エピソード 3ー2 圧倒的な“技術”の違い
この投稿と同時に、新作『精霊のパラドックス』を投稿しています。
上(右上)にある『作者:緋色の雨』の名前部分をクリックorタップして、『作品』タブからご覧になれますので、よろしくお願いします!
なにはともあれ、俺達はザッカニア帝国の穏健派と接触を果たすことに成功した。
最初は俺達が敵と誤解されていたみたいだけど、その誤解も解くことが出来たし、さっそく彼女たちとの話し合いを……
「そういえば、オリヴィアさんはどういった地位の人間なんですか?」
住んでいるところから考えて、有力貴族の娘だと思うんだけどな。互いに名乗らずに集まったので、まだ素性を聞いていなかった。
「あら、すみません。そういえば家名を名乗っていませんでしたわね。申し遅れました。あたくしはオリヴィア・ザッカニアと申します」
「おぉう……」
ザッカニア。この帝国の名前と同じである。もちろん、ただの偶然ではないだろう。
「もしかしてオリヴィアさんは?」
「ええ、この国の王女です」
「オリヴィア様は第三王女にして、王位継承権第七位の姫様であらせられるのだ!」
「へぇ、そうなんだ」
どおりで住んでいる屋敷が豪華だと思った。王女様の別宅だと考えればそれも納得だ――なんて考えていると、なにやら得意げだったアーニャがしょんぼりと肩を落とした。
「……彼女はどうしたんだ?」
両隣にいるアリスとソフィアに問いかけると、なぜか目をそらされた。はてな?
「リオン様は、あたくしが王女だと聞いても驚かないんですね」
「あぁ……俺の周りには一杯いるからな」
義妹であるリーゼロッテ姫を始めとして、アルベルト殿下やノエル姫殿下とも一緒に足湯につかった仲である。交渉相手がお姫様だったくらいで動じたりはしない。
「本当に、ミュウから聞いていたとおり規格外なんですね」
「そう言えば、ミュウはどういった経緯で、この屋敷のメイドになったんだ? 俺はその、誰かにさらわれたって聞いていたんだけど?」
本人も誤解だと言っていたし、ここに来てオリヴィアを疑っているわけじゃない。けど、事情は聞いておく必要があると尋ねた。
「……帝国がミュウをさらったのは事実です。ただ、信じていただけるかは分かりませんが、あたくし達は決して、その件に荷担していません」
「なら、村を一つ滅ぼしたのは?」
「村を……ですか? そんな話は聞いていませんが……それは事実なのでしょうか?」
「この国の人間が関わっているのは事実だと思う」
帝国自身が関わっているのかは不明のままだけど、帝国の人間が関わっているのはほぼ間違いがない。と、俺が知っている情報を伝える。
オリヴィアは知らなかったのだろう。その顔が青ざめていった。
「……少なくとも、私の父――ザッカニア皇帝はそのようなことを許可していません。推測ですが、リゼルヘイムの調査は強硬派がおこなったので……」
「そうか……」
俺はソフィアをちらり。ソフィアは肯定するように小さく頷いた。そうなると、責任を取らせるべき相手は、強硬派の誰かってことになるな。
可能なら、カリーナの故郷を滅ぼした者には責任を取らせたい。だけど、今回の目的はあくまで、攫われた者達の奪還と、ザッカニア帝国との和平。
いまは――と、話を進める。
「村の件は取りあえず分かった。なら、ミュウがメイドになっているのはなぜだ?」
「リオン様ならご存じかもしれませんが、ミュウは帝国が望むような情報を持ち合わせていなかったのです。それでその……」
「――用済みとして始末されるところを、オリヴィア様がお救いになったのだ」
言葉を濁したオリヴィアに代わり、アーニャが答えた。それを聞いて事情を理解する。
用なしになった捕虜の存在は邪魔になる。最悪は殺されている可能性も覚悟していたんだけど……そっか。オリヴィアが救ってくれたのか。
「すぐに信じられないでしょうから、後でミュウに確認していただいてかまいません」
「話はさせてもらうけど、疑うつもりはないよ」
ファーストコンタクトはさんざんだったけど……身を挺して部下を護ろうとしたし、ミュウのことも救ってくれた。このお姫様は間違いなく尊敬に値する人物だ。
