エピローグ
ケント将軍と彼に従っていた騎士達は全員拘束された。そして彼らが連行されるのと入れ替えに、アリスとリズが飛び込んでくる。
「リオン、ソフィアちゃん!」
「二人ともご無事ですか!?」
目にもとまらぬ早さで謁見の間に乱入し、まっすぐに俺とソフィアのもとに駆け寄ってくる。その姿を目にした俺は思わず――
「リズが、キビキビ動いてる、だと!?」
「――お兄様!? わたくしだって、いつもドジを繰り返してる訳じゃないですわよ!?」
俺の突っ込みにムキになって言い返す。そんな彼女を見て、あぁいつものリズだなと俺は安心した。やっぱり、リズはこうでなくっちゃ。
「……と言うか、リオン達は無事なの? なんか戦闘が始まってるような雰囲気だったから急いで駆け込んできたんだけど、もう終わっちゃった?」
「あぁ……気配察知の恩恵か」
城の門からここまで結構な距離があるのによくそこまで把握できるな――程度の感想しか抱かないのはわりと毒されてる気もするけど、まぁいつものことだ。
俺は実は――と、ケント将軍の反乱について二人に説明した。
「そういう事情ですか。なら、私達を襲撃したのは、ケント将軍の独断ということですわね」
話を聞き終えたリズが皇帝陛下に向かって問いかける。
「うむ。そうだが……おぬしは?」
「申し遅れました。私はリーゼロッテ・フォン・リゼルヘイム。リゼルヘイム王家の第三王女ですわ。お初にお目にかかります、グラニス皇帝陛下」
「おぉ……おぬしがかの有名な歌姫か。よくぞ参られた。そして……このたびの一件、誠に申し訳ないことをした」
皇帝陛下が深々と頭を下げた。皇帝が公式の場で他国の姫に頭を下げるなんて、普通じゃあり得ないと思うんだけど……事態が事態だからなぁ。
高官達も少しざわめいた程度で、不満な態度をとる者はいないようだ。
「頭を上げてください、皇帝陛下。事情はリオンお兄様から伺いましたので、ザッカニア帝国に対してなんらかの抗議を行うことはいたしませんわ」
「なんと。今回の件、不問にしてくれると申すのか?」
「もちろん、襲撃に荷担した者達については相応の処分をお願いしますが」
「それは無論だ。他国の姫の暗殺を企てるだけでも処刑は免れん。必ずや全員に相応の罰を与えると約束しよう」
「それを聞いて安心しましたわ」
穏やかに微笑むリズ。安心しましたとか言っているけど、凛としたお姫様っぽいリズを見て俺はちっとも安心できない。
「それで、リーゼロッテ姫。このようなことを言うのは心苦しいのだが、許して頂けるというのであれば、城壁を壊すのを止めて頂けないだろうか?」
そう言えば……いまだに地響きは続いたままだ。精霊魔術はまだ止まっていない……って、あれ? たしかリズの精霊魔術って……
同じことに思い至ったのだろう。リズはあっと声を漏らした。
「ええっと……申し訳ありません。わたくしの精霊魔術は一度発動すると、自分では止めることが出来ないんです」
「……なにを言っているのだ? 魔術は行使をやめれば即座に止まるものであろう?」
「わたくしの精霊魔術は、その……特殊で、行使をやめても即座に止まらないんです」
「そ、そうであったか。それでその、効果はいかほどであろう? さすが数刻ということはないと思うのだが、四半刻くらいは持続するのだろうか?」
「いえ、それがその……三日、ですわ」
「……すまんが、聞き間違ったようだ。三刻と申したのか?」
「いえ、三日ですわ。だから……その、すみません。城壁は全部壊れると思います」
リズの言葉を肯定するように、再び城壁が崩れるような地響きが響いた。
三日も続くことに驚いたのか、はたまた一度の行使で城壁がすべて破壊されることに言葉を失ったのか、もしくはそれをうっかり使ってしまったリズに呆れているのか。
ザッカニア帝国の人々は頬を引きつらせた。
だけど……まあ、怒りに我を失って城壁を全部破壊しちゃうとか、とんでもないのにちょっと抜けてるところはリズっぽい。俺はなんとなく安心した。
――ケント将軍の反乱騒動からちょうど四日が過ぎた。もう少し分かりやすく言うと、リズの精霊魔術が収まってから一日である。
ちなみに、そのあいだには色々なことがあった。
まず、ケント将軍を始め、暗殺にかかわった人間はすべて処刑された。その数およそ三十名ほど。暗殺の実行犯とは他に十名ほど。強硬派の大半がかかわっていた計算である。
