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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第六章 海の向こうの大陸で――

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エピソード 2ー2 ソフィアのお手軽交渉術

 船でやってきたのは、ザッカニア帝国の東端に位置する港町ヴェーク。

 交流が少ないとは言え、若干の交易はおこなわれているし鎖国されている訳でもない。なので堂々と上陸しても大丈夫と言うことで、俺達は港町へと降り立った。

「凄い凄い、ここがザッカニア帝国なんだねっ」

 大地に降り立ったソフィアが両手を広げてくるくると回る。傾き始めた日の光を浴び、はしゃぐソフィアは凄く絵になっているんだけど……壮絶に目立っている。

 と言うか、ここが『ザッカニア帝国なんだね』って、自分がよそから来たって宣言してるし。いやまぁ、船から下りてきた訳だし、現時点ではどのみちバレバレだとは思うけどさ。


「ソフィア、はしゃぎたい気持ちは判るけど、あまり目立たないようにしろよ?」

「は~い」

 ソフィアは元気よく返事をすると、とことこと俺の前に歩み寄ってきた。

「それで、リオンお兄ちゃんはこれからどうする予定なの?」

「そうだなぁ……」

 ザッカニア帝国に来た最大の目的は、平和的な条約を結ぶこと。そのためには強硬派に知られることなく、穏健派と秘密裏に接触する必要がある。

 だからまずはザッカニアの帝都へと向かい、そこで穏健派と接触する手段を探す必要があるんだけど――と空を見上げる。日没までは一刻といったところだろう。


「今日は泊まる宿を探そうか。それと……路銀の確保だな」

「宿は分かるけど……路銀?」

「うんうん。一応の持ち合わせはあるけど、なにかあったときに心許ないからな」

「……ええっと?」

 リオンお兄ちゃんはなにを言ってるの? とでも言いたげな表情。

 まあ気持ちは判る。最近はアリスだけじゃなく、ソフィアも新作の料理の開発で稼いでいるからなぁ。お金に困るという発想がないんだろう。

 でも俺が言っているのは、ザッカニアの貨幣のことだ。


「リゼルヘイムと貨幣が違うらしいんだよ。使えなくはないと思うけど、リゼルヘイム出身だって言いふらすようなものだからさ」

「あぁそっか。それじゃどこかで両替してもらった方が良いのかな?」

「それでも良いんだけど……」

 俺はそう言いつつ、鞄から新品の服を取り出して見せた。

「交易の現状調査も兼ねて、少し服を売ってみようかなって」

「そっかぁ。それじゃあ洋服を買ってくれる人を探さないとだね」

「――それならもう見つけたよ」

 不意に背後からアリスの声が響く。振り返るとそこには――なにやら湯気の立ち上る小さな器を片手で抱えたアリスがいた。


「それは……蒸したジャガイモ?」

「うん。美味しいよ。良かったらお一つどーぞ?」

 小さな器の中にはジャガイモが二つだけ――だったんだけど、アリスが精霊魔術を使うと、ジャガイモはリンゴのようにぱかっと切り分けられた。

 取り敢えず竹串のようなモノが用意されていたので、みんなで一欠片ずつ頂く。少し薄味だけど、たしかに味は悪くない。


「この国には、ジャガイモを食べる習慣があったのか?」

「うぅん。今までは食べられないと思われてたみたい。リゼルヘイムから流れてきた知識をもとに、最近この付近で栽培されてるらしいよ」

「知識をもとに? あぁ、芽に毒があるって話か」

 リゼルヘイムでもジャガイモの存在は昔から知られていた。ただ食あたりを起こす食べ物として、敬遠されていたのだ。

 恐らくはザッカニア帝国も同じだったんだろう。それで芽を食べなければ良いという事実を知って栽培を始めた、と。

 俺はそれを聞いて少しだけ安心した。

 その手の前例があった方が、こちらには技術を提供する準備があるという言葉に説得力を持たせられる。穏健派との交渉がやりやすくなるだろうと考えたのだ。

 でも、今はそれよりも、だ。


「洋服を買い取ってくれる場所を見つけたって?」

「うん。屋台を経営してるおじさんが教えてくれたんだよっ」

