エピソード 3ー5 モフられ依存症
ザッカニア皇帝の前で大見得を切った後、俺達はオリヴィアの屋敷へと戻っていた。
今後は強硬派の妨害があるかもしれないと言うことで、帝都にいるあいだは屋敷に住まわせてもらうことになったからだ。
ちなみに、エルザやミリィ母さんは宿の方で待機しているのだけど、アリスとソフィアが迎えに行ってくれているので、ほどなくこっちに到着するだろう。
という訳で、俺はお屋敷の一室にて、オリヴィアと今後の予定を話し合うことにした。
「さて、リオン様。早速ですが、一体どういうつもりかお教えください」
「……唐突ですね。一体なんの話……かは聞くまでもありませんね」
「ええ。本来のイヌミミ族は温厚な種族なんです。謁見の間ではリオン様にお任せすると言いましたが、イヌミミ族を殺すつもりなら認める訳にはいきません」
おそらくは皇帝陛下も同意見。あのとき皇帝陛下とオリヴィアが小声で話していたのは、その辺についての確認があったのだろう。
「ご心配なく。俺はイヌミミ族を傷つけたりしませんよ」
「それなら良いのですが……一体どうやって解決するおつもりなのですか?」
「言ったでしょう。帝国にたてつくイヌミミ族を、この大陸から一掃するって」
「一掃……それは、まさかっ、リゼルヘイムへと移住させるつもりですの!?」
「ええ。イヌミミ族がこの大陸からいなくなれば、この問題は解決ですからね。別に足湯イヌミミメイドカフェが作れるなんて考えていません」
「……え?」
「いえ。こちらの話です」
「ええっと、おっしゃっている意味がよく分かりませんが、移住させたら問題が解決というのは分かります。分かりますが……イヌミミ族が応じるでしょうか?」
「それは、俺がイヌミミ族の信頼を勝ち取れるかにかかってますね」
イヌミミ族は人間におびえて暮らしている。安住の地を得られるのなら、それを拒否する理由はないだろう。だから問題は、その話を信じてもらえるか否か。
「信頼と言っても……そのようなことが可能なのですか? リゼルヘイムはかつて、イヌミミ族を放逐したのでしょう?」
「そう聞いてますね」
「でしたら、リゼルヘイムへと移住しても、彼らの境遇は変わらないではありませんか」
「たしかにリゼルヘイムでも差別的な考えを持つ人間はいると思います。ですが……俺が差別なんてさせません。グランシェス領に来るのなら、俺がイヌミミ族を護ります」
そもそも、グランシェス家としても、人材不足にあえいでいるのが現状。六百人――しかも人間より身体能力の優れた集団。これを逃す手はない。
なにより、足湯イヌミミメイドをモフモフするチャンスだしな。
「……リオン様は、本当に凄いですね。普通に考えればあり得ない話なのに、リオン様の口から聞くと、実現できそうな気がします」
「俺は実現するつもりですから」
勝算は……ある。シロちゃんは別れ際、今度俺が遊びに行くまでに、村のみんなに俺のことを話しておくと言った。だからきっと、話くらいは聞いてもらえるはずだ。
そして話を聞いてもらえるのなら……後は俺の努力次第でなんとかなるだろう。
「問題は、皇帝陛下が認めてくださるか否かですが……オリヴィアさんはどう思います?」
「そうですね……イヌミミ族と帝国のあいだにある確執は根深いモノです。この地にいる限り、彼らに対する迫害は終わらないでしょう」
「なら、連れて行っても問題ないと?」
「ええ。あたくし個人としては少し残念ですが……ザッカニア帝国としては助かります。それに、それが彼らのためでしょう」
「決まりですね。俺はさっそく、イヌミミ族をミューレの街に受け入れるために動きます」
まずはクレアねぇに連絡を入れて、受け入れ準備をしてもらう必要があるだろう。それと同時に、六百人が滞りなく海を渡るための船も必要になる。そっちはアカネにまかせよう。
「あたくしに出来ることはありますか?」
