エピソード 3ー1 噂は海を越えて
オリヴィアの屋敷で起きたカオスな事件の直後。俺達は話し合いのために、部屋を移すことにした。食堂は机やらなんやらが悲惨なことになっているからだ。
そんな訳で、案内されたのは応接間。
こちらのメンバーは俺とソフィアとアリス。大きなテーブルを挟んで、オリヴィアとアーニャの二人と向き合っていた。
俺達は穏健派と話し合いに来ただけなので、オリヴィア達が穏健派なら敵対するつもりはない――と、そういった話はしたけど、互いの詳しい事情説明はまだ。
ひとまず、オリヴィアは敵ではないと納得してくれたのだけど、アーニャの方はまだ警戒しているようで、俺の方を険しい表情で睨み付けている。
そんなギスギスした空気に気付いているのかいないのか、オリヴィアが口を開く。
「それでは、その……えっと。あたくしはオリヴィアと申します」
「俺はリオン。それに……アリスとソフィアだ」
「――貴様、オリヴィア様に向かってその態度はなんだ!」
「あっと、すまない」
声を荒げたアーニャに対して、俺はすぐに謝罪する。オリヴィアは明らかに高貴な生まれっぽいからな。俺は名乗った訳じゃないし、今のは俺が悪かった。
だけど――
「いいえ、リオン様が謝ることはございませんわ。どうぞリオン様だけでなく、アリスさんとソフィアさんも気楽に話して下さい」
「なにを仰るのですか、オリヴィア様! 殺意云々は誤解だったとは言え、相手はどこの誰とも知れぬ相手なんですよ!?」
「アーニャ、身分の問題ではないのよ。あたくしたちは不意打ちで彼等に襲い掛かって返り討ちに遭った。殺されても文句なんて言えないのに、こうして弁明の機会も与えて頂いた。へりくだるのはあたくし達の方でしょ?」
「しかし、オリヴィア様!」
なおも食い下がるアーニャから視線を外し、オリヴィアは俺達に向かって頭を下げた。
「あたくしの騎士が失礼をいたしました。どうか、お許し下さい」
「オリヴィア様! どうして貴方が頭を下げるんです!」
「貴方があたくしの指示を聞かないからよ」
「そ、それは……」
ぴしゃりと言ってのけたオリヴィアに対し、アーニャは言葉をつまらせた。
優しいだけかと思ったけど、言うべき時にはちゃんという。オリヴィアは結構しっかりした人物だな。この分なら、実のある話し合いが出来そうだ。
「さあ、アーニャ。この方々に謝るか、ここから退出するか選びなさい。それとも、あたくしにもう一度、頭を下げさせたいんですか?」
「わ、分かりました。……みなさん、失礼なことをして申し訳ありませんでした」
納得したと言うよりは、これ以上オリヴィアに恥を掻かせたくないという思いからのようだけど、アーニャは深々と頭を下げた。
「アーニャもこうして反省しているので、どうか許して頂けませんか?」
「許すもなにも、俺は気にしてないよ。それにこちらこそ、失礼な口を利いてすまない」
「いえ、それはお構いなく。どうか、先ほどと同じように普通にお話しください」
そう言われても……と、俺はアーニャをちらり。文句が飛んでこなさそうなのを確認して、そう言うことならと普通に喋ることにした。
「それで、リオン様の目的はあたくしの首ではないのですか?」
「ないない、ないよ。さっきも説明したけど、俺は穏健派と争うつもりはないから」
「では、あたくし達に敵対するつもりはないと言うのですか?」
「最初から、友好が目的だって言ったつもりなんだけどな。なにがどうなって、そんな勘違いをしたんだ?」
「それは、その……密告があったんです。リゼルヘイムと戦争を望んでいる強硬派が人を雇い、穏健派であるあたくし達に危害を加えようとしていると」
その話を聞いた俺は二つの可能性に思い至った。
即ち、その密告が事実で、俺達じゃない誰かがオリヴィアを狙っている可能性と、密告が偽情報で、俺達がハメられた可能性だ。
「……その手の話は良くあるのか?」
「いいえ、今回が初めてです」
「なら、その密告者は信用出来るのか?」
俺が問いかけると、オリヴィアは隣にいるアーニャにどうなのと視線を向ける。
「それほど信憑性のある情報とは考えていませんでした。ですが、念のためにと調査していたところ、酒場で我々を探しているという貴方達を見つけたので」
「それで俺達が強硬派に雇われた連中だと思った訳か」
偶然にしてはタイミングが良すぎる。なので、恐らくは後者――ハメられた方だろう。港町でも帝都でも、そこそこ目立つことをしちゃってたしな。
「でも、アーニャには相手の嘘を見分ける恩恵があるでしょう? それなのに、リオン様達が敵じゃないと分からなかったって言うの?」
オリヴィアの言葉を聞いて、俺はおやっと思った。ソフィアと同じ系統の恩恵。そんな能力を持っているのなら、どうして俺が敵じゃないって分からなかったんだ?
