エピソード 2ー8 交渉相手の正体は――
アリスと情報収集をした結果、穏健派の関係者を名乗る人物と接触した。
その翌日。太陽が頂点へとさしかかった頃、俺とアリスとソフィアの三人が教会の前で待機していると、アーニャの使いを名乗る男が姿を現した。
二十代半ばくらいの筋肉質な男で、腰には一振りの剣を携えている。兵士――いや、彼等の主が穏健派の貴族であるならば、略式の装備を身に纏う騎士なのかもしれない。
「お前達が、アーニャ様の言っていた商人で間違いないか?」
「ああ。昨夜、裏通りで約束をした」
お互いにしか知らない、当たり障りのない情報を使って確認を取る。
「間違いないようだな。しかし、中性的な容姿の男に、美しいエルフとは聞いていたが……ツレというのは、その可愛らしいお嬢ちゃんのことか?」
「そうだけど……なにか問題があるか?」
「いや、ツレとやらは、護衛かなにかだと思っていたからな」
「あぁ、そういう……」
それで一人くらいなら、という話だったか。納得だ。
しかし……ソフィアはそこらの護衛なんか目じゃないくらいの戦闘力がある訳だけど……話がややこしくなりそうだから黙っておこう。
ソフィアもそれは分かっているのだろう。「ソフィアは無害だよ?」と言わんばかりに微笑んでいる。とんだ猫かぶり――いたた。脇を軽くつねられた。
「それで、あんたがリゼルヘイムに対して友好的な貴族とやらに会わせてくれるのか?」
「ああ、屋敷まで案内するようにと言われている」
「……屋敷?」
「我らが主のお屋敷だが……お互い、あまり身分をおおやけにしない方が良いのだろ? 詳しい事は直接聞いてくれ」
「それは……そうだな」
こっちとしても、相手が敵か味方か確定していない時点で名乗りたくはない。
「そうと決まればさっそく案内しよう。すぐそこに馬車が用意してある、ついてきてくれ」
男は言うが早いか身を翻し、俺達の前を歩き始める。
いまだ警戒心の抜けきれない俺達に対し、無防備な背中を晒す。警戒していないのか、はたまたそれだけ剛胆なのか……
「なぁ、ソフィア?」
さっきのやりとりをどう思ったというニュアンスを込めて、ソフィアに囁きかける。
「嘘は吐いてないみたいだよ。あの人はただ、ソフィア達の案内を頼まれただけみたい」
「そっか。それなら安心、かな?」
なんとなく引っかかるけど、どのみちここまで来て帰るという選択はない。俺達は男の案内に従って馬車に乗り込み――主がいるというお屋敷まで案内してもらった。
到着したのは、大きな門の内側。広大な敷地にたたずむお屋敷の前だった。
「これから屋敷の中に案内する。ついてきてくれ」
再び男が先導するように歩き出した。案内と言いつつ、若干投げっぱなしな気がするんだけど――なんて思いつつ、その背中を追いかける。
「ずいぶん大きなお屋敷だけど、ここにその主とやらがすんでいるのか?」
「そうだ。といっても、別宅のようなモノだがな」
「ここが別宅……」
建築技術こそ従来のモノだけど、大きさはグランシェス家のお屋敷に匹敵する。それほどまでに大きな屋敷を別宅として持つ主人。
もしかしたら、俺達はいきなりアタリを引いたのかもしれない。そんな風に考えつつ、彼の後をついて歩き、そのまま屋敷の中へ。
入り口で俺とアリスが持っている剣を預けた後、食堂とおぼしき部屋へと通された。
ミューレの屋敷とは比べるまでもないが、品の良い調度品で整えられた部屋。壁にはザッカニア帝国の紋章である、交差する剣を刺繍した旗が飾られている。
「今から主を呼んでくる。メイドを控えさせておくから、なにかあれば申しつけてくれ」
「分かった。それじゃ待たせてもらうよ」
男が立ち去るのを見届け、俺達は下座の席へと並んで座る。ほどなく、メイド姿の少女がお菓子やら飲み物やらを運んできた。俺よりも、もしかしたらソフィアよりも年下の、ずいぶんと可愛らしいメイドさんだ。
「ようこそおいで下さいましたお客様。ザッカニア名物のラスクと、ロイヤルミルクティーでございます。どうぞお召し上がり下さい」
メイドさんは精練された動きで机の上にティーセットを並べていく。だけどその途中、メイドは俺の顔を見て「……あれ?」と小首をかしげた。
