エピソード 2ー5 仲良くなれそうな気がした
――翌日の早朝。俺達は宿を出発し、ミリィ母さんとソフィアに協力してもらって、イヌミミ族に偏見のない行商人を発見。馬車を貸し切ることに成功した。
本来は荷物を運ぶための馬車で、座り心地はあまり良くない――と言うか、最悪だ。そもそも馬車が旧式だし、街道の整備もされていないからな。
だけどまぁ……帝都までは馬車で三日ほど。途中でイヌミミ族の里に立ち寄るとしても、それほど時間がかかる訳じゃない。なので、たまにはこんな旅も良いだろう。
馬車の荷台で揺られながら、俺はそんなことを考えていたのだけど――
「わふぅ~」
何故か朝からずっと、シロちゃんが俺にすり寄っている。ついでに言うと、モフモフして欲しいとせがんでくる。そして、モフモフしないととたんに落ち込んでしまうのだ。
さわり心地が良いからモフるのは良いんだけど……さすがにモフりすぎたかもしれない。
もっとモフモフしてと体をすり寄せてくるイヌミミ幼女と、ひたすらモフり続ける少年。さすがに、みんなにどん引きされそうだなんて思ったんだけど――
みんな俺を羨ましそうな目で見ている。
考えてみれば、シロちゃんの毛並みは最高だからな。その気持ちは良く判るんだけど……モフりたいなら遠慮しなきゃ良いのに。
「リオンさんはずいぶんと、そのイヌミミ族の女の子に好かれてるんですね」
御者を引き受けてくれている行商人の青年――セルジオが振り返ってそんなことを言う。
「そうだな。助けた恩を感じてくれてるみたいだ」
「イヌミミ族は恩義を重んじると言いますからね。ですが、どっちかというと懐かれてるようにも見えますけど」
「あはは……」
さすがにモフり倒したせいかもしれないとは言えない。俺は苦笑いで誤魔化した。
ちなみに、彼には街を出発してからすぐ、イヌミミ族の一件を話してある。
出発前に話さなかったのは、街で騒がれたりしないための保険だったんだけど……どうやら杞憂だったらしい。セルジオは俺達の様子を微笑ましそうに眺めている。
そんな彼の視線を受け、そう言えばと、イヌミミ族と人間の関係について思いだす。
昨日エルザが聞き込みをした限りじゃ、イヌミミ族が裏切ったって情報しか手に入らなかったんだよな。イヌミミ族に偏見のない彼なら、なにか知ってたりするかな?
ちょっと聞いてみよう――と言うことで立ち上がる。
「リオンお兄さん、どうかしたの?」
「ちょっと御者台に行こうかと思って」
「御者台? ボクも行って良い?」
「えっと……」
聞きたいのは人間とイヌミミ族の歴史など。イヌミミ族が横にいると、話しにくい話題もあるかもしれないと迷う。
そんな俺の内心を察したのか、はたまたモフりたかっただけなのか、
「シロちゃんはこっちにおいで~」
「ソフィアにもモフモフさせて~」
アリスとソフィアが自分達のあいだのスペースをポフポフと叩く。そうして迷うシロちゃんを拉致。二人でモフり始めた。
……うぅむ、ただたんにモフりたかっただけっぽいな。なんにしても、これで愁いは断たれたと、俺は御者台に移動。セルジオの隣へと腰を下ろした。
「リオンさん、どうかしたんですか?」
「いやなに、少し世間話でもと思ってさ」
「良いですねっ、ちょうど一人で御者をするのにも退屈してたところなんですよ!」
「そ、それは良かった」
想像以上の食いつきに少し驚く。
「いやぁ嬉しいな。いつも運んでいるのは、物言わぬ商品ばっかりなんで新鮮な気分ですよ」
「ん? 商品がモノを言わなくても、話し相手くらいはいるだろ?」
「……話し相手、ですか? そりゃあ、相乗りを希望する方がいないとは言いませんけど、そういったケースは稀ですね」
「そうじゃなくて。護衛を雇ったりはしないのか?」
行商人に護衛の冒険者。お約束の組み合わせだと思ったんだけど、そんなの出来ませんよと笑われてしまった。
「よほどの高級品を輸送するなら話は別ですけどね。僕らみたいな行商人がいちいち護衛なんて雇っていたら生活出来ませんって」
「じゃあ、盗賊とかが出没してるときはどうするんだ?」
「その手の噂を聞いた地域にはしばらく近づきません。どうしても行かなきゃいけないときは、他の行商人と一緒に行きますね。そのときは合同で護衛を雇ったりもします」
「なるほど……」
「リゼルヘイムでは違うんですか?」