「そうですね……奴隷として売られたイヌミミ族がいれば、可能な限り買い戻したい。その手配をして頂けますか?」
「そういうことなら喜んで。ただ、その……買い戻す金額がいくらになるか分かりません。あたくしも、可能な限り出資いたしますが、足りるかどうか……」
「あぁ、お金ならうちが出すから問題ないですよ。取りあえず――」
と、俺は財布を探る。手付かずで残っている金貨が九十枚が入っている。俺はその九十枚を机の上に積み上げた。
「…………え、あの? リオン様? 金貨に見えるんですが、これは一体なんですの?」
「あぁ、心配しなくても手付け金みたいなものなので心配しないでください。あとで足りない分はお渡しします。この十倍くらいで良いですか?」
「おおおっ多すぎですっ! 中には渋る人もいるかも知れませんけど、普通は金貨数枚が相場なので、二、三十人いても買い戻せる金額ですよ!?」
「そう、なんですか? イヌミミ族ってあんなに可愛いのに、思ったより安いんですね」
「いえ、あの……人間はもっと安いんですけど……?」
なにやら呆れた目で見られてしまった。
「と言うか、どうしてこんな大金を持ち歩いているんですか? まさから、ザッカニア帝国に来る前から、こうなることを予測していたのですか?」
「いや、そのお金はたまたま持ち歩いていただけです。この国で使い切ろうと思ってたのでちょうど良かったですよ」
「……たまたま、使い切ろうと……あたくしですら、個人ではどうにもならないような金額なのに。その十倍とか……やだ、この人、ちょっと、常識が通じない……」
――失礼な。とか思ったけど、なんとなく否定するとやぶ蛇っぽいので黙っておく。
「ともかく、手配をお願いできますか?」
「ええっと……はい、分かりました。お任せください、リオン様」
なんか俺を見る目が変わった気がするけど……気のせいにしておこう。
翌朝から、俺達は目的のために動き始めた。
イヌミミ族の説得に成功しても、移住先の準備が整っていなければ意味がない。という訳で、まずはクレアねぇへの連絡をアリスに頼むことにした。
案件が案件だけに、手紙より直接が良いし、アリスなら船になにかあっても、自力でなんとか出来るというのが人選の理由だ。
そして次。オリヴィアが部下に指示を出し、奴隷を買い戻す準備を始めた。
それから、最後はイヌミミ族の説得。
これは俺とソフィアに加え、オリヴィアにも同行してもらうことにした。ザッカニア帝国も協力してくれていると証明するためだ。
そんな訳で、俺達は護衛のエルザとアーニャを引き連れて、馬車でイヌミミ族の住む村へと向かった。そうしてたどり着いた森の入り口で――俺達はイヌミミ族に包囲されていた。
……森に住む種族は、来訪者を包囲するのが好きなんだろうか? なんて、人間に迫害されていれば当然の反応だな。まずは話し合いに来たと分かってもらわないとダメだろう。
そんな風に考え、俺は馬車を降りて包囲しているイヌミミ族に視線を向けた。俺達を囲んでいるのは戦士だからだろう。精悍な顔つきのイヌミミ族が並んでいる。
シロちゃんみたいに可愛いイヌミミ少女も良いけど、こういうかっこいい系のイヌミミ族もちょっとモフりたい。……いや、怒られそうだから、いまは自重するけど。
「俺はリオン。イヌミミ族と友好的な話し合いをしに来た。敵対するつもりはないから、村の代表と話をさせてくれ!」
俺は皆に聞こえるようにと声を張り上げる。それを聞いた一同が、わずかに視線を交差させる。ほどなく、銀髪の女性が一歩前に進み出てきた。
俺より少し年上だろうか? 気の強そうな赤い瞳が、まっすぐに俺を捉えている。なんというか、猟犬を思わせるような美しい女性だ。凄くモフりたい。
「あたいはアオイ。自警団のリーダーをやってる。それで……あんた、リオンとか言ったね? シロって名前に聞き覚えは?」
「ああ。ヴェークの港町で保護した女の子だな」