なお、ライナス教皇は暗殺にはかかわっていなかった。彼は自分の性癖を満たすためだけに、ケント将軍の強硬論に賛同していたようだ。
もっとも、暗殺計画に荷担していなかったと言うだけで、彼自身も随分と汚いことをやっている。アヤシ村を滅ぼしたのも、彼の目的のためだった。
ただ、彼は教皇という立場なので、下手に裁いては暴動が起きかねない。表向きは病に伏したという名目で、生涯幽閉されることとなった。
そして、暗殺自体は知らなかったけど、反乱に荷担したという者達は、大半が降格などで許されたらしい。様々な思惑が行き交った結果なんだろうけど……他国の方針に口を出すつもりはない。
ともあれ、ザッカニア帝国を騒がしたあれこれは一応の決着を見せたのだ。
――そんな四日目の午後。
俺達――俺とアリスとソフィアは、皇宮の中庭へと集まっていた。そして集まっているのは俺達だけではなく、ザッカニア帝国の重鎮達も集合している。
ザッカニア帝国の皇帝であるグラニス皇帝と、リゼルヘイムの第三王女であるリーゼロッテ姫による、両国の同盟を結ぶ調印式を見学するためだ。
中庭に設置された壇上では、リズとグラニス皇帝が並び立っている。そしてその横、オリヴィア姫が、両国のあいだで交わされる同盟の内容を読み上げていた。
両国は友好を持ち、困ったときは助け合う。そしてリゼルヘイムはザッカニア帝国の者をミューレ学園に受け入れ、技術支援を行うという内容。
もちろん、事前にリゼルヘイムの国王にも確認済みだ。
「――同盟の内容は以上です。両国ともに異存がなければ羊皮紙にサインを」
オリヴィアが壇上に設置された机の上に同盟の内容が書かれた羊皮紙を置く。まずはリズがサインをし、続けてグラニス皇帝陛下がサインをする。
「ここに、両国の同盟は締結いたしました!」
両名のサインを確認したオリヴィアが宣言。中庭に盛大な拍手が響き渡る。こうして、ザッカニアでの俺の任務は完了したのだ。
「――さて、皆の者。これで我がザッカニア帝国と、リゼルヘイムは同盟国となった」
喝采が静まるのを待ち、皇帝陛下が皆に対して言葉を発す。
「しかし、我が国にはまだ一つ大きな問題が残っている。先日、愚かにも我が国の将軍が反乱を起こし、ここにいるリーゼロッテ姫に危害を及ぼそうとしたのだ」
将軍は大々的に処刑されたので、もちろん皆はそのことを知っている。だけど、なぜいまその話をするのかと俺は驚いた。
なのに……なぜか俺以外は誰も驚いていない。
「周知の通り、ケント将軍とその仲間は既に処刑した。だが、本来であればその程度で許されることではないだろう。にもかかわらず、リーゼロッテ姫は不問にすると言ってくれた」
皇帝陛下の演説の横、リズは無言で微笑んでいる。
もしかしてこれは、既に問題は解決したというパフォーマンスなんだろうか? これだけ大々的に宣言しておけば、後でとやかく言われることもないだろうしな。
そう思ったのだけど、続けられた言葉で、俺は自分の予想が外れていたことに気づく。
「リーゼロッテ姫の申し出は大変ありがたい。しかし、我が帝国はリゼルヘイムと手を取り合うと決めたのだ。ここで厚意にただ甘える訳にはいかぬ。よって――オリヴィア」
「――はい、お父様」
名前を呼ばれたオリヴィアは、静かに壇上の正面へと進み出た。それも、皇帝陛下とリズのあいだへ――である。なんだか、非常に嫌な予感がする。
「皆も知っての通り、彼女は帝国の第三王女――我の娘だ。そのオリヴィアを謝罪の印として、リゼルヘイムに差しだそうと思うのだが……リーゼロッテ姫、いかがですかな?」
「謝罪の印と言われてしまえば、お断りする訳にはいきませんわね」
ノータイムで答える。そんなリズを見て俺は悟った。これはあらためて決められていたことを、さも今提案したかのように話し合っている、予定調和なのだと。
その予想を肯定するかのように、リズが続けて口を開く。
「オリヴィア姫の扱いについてですが、わたくしから提案があります。このたび両国が手を取り合えたのは、ひとえにお兄様――こほん。リオン伯爵のおかげ。なので、オリヴィア姫をリオン伯爵の義妹にするというのはいかがでしょう?」
待て待て待てっ、そこでなぜ義妹になった!? いや、分かるけど、分かるけど! いくらなんでも強引すぎる!