「いや、言われてみれば同じだな。大きい商隊とかは護衛を連れてるけど、一台の馬車で護衛を引き連れる商人はいないかも――」
そこで俺は言葉を飲み込んだ。そして少し警戒を持ってセルジオをまじまじと見る。俺はリゼルヘイムからきたなんて一言も言っていない。それを思い出したからだ。
「おっと、そんなに警戒しないでください。ただ、そうかなと思っただけなので、リオンさん方の素性を探る意図はありませんよ」
悪意がないというのは……本当だろう。もしそうじゃないのなら、荷台にいるソフィアがなにか合図をしてくるはずだ。
「――シロちゃん、モフモフモフ~」
「わふぅ、くすぐったい、くすぐったいですぅ」
……こっちに意識を向けてくれていればの話だけど。
ま、まあ、前もって調べた感じでは大丈夫。俺の勘としても大丈夫っぽい。ただ、今後も同じように見破られる可能性は排除しておきたいから、理由だけは聞いておこう。
「言いふらさないでくれるなら良いよ。でも、どうして俺がリゼルヘイムの人間だと思ったんだ? 目立たないようにしてるつもりなんだけど」
「理由は三つあります」
「三つもあるのかよ……」
げんなりと呟くと、わりと分かりやすかったですよと笑われた。
「一つ目は、その言葉です。ザッカニアと同じ言語ですが、少しアクセントが違いますね。まあこれは、国内でも地域によって違うので、判断材料の一つでしかありませんが」
「アクセントか……」
方言みたいな違いがあるんだろう。これは……さすがに一朝一夕ではどうにもならないな。
「そして二つ目。あなた方の着ているローブです。一見ただのローブですが……時々色合いに揺らぎが見られる。特殊な繊維なのか……もしくはなんらかの紋様魔術が刻まれているのか」
「……参ったな。さすがにそれを見破られるとは思わなかったよ」
俺は降参だとばかりに諸手を上げた。
「一般人にバレることはないと思いますよ。それに僕だって、こんなに間近で眺めなければ気付かなかったと思いますし」
「そっか。それならひとまずは安心だな」
「そうですね。それで、生地か紋様魔術、正解はどっちなんですか?」
「両方だよ。透明な繊維で作った布に紋様魔術で発色させてるんだ」
リゼルヘイム出身だとバレたとは言え、本当ならそこまで教える義理はない。ただなんとなく、話しているうちにセルジオの人柄が見えてきた。
ソフィアの恩恵によるチェックを前提にした俺の勘だけど、セルジオは誠実なタイプの商人だ。その上で、彼とは仲良くなれそうな気がした。
「ちなみに、三つ目の理由はなんなんだ?」
「みなさんが、イヌミミ族に偏見を持っていないからですよ」
「……ふぅん。そこまでか」
言い換えれば、この国の住人はほぼ、イヌミミ族に偏見を持っていると言うこと。500年前とは言え、互いの手を取ってリゼルヘイムから海を渡ったはずなのに……切ないなぁ。
「もちろん、この国にもイヌミミ族と仲良くしようという人間はいます。ですが、それはごく一部ですし、表だって口にすることはありませんね」
「対立してるから、か。そう言えば、先に裏切ったのは人間みたいな話をシロちゃんがしてたけど、その辺はどうなんだ?」
「事実でしょう。我々のご先祖は、イヌミミ族を都合の良い労働力と考えていたようなので」
「そういうことか……」
リゼルヘイムの先祖はイヌミミ族を排除した。そしてザッカニア帝国の先祖はイヌミミ族との共存を選んだ――のではなく、奴隷として使役するつもりだった。
これが歴史の真実なのだろう。
「しかし、そんな状況でよくイヌミミ族は独立できてるな。森に住んでるって話だけど、実は凄く数が多かったりするのか?」
「いえ、数は数百程度だと聞いています。ただ……むちゃくちゃ身体能力が高いんですよ。だから、騎士団ですら森に入るのは躊躇するそうです」
「あぁ……そう言えば、シロちゃんも森の外で捕まったとか言ってたな」
「マニアのあいだではかなり高額で取引されているそうですからね。専門のハンターなんかも存在するらしいですよ」
「……なるほど」
イヌミミや尻尾がある以外は人間と変わらないので、俺的には許せないんだけど……たぶん、珍獣とかそういった感じの扱いなんだろう。
「そんな訳で、イヌミミ族の肩を持つ人間は少ないですね」
「でも、セルジオはそんな少数派の人間なんだよな?」
偏見がない――どころか、捕まっていたイヌミミ族を逃がして、それが原因でゼニス商会を首になったと聞いている。本人からではなく、情報収集をして得た話だけどな。
