エピソード 3ー4 義妹は恋愛対象ですよね?
数週間後、俺は再びスフィール家にお邪魔していたんだけど――
「ようこそいらっしゃいましたリオン様、そしてクレアリディル様。すぐにソフィア様がいらっしゃいますので、どうぞ席でおくつろぎ下さい」
出迎えてくれた執事――レジスの言葉通り、俺の隣りには何故かクレアねぇがいる。前回なにやら企んでいたのは、これのことだったらしい。
「良く同行を許可して貰えたよな」
「ソフィアちゃんとは知らない仲じゃないし、繋がりを維持する為にも挨拶に行っておきたいってお母様にお願いしたら、二つ返事で許可してくれたわよ?」
二つ返事で許可、ねぇ。あのキャロラインさんが、俺と一緒に外出するのを許可? なんか裏があると勘ぐってしまうのは警戒しすぎなのか?
まあ、考えてもしょうがないんだけど。
「ちなみに、知らない仲じゃないって、親しいのか?」
「スフィール家とは古い付き合いよ? 知らなかった?」
「あぁ……そんな話を聞いたような、聞かなかったような」
そんな風に記憶を探っていると、クレアねぇが呆れ眼を向けてきた。
「弟くんって、物凄く色んな事を知ってるのに、意外と知ってて当たり前のようなことを知らないわよね?」
「うくっ」
痛いところをついてくるな。俺の情報源はミリィとアリスだけだから、知ってる情報に偏りがあるんだよなぁ。
「どうかした……あ、そっか。弟くんには家庭教師の先生が……ごめんなさい」
「良いよ。別に気にしてない。と言うかクレアねぇには色々助けて貰ってるから、気にされたらこっちが困る」
「……ありがとう」
「良いって。それよりソフィアが来る。暗い顔をしてたら何事かと思われるぞ」
廊下をコツコツと歩く足音を聞き、クレアねぇをたしなめる。程なく、ソフィアがレジスを伴ってやって来た。
部屋に入ってきたソフィアは、視線を巡らせて俺を見つけると、その表情を花開くつぼみの様にほころばせた。そして金色のセミロングを揺らしながら駆け寄ってくる。
「リオンお兄ちゃん、来てくれたんだねっ!」
「もちろん、ソフィアと約束したからな」
「えへへ、嬉しいなぁ」
俺の目の前で本当に嬉しそうにはしゃぐ。なんの思惑もない純粋な笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。
「――お嬢様、まだご挨拶が終わっていませんよ?」
「え? ……クレアリディル様!?」
レジスに言われて気付いたのだろう。ソフィアは慌ててクレアねぇに向き直り、
「お久しぶりです、クレアリディル様。ようこそおいで下さいました」
体裁を整えて優雅にスカートをつまんで膝を曲げる。俺に気を取られて対応が遅れたとは言え、ソフィアはまだ七歳。上々と言える対応だろう。
だと言うのに、
「……納得いかないわ」
クレアねぇは不満気にプラチナブロンドの髪を掻き上げた。
「あ、あの、すみません。今日はリオンお兄ちゃんが来ると聞いて、舞い上がってしまって。その、不快にさせたのなら謝罪します」
「違う、そうじゃないわ。リオンは私の弟くん。そして貴方はリオンをお兄ちゃんと呼んでる。だったら、あたしはクレアお姉ちゃんでしょ!?」
……………はぁ。そんなことだろうと思った。でもソフィアにとっては予想外だったんだろう。パチクリとまばたきをしている。
なんだか懐かしいな。俺も最初の頃に同じような事を言われて、今のソフィアみたいな反応をしたっけ。
「あ~ソフィア? もし嫌じゃなければ、お姉ちゃんと呼んでやってくれ。それは、クレアねぇなりの親愛の証みたいなモノなんだ」
たぶん――と心の中で付け加える。
「クレアお姉ちゃん……ですか? よろしいのでしょうか?」
「あたしは、ソフィアちゃんにそう呼んで貰えたら嬉しいわ。もちろん、ソフィアちゃんが嫌なら、今まで通りでも構わないけどね」
クレアねぇはソフィアちゃんが決めて頂戴と、その紅い瞳を覗き込む。……もしかして、クレアねぇはソフィアの恩恵を知ってるのか?
いや、知ってるんだろうなぁ。クレアねぇはソフィアの視線を真っ向から受け止め悠然と微笑んでいる。
……あれ? おかしいな。クレアねぇが凛々しく見える。俺の知ってるクレアねぇは何処に行ったんだ?