だから――と、俺は佇まいをただす。
「オリヴィアさん。ミュウを救ってくれたこと、心から感謝します」
オリヴィアの目を見た後、深々と頭を下げた。
「……頭を上げてくださいリオン様。それに、そのようにかしこまる必要もありません」
「いいえ、オリヴィアさんはミュウの恩人ですから」
「……貴方は、あたくしが王女だと聞いても態度を変えないくせに、領民を救った恩人だと聞いたら態度を改めるのですね」
「それは……すみません」
「別に怒っていませんわ」
怒っていないと言いつつ、つんとあごを突き出す。人はそれを怒っているというのではないだろうか……? なんて思っていたのが伝わったのか、オリヴィアは少しほほを赤らめた。
「本当に怒っていません。ただ、ミュウから聞いたとおりだと感心しているだけです。それに最初にも言いましたが、ミュウをさらったのは我が帝国の人間ですから」
「それでも、オリヴィアさんが、ミュウを救ってくださったのは事実ですから」
同じ帝国の人間だから悪だと断じるなんて、同じ人間だからみんな悪だと断じた、エルフのリーベルさん達と同じになってしまう。
「ただのお人好しかと思っていましたが……なかなか頑固ですわね」
……なんか呆れられたぞ。でも別に俺は頑固とかじゃないし、恩に対して当たり前の感謝してるだけだからな?
だからアリスとソフィアも、「リオンお兄ちゃんは言い出したら聞かないもんね」とか、俺を挟んで頷きあうんじゃありません。
「――話を戻しますが、リオン様はあたくしに用事があると言いましたね。それは一体どのような内容なのでしょう?」
「単刀直入に言います。俺はこの国と平和な関係を望んでここに来ました」
俺は前置きを一つ。アルベルト殿下から預かった紋章入りにメダルと書状を取り出した。そうして、オリヴィアの前へと差し出す。直後、オリヴィアの顔が驚きに染まった。
「……これはっ!? まさか、紙、なのですか?」
「え? あ、あぁ、そうですよ」
リゼルヘイム王家の紋章に驚いたんだと思ったら、紙に驚くとか予想外だ。でも考えてみれば、この国で使われてるのは羊皮紙とかだろうしな。驚くのも無理はないか。
「……はぁ、凄いですね。噂には聞いていましたが、こんなに白くてぺらぺらだとは思ってもいませんでした」
「気に入っていただけたのなら、今度お贈りしますよ」
「――本当ですか!?」
「え、ええ。本当です。ですから今は、その……」
紙じゃなくて、そこに書いてある内容に注目してほしいなぁと、さりげなく促す。それに気づいたのだろう。オリヴィアは顔を真っ赤に染める。
「し、失礼しました。あまりに珍しかったもので。ええっと……この封蝋は、リゼルヘイム王家の封蝋ですね。中を見せていただいてもよろしいのですか?」
「ええ、もちろんです」
手紙が本物だと証明するには、未開封の状態が望ましい。だからこそ、最初に見せる相手は、穏健派の人間であり、ザッカニア帝国の血脈でもあるオリヴィアがふさわしい。
という訳で、オリヴィアに書状を開封してもらった。そうして、書状に目を通すオリヴィアの表情が驚きに染まっていく。
「これは……ここに書かれていることは事実なのですか?」
「……すみません。俺はそこに書かれている内容を知りませんので」
「あら、ごめんなさい。どうぞ、ご覧になってください」
オリヴィアから書状を手渡される。その手紙には、リゼルヘイムがザッカニア帝国と国交を望んでいること。そのために、技術を提供する用意があること。
そして、そのメダルを所持している人物、つまりは俺が交渉人である旨が書かれていた。その内容の読み終え、俺は書状をオリヴィアへと返還する。
「書状に書いてある内容は、紛れもない事実です」
「……手紙には、リゼルヘイムの技術を提供する用意があると書いてありますが?」
「それも事実です」
「それは……どの程度の技術を提供していただける予定なのでしょう?」
オリヴィアは恐る恐るといった態度で尋ね来る。
穏健派であるオリヴィアにとっても、貿易摩擦の解消は必要条件。提供される技術の内容によっては、彼女も立場を大きく変えざるを得ない。そんな風に考えているのだろう。