「そうかい。なら、お礼をしなきゃ――ねっ!」
いきなりアオイの輪郭がぶれたかと思えば、次の瞬間には目前で右腕を振りかぶっていた。
「――なっ!?」
とっさに両腕でガード。ズドンと想像以上に重い衝撃が走る。それに耐えかね、俺は思わず一、二歩後ずさった。
「――リオンお兄ちゃん!?」
馬車から飛び降りたソフィアが俺の横に駆け寄ってくる。
「大丈夫だ、ソフィア。たぶんなにかの誤解だから」
「誤解なもんか! あんただろ! シロにやばい薬物を投与したのは!?」
「……や、薬物?」
「そうだよ! シロはね、森に戻ってからずっと『はぁはぁ。モフられたい。もっとモフられたいよぉ。もう我慢できないよぉ』って。まるで禁断症状のように繰り返してるんだよ!」
「………………………………ええっと。それは、なんというか……すまん」
俺がシロちゃんに酷いことをするはずなんてない。とか思ってたんだけど、まさかのモフられ依存症とか。……いや、そんな依存症があるかは知らないけど。
「あたいの妹分をあんな風にしておいて、すまんの一言で済ますつもりかい!?」
「いや待て、誤解だ! いや、シロちゃんがそうなったのは俺の責任かもしれないけど、とにかく色々誤解だ。俺の話を聞いてくれ!」
「……誤解? なにが誤解だって言うんだい?」
アオイは警戒しながらも一歩だけ退いた。一応は俺の話を聞いてくれるつもりのようだ。なので、俺は誤解を解くための手順を素早く頭の中で構築する。
「まず、そのモフられたいって話だけど、薬物とかじゃない」
「薬物じゃない? だったらどんな危険な魔術なんだい?」
「いやいや、魔術でもない。ただ、モフモフと、ミミや尻尾を撫で回しただけだから」
「………………あん? あんたはなにを言ってるんだい? ミミや尻尾を撫で回されただけで、あんな風になる訳がないだろ?」
「それは俺に言われても困る……」
ソフィアも「――んっ」と、撫でてとばかりに頭を突き出してくることがあるけど――よしよし。依存症のようにはなっていない。ちょっと想像できない領域だ。
「……ってソフィア。なにをやってるんだ」
俺の思考に同調するように頭を突き出してくるから、思わず撫でてしまった。
「えへへ、なんとなく?」
「なんとなくじゃないぞ……」
いやまあソフィアの髪はふわふわで撫で心地が良いから良いんだけどさ。アオイが呆れてみてるじゃないか。せめて時と場所をわきまえて欲しい。
「とりあえず、今みたい――よりはちょっと激しかったかもしれないけど、シロちゃんのイヌミミや尻尾を撫で回しただけだよ。誓って、それ以外のことはしていない」
「……そうかい。誰か――」
「おう!」
イヌミミ族の男が一人、森の方へと走り去っていく。
「見た感じ嘘はついてなさそうだけど、一応は本人に確認はさせてもらうよ」
「ああ。それはかまわないよ。ただ最初にも言ったけど、今回はシロちゃんに会いに来たのはついでで、イヌミミ族全員に話があってきたんだ」
「その話って言うのは?」
「俺は……俺達は、イヌミミ族との共存を望んでいる」
俺が告げた瞬間、周囲から戸惑いと――憤りの混じったざわめきが上がった。
「静まりな!」
アオイが一喝。森の入り口に静寂が訪れた。だけど、それで周囲から怒気が消え去った訳じゃない。むしろ、アオイ自身が一番、憤りをにじませている。
「たしか、リオンとか言ったね。あんたは、人間があたいらになにをしているのか、知らないとでも言うつもりかい?」
「いや、最低限の事情は知っているつもりだ。シロちゃんを助けたときに聞いたからな」
「だったらっ! 人間とイヌミミ族が共存なんて出来る訳ないだろう!?」
「たしかに、ザッカニア帝国はイヌミミ族を虐げているかもだけど、人間全てが同じ考えじゃないことは理解しているだろ?」
「それは……まぁね。あんたがシロを送り届けてくれたことは感謝してるし、シロを逃がしてくれた人間の少女がいることも知ってる。人間が全部悪だとは言わないさ」