 アリスがもと来た方を振り返る。屋台のおじさんがそれに気付いてデレデレした表情を浮かべた。どうやらアリスの可愛さにやられたらしい。

 だが残念だったな。アリスは身も心も俺のモノだからやらないぞ。――なんて、屋台のおじさんに対抗意識を燃やしたりはしないけどさ。

 なんて思っていたら、トン―と、アリスが肩を寄せてきた。

「……アリス?」

「大丈夫、だよ。私は身も心もリオンのモノだから、ね?」

「そ、そそそんな心配してないしっ」

「心配まではいかなくても、もやもやはしちゃったんだよね?」

「ぐぬぬ……」

 そうなんだけど、そうなんだけど、そうなんだけどぉ。面と向かって言われるのは恥ずかしいんだよ! なんて思っていると、

「船の上でからかわれた仕返し、だよ?」

 夕焼けに染まった桜色の髪を風になびかせ、いたずらっぽい微笑みを浮かべる。アリスが可愛くて、俺は思わず見とれてしまった。


「……ねぇリオン。気持ちは判るけど、往来でいちゃつくのはどうかと思うわよ?」

 不意に響いたのはミリィ母さんの呆れた声。ふと気が付けば、屋台のおっちゃんをはじめとした周囲の男どもから呪い殺されそうな視線を向けられていた。

 なんというか、ソフィアにあまり目立つなよと言い放った俺の方が何倍も目立っている。

「……………ええっと。あれだ。早くそのお店とやらに行こう」

 俺は誤魔化すように言い放ち、みんなを連れてそそくさとその場を退散した。



 その後、俺たちは宿の予約と服の販売をするために二手に分かれた。

 そうして俺とソフィアがやって来たのは、港町の大通りにあるゼニスという商会の建物。アカネ商会のように最新式の建物ではなく石造りだけど、大きくて立派な商会だ。

 そんな商会の接客用の部屋。俺達は商人と対面していた。歳は三十半ばくらいだろうか? 温厚そうに見えるおじさんである。

「――それで、なんでも洋服を売りたいとのことですが?」

「ええ、リゼルヘイムから持ち込んだ洋服です」

 俺は洋服を机の上に広げていく。それを見た商人のおじさんは「ほうっ」と息を呑んだ。


「手にとって見せて頂いても?」

「もちろん、かまいません」

 俺の許可を得た商人が、恐る恐ると言った仕草で洋服の生地に触れる。

 俺が持ち込んだのは、ミューレの街で販売されている庶民向け――ではなく、一着が金貨三枚で売られている高品質の絹製である。

 一般向けの洋服は少し取引されてるみたいだし、今回持ち込んだのはシンプルなデザインだから、制服のような値段はつかないはずだけど……どれくらいの値段でうれるかな?

 なんてことを考えながら待つことしばし。査定を終えたのか、商人は洋服をそっと机の上に戻し、俺へと視線を向けた。


「そうですな……一着に付き金貨12枚。合計36枚でいかがでしょうか?」

 ……四倍の値段か。二日ほど移動しただけで、金貨27枚の利益とか凄すぎだ。

 そもそも、単純に四倍という意味じゃない。商人は四倍で買い取った洋服を、更に売って儲ける必要があるのだ。そう考えると、売値はもっと高くなるだろう。

 交渉したらもう少し値をつり上げられそうだけど、自分から貿易摩擦を加速させるのもあれだし、金貨36枚あればザッカニアでの活動資金に困ることはない。

 なので、その値段で取引を――と、口にする寸前、ソフィアに腕を掴まれた。

「……ソフィア?」

 どうしたんだと視線を向けると、ソフィアは紅い瞳を細めて微笑みを一つ。ソフィアに任せてと呟いた。


「ねぇおじさん。いくらなんでも足下を見すぎじゃないかなぁ~?」

「これはこれはお嬢さん。そのようなつもりは毛頭ありませんよ」

「ふぅん、そうなの?」

「ええ。リゼルヘイムから持ち込まれる服はどれも品質が素晴らしく、高値がつくのは事実です。しかし最近は供給が増えつつあります。ですから、値段が下がっているんです」

「そっかぁ~、供給が増えれば値段は下がるもんね」

 無邪気に感心しているように見えるんだけど、その姿がなんというか……すごぉく恐い。

 と言うか『そっかぁ~』ってなんだよ。学園で商売についても習っていて、相手の考えていることすら読める。そんなソフィアが、この受け答えはありえない。絶対に、相手を陥れるなにかを企んでいるに違いない。まさに美少女の皮を被った悪魔――いたたっ。


