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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第六章 海の向こうの大陸で――

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エピソード 2ー7 このあと、むちゃくちゃ――

注意。まずはサブタイトルをご覧ください。

 ……壁のご用意はよろしいですか? 問題ないという方は本編へお進みください。

 やって来たのはセルジオに薦めてもらった子鹿亭。ザッカニア基準で考えても立派な建物とは言いがたいけど、掃除なんかは行き届いている。なかなか暖かみのありそうな宿屋だ。

「いらっしゃいませ。宿泊でしょうか、それとも食事でしょうか?」

「宿泊で、三泊分お願いしますっ」

 俺が答えるより先に、アリスが答えた。

「かしこまりました。部屋割りはどうなさいますか?」

「二部屋で――」

「いや、三部屋で頼む」

 そうはいくかとアリスのセリフを遮り、三部屋で契約を進めてしまう。

 たった三日とは言え、街道は整備されておらず、サスペンションがない旧式の馬車での旅はかなりしんどかった。宿で寝るときくらい、一人でゆっくりとしたい。


 そんなこんなで、みんなで夕食を取ってから自分の部屋に移動。さあノンビリするぞとゴロゴロしていると、部屋にアリスが訪ねてきた。

「リオン、いま良いかな?」

「良いけど、どうかしたのか?」

 扉を開けて、アリスに問いかける。

「明日から穏健派の人達と接触する方法を探すんだよね。なにかあてはあるのかなって」

「セルジオにはそれとなく頼んでみたけど、それくらいかな。あとはエルザに酒場で情報収集をしてもらう予定だけど……それがどうかしたのか?」

「ええっとね。この街のワインが美味しいんだって。だから酒場に情報収集に行くなら、私が行きたいなぁ……って、思ったんだけど……?」

 少しだけ甘えるように青い瞳を濡らし、上目遣いに俺を見る。そんなアリスはこの世界に生をうけて二十四年。お酒を飲むことはあるけど、軽くたしなむ程度だったはずだ。

 お酒を飲みたいというのがメインの理由ではないだろう。


「もしかして、俺を誘ってるのか?」

「うんうん。出来ればリオンと一緒に飲みたいなぁって。ダメかな?」

「いや、ダメってことはないけど」

 俺も今年で十七歳。この世界ではとっくに成人を迎えているので、お酒はなんの問題もない。付き合いでたまに飲むことはあるけど、アリスに誘われるのは初めてだ。

「なら、一緒しよーよぉ」

「良いけど……二人でか?」

 夕食は終わっているけど、ソフィアが知ったらズルイとか言いそうだ。なんて思ったんだけど、アリスは「既に買収済みだから大丈夫だよ」とのたまった。

 ……一体、なにで買収したんですかねぇ。

 ちょっと気になるけど、気にしない方が精神衛生上は良さそうだ。と言うことで、俺は気持ちを切り換え、アリスと酒場に出かけることにした。



 そんなこんなでやって来たのは、大通りから少し外れた場所にある大衆的な酒場。

「お姉さ~ん、ワインもう一杯ちょうだい~っ」

 アリスが上機嫌でお代わりを注文している。その無邪気な姿は凄く可愛いんだけど……可愛いんだけどさ。森の精霊たるハイエルフがワインを上品にたしなむ姿はどこ行った。

 なんて思っていたら、おもむろに頬をつつかれる――が、目の前にはなにもない。あれと思ってアリスを見ると、自らの頬をツンツンとつついていた。

 どうやら、恩恵で感覚を共有しているらしい。


「リオン、なにを考えてるの?」

「いや、なんというか……こういう酒場でワインというのになんか違和感がないか?」

 アリスうんぬんもそうだけど、ワインと言えば貴族のたしなみ――みたいな感じだろと言う意味を込めて尋ねる。

「ん~? あぁ、それはリオンの勘違いだよ。たしかに高級なワインは存在するけど、ワインは大衆の飲み物だったりするんだよ」

 国や時代によってはね――と、アリスは小声で付け加える。

「へぇ、そうだったんだ」

「そうだよぉ。だからほら、リオンも飲んで?」

「いや、俺も飲んでるぞ?」

 まだ一杯目で、アリスは三杯目だったりするけどさ。


「もぅ、私にばっかり飲ませて……私を酔わせてどうするつもりなの?」

「いやいや、どうもしないから。というかアリスが勝手に飲んでるだけだからな?」

「……どうもしてくれないの?」

「お前、酔ってるだろ!?」

 少し寂しげな、それでいてどこか誘うような濡れた瞳。俺をじっと見つめる上目使いが妖艶すぎる。気をしっかり持たないと、アリスをこのままお持ち帰りしたくなりそうだ。

 ……いや、同じ宿を取っているんだけど。


「取り敢えず、あんまり飲み過ぎるなよ?」

 それなりに息抜きは必要だからな。情報収集はほどほどにして、少しくらい羽目を外すのは良いけど……酔いつぶれるのはさすがにまずい。

「私は別に酔ってなんていないよぉ~?」

「酔ってるヤツはみんなそう言うんだ」

「ホントだってば~。私はただ場の雰囲気に任せて、リオンを誘惑してるだけだもん」

「それを酔ってると……」

 言わない、か? その言葉が正しければ、理性がちゃんとあるってことだもんな。いやでも、それは酔ってるよりアレな気も……?


