エピソード 3ー5 カルロスとの取引
ソフィアとレジスの手引きで、スフィール家の当主カルロスさんとの話し合いの場を設けて貰うこととなった。
そうしてやって来たのはスフィール家の執務室。俺は机を挟んでカルロスさんと向き合っていた。カルロスさんの側には、レジスが控えている。
「おおよその話は聞かせて貰った。正直、キミがその様な状況下にあることに俺は驚いている。まずは、情報の確認をさせて貰っても良いだろうか?」
「ええ、もちろんです」
「まずは一つ目だ。キミが妾の子供だというのは知っていたが、離れに隔離されているというのは事実なのか?」
「ええ、事実です」
「では、家では疎まれていると?」
「……はい」
頷いた瞬間、カルロスさんの蒼い瞳に落胆の色がにじんだ。
まあそうだよな。俺と娘を結婚させようとしてるのは、グランシェス家との繋がり強化が目的だろうし、疎まれてる子供じゃ意味は薄いって思うだろう。
……うぅん、隠しておくべきだったか? ……いや、そこで嘘を吐いたらフェアじゃない。それに、今更手遅れだ。
もしかしたら、この時点で協力を断られるかもと思ったけど、カルロスさんは長い沈黙の後に「そうか」とだけ呟いた。
「では次の質問だ。莫大な利権を取引のカードにという発想は理解できる。確かにそれならばスフィール家はもちろんのこと、グランシェス家も納得するだろう」
カルロスさんはそこで一度言葉を切り、「ただし――」と、どんな挙動も見逃さないとばかりに俺を見据えた。
「その様な利権を得られる方法が本当にあるのなら、だが」
射貫くような視線。流石は伯爵家の当主と言うべきか、並大抵のプレッシャーじゃない。けど、俺にとっては予想通りの問いかけで、何らびくつくような理由もない。
俺はカルロスさんの視線を真正面から受け止めた。
「もしこの地方で砂糖が量産できれば、いかがですか?」
「砂糖、だと? 残念だが、砂糖は気温の低いところでしか作れぬ」
カルロスさんの顔に失望が浮かぶ。だから俺は、それが早計だと知らせる為に、とびっきり意味ありげに口の端を吊り上げて見せた。
「そうですね。テンサイは寒い地方でしか育たないので、暖かいグランシェス領やスフィール領での栽培は不可能でしょうね」
「なにが言いたい? どこかで生産して輸送するとでも言うつもりか?」
「いいえ。この地方で栽培できる、砂糖の元となる作物を知っています」
「……なん、だと? その様なモノが本当に存在するのか?」
「ええ、間違いありません」
「つまり、砂糖を独占的に大量生産が可能と言うことか。もしそれが事実なら取引材料としては十分すぎる。キミ達の自由は確実に得られるだろう。だが……それが事実なら、どうして直接取引をしない?」
「俺が名声を得ると、キャロラインさんが黙っていないからです」
「ふむ。確かに、筋は通っているな……」
うぅん。事実なら凄いけど、にわかには信じられない――ってところかな。まあ俺は嘘を吐いてるわけじゃないので、正直に話していこう。
「砂糖が安価になれば、プリンを初めとしたお菓子も幅広く販売出来るようになります」
「プリンというと……おぉ、あのとろっとした不思議な食感のお菓子か。あれは確かに美味い。だが、あれは日持ちがしないのではないか?」
「え? あぁ、確かにそうですね」
冷蔵庫に入れても数日が限度。この世界だと常温で保存するのが普通なので、一日が限界だけど……なんでそんなことを知ってるんだ?
「実は販売しようと思って色々調べさせて貰ったんだがな。日持ちがしないとのことで諦めたんだ」
「なるほど……」
と言うか、販売しようとしたのか。いや、別に俺が発明した訳じゃないし、この世界で商品登録とかないから問題はないんだけど……まぁ良いや。
「プリンは日持ちがしませんが、俺はいくつか日持ちのするお菓子のレシピを知っています。ですから、そっちを販売すれば問題ないと思います。それに日持ちがしないお菓子でも、大きな街でお店を作れば販売は可能なはずです」
「ふむ。全て事実なら、恐ろしいほどの利権が手に入るが……」
カルロスさんは内容を吟味するように沈黙。暫しの間をおいてそばで話を聞いていたレジスへと視線を向けた。
「お前は今の話を聞いてどう思った?」
「わたくしには内政的な知識はないゆえお答えしかねます。ですが……ソフィアお嬢様は、リオン様を完全に信用なさっております」
「……ソフィアが、か」
お、これは良い流れだ。ソフィアの恩恵の前にはどんな悪意も隠し通せないから、俺が嘘を吐いてないって言う何よりの証拠になるだろう。
カルロスさんも同じように考えているようで、態度を軟化させた。
「リオンくん。確認させて欲しいのだが、先ほどの話はうちに仕切らせてくれると言うことで良いのだろうか?」
「もちろんです。人材や資金など、実質スフィール家頼みになりますので、俺は自分達の自由さえ確保できれば文句はありません」
「ふむ。ではもう一つだけ確認だ。キミは自由を求めていると言ったな? つまり、ソフィアとの結婚を望んでいないと言う意味だろうか?」
うぐっ。そ、そうだよな。ソフィアに話しても、カルロスさんに話を通さなきゃ意味ないよな。言い訳を考えてなかった、これは気まずい!
「ええっと、それはですね。その……」
「……ソフィアが嫌いという意味ではないのだな?」
「それはもちろん! ソフィアは凄く良い子だし、一緒にいて楽しいです。ただ、お互いまだ子供なので、今はそんな風に考えられないというかなんというか……」
「そうか。ならば、養子にすると言った形なら文句はない訳だな?」
「え、えぇ……構いませんが……」
「よし、判った。ではその方向で話を進めよう」
え、そんな簡単に納得して良いのか? ……え、本当に?
「では、細かい取り決めだが――」
俺の心配をよそに、話はトントン拍子で進んでいった。
そうしてカルロスさんとの話し合いは瞬く間に終了。これで俺達は自由を得られると喜び、意気揚々とグランシェス家の屋敷へと戻ったのだが――
「――リオン、貴方を拘束します」
家で待ち受けていたのは、キャロラインさんの無慈悲な一言だった。






