き返す。その仕草がなんだかアリスに似ていて、俺はやっぱりアリスのお母さんなんだなぁとか思った。
「そんな横暴が通じると思っているのか?」
「あら、責任を取るのが族長だけの仕事なら、全てを決めるのも族長だけに決まってるじゃないですか。責任も義務も、義理すらも果たさない、ただのもうろくじじいは黙ってなさい」
「んなっ!? ぐぬぬ……サリア、理不尽な命令に従うことはない。今すぐ断りなさい」
「分かりました」
「うん、良い子だ」
「――リオンについて行きます」
「ササササリア!?」
サリアがに裏切られるとは夢にも思っていなかったのだろう。リーベルさんが見てて可愛そうになるほど動揺している。
「サ、サリア、なにを言い出すんだ!?」
「あのね、リーベルお祖父さん」
「う、うん、なんだ?」
「私のこと心配してくれるのは嬉しいけど、私のこと助けてくれた人達に失礼なことするのやめて。そういうところキライだから」
「――がはっ!?」
……あ、死んだ。そう思えるくらい、見事に椅子から転げ落ちて床に倒れた。
そして「うぅ、孫に、孫にキライと言われた。娘を早くに亡くしたわしにとって、唯一の家族だというのに……うぅぅ」と、なんだか、すっごい悲しげなうめき声が聞こえてくる。
「という訳でリオン。植林のお手伝い、私で良いかな?」
「え、ええっと……サリアはその、植林の経験があるのか?」
孫娘が唯一の家族と聞いて、その孫娘を連れて行くとかすっごい罪悪感がある。なので、経験不足を理由に断ろうとか思ったんだけど……
「私は趣味で、この森の管理を数十年やってるからね。その辺の大人のエルフよりはよっぽど経験豊かだと思うわよ」
誇らしげに豊かな胸を突き出してくる。そう言えば、攫われたエルフの特徴を聞いたときに、趣味がガーデニングとか聞いた記憶がある。植林のお手伝いとしては適任だけど……と、俺はフィリスティアお義母さんへと視線を向ける。
「どうしたの?」
「いえ、本当に良いのかなと。なんか、娘を早くに亡くしたとか言ってますが」
「お、おぉ、お前は人間なのになかなか良い奴ではないか。もっと言ってやってくれ!」
リーベルさんがすがりついてくる。豪快な手のひら返しである。
思うところは色々あるけど、似たような経験がある立場として同情してしまう。だから、サリアを連れて行くのは可愛そうだと、そんな風に考えたのだけど――
「気にする必要はないわ。早くと言っても三百年近く生きているもの。どっちかと言うと、リーベルさんが長生きなだけよ」
「……なるほど」
一般的なエルフが三、四百年と言ってたから……たぶん少し早い程度なんだろう。あまりにもスケールが大きすぎて想像しにくいけど。
「そういう訳だから。遠慮なく連れて行くと良いわ」
「そうみたいですね」
俺が相づちを打つと、リーベルさんがこの世の終わりというような顔をした。
「お、お前は、わしに味方してくれるのではなかったのか!?」
なにやら言ってくるが――スルー。
娘の件で同情する必要がないのであれば、気遣う義理はない。そもそも、みんなを危険な目に遭わせたことを謝罪すらしてもらっていないな。
と言うことで、俺はサリアに視線を向けた。
「……サリア、うちの領地に来てくれるか?」
「ええ、もちろんよ。木々のことなら、私に任せてよっ」
実は結構乗り気なのだろうか? 緑色の瞳がきらきらと輝いている。そこに、リーベルさんを気遣う様子は見られない。
それを見て、リーベルさんは更に落ち込んでいる訳だけど……まあ自業自得である。
ともあれ、これでエルフの里での目的は果たした。
ミューレの街へ帰って、足湯イヌミミメイドカフェ……じゃなかった、イヌミミ族の受け入れに全力を注ごう!