「ワインのお代わり、お待ちどうさまっ」

 ウェイトレスのお姉さんが、アリスの前にワインを置く。それでもやもやとした雰囲気が消し飛んだ――と、そう油断した瞬間。

「ねぇねぇリオン」

 アリスは怪しげな微笑みを一つ、俺の目を見ながら、指先を自らの艶やかな唇に押しつけた。チュッと濡れた音と共に、その指先の感触が共有される。

 むあぁぁぁ、なんだこれなんだこれなんだこれ! 酒場に情報収集がてらお酒を飲みに来たはずなのに、なんで誘惑されてるんだ!?

 ……そ、そういえば、だからなんだとは言わないけど、今日の俺は一人部屋なんだよな。いや、だからなんだとは言わないけどさ。


「――アリス」

 俺はおもむろにアリスへと手を伸ばす。それを見たアリスは俺の手を取って立ち上がり、

「そうだね。そろそろ情報収集を始めよっか」

「……え?」

「ほらほら、あっちで飲んでるおじさん達のところ行ってみよ!」

「えぇぇぇっ!?」

 釣った魚に餌をあげないとか鬼か、鬼なのか!? なんて、他の人が聞いたらお前が言うなと言われそうなことを考えながら、俺はアリスに引きずられていった。


「おじさ~ん、一杯奢るから少し話を聞かせてくれないかな?」

「なんだ――って、えらく綺麗な姉ちゃんだな。俺になんの用だ?」

「えへへ、ありがとう~。でも私はリオンのモノだから、口説いてもダメだよぉ?」

 アリスは見せつけるように俺の腕に抱きつく。豊かな胸の感触が伝わり、俺はなんとも言えない気分になる。

 というか――だ。これって、セルジオみたいに口を利きたくないとかいわれるパターンだろとか思ったんだけど、おっちゃんは「ははっ、そりゃあ残念だ」と笑った。

 ……なんなの、この差は。


「それで、話を聞かせてくれる?」

「おぉ、そういう話だったな。一杯奢ってくれるっていうなら、なんでも聞きな!」

「ありがとっ、実はね。私達――」

 ――このあと、むちゃくちゃ情報収集をした。



 そんなこんなで、約一刻ほど情報収集を続けたのち、俺達は宿へと戻ることに。ほろ酔い気分のアリスと一緒に、肌寒い夜道を歩いていた。

「しかし……新しい情報は得られなかったなぁ」

 聞けたのは、最近のザッカニア帝国は国力が低下しつつあること。

 その原因の一つにリゼルヘイムとの貿易が上げられること。そしてその対策として、戦争を仕掛けるという強硬派と、取引を持ちかけるべきだという穏健派が存在していること。

 穏健派とおぼしき貴族の名前も聞けたけど、事前にアルベルト殿下から聞いていた情報ばっかりで、聞き込みをした成果はあまりない。

 俺はそう思ったのだけど……アリスは「予定通りだよ」と微笑んだ。


「まさか、最初からお酒を飲むのが目的だったとかいわないよな?」

「さすがにそんなことは言わないよぉ~」

 そんな風に言いつつも、アリスは俺の腕にしがみついてくる。洋服越しに、アリスの豊かな胸の感触が伝わる。そんな誘惑をしつつ言われても説得力がない。そう思った瞬間、

「予定通り、食いついたみたいだよ」

 アリスが俺の耳元で囁く。

「――なっ」

 上げそうになった声を飲み込み、振り返りそうになる反射も押さえ込む。そうして相手に気づかれそうな行動を自制し、アリスの耳元に唇を寄せた。


「……食いついたって、誰かがつけてるのか?」

「酒場で聞き込みをしてたとき、二人組の片割れが、途中で出ていったでしょ? たぶんその人が、どこかに連絡を取ったんだと思う」

 出て行ったでしょ? とか聞かれてもなぁ。アリスに欲情してて気づきませんでした――とか、口が裂けても言えない。

 けど、口にしなくても、寄り添うアリスには伝わったのだろう。「リオンも違う意味で食いついてたみたいだね」と笑われた。なんか……悔しいぞ。


 ともあれ、獲物が餌に食いついたのなら吊り上げる必要がある。という訳で、俺達は寄り添いつつ、薄暗い裏通りへと足を向けた。

 それからほどなく、人気のない真っ直ぐな道で足を止める。

「さてさて後ろの人、私達になにか用事かな?」

 俺にしなだれかかったまま、アリスがぽつりと呟く。人気のない夜道では、その声が驚くほど響き渡った。そして――

「ほう、私の尾行に気付いていたのか」

 凛とした女性の声が響く。振り返れば、腰に剣を携えた女性がたたずんでいた。そんな彼女が思ったより近くにいて俺は驚く。

 アリスから聞かされて尾行がいることは知っていたけど、こんなに距離をつめられているなんて気付かなかった。どうやら、かなり優秀な人間のようだ。


「………あんたは? 俺達になにかようか?」

 腰に剣こそ携えているが、綺麗に纏められた髪にこざっぱりとした服装。少なくとも、追いはぎの類いには見えない。どちらかというと、非番の騎士と言われた方がしっくりと来る。