「そうか……」
セルジオがイヌミミ族に救われたという話を聞いていたので、すべてのイヌミミ族が、すべての人間を嫌っている訳ではないという予想はしていた。
けど、自警団のリーダーを名乗るアオイの口からそれを聞いて少しだけ安堵する。
「けどね。人間が悪い奴ばかりじゃないとしても、多くの人間があたい達を迫害しているのも事実なんだよ。だから、共存なんて出来ないさ」
「なら、イヌミミ族を迫害しない人間とだけなら、共存することは出来るか?」
「……なにが言いたいんだい?」
「イヌミミ族を迫害しない人間の住む土地に引っ越さないかと聞いているんだよ」
「まるで意味が分からないよ。この大陸に、そんな場所があるはずないだろ」
「そうだな。この大陸にはないかもしれないな」
「……あんた、一体何者なんだい?」
「俺は――」
「リオンお兄さああああああああんっ」
俺が名乗ろうとしたその瞬間、遠くから聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。見れば、森の奥から銀髪のイヌミミ幼女がものすごい勢いで走ってくるところだった。
「やあ、シロちゃん。数日ぶりだな――って、ちょっと!?」
残り数メートルになってもシロちゃんは減速しない。ワンピースの裾をひるがえして森を駆け、俺に飛びついてきた。
俺はとっさに精霊魔術で風の精霊を操ってシロちゃんを減速――するが、それでも彼女は止まらない。俺はその小さな身体を抱き留めつつ、身体を開いて勢いを側面へと逃がす。そうしてシロちゃんを抱き留めたまま一回転。なんとか衝撃を逃がしきった。
……ふぅ。さすがはイヌミミ族。まだ小さい身体なのに、ものすごい勢いだった。割とマジでびっくりしたぞ。
「シロちゃん、喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと危ない」
「リオンお兄さん!」
「お、おう?」
「モフモフ、モフモフして!」
「お、おう」
頭を突き出されたので、反射的にイヌミミをモフる。
「はふぅ……くすぐったいよぉ」
「え、ごめん」
モフりたい衝動に駆られているときは容赦なくモフり続けていたけど、今は素だったので、慌てて手を耳から離そうとする。その瞬間、シロちゃんがばっと俺の腕をつかんだ。
「やだ、やめないで。リオンお兄さん。もっとボクにモフモフして」
「ええっと……」
たしかにモフり過ぎたかもしれない。アオイが依存性のある薬物の使用を疑ったのもちょっと理解できるレベルだ。だけど……シロちゃんの毛並みが極上なのも事実。
という訳で……俺はアオイをちらり。
なんか驚いているっぽいけど、とりあえず俺の行動を非難しているようには見えない。それを確認した俺は、シロちゃんを思う存分にモフることにした。
それからほどなく、シロちゃんは満足げな声を零した。
「わふぅ。やっぱりリオンお兄さんにモフモフされるの気持ちいいよ~」
「そかそか。シロちゃんならいつでもモフってあげるからな。――という訳で、話を中断して悪かったな」
ようやく落ち着いたシロちゃんのイヌミミを軽くモフりつつ、俺はあらためてアオイに視線を戻す。しかし、アオイは俺の話を聞いていないかのように反応がない。
ただ、その銀色の尻尾がパタパタと揺れている。
「……アオイ?」
「え? な、なんだい?」
「いや、話を中断して悪かったなって」
「あ、あぁ、そうだったね。たしか、モフる技術の奥深さについてだったね」
「いや、そんな話は全くしてない。俺が提案したのは、引っ越ししないかという話だ」
「そうだったね……」
そうだったね――とか言っているが、アオイの視線は、モフられているシロちゃんのイヌミミに釘付けだ。もしかしてだけど、わんこの習性的に毛繕いされるのが好きなんだろうか?