それが一年ほど前の話。それ以降の彼はこうして、行商人として細々とやっているらしい。
「僕も子供の頃は、同じような偏見を持っていました。だけど狼に襲われて窮地だったところを、イヌミミ族に救ってもらったことがあるんです」
「それで恩を感じて?」
あんなことをしたのか? というニュアンスを込めて尋ねる。
「……もしかして、僕の過去を調べましたか?」
「イヌミミ族を逃がす手伝いをしてくれそうな相手を探す過程でちょっと、な」
「そうですか。それじゃリオンさんから見て僕は、とんでもない馬鹿に写っていることでしょうね。エリート街道まっしぐらだったのに、それを棒に振ったんですから」
「……そんなことは思わないよ。俺だって、似たようなことをしているしな」
「そういえば、そうでしたね」
セルジオは後ろの荷台でモフモフされているシロちゃんをちらり。かつての自分と重ね合わせたのか、彼は苦笑いを浮かべた。
「リオンさんとはなんだか仲良くなれそうな気がしますよ」
「奇遇だな、俺も同じことを考えていた」
なんと言っても、俺は男友達が少ないからなぁ。クレインさんやアルベルト殿下はさすがに友達といった間柄じゃないし……男で友達と言えるのはトレバーくらいか。
いまはミューレ学園の卒業生にも男はいるし、伯爵として関わるあれこれに同性も関わっているんだけど……何故か男とは友人のような関係を結べないんだよな。
ここは是非とも、セルジオとは仲良くなりたいところだ。
「――ところでリオンさんは、なにをしにこの国にいらしたんですか? まさかイヌミミ族を救いに来たとかではないですよね?」
「さすがにそれはないな。俺が来たのは……」
ふむ。信用も出来そうだし、リゼルヘイムから来たことは既にバレている。穏健派と交渉に来たと話してみるか? 一応ソフィアに立ち会ってもらってからの方が良いかな?
――なんて考えていたのを、聞かれたくないことと思われたのだろう。セルジオは「あぁもちろん、差し支えなければで構いませんよ」と付け加えた。
「ただ、男がリオンさん一人で、見目麗しい女性ばかり五人も連れているでしょう? 変わった組み合わせが気になってしまって」
「アリスとソフィアは俺の婚約者だよ。あとの二人は護衛と使用人だけどな」
「……え? 二人、ですか? あの妖精のように美しい女性と、天使のように愛らしい少女の両方が、貴方の婚約者、なんですか?」
「あぁうん。まあ……訳あって三人と婚約しているんだ。残りの一人は家で留守番してるけどな……ってどうかしたか?」
気が付けば、セルジオが沈黙している。どうしたのかと覗き込むと、なんというか……凄いジト目で睨み付けられた。
「貴方とは仲良くなれそうな気がしていたのですが……気のせいでした」
「ええぇ……」
「貴方は僕の――いえ、男の敵です」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。たしかに俺は婚約者達以外にもハーレムっぽいものを形成してるけど、それは俺が望んだことじゃなく、みんなに押し切られただけなんだ。それに、色々な苦労もあるんだぞ。だから――」
「リオンさん、分かりました」
「お、おぉ、分かってくれたのか?」
「ええ。貴方とは口を利きたくありません」
「しょぼん」
俺はすごすごと荷台に戻った。
ミューレ学園関係者の男達のリオンに対する評価
>学園のアイドルであるリアナの心を奪った、男の敵。
ミューレの街で活動する男商人達のリオンに対する評価
>アカネやアカネ商会の受付嬢と仲が良い、男の敵。
ミューレの街で暮らす平民の男達のリオンに対する評価
>足湯メイドカフェで働くメイド達の本当のご主人様らしい、男の敵。
リゼルヘイム王都で暮らす男達のリオンに対する評価
>リーゼロッテ様にお兄様と呼ばれるばかりか、年末にコンサートを開催したアイドルなシスターズ全員から慕われている、男の敵。
グランプ侯爵領の学園や冒険者関係の男達によるリオンの評価
>ロリ巨乳を引き連れていたばかりか、受付嬢や看板娘、それに教師の女の子の心も奪った、男の敵。
エルフの民の男達のリオンに対する評価
>アリスティアちゃんに手を出したらしい、男の敵。
リオン「……しょぼん(´・ω・`)」
次話は15日予定です。






