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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第六章 海の向こうの大陸で――

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エピソード 2ー3 イヌミミメイド候補生

「……なんだか騒がしいね?」

 裏通りから聞こえてくる男達の声に、アリスがぽつりと呟く。

 男達は誰かを探しているようだけど……まさか、俺達ってことはないよな? この国で追われるようなことはまだしてないし――いや、今後すると言う意味ではなく。

 さっき服を売ったゼニス商会の関係者である可能性は……ちょっと考えにくいな。正当な取引をしただけだし、そもそも相手に悪意があれば、ソフィアが気付くはずだ。

 ……なんて思っていたら、路地から小さな影が飛び出してきた。そしてそれは前を見ていなかったんだろう。アリスにドスンとぶつかって尻餅をつく。

「……女の子? ――っ!?」

 尻餅をついた影の正体はみすぼらしい服を着た小さな女の子――だけど、その頭にあるのは、モフモフな毛並みに覆われ耳。


 ――足湯イヌミミメイドカフェの店員候補キタコレ!


 おっと、興奮してしまった。少し落ち着こう。

 まずは……と、俺は尻餅をついているイヌミミ幼女に右手を差し出す。

「お嬢ちゃん、金貨90枚で俺のところに来ないか――いてぇ」

 アリスに思いっ切り頭をはたかれた。

「ちょっと落ち着こうか。それじゃまるで、幼子を買春しようとするヘンタイ貴族だよ」

「す、すまん。ええっと……ウェイトレス的なお仕事なんだけど、どうかな?」

「え、あの? ええっと……」

 イヌミミ幼女は意味が判らないとばかりに戸惑っている。


「いたかっ!?」

「いや、こっちにもいない!」

 再び、遠くから男達の声が響く。それに対してイヌミミ幼女がビクリと身を震わせた。

「もしかして、キミが追われてるのか?」

「えっと、その――ひっ」

 裏道の方から、複数の足音が近づいてくる。それを聞いたイヌミミ幼女が逃げようとするが、ここでメイド候補を逃がす訳には――じゃなくて、見殺しにする訳にはいかない。

 という訳で、俺は少女の腕を掴んだ。そして少女がなにかを言うより早く、

「匿ってあげるから、大人しくしててくれ」

 と、アリスの方へと押しやった。


「――アリス」

「うん。こっちへおいで」

 アリスは右腕をばっと翻すと、イヌミミ幼女をぐいっと引き寄せた。そうして、自分の腰に抱き寄せる。

 なにをやってるんだろうと思ったのは一瞬。ここにいる全員が、俺には見えないローブを着ていることを思いだした。

 さっきの仕草はおそらく、ローブを翻してその下にイヌミミ幼女を隠したのだろう。その証拠に、イヌミミ幼女はおとなしくアリスの腰にしがみついている。

 そしてほどなく、足音の主である三人の男達がやって来た。

 状況からしてチンピラ風の男達を思い浮かべていたんだけど……男達は意外にも、一般的な兵士のような出で立ちをしていた。


「お前達は何者だ? こんなところでなにをしている?」

 兵士の一人が、俺達に向かって尋ねてくる。どうやら警戒されているようで、他の二人は腰の剣に手をかけていた。

 それを見たエルザが俺の前に出ようとするが、それは身振りで止めた。

「俺達はただの旅人で、これから宿に向かうところだ」

「……旅人だと? ……ふむ、イヌミミ族ではないようだな」

 松明を掲げた男が俺達の顔を眺め、そんなことを呟く。そしてそれと同時、彼等は腰の剣から手を離して警戒を解いた。

 やはりというべきか、彼等はイヌミミ族の幼女を探しているらしい。


「やたらと騒がしかったけど、なにかあったのか?」

「いやなに、奴隷として捕まえたイヌミミ族の娘が逃げ出してな。探しているところなんだ」

 ……どういうことだ?