だから俺は、そんな彼女に向かって、あっさりと言い放つ。
「提供する技術は、グランシェス家の持てるすべてです」――と。
「……………………は? ええっと……いえ、あの。リゼルヘイムの技術の大半は、グランシェス家で作られたものだと思っていたのですが……あたくしの勘違いでしょうか?」
「いえ、事実ですよ」
正確には、異世界で作られた技術をグランシェス家で再現した、だけどな。そこは話す訳にはいかないので割愛だ。
ともかく、俺の返事を聞いたオリヴィアは、意味が分からないとばかりに混乱している。
「……待って、少し待ってください。考えを整理するので、少しだけお待ちください」
「えぇまぁ、いくらでも待ちますけど……」
俺が答えると、オリヴィアはなにやら隣に座っているアーニャとひそひそ声で話し始めた。
「ね、ねぇアーニャ、リオン様は嘘をついていないのよね?」
「ええ、発言した内容はすべて事実のようです」
「ほ、本当の本当に本当なの?」
「本当ですが……オリヴィア様はなにをそんなに動揺していらっしゃるのですか?」
「だ、だって、グランシェス家のすべてよ?」
「……私にはよく分からないのですが、そこまで凄いものなのですか? アリスブランドやパティシエールソフィアがいるとはいえ、ただの伯爵家なんですよね?」
「違うわ。ただの伯爵家なんじゃない。なぜか、伯爵家なのよ。グランシェス家の影響力は、リゼルヘイム王家よりも上と言われてるのよ」
「では、その技術とやらが、実はそこまで凄くないとか」
「それこそあり得ないわ。さっきの紙を見たでしょう?」
「……よく分かりませんが、すばらしい技術を提供してもらえると言うことですよね? それならば、どうしてそのように動揺なさっているのですか?」
「技術が凄すぎるからよ。彼が言っているのは、金の卵を産む鳥を無数に提供すると言っているも同然よ。彼がその代償になにを求めるのか、想像も出来ないわ」
――などなど。なんというか、丸聞こえである。
貿易摩擦の解消には技術の提供が望ましい。そして、周囲に技術をばらまいても、常に新しい技術を発信する中心が一番潤うことは、既にリゼルヘイムで実証済みだ。
だから、問題ないと考えての発言だったんだけど……ぶっちゃけすぎだったかもしれない。
「俺達が求めてるのは平和な関係。手を取ってくれるのなら、代償を求めたりはしませんよ」
ひそひそ話を続ける二人に向かって言い放つ。とたん、二人の体がびくりと震えた。
「……あ、あの。リオン様。もしかして、聞こえていましたか?」
「ええっと……ちょっとだけ」
嘘だ。本当は丸聞こえだった。むしろ、個室の中でのひそひそ話が、なぜ対面の相手に聞こえないと思ったのか。まあ、可愛そうだから指摘はしない。
だけど……嘘を見破る恩恵を持つというアーニャは気づいたようで、それをオリヴィアに伝えてしまった。もうちょっと、こう……空気読もうよ。
ともあれ、オリヴィアの顔が再び真っ赤になる。
「ち、違うんです、リオン様。あたくしは別に、リオン様を疑っているとかではなく、一般的な交渉として考えた場合に、その、なんと言いますかっ」
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いてください。ほら、まずは深呼吸を」
俺は怒っていないとアピール。オリヴィアをなだめすかした。動揺しているオリヴィアは思考能力が落ちているのか、俺に言われるままに深呼吸を繰り返す。
ほどなく、オリヴィアはなんとか落ち着きを取り戻した。
「すみません、取り乱しました。改めてリオン様にお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです」
「では……コホン。改めて伺いますが、リオン様はリゼルヘイムで広がっている技術をすべて、ザッカニアに提供してくれると言っているのですか?」
「ええ、そのつもりです」
「では、その代償になにをお求めなんですか?」
「さっきも言いましたが、求めてるのはザッカニアとの友好的な関係です」
