エピソード 3ー7 ミューレの街視察団
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「いやぁ、ソフィアは本当に強いな!」
「そういうアオイお姉ちゃんも凄く強かったよ!」
戦い終わって……二人は意気投合をしていた。
なんというか……激しい戦いだった。精霊魔術全開のアリスも大概だけど……ソフィアはそれに匹敵する戦闘力を見せつけた。
そして、そんなソフィアと互角の戦いを繰り広げたアオイ。こんな規格外が存在するのなら、ザッカニアが手を出しあぐねていたのも納得だ。
ちなみに二人の戦いは――ソフィアの勝ちだそうだ。俺の主観では完全に互角だったんだけどな。アオイ曰く、スタミナが切れてソフィアの反応速度を上回れなくなった、らしい。
まあ……深くは突っ込むまい。
「リオンお兄ちゃん。ソフィア頑張ったよ!」
「ああ、なんというか……凄かったな」
「えへへ」
俺に褒められたソフィアは凄く嬉しそうなんだけど……なぜか、いつもより一、二歩距離が遠い。いつもなら頭を突き出して、撫でて~とか言ってくるところなんだけどな。
「……どうかしたのか?」
「え、だってソフィアホコリまみれだし、汗も掻いちゃったから」
「なんだ、そんなことか」
俺は距離を詰めて、ソフィアの腕をつかんでぐいっと引き寄せる。そうしてバランスを崩したソフィアを腕の中に抱きしめた。
「リ、リオンお兄ちゃん?」
「ソフィアは俺のためにがんばったんだから、そんなの気にすることないぞ。それにソフィアの汗は嫌な匂いじゃないからな」
なんて言うと変態っぽく聞こえるかもなので言い訳しておくけど、たぶんHLA遺伝子の関係だ。相性の良い相手の汗は臭く感じないらしいからな。
なので、汗に濡れたソフィアはちょっと甘い香りがする。まあ……時間が経つと、さすがに臭くなるかもしれないけど、それはまた別の話。
それはともかく、ソフィアにお疲れ様と言って頭を撫でていると、どこからともなく咳払いが聞こえた。なんだろうと視線を向けると……そこには呆れ眼のアオイがいた。
そういや……広場で戦闘した直後だったな。
「なんというか……さっきまであたいと戦ってた相手とは思えないね」
「ギャップが可愛いだろ?」
「……いやまぁ、そうかもね」
目をそらされた。半刻ほど追求したいところだけど、いまはほかに話すことがあるので突っ込まないでおく。俺は継続してソフィアの頭を撫でつつ、視線をアオイへと定めた。
「それで、勝利したのはソフィアみたいだけど……俺に従ってくれるのか?」
「それは心配しなくて良いよ。強さを証明したソフィアがあんたに従っているんだ。あたいはあんたを主だと認めるよ」
「ふむ。そういう理屈が通るのなら安心だ」
ミューレの街の住人の大半は、イヌミミ族より明らかに弱い。仕事場とかで、弱い人間には従えないとか言い出さないか心配してたんだけど……この分なら大丈夫そうだ。
しかし……奴隷として攫われたイヌミミ族を救い出すなんてカードも用意していた訳だけど、なんか無駄になってしまった。
後でサプライズとして、引き渡すことにしよう。
「それじゃ、さっそく移民を始めたいんだけど」
「それなんだけどね。移民については、一つ確認させて欲しい」
「うん? もちろん好きなだけ確認してくれて良いけど……なにを確認したいんだ?」
「あたい達が移民する環境、だよ」
「それは……グランシェス領を実際に見たいと言うことか?」
「そうだ。ザッカニア帝国は、あたい達を迫害してきた。だから、この地を離れることに抵抗はない。だけど、リゼルヘイムだってあたい達を追い出した国だ」
「信用は出来ないと?」
「あたいだけが、あんたについて行くのなら異論はないけどね」
「なるほど」
みんなの命運を左右することだから、自分の目で確かめたいってことだろう。そういう事情なら問題ないと、俺はアオイの視察を受け入れた。
「よし、決まりだね。――みんな、聞いての通りだよ。あたいはいまからリゼルヘイムを見に行ってくる。それで問題がなさそうなら移民をするから、その準備だけはしておいてくれ。異論のある者はいないね?」
アオイは皆を見回す。
