エピソード 4ー1 教皇の悪事
謁見の間で、ソフィアがいきなり教皇を投げ飛ばした。そのことに周囲は騒然となる。そして当然と言えば当然のごとくに、近衛騎士達が俺とソフィアを取り囲んでいる。
あわや戦闘になるかと思ったけど、それは寸前のところで皇帝陛下が止めてくれた。けど、即座の戦闘を止めただけ、謁見の間での凶行に皇帝陛下の表情は硬い。
「……リオン伯爵、これは一体どういうつもりなのだ?」
「えっと……俺にもよく分からないんですが。……ソフィア?」
俺は説明を求めてソフィアを見る。ソフィアはひっくり返した教皇の背中を、ひねりあげた腕ごと踏みつけて拘束していた。
「リオンお兄ちゃん、この人だよ」
「ええっと……なにが?」
「リゼルヘイムの調査隊に、ミュウさんやサリアさんを誘拐し、アヤシ村の住人を皆殺しにさせた人。そして目的は、リゼルヘイムの技術力を計るため……だけじゃないね」
「そう、か……」
この状況でいきなり行動に移すのは肝が冷えたけど、理由を聞いて納得だ。むしろ、いきなり首を切り裂かなかっただけでも、成長したと言えるだろう。
それくらい、俺も怒りがこみ上げている。
本音を言えば、同盟を結んでからと言いたいところなんだけど……それが分からないソフィアじゃない。それでもこの場で投げ飛ばしたのは、一刻も早い対応が必要だからだろう。
だから、俺はコホンと咳払いを一つ、皇帝陛下へと向き直った。
「恐れながら申し上げます。この者は、我が国の民に手をかけた黒幕でございます」
「民に手をかけた……それは、リゼルヘイムを調査するために行った行為のことだろうか?」
皇帝陛下は渋い表情を浮かべた。
それもそのはず、オリヴィアから聞いた話によると、リゼルヘイムの技術力を調査するためのあれこれは、強硬派が強く主張し、皇帝陛下が渋々とはいえ認めたそうだからな。
その主犯としてライナス教皇を弾圧したら面倒なことになるのは俺にも分かる。
だけど――
「ソフィアが言うには別の目的があったようです」
「別の目的、だと? 教皇殿、いまの話は誠なのか?」
「冗談ではありません。そのような戯れ言、嘘に決まっているではありませんか!」
「う、む……そう、であろうな」
ソフィアに踏みつけられたまま訴える教皇に、皇帝陛下は言葉を濁しつつも同意する。
いきなり暴れ出したソフィアの言い分と、被害者である教皇の言葉。皇帝陛下も周囲の人間も、教皇を信じる流れのようだ。
だけど――ソフィアには心を読む恩恵がある。
「……おじさんのお屋敷に、地下へと続く隠し扉があるでしょ? そしてその地下には、リゼルヘイムで攫ったエルフの他にも、非合法な手段で集めた奴隷を閉じ込めてるよね」
「な、なんのことだ!?」
明らかに動揺している。それが分かったのだろう。周囲の空気が少しだけ変化した。そして当然ながら、ソフィアの攻撃はこの程度じゃ止まらない。
「ごまかしたって無駄だよ。ミュウさんは……オリヴィアさんに引き取られたせいで手に入れられなかったけど、エルフのサリアさんは手に入れたってニヤついてたよね? 他にも滅ぼした村の娘を攫っているし、信者の女の子も、その親を陥れて借金を負わせ、奴隷として買い取っているね?」
「……デ、デタラメだ!」
「デタラメなんかじゃないよ。おじさんが心の中で予想しているとおり、ソフィアは人間の心が読めるんだよ。だから、どれだけとぼけたって無駄だよ」
「くっ、こ、この……っ。皇帝陛下、この少女の申すことはすべて妄言。今すぐ引っ捕らえてください!」
教皇が声を荒げるが、先ほどと違い、皇帝陛下は頷かなかった。そしてその代わり、皇帝陛下はそばに控えるオリヴィアへと視線を向けた。
アーニャの恩恵で事実を確認しろという意味なのだろう。その意図を理解したオリヴィアがアーニャへと視線を向け――皆の視線がアーニャへと集まる。
「……彼女の言葉は事実です。少なくとも私の恩恵で嘘は感じられません」
その言葉に、謁見の間が騒然となった。
無理もない。リゼルヘイムの人間を誘拐自体は、情報収集に必要だったと言い訳をすることも出来るけど、教皇が信者を陥れて奴隷にとか完全にアウトだもんな。
「――静まれ!」
皇帝陛下が叫ぶ。直後、ざわめきは波が引くように消え、謁見の間に静寂が訪れた。
「そなた、ソフィアと言ったか? その者から話を聞きたいので引き渡してくれないか?」
「分かりました、皇帝陛下」