「私はアーニャ。お前達に聞きたいことがあって後を付けさせて貰った」

「ふむ……その聞きたいことというと?」

「お前達が酒場で話していた内容についてだ。商売のために、リゼルヘイムに対して友好的な貴族を探していると聞いたのだが……事実か?」

 それは穏健派を探すために流した嘘の理由。なので俺は「事実だ」と頷いた。


「……ふむ、なるほど(、、、、)

 俺の答えを聞いたアーニャが、少し含みのある面持ちで頷く。果たして彼女は穏健派の人間か、はたまた強硬派の人間か……もしくはまったく別の関係か。

 アリスがいる以上、他の伏兵はいないはずだけど――気を付けるに越したことはない。不意打ちにも対応するつもりで身構える。

 だけど、次にアーニャが放ったのは武器による一撃ではなく、俺の望んでいた言葉だった。


「……そうだな。お前の言う、リゼルヘイムに友好的なお方に心当たりはある。お前が面会を望むのであれば、会わせてやることは可能だ」

 俺にとって都合の良い――都合の良すぎる言葉。アーニャが嘘を吐いているようには見えないけど、含みがあるようにも感じられる。その思惑までは読み切れない。

 最近はソフィアがずっと一緒で、彼女の恩恵に頼り切りだったからなぁ。もう少し自分で判断出来るように考えないとダメかもしれない。

 そんな風に考え込む俺の横で、アリスが口を開く。

「会わせてくれるって言うなら、ぜひ会わせて欲しいけど………今から、なのかな?」

 そんな不用心な――と一瞬だけ思ったけど、なにか考えがあるんだろう。という訳で、交渉役をアリスに譲ることにする。


「さすがに今日は遅い。明日の昼に迎えを出すと言うことでどうだろうか?」

「ん~私達はそれで構わないよ。ね、お兄ちゃん?」

 誰がお兄ちゃんだ、誰が。いや、前世では兄だったけど、この世界に来てからそんな風に呼んだことなかっただろ――とか思ったけど、不用意に名前を教えないためなんだろう。

 取り敢えず、そうだなと相づちを――


「あぁいや、実は他にもツレがいるんだけど、連れていっても良いか?」

「ツレ? ……そうだな。一人くらいなら構わない」

「一人か……分かった。それじゃそう言うことで頼むよ。待ち合わせはどこが良い?」

「泊まっている宿を教えてくれれば、そこに迎えを出すが?」

「……いや、出来ればどこか外にして欲しい」

 全員で向かうのならともかく、三人というのであればメンバーは俺とアリスとソフィア。ミリィ母さんとエルザを残しておくとなると、滞在場所を教えるのは不安だ。


「……では、ここから表通りに出たところに教会がある。そこに明日の昼――太陽が頂点に上がる頃に、迎えを向かわせよう」

「分かった。それじゃ明日の昼に教会の前で」

 最後の確認を取り、アーニャと名乗った女性と反対方向へ。大通りへと戻り、誰にも尾行されていないことをアリスに確認してもらい、ようやく一息をついた。


「……それで、どうして簡単に了承したんだ?」

「ん、どういうこと?」

「いやだって、相手がホントに穏健派とは限らないだろ?」

 まさか考えてなかったのかと不安になる。

 けど、アリスはなぁんだと、俺の腕にしがみついた――っていやいや、そこで腕にしがみつく意味ないよな? ましてや、胸に押しつける意味もないよな?


「私達の目的はザッカニアと平和な関係を築くことでしょ? だから、相手が穏健派でも、強硬派でも問題ないじゃない」

「……ええっと?」

「穏健派なら平和的に話し合うだけ。相手が強硬派だったとしても、私達と手を組んだ方が幸せになれるって、お は な し、するだけでしょ?」

「………………いやまぁ、そうなんだけどさ」

 アリスの言う‘おはなし’がとても物騒なモノに感じられるのは……気のせいだろうか。


「そ れ よ り。ねぇリオン。目的も達成したし、早く宿に帰ろ?」

「良いけど……急にどうしたんだ?」

 俺の腕に抱きついたまま、いたずらっぽい口調で言い放つ。そんな急変ぶりに戸惑っていると、アリスは背伸びをして唇を俺の耳元に。甘ったるい声で囁いた。

「今日一人部屋――だったよね? お に い ちゃん」と。

 という訳で、このあとめちゃくちゃ――いや。なんでもない。


 

 次話は25日を予定しています。

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