強い者に従うという本能か、それともアオイの人徳か、皆の表情に不満は見られない。もしかしたら、この地での生活に嫌気がさしているというのも理由の一つなのかもしれない。
だけど――一人が「はい」と手を上げた。そして驚くべきことに、異論があると手を上げたのはシロちゃんである。
「……シロ? なにか言いたいことがあるのかい?」
「ボクもそのリゼルヘイムへ連れて行って欲しい!」
「ん? いや、あたいが見て、問題がなければ当然シロも移動することになるよ?」
「それは分かってるけど、ボクも一緒に見に行きたいの!」
「……ふむ。あるじ、シロはこう言ってるけど……かまわないかい?」
アオイが俺を見る。もしかしなくても、あるじとは俺のことだろう。とりあえず、シロちゃんが同行するのも問題ないと伝えた。
――数日後。俺達は船で海を渡り、スフィール領の港へ。そこからさらに馬車でミューレの街へと戻ってきたのだけど……
「……オリヴィアさん、本当に良かったんですか?」
街の中を馬車で進みつつ、俺はなぜか同行しているオリヴィアに尋ねる。
「大丈夫ですよ、アーニャもちゃんと連れてきましたし」
「いや、それは知ってますけど……」
エルザと一緒に、馬車を護衛してくれてるからな。
だけど、あたくしもミューレの街に行きます――とオリヴィアに聞かされたときのアーニャは、かなり必死になって止めようとしていた。心中はお察しだろう。
仕える相手が自由奔放だと大変なんだなぁと、少しアーニャに同情する。
「……リオンお兄ちゃんは、もう少し自分の行いを見つめ直した方が良いと思うよ?」
なんかソフィアにぼそりと突っ込まれた。お母さんに会いに行ってくると、単騎で駆け出そうとするソフィアには言われたくないぞと、心の中で突っ込み返す。
「……ねぇリオンお兄ちゃん」
「うん?」
「ソフィア達、もう少しエルザさんに気を遣ったあげた方が良いかもね」
「……そうだな」
言われてみれば、割と本気で苦労をかけてる気がしないでもない。今度からは、もう少しだけ護衛の気持ちを考えて動くことにしよう。
「うわぁ、見て見てオリヴィア様、街並みが凄くきれいだよ!」
「どれどれ? ……え、これ普通の民家よね? 貴族の屋敷とかじゃなくて」
不意に叫んだシロちゃんの声に、オリヴィアが応える。
オリヴィアはイヌミミ族を保護する側の人間だったと言うこともあるんだろう。二人は旅をする数日間で、すっかり仲良しになったようだ。
でもまあ……シロちゃん曰く、モフモフは俺にされる方が気持ちいいそうだ。それを聞いたオリヴィアは少し落ち込んでいたけど……俺はちょっと優越感だ。
俺がシロちゃんにとって最高のモフニストと言うことだからな。
「風の噂程度には聞いていたけど……本当に帝国とはまるで違うんだね。もしかして、あたい達もこの街に住むことになるのかい?」
同じように景色を眺めていたアオイが尋ねて来る。なので俺は首を横に振った。
「この街のそばに森があるんだ。その入り口あたりに、イヌミミ族の街を作るつもりだ」
「……そうか」
アオイは少し含みのある態度で頷いた。
「正直に言うとな。俺の近しい人間はイヌミミ族を差別したりしないけど……街の住人は、偏見を持ってる人もいると思うんだ。もちろん。差別なんて絶対に許さないけど、な」
それでも最初はゼロじゃないかもしれないからと言うニュアンスを込めて伝える。それに対してアオイが浮かべたのは苦笑いだった。
「もちろん、それは理解しているし覚悟の上だよ。ザッカニア帝国で暮らしているときのように、奴隷狩りに怯えるような暮らしをしなくて良いのなら十分だ。ただ……この街並みを見てしまうとね」
「あぁ、そっちか。それなら心配しなくて良いぞ。最初は仮設住宅になると思うけど、急ピッチでこの街と同じ建物を建ててもらう予定だからさ」
「……あたい達も、こんな立派な家に住めるって言うのかい?」
「イヌミミ族の習慣とかもあると思うし、その辺の調整はするつもりだけどな。基本的には、ここと同じにするつもりだよ」
ちなみに家に関しては、無理のない範囲で賃貸契約とするつもりだ。
イヌミミ族は身体能力に優れているから、ミューレの街で仕事には事欠かない。なんて話しているあいだに、ミューレのお屋敷へと到着した。
精霊のパラドックスが先日完結いたしました。
まだ読んでない方、よろしければどうぞ~