「リオンお兄ちゃんが、クレアお姉ちゃんを見ていけないことを考えてるよ?」
「――ちょ、ソフィア!?」
予想外の方向からの突っ込みに慌てる。――が、時既に遅く、こちらを向いたクレアねぇににっこりと微笑まれた。
「……弟くん?」
「ご、誤解だ。クレアねぇがお嬢様然としてるのを見るのが初めてだから、ちょっと新鮮だなって思ってただけだから!」
「本当かしら?」
「ほんとほんと。と言うかほら、ソフィアがクレアねぇをお姉ちゃんって呼んでるぞ?」
「あ、そう言えば……」
クレアねぇがソフィアへと視線を向ける。ふぅ助かった。
「ソフィアちゃん、あたしをお姉ちゃんと呼んでくれるの?」
確認に問いかける。そんなクレアねぇに、ソフィアは少し照れくさそうにはにかんだ。
「クレアお姉ちゃん。その……よろしく、ね?」
「~~~~っ。なにこの子、可愛すぎよ!? 弟くん、この子あたしが貰って良い?」
「……ダメに決まってるだろ。と言うか、少し落ち着け?」
話が進まないだろと、クレアねぇの襟首を引っぱって席に座らせる。そうして俺は改めてソフィアに視線を向けた。
「今日は話があるんだ。悪いけど、少し時間をくれないか?」
「お話って?」
「実は――」
俺は前置きを一つ。俺が妾の子であるが故に、継母に敵視されていること。そして自由を得る為に、自分で商売を始めようとしていることを正直に話した。
そして、スフィール家の当主カルロスさんに話を通して欲しいんだけど――と言った方向で話を終えたんだけど、
「……リオンお兄ちゃんは、ソフィアと結婚するのが嫌なの?」
その反応は予想外で、返答につまってしまう。
「い、いや、それは……」
「嫌なの?」
「違う、そうじゃなくて。俺達はまだ子供だろ? だから、そういうのを考えるのは少し早いというかだな。ええっと……」
まいったな。初めて尋ねた時も会うのを嫌がってたし、ソフィアも両親がかってに決めた縁談は望んでないと思い込んでたんだけど、まさかそう来るとは。
などと考えていると、クレアねぇがあたしに任せてとばかりに目配せをしてきた。大丈夫かなぁ……なんか悪化しそうな気がするけど、自信満々っぽいし任せてみるか。
それを視線で伝えると、クレアねぇは小さく頷き、ソフィアへと向き直った。
「ねぇソフィアちゃん。貴方は弟くんをどう思ってるの?」
「リオンお兄ちゃん? えっとね、リオンお兄ちゃんは心が凄く綺麗なの。だから一緒にいて凄く安心するんだぁ」
……あぁそっか。ソフィアは恩恵で他人の感情が判るから、内心と建前を使い分ける人が苦手なんだな。つまり、ソフィアの好きは恋愛感情ではなく親愛の感情。
クレアねぇにもそれが判ったのだろう。それなら心配要らないわと微笑んだ。
「あのね、ソフィアちゃん。弟くんは貴方を嫌ってる訳じゃないの。ただ貴方を、義理の妹にしたいと思っているだけなのよ」
「……そう、なの?」
ソフィアは不安げに俺を見ると、おずおずと俺の手を握って来た。
「……リオンお兄ちゃんは、ソフィアが嫌いじゃない?」
「もちろん。ソフィアとお話しするのは楽しいよ」
それは俺の偽らざる本心だ。
ただ、ソフィアは精神年齢が幼すぎて、恋愛対象として思えないのだ。どっちかって言うと、小さい頃の紗弥を見ているようで護ってあげたくなる。
「……そう、なんだ」
俺の感情を読み取ったのだろうか? ソフィアは金色の髪を揺らし、再びクレアねぇへと向き直る。
「ねぇクレアお姉ちゃん。リオンお兄ちゃんの妹になれば、ずっと一緒にいられる?」
「もちろん。ソフィアちゃんが望むなら、いつだって一緒にいられるわ」
「そっかぁ~、だったらソフィアは妹でも良い! あっ、だけど……」
嬉しそうに微笑んだのは一瞬。その表情が直ぐに曇る。
俺はそれがどうしてか判らなかったんだけど、クレアねぇには判ったんだろう。愛おしいモノを見るように目を細めた。
「大丈夫よ。もし将来一緒になりたいと思っても心配いらないわ。うぅん、むしろ有利だとも言えるわね。だって、弟くんは姉妹しか愛せない性癖の持ち主だから!」
――ちょっ!? 俺は漏れそうになった悲鳴をとっさに飲み込んだ。
と言うか、なにを言ってくれやがるんだこのバカ姉は! それじゃ俺がただの重度のシスコンを通り越したヘンタイじゃないか!
そもそも、そんな意味不明な事を言ったらどん引きされるだけ――
「そっかぁ。それでリオンお兄ちゃんとクレアお姉ちゃんは仲が良いんだね。だったら、ソフィアも妹が良い!」
――受け入れられた!?
いやいやいや。確かにクレアねぇと仲が良いのは否定しないけど、それはそう言う理由じゃないからな!? と言うか、だったら妹が良いってなに!?
そもそもソフィアは相手の感情が判るはずなのに……まさか、俺も深層心理では……いやいやいや、ソンナマサカー。ハハハハ……
って、現実逃避してる場合じゃなく!
「クレアねぇ、いい加減にしろ。盛大に誤解されるだろ!?」
「あら、今のは弟くんの気持ちを代弁しただけでしょ?」
「なにを言って――」
「代弁、した、だけでしょ?」
「………………」
クレアねぇの圧力に負けて沈黙する。ちなみにその緑色の目は、せっかく纏めたのに蒸し返すつもり? と物語っていた。
確かに蒸し返したくはないけど、このままだと俺の人間性が疑われる。だけど、クレアねぇの助けなくして、ソフィアを説得する自信は……ぐぎぎぎ。
落ち着け、落ち着いて考えろ。
此処でクレアねぇの出任せを認めたら、俺は姉妹にしか興味がない性癖の持ち主として、ソフィアに気持ち悪がられ……てはいないけど、なんとなく恥ずかしい。
だけど、だ。此処でちゃんと弁解すれば、改めてソフィアを説得するハメになって、しかも説得する手段が思いつかないから、ソフィアを悲しませるかも知れなくて……あれ?
……このまま受け入れた方が平和じゃないか?
「――今はクレアねぇのやり方に任せよう。そう判断したこの時のリオンは、クレアねぇに外堀を埋められつつある事実にまるで気付いていなかった」
「ちょっとクレアねぇ!? ぼそっと変な解説入れるのは止めてくれ。それに気付いてない訳じゃないから。気付いた上で他に方法がなくて諦めただけだから!」
小声で反論するが、諦めただけと言ってる時点で詰みである。それが判っているからだろう。クレアねぇはクスリと笑みをこぼした。なんか悔しい。