「……俺の顔になにかついてるか?」
「し、失礼いたしました。部屋の隅で待機しておりますので、なにかあれば遠慮なくお申し付け下さい」
言うが早いか、メイドは部屋の隅へと逃げていった。
「……なんだったんだろうな?」
両隣にいるソフィアとアリスに問いかける。
「敵意は感じなかったよ。なんか、驚いてたみたい」
「そうなると知り合いとか? いや、でもなぁ……」
前世基準で言えば、グランシェス家ほどの知名度があれば、他の国の人間に知られていてもおかしくはない。けど、この世界の情報伝達は遅いし、写真の類いも存在しない。
俺を知る人間なんて、ザッカニア帝国にいるはず……とそこまで考えたところで、不意になにかが引っかかる。それがなにかを考えていると、アリスに袖を引かれた。
「あのメイドだけどさ」
「なにか気付いたのか?」
「うん。もしかして……前世の妹なんじゃないかな?」
「それはお前だ」
「なら、シスターズになる運命の女の子っ」
「そうやって、ことあるごとに姉妹を増やそうとするのはやめろっ」
アリスのボケにツッコミつつ、机の上にあるお菓子へと視線を向ける。二度焼きしたパンに、砂糖をまぶしたシロモノ。ラクスと言っていたが、そこまで美味しそうには見えない。
とはいえ、リゼルヘイムにある従来のお菓子も似たようなもの。ミューレの街のお菓子になれてしまっているのであれだけど、安物を出された訳ではないだろう。
手をつけないのも失礼だし、取り敢えず食べてみるか――と伸ばした手は、ソフィアによって打ち落とされた。
「……ソフィア?」
「二人とも、お菓子を食べちゃダメ」
見れば、ソフィアがなにやら顔をしかめている。そしてその手には、一口だけかじられたラスクがある。――って、まさか!
大丈夫なのかと叫びそうになった俺の口を、ソフィアの指先が塞いだ。
「――平気だから、大きな声は上げないで。メイドに聞かれちゃう」
「……平気なら良いんだけど、なにが入ってたんだ?」
「しびれ薬の一種だね。それほど強いクスリじゃないから、毒殺が目的じゃないと思う。ここの屋敷の主は、ソフィア達を捕まえたいんじゃないかな?」
「捕まえる? というか……どうしてソフィアにそんな知識が?」
「セスの知識だよ。世界樹の葉を煎じるときに、薬草学を読み取ったから」
「あぁ、それで……」
なにやらソフィアのスペックが着々と上がっている。けど、今はソフィアの能力よりも、お菓子に入れられていたクスリの方が重要だ。
敵意がなかったとソフィアが言う以上は、メイドはなにも知らない。そう考えると、毒を盛ったのは上の者。恐らくはこの屋敷の主人の指示だろう。
けど、屋敷の主が穏健派なら、友好を求めている俺達に毒を盛るとは思えない。だとしたら、主は強硬派の関係者か――と、俺の思考を遮るように、アリスが俺の腕を引いた。
「……今度はなんだ?」
正直、嫌な予感しかしないと思いつつ尋ねる。返ってきたのは「部屋の外に人が集まりつつあるよ」と言う答えだった。
「なるほど……これから、サプライズパーティーでも始まるのかな?」
「そうだね。きっと熱烈な歓迎をしてくれるんじゃないかな?」
「熱烈、ねぇ。それはまた、おはなしのしがいがありそうだ」
俺とアリスは護身用の剣を預けているから、精霊魔術で応戦する必要がある。不意打ちで距離をつめられる訳にはいかない。椅子から立ち上がって身構えた。
「ソフィアは激しいダンスもキライじゃないよ?」
続いて立ち上がったソフィアがスカートの裾を翻し、短剣の二刀を抜き放つ。
そういや、ソフィアの短剣は没収されてなかったな。正直、あれが一番凶悪なんだけどなと、俺は苦笑いを浮かべる。
「おおっお客様? きゅ、急にどうなされたのですか?」
メイドが焦っている。その様子から察するに、やはりなにも知らされていないのだろう。
とはいえ、こちらの味方のはずもない。
取り敢えずは事情を聞いてみようか? そう思って歩み寄ろうと一歩を踏み出した瞬間、「突入!」と叫び声が響き、剣を構えた者達がなだれ込んできた。
次話は三十日を予定しています。