「……アオイが良ければ、モフってあげるけど?」
「なっ!? な、なに馬鹿を言ってるんだい! あたいはイヌミミ族の戦士なんだよ! そのあたいをモフるなんて半刻早いんだよ!」
――半刻って短いなっ。これはあれか? 話し合いが終わったらモフれという遠回しなあれなのだろうか? まあ……話し合いの方が重要なのは事実だし、その辺は後で聞いてみよう。
「それじゃ、話し合いを再開したいんだけど……出来れば村に入れてくれないか」
シロちゃんの登場で剣呑な空気が一掃されたとは言え、いまだに包囲されている状況。ソフィアやオリヴィアも話し合いに参加させたいし、落ち着いて話せる場所が良い。
「あぁ……そうだね。なら、村に寄り合い場があるから、そこで話し合うとしよう。案内するから、ついてきな」
「あ、ちょっと待ってくれ。仲間も同行させて良いか?」
「仲間? そこにいる護衛のことかい?」
「いや、護衛は馬車の見張りもあるし、ここに残ってもらうよ。それより、馬車にこの国の姫様が乗ってるんだ」
「……あ? 悪い。どうやら聞き間違えたみたいだから、もう一度言ってくれないか?」
「この国の姫様が乗ってる」
「……この国の姫様って、本気で言ってるのかい?」
「姫様――オリヴィアさんはイヌミミ族に対して友好的な考えを持ってるから大丈夫だぞ?」
「いや、それもたしかに心配だけど、あたいが言いたいのはそういう意味じゃなくて……いや、まぁ良いか。それじゃ案内するからついてきな」
二巻発売の御礼ショートを活動報告に上げてあります。
また、二巻発売決定の記念&宣伝用のショートは緋色の雨Twitterから飛べるプライベッターにアップしてあります。こちらも誰でも見れますので良ければご覧ください。
なお、Twitterには二巻発売のツイートが固定してあるので、リツイートしてくださると嬉しいです。
*活動報告はクレアとノエルがメインであれこれ。Twitterは三姉妹のお話となってます。
それともう一つ、これはなんとなく思いついて書いたんですが、特にこれといったオチが付かなかったので、後書きに投下しておきます。
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後から考えれば……当たり前の、だけどそのときは気付かない。些細な選択一つで、その後の命運が決まる。そんな体験をしたことはないだろうか?