ソフィアはそつなく答え、足の下でつぶれていたライナス教皇を解放。俺達を囲んでいた近衛騎士の一人に引き渡した。そうして、とことこと俺の元に戻ってくる。
「えへへ、驚かせてごめんね?」
「いやまぁ……それは良いんだけど」
そもそも、驚いたのは俺がソフィアを信じ切っていなかったからだ。いくら信じられない行動でも、ソフィアの行動に意味があることくらいは予想するべきだったと反省する。
でもいまはそれより――と、ライナス教皇と皇帝陛下へと視線を移した。
「……ライナス教皇。アーニャは先ほどの言葉が事実だと言っているが、おぬしになにか申し開きはあるか?」
「……もちろんあります。アーニャ殿の言葉が真実とは限りません」
「ほう? 教皇殿は、我が娘に仕える騎士が嘘をついていると申すのか?」
「恐れながら。我がフェルミナル教団の発言力を、穏健派である貴方達が煙たがっているのは周知の事実。私を陥れる理由は十分にあるのでは?」
「それは……」
皇帝陛下が苦虫をかみつぶしたような顔をする。
皇帝陛下自身は、教皇の言葉が出任せであることは理解しているだろう。だけど、それなりに説得力のある言葉であれば――もともと教皇を支持していた強硬派は信じてしまう
再び、謁見の間にざわめきが広がった。
だけど――
「それであれば、ライナス教皇殿のお屋敷を捜索してみれば良いのでは?」
俺達にとって追い風となる一言が発せられた。そしてその言葉が、強硬派の一人――俺達に突っかかってきた経験のあるケント将軍であることに驚く。
「ケント将軍、貴様裏切るのか!?」
「これは異な事をいう。たしかに俺は教皇殿と同じ強硬派の人間だが、この国に対しての非合法な行いまで容認している訳ではないぞ?」
「貴様とて、リゼルヘイムの調査には賛成したではないか!」
「リゼルヘイムの調査に賛成しただけだ」
「貴様、良くもそのようなことをぬけぬけと! そもそも貴様が――」
「もう良い。その者を黙らせろ! そして事実が確認できるまで、部屋に閉じ込めておけ」
ケント将軍の一声で、近衛騎士がライナス教皇を締め上げてその口を封じる。そうして、抵抗する彼を連行していった。
「皇帝陛下に申し上げます。ライナス教皇殿の屋敷を至急調べさせたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「ふむ……そうだな。事実を確認する必要もあるし、実際に娘達が監禁されているのなら、すぐに助け出す必要があるだろう」
「ありがとうございます。そして、もう一つお願いがございます。屋敷の捜索にあたって、彼女の力を借りたいのですが……」
彼女というのはもちろんソフィアのことだろう。隠し部屋がどうとか言っていたから、その案内だと思う。その話を聞いた皇帝陛下は「そうだな……」と俺を見た。
「リオン伯爵、いかがだろうか?」
「もちろんかまいません。そもそも捕らわれている者の中に、私の探しているエルフがいるようなので、こちらからお願いしようと思っていたところです」
「……ふむ。そういうことであれば、リオン伯爵に屋敷探索の指揮をまかせよう。リオン伯爵の探しているエルフが見つかるかは分からんが、その方が納得できるだろう」
「かしこまりました」
リズ達が到着するまでもう少し時間があるはずだし、どの道この状況では同盟を締結するどころではない。だから、ライナス教皇の屋敷を探索するのはかまわない。
かまわないのだけど……ケント将軍は強硬派の人間で、言うなれば俺達を良く思っていないはずの存在だ。それなのに、俺達に味方をするかのような行動が少し気にかかる。
考えすぎ……なのかな?
新作、ヤンデレ女神の箱庭も連載中です。
あらすじは前回少し触れたので、今回は頂いた感想なんかを軽く抜粋して紹介します。
「ローズちゃん可愛い」「つんでるじゃねえか!」「どすけべぇ……」「ローズ可愛かった」「ヤンデレこわいな」「ローズちゃん可愛い!」「エロくてグッジョブです!」
緋色的にはローズちゃん大人気、やったーな気分ですが、あの展開でこの感想の数々……みなさんツワモノですね(^^;)
と言うか、この感想でどんな作品か……分かる人がいるんでしょうかw
昨夜、一章のエピソード1が終わり、今日からエピソード2が開始します。きりが良いところまで読めるので、気になった方はぜひご覧ください!
あと少しで月間総合に入れそうな感じなので、読んで頂けると嬉しいです。
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