「しかし、それではあまりにこちらが有利。まるで敗戦国の賠償内容ではありませんか。そのような条件を……もしや、リゼルヘイムは戦争をするほどの国力がないのですか?」
「いいえ、リゼルヘイムがザッカニア帝国に負けるとは欠片も思っていません」
「――リオン殿、いくらなんでも失礼です!」
アーニャがバンと机をたたいて立ち上がる。そのまま詰め寄ってきそうな雰囲気だったが、オリヴィアが先手を打ってその動きを封じた。
「アーニャ、落ち着きなさい。……リオン様、その根拠はなんですか? リゼルヘイムは、ザッカニアよりも小さな国だと思うのですが」
「たしかに規模は小さいですね。だけど有り体に言ってしまえば、技術力が違います」
「リゼルヘイムの技術力が素晴らしいのは知っていますが、戦争においてそのような技術が影響するのですか?」
「大きく影響しますよ」
極端な話、一人につき二人分の食料しか生産できなければ、半数の人間しか食料生産以外の仕事をすることが出来ない。だけど、人一人につき四人分の食料を生産できれば、四分の三の人間が、食料生産以外の仕事をすることが出来る。
そうすれば単純な戦闘力――つまりは兵士の数でさえも、人口の差を覆すことが出来る。
とはいえ、リゼルヘイムを実際に見たことがないオリヴィアにはピンとこないようだ。だから俺は、もっと分かりやすい物で説明することにした。
「たとえば……アーニャが持っている剣、青銅だよな?」
「え、ええ。たしかに私が持つのは青銅の業物です」
「業物、ね。残念だけど……俺達が預けた剣とは比べものにならないよ」
「――なっ、いくらなんでもそのようなこと」
「ないと思うのなら、試してみようか。――ソフィア」
「うん。ソフィアにお任せ、だよっ」
俺の思考を読んでいたのだろう。俺が声をかけると同時に椅子から立ち上がる。そうしてスカートの裾をひるがえすと、太ももに取り付けてある短剣の一本を引き抜いた。
「な、なにをするつもりだ?」
ソフィアがいきなりスカートの下から短剣を取り出したことに驚いたのだろう。アーニャが警戒するように腰を浮かせる。
「安心してくれ。剣の硬度を比べるだけだよ。ソフィアに打ち込ませるから、アーニャは剣を構えていてくれ」
「む、しかし、このような場所で」
「アーニャ、あたくしもリオン様の話が事実なのか、この目で確認したいわ」
「わ、分かりました」
アーニャが席から離れ、スペースのある部分で剣を構えた。それに対して、ソフィアはぽわぽわっとした表情のまま、アーニャの前に対峙する。
アーニャには大口を叩いたけど、実は青銅の剣と鉄の剣に性能的な差はあまりない。
鋳造品であればその切れ味に大差はないし、強度にしても大きな違いはない。一合打ち合えば、どちらも刃がへこむような代物だ。
だから、青銅の剣を鉄製の剣が切り裂くなんて言うのは物語の中だけ。鉄が青銅を駆逐したのは、様々な条件が重なった結果だと言われている。
普通の剣どうしで強度を比べたとしても、アーニャを納得させるには至らないだろう。
――だけど、ソフィアの持つ短剣は、俺とアリスが精霊魔術の合わせ技で生み出した鋼をベースに、鍛冶屋が魂を込めて打った一品物だ。
なので、鋳造の量産品とはレベルが違う。さすがに剣を切り裂くなんて芸当は不可能だけど、硬度が明らかに違うことくらいは証明できるはずだ。
そんな訳で――
「準備は良いな? それじゃソフィア、やってくれ」
「うん。それじゃ、いっくよ~っ!」
可愛らしいかけ声とともに、ソフィアの輪郭がぶれる。それとほぼ同時、ギンッと鈍い金属音が室内に響き渡り――アーニャの持つ青銅の剣が真っ二つに切断された。
次話は15日を予定していますが、もしかしたら投稿時間がいつもと違うかもしれません。
*二巻の表紙なんかの公開をする予定なのでそのときに投稿します。
それと繰り返しになりますが、この投稿と同時に、新作『精霊のパラドックス』を投稿しています。
上(右上)にある『作者:緋色の雨』の名前部分をクリックorタップして『作品』タブから、もしくは下にあるタイトルをクリックorタップでご覧になれますので、よろしくお願いします。