なんて俺の心の叫びもむなしく、皇帝陛下は「それは素晴らしい」と相づちを打った。
えぇい、白々しい!
「リオン伯爵と言えば、リゼルヘイムに技術革命を起こした中心人物で、国王からの覚えもめでたいと聞く。そのリオン伯爵の義妹であれば、オリヴィアも喜ぶでしょう」
「では、そのように。――リオン伯爵、よろしいですね?」
唐突に、壇上からリズが俺に向かって問いかけてくる。
よろしいですねもなにも、よろしくないに決まっている。しかし、しかし、だ。ここでよろしくないと言えるだろうか?
リゼルヘイムとザッカニア帝国の同盟の第一歩。それを、俺が嫌だとぶちこわしにする。そんなマネが、出来るだろうか?
……どう考えても出来る訳がない。
でも、だけど……ぐぎぎ。ここで認めてしまえば、俺に義妹が増えると言うこと。そしてそれは、クレインさんとの賭に敗北すると言うことだ。
そうしたらもう、きっと義理の姉妹の増加は止まらない。それだけは、それだけは……っ。
「リオン伯爵、返事はどういたしました?」
「……み、身に余る光栄でございます。しかし、ご再考頂けないでしょうか?」
「不満だと言うのですか?」
リズがしれっとそんな風に切り返してくる。ちくしょう、分かってるはずなのに、分かった上で追い詰めてくるとか。リズのくせに、リズのくせに、リズのくせにぃ!
「不満などございません。しかし――」
俺はそこで一度言葉を切り、皇帝陛下へと視線を向ける。
「私はただの伯爵にございますれば――」
俺がそう切り出した瞬間、リズやオリヴィア、そして皇帝までもが吹き出した。まったくもって遺憾である。自重しないのは周囲だけで、俺は一般人なのに。
ともあれ、ここで引き下がる訳にはいかないと、俺は皆の反応を無視して続ける。
「オリヴィア姫を私の義妹になどと、あまりにも恐れ多いことです」
「……ふむ。つまり、リオン伯爵が我の養子になり、次期皇帝になりたいと申すのか?」
「申しませんよ!?」
慌てて否定する。突然なんてことを言い出すんですかね、この皇帝様は。冗談にしてもたちが悪すぎる。
……って、冗談だよね? なんか残念そうに見えるのは気のせいだよね?
「私はオリヴィア姫にはなにかと助けられました。ですから、オリヴィア姫の意に沿わぬまねはしたくないのです」
俺が嫌なんじゃなくて、オリヴィアの心配をしてるんだよと強調する。
「……なるほど、リオン伯爵の言い分は分かった。その辺はどうなのだ、オリヴィア」
よしっ! これでオリヴィアが嫌だと言えば、再考されるだろう。そうしたらこちらから色々提案して、うやむやにしてしまえる。
だから、言いたいことを言ってしまえとオリヴィアに視線を向ける。そんな視線を受け止めたオリヴィアは微笑みを一つ。
「あたくしはミューレの街へ、ぜひ行きたいですわ」
………………え?
「――噂以上にステキな街でしたもの。足湯メイドカフェのパフェとか特に」
ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!? そうだ、彼女も足湯メイドカフェの魔力に取りつかれてたんだったぁぁぁぁ!
「そうか、なら問題はないな。――そういう訳だ。リオン伯爵、娘をよろしく頼む」
「…………………………はい」
色々言いたいことはある。色々と言いたいことはあるけど……足湯メイドカフェの素晴らしさのせいなら仕方ない。なにより、足湯仲間を邪険にすることは出来ない。
こうして、両国は同盟を結び――俺の義妹が増えた。
あえてもう一度言おう。俺の義妹が――増えた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
隣国ではっちゃけるリオン達のお話、楽しんで頂けましたでしょうか?
よろしければ、感想や評価を頂けると嬉しいです。
次回はキャラ紹介を挟みまして、七章へと続きます。
それとここしばらく宣伝が続いていて申し訳ないのですが、十八歳以上の男性向けに宣伝です。あっちの方に、こっそり進出しました。
ペンネームが違っているので、興味を抱いたかたは、ヤンデレ女神の箱庭のあらすじを覧ください。