「それについては、私からリオン殿に確認したいことがございます。オリヴィア様、私に質問を許して頂けるでしょうか?」
「質問ですか? ……リオン様、構いませんか?」
「かまわないけど……俺に聞きたいことって言うのは?」
俺はアーニャへと向き直る。先ほどまでのような険悪な態度ではないけれど、俺を警戒するそぶりは消えていない。
「リオン殿に我々に直接的な危害を加えるつもりがないことは理解いたしました。そもそも、その気があれば、私やオリヴィア様は殺されていたでしょう」
「そうだな。でも、それでも、俺に対する疑いが晴れないってことか?」
「申し訳ありませんが、その通りです」
アーニャはオリヴィアの顔色をうかがいつつも、きっぱりと断言した。
オリヴィアに恥を掻かせたくない。けど、オリヴィアを護るために必要なこと――と、そんな風に考えているんだろう。
そして、アーニャの考えを理解しているのか、今度はオリヴィアもなにも言わない。なんだかんだと、二人は信頼し合っているんだろう。
それはともかく、
「俺を信用できない理由を聞かせてくれるか?」
「裏道で私が貴方に質問したときのことです。貴方達がリゼルヘイムの商人で、取引のために穏健派の人間と取引しようとしているのは事実かという問いに、嘘をつきましたね?」
「あぁ……あれが嘘だと判定された訳か」
商人というのは嘘だけど、穏健派と取引したいというのは事実。ソフィアの恩恵であれば、敵意はないと判断されたはずだけど……アーニャの恩恵は嘘があるかだけを見抜く感じか。
「それが、私がリオン殿を信用できない理由です。どうして、嘘をついたのですか?」
「嘘というか、肝心の部分を誤魔化したんだよ。相手が本当に穏健派の人間か分かるまで、自分の素性は隠しておきたかったからな」
「それはつまり……穏健派の人間と取引したいのは事実で、商人であるというのが嘘だと?」
「そういうことだ」
俺はきっぱりと断言する。
アーニャはそんな俺の瞳をまっすぐに見つめていたが……やがて「そうでしたか」と肩の力を抜いた。それから、俺に対して深々と頭を下げる。
「どうやらリオン殿の言葉は真実のようだ。あなた方を襲撃したこと、心よりお詫びいたします。責任はすべて私が取るので、オリヴィア様には追求しませんようお願いいたします」
「分かってくれれば良いよ。俺が嘘をついたのは事実だしな」
「……よろしいのですか?」
「気にしてない。だから、その話はこれでおしまいだ」
こちらに対抗手段がなければ取り返しのつかない事態になっていた――と言うのなら話は別だけど、彼女達の目的は俺達を捕らえての尋問だった。
たとえ俺達が負けていたとしても、結果は大して変わっていなかっただろう。だから、今回のことは水に流すことにした。
「それでその……リオン様の用事とはなんでしょう?」
互いの誤解を解いた後、あらためてオリヴィアが尋ねてきた。
「そういえば、まだちゃんと名乗ってなかったな。俺はリオン。グランシェス家の――」
「グランシェス家! まさか、あのグランシェス家ですか!?」
「あのがなにを差しているか知らないけど、リゼルヘイムのグランシェス家だよ」
「ほ、本当なのですか? ……いえ、そういえばミュウも貴方のことを知っているようでしたね。ということは、貴方は本当にあのリオン様なんですね!」
「……あのがなにを指してるかは知らないけど……そうだよ」
リゼルヘイム国内でも、噂には尾ひれ背びれがついて大変だったからなぁ。国外までの伝言ゲーム。いったいどんな噂になっているのか、想像するだけで頭が痛い。
「……オリヴィア様はリオン殿の家名をご存じなのですか?」
アーニャが不思議そうな顔で問いかける。どうやらこちらは、家を知らないらしい。そんなアーニャに対し、オリヴィアはあきれたといった面持ちで額に手を当てる。
「グランシェス家と言えば、リゼルヘイムの技術力を数百年は進めたと言われる伯爵家よ。貴方も神々の住む街、ミューレの噂は聞いたことがあるでしょう?」
地球の歴史と比較すると、千年くらい先の技術まで放出しているからな。別に俺達が凄いわけではないけど、技術力を数百年ほど進めたというのは誇張でもなんでもない。
ただ……神々の住む街ってなんだ。さすがにそんな存在を領地に招いた記憶はないぞ。
「神々の住むミューレの街。……もしかして、アリスブランドの拠点がある街ですか!?」
「そうよ。そして世界一と噂のパティシエールソフィアが住んでいる領地でもあるわ」
もしかして……アリスやソフィアを始めとした職人が住んでいる街だから、神々の住む街ってことか? たしかに、それくらいの活躍はしてるけど……普通の女の子だぞ?
……いや、普通ではないな。――なんて思っていたら、いつの間にかオリヴィアとアーニャの視線が、アリスとソフィアに向けられていた。
俺がさっき紹介したから、二人の名前は知られている。なので、その神のごとき職人の名前と、両隣にいる女の子の名前が同じであることに気づいたのだろう。
「あの、リオン様。そのお二人はもしや……?」
「二人が想像してるのと同一人物だと思うぞ」
俺が答えると、二人から感嘆の声が上がる。伝言ゲームを警戒していたんだけど、予想外にまともな評価だった。どうやら、噂は――
「つまり、二人を従えるリオン様はやはり、姉妹ハーレム伯爵なんですね」
……噂は、正しく伝達されているらしい。間違った噂もそのまま……ちくしょう。
次話は十日の正午に投稿を予定しています。
そして、十日の投稿に合わせて、新作『精霊のパラドックス』の投稿を開始予定です。
ミステリー要素ありの異世界転移物で、異世界姉妹と同じ世界が舞台となっています。
あらすじは一章の四分の一時点までを書く予定で、一つ目の秘密が含まれます。ですので最初のみ(おそらく一週間ほど)あらすじとサブタイトルは連載状況にあわせて公開する予定です。
タイトルが精霊のパラドックスである理由など、本来は最初から書くべきなんですが、最初から読んでくださる方には最大限に楽しんで頂こうと思って期間限定で伏せることにしました。ですので、投稿開始時から読んで頂けると幸いです。
異世界姉妹共々、応援のほど、よろしくお願いします。