 どう見ても、彼等は普通の兵士に見える。と言うことは、イヌミミ族の幼女の方に非があるのか? もしそれなら、悪人を逃がす手伝いは出来ないけど……とソフィアを見る。

 ソフィアは無言で首を横に振った。

 俺の思考を読んでのことであれば、イヌミミ族の幼女に非はないと言うことだろう。詳しい事情はあとで聞くとして……取り敢えずはこの場をなんとかしよう。


「残念ながら、俺達はそのイヌミミ族の娘とやらは見ていませんよ」

 嘘は吐いていない――と自分に言い聞かせる。俺が見たのはイヌミミ族の幼女であって、娘と言うような年齢じゃなかったから、と。

 気休めではあるけど、相手に嘘だと悟られる可能性は下がる。それに、もしソフィアのような恩恵持ちが相手にいた場合でも、多少はごまかすことが出来るからな。

 結果、兵士は「そうか」とだけ言って引き下がった。あっさり具合を考えると、もともと俺達を疑っての言葉ではなかったのかもしれない。


「今はこの辺りも物騒だ。宿に向かうのなら急いだ方が良い」

 兵士達は親切なセリフを残して踵を返す。恐らくはイヌミミの娘を探しを再開するのだろう。だから俺はそんな彼等を感謝の言葉と共に見送った。

 そうして彼等が見えなくなるのを確認し、アリスに抱きついているイヌミミ幼女へと視線を向ける。けど、イヌミミ幼女からは見えていないので反応がない。

 うぅん、このままじゃ話をしにくいな。


「アリス、その子と話したいんだけど」

「ん、そうだね。今は周囲には誰もいないよ。と言うことで、少し出てきてくれるかな?」

 アリスがイヌミミ族の幼女をローブのしたから連れ出す。

「あ、あの。ボクを助けてくれてありがとう」

 少し怯えた様子が物凄く可愛い。イヌミミ少女はまさかのボクっ子だった。ううむ、今すぐモフモフしたい。けど、今は自重、自重しよう。まずは幼女の話を聞かなくては。


「さて。イヌミミ族のお嬢ちゃんはどうして欲しい?」

「えっと、あの……?」

「一人で逃げたいって言うのなら、ここで解放して上げるよ。でも俺達に助けを求めるのなら、逃げるのに協力して上げるってこと」

「……逃げても、良いの?」

「それはもちろんだけど……どうしてそんなことを聞くんだ?」

「だって……人間はみんな、ボクたちを捕まえて奴隷にする悪者だって聞いてたから」

「……人間がみんな悪者?」

 どういうことだろうと首をかしげる。

 イヌミミ族は自分達の味方をする人間と一緒に、リゼルヘイムの大陸を去ったはず。

 だから、リゼルヘイムの人間を恨んでいるのなら分かるけど……今の物言いだと、人間そのものを警戒してるように聞こえる。


「ご、ごめんなさいっ。お兄さんたちが嘘を吐いてないのは分かるよ」

「……そうなのか?」

 人間が悪者と言い聞かされていた上に、その人間に攫われた。いくら俺達が助けたからと言って、そんな風に信じてくれるのはかなり意外だ。

「ボク、相手が嘘を吐いてるかどうかはなんとなく分かるの」

「へぇ……」

 もしかして、ソフィアの恩恵と似たような能力があるんだろうか? もしそうなら、かなり希有な存在だな。


「お兄さんが嘘を吐いてないのは分かるけど、その……驚いちゃって」

「ふむ……良く判らないけど、俺達のことは信用してくれてるんだな?」

「そ、それはもちろんだよ」

「そっか。それなら、まずは俺達と一緒にここを離れないか?」

 さっきの連中は遠ざかったけど、時々イヌミミ族を探す連中の声が聞こえる。あまり長居はしない方が良いだろう。

 イヌミミ族の幼女もそれは感じていたのか、「うん」と可愛らしく同意してくれた。



 そんなこんなで、たどり着いた宿屋。アリスが受付にいるおばさんに話しかけた。

「いらっしゃい……っと、さっきの予約してくれたお客さんだね。部屋は用意してあるよ」

「それなんだけど、一人増えたから、三人部屋を二部屋に出来ないかな?」

「もちろん、大丈夫だよ」

 アリスとおばさんの他愛もないやりとり……なんだけど、俺はあれれと首をかしげた。

 俺とアリスとソフィア、それにミリィ母さんとエルザ。そこにイヌミミ幼女が加わって六人なのは分かる。分かるんだけど……


「なぁ、アリス? 三人部屋を二つって、どういう部屋の割り振りをする予定なんだ?」

「もちろん、リオンと私とソフィアちゃんで一部屋だよ?」

「ちょ、それは――」

 俺はとっさに反論しようと思ったのだけど――

「うん、ソフィアもお兄ちゃんと一緒に寝る~」

「私も野暮は言わないわよ」

「警備的観点でもその方が良いと思います」

 次々に援護射撃をされて沈黙した。唯一なにも言っていないイヌミミ幼女に視線を向けるけど、ローブでこちらが見えていない幼女は沈黙のまま。どうやら味方はいないらしい。

 一人の方が熟睡出来るんだけどなぁ……いや、深い意味ではなく、普通の意味で。

 だけどまぁ……警備がどうのと言われたら仕方がない――と渋々、渋々である。俺はその部屋の割り振りを受け入れた。


 

 2-4は5日を予定しています。

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