俺――リオン・グランシェスは何度もある。
これは俺が体験した、些細な確認ミスから始まった不幸な記憶である。
ある日、俺が足湯でお仕事をしていると、アリスが尋ねてきた。
「ねえねえリオン、ちょっとお願いがあるんだけど?」
「うん? お願いって?」
俺は羽根ペンを置き、アリスへと視線を向ける。
「この世界にリバーシをはやらせようと思って。アカネ商会に発注を掛けようと思ってるの」
「リバーシか、別に良いんじゃないか?」
異世界ではやらせるゲームの定番。むしろ今までなかった方が不思議なくらいだ。なんの問題もないだろうと許可を出す。
「ホント? ちょっと特別感を出すのに、リバーシの盤にリオンの名前を入れたいんだけど、大丈夫かな?」
「俺の名前? あぁ……グランシェス伯爵も遊んでる、みたいな感じで売り出すのか。それくらいなら別にかまわないぞ」
その辺も定番。
他に定番と言えば、模倣品を出させないために、貴族の紋章を入れたりもするけど……うちは模倣歓迎のスタイルだからな。盤に誰かの名前を入れた商品が色々出てくるかもな。
なんて感じで許可を出した結果――
数週間後。アリスがお屋敷にシスターズを集めて、リバーシの大会を開催したというので見に来たのだが……
「ふふっ、このままリオンお兄ちゃんは、妹萌えだよ!」
「そうはせないわよ。弟くんは最後には姉萌えになるんだから!」
「ソフィアさん、その調子でリオンお兄様を妹萌えにしてくださいですわ~っ!」
「クレア様、頑張ってリオン様を姉萌えにしてください!」
リバーシ? で対決しているソフィアとクレアねぇ。そして観客のシスターズから上がる謎の声に、俺は自分の耳を疑った。
「あ、リオン。いらっしゃーい。って、どうしたの?」
メイドに扮したアリスがやって来たので、思いっきり詰め寄った。
「アリス……これは、一体、なにを、やって、いるんだ?」
「なにって……リバーシだよ?」
「いやいやいや、それにしては、意味の分からないやりとりが聞こえてくるんだけど」
「それでもリバーシだよ?」
「リバーシ……ねぇ?」
嘘くせぇとか思いつつ、ゲーム中のソフィアとクレアねぇの盤を見る。
二人が使っているのは、リオン・グランシェスと名前の彫られた普通の盤。
だけど……問題は、二人が使っている石だ。二人が持っているのは木製だろうか? ハート型の石。表がブルーで、裏はピンク。ここまでは……まあ、まだ分かる。
だけど、だけど、だ。
ブルーの面には姉萌えと彫られていて、ピンクの面には妹萌えと彫られている。そんな石を使ってリバーシをしている意味がまるで分からない。
「……マジで、なんなの?」
「だから、リバーシだよ? 正式名称はリオン式属性リバーシ。姉萌えなのか、それとも妹萌えなのか、自らの実力で勝ち取る、姉妹対決だよ?」
「まったく意味が分かりません。と言うか、百歩譲って属性を決めるリバーシだとして、なんで俺の名前が出てくるんだよ?」
「盤にリオンの名前が書いてあるからだけど?」
「いや、本気で意味が分からないんだけど。普通のリバーシで良いじゃん」
「だって、盛り上がってるよ?」
「それは……たしかに」
俺より年上のシスターズに対して、年下のソフィアとリズが奮戦している。それは、俺の名前が書かれた盤で、姉萌え、妹萌えとかかれた石を使っているからだろう。
「でもこれ、対戦相手が限定的すぎるだろ?」
「大丈夫。石は他にもロリ巨乳派vsツルペタ幼女派とか、受けvs責めとか、色々なバリエーションを作ったから」
「へぇ……それはちょっと面白そうだな」
クレインさんとか、フルフラット侯爵と、ツルペタ幼女かロリ巨乳か対決とか、今までは口論だったけど、これからはリバーシで決めたりして。
俺が仲裁しなくて良くなるかもしれない……って、ちょっと待て。
「色々な石があるって言ったな? 盤も各種あるのか?」
「え、それは用意してないよ?」
「なんでだよ!? リオン式属性リバーシって名前で、色んな石を使ったら、俺の属性がどっちかを決めるゲームになっちゃうだろ!?」
「そうは言うけど、他人の名前を勝手に使ったら怒られちゃうよ」
「じゃあ俺は良いのかよ!?」
「だって……許可してくれたよね」
「うわん、そうだったあああああああっ」
――その後、街を出歩くと、リオン様は姉萌えね! とか、いや、今日こそ妹萌えにしてやる! なんて、色々と謎のかけ声が聞こえてきて……しばらく鬱になった。
些細な選択一つでも、大きな問題に発展することもある。これは俺が体験した、些細な確認ミスから始まった不幸な記憶である。