 よけいなことを考えていたら、ソフィアに脇腹をつねられた。なんで商人と交渉中なのに、商人じゃなくて俺の心を読んでるかな、この子は。

 俺的にはあまり高値で売りつけるつもりはなかったんだけど……当然ながらソフィアはそれを理解した上での行動だろう。なので、取り敢えずはソフィアに任せることにする。

 いや、あとで怒られるのが怖いとかではなく。


「そういう事情ですので、これらの服は金貨36枚が妥当です。それ以上の金額では、我々が儲けることが出来ません。ご理解頂けましたかな?」

 言葉遣いこそ丁寧だが、子供は引っ込んでいろと言いたげな口調。それを聞いたソフィアは無邪気な微笑みを浮かべた。

「分かったよ。残念だけど、その金額じゃ服は売れないから、持って帰ることにするね~」

「――なっ!? ……なぜですか? 他の店に持ち込めば高く売れると思っているのは間違いですよ? この街でうちより高く買い取ってくれる店など」

「うん。ないだろうね~」

 商人の言葉に、ソフィアはあっさりと同意する。そんなソフィアの反応が意外だったのか、商人は拍子抜けするよう表情を浮かべた。

 その瞬間、ソフィアは無邪気な微笑みを消し、一転して冷たい微笑みを浮かべる。


「この服が他の量産品とは桁違いの品質を誇る。それを理解した上で、見合った金額を出せる商会はここしかないモノね。この港町には(、、、、、、)、だけど」

 ソフィアの幼さに油断していたであろう商人は硬直した。そうして言葉を失う商人に向かって、ソフィアは淡々と続ける。

「供給があるのは普通の服の話。最高品質の服はミューレの街でもほとんど売られていない。貴方が言うような値崩れは起こしていないはずだよ?」

「そ、それは……い、いやしかし。売らないというのであれば、どうするおつもりですか?」

 どうするつもりと言うのがなにを指しているのか、傍で聞いている俺には分からなかったんだけど、心を読んでいるからなのか、ソフィアはよどむことなく続ける。


「どうもしないよ。正当な金額で売れないのなら、売る必要なんてないからね」

「そ、それではあなた方はなんのために……」

「ソフィア達が海を渡ってきたのは、この国の貴族に用事があったから。だから別に、お金に困ってるわけじゃない。服を売る必要なんてないんだよ」

「そ、そうだったんですか……」

 少し焦ったように言葉を濁す。そんな商人のおじさんを見て、ソフィアはクスリと笑う。

「もしかして……おじさん。お兄ちゃんがお金を儲けるために海を渡ってきた、扱いやすそうな馬鹿な貴族とでも思ってたのかな?」

「なっ!? いいいいやまさか、滅相もない!」

「そうだよね。チョロそうだから足下を見てやれなんて思ったりもしてないよね?」

「も、もちろんでございます!」

 まるで内心をぴたりと当てられたかのように、商人のおじさんが取り乱す。……いやまあ、まるでもなにも、確実にぴたりと当てられたのだろう。

 つまりは――そう言うこと。どおりでソフィアが容赦ないはずである。


「さて、ソフィア達はこの服を売る必要がないって理解してもらえたと思うんだけど……どうしても買いたいって言うのなら……値段次第で売って上げても良いよ?」

 ――結局、服は一着につき金貨30枚。合計90枚で取引された。

 いくらなんでも可哀想と思ったんだけど……取引が終わった瞬間、商人のおじさんはそれなりに満足げな表情を浮かべていたので、それでもちゃんと儲けを出せるのだろう。

 ……なんというか、貿易摩擦が起きる訳である。



「――って、いやいや、俺達が貿易摩擦を悪化させてどうするんだよ!?」

 取引を終えて外に出たところで、我に返った俺はソフィアに突っ込みを入れた。

「だって~、あのおじさんリオンお兄ちゃんを馬鹿にしたんだもん」

「怒ってくれるのは嬉しいけどさぁ」

 交渉で増えた金額は平民の給料二十年分くらい。‘お兄ちゃんを馬鹿にしたんだもん’で吊り上げられたらたまったものじゃないと思う。


「それにね、リオンお兄ちゃんは勘違いをしてるよ?」

「……ん? 勘違いってどういうことだ」

「たしかに貿易摩擦……って言うの? それを起こすのは良くないけど、あのおじさんに服を安く売ったとしても、あのおじさんが私腹を肥やすだけだよ?」

「そうかもしれないけど……この国の金貨は減らないだろ?」

「そんなの、お兄ちゃんが帰るまでに全部使えば一緒じゃない。むしろ経済の活性化につながるはずだよ?」

「……おぉ」

 目から鱗だ。たしかにこの国で稼いだ金貨を全てこの国で消費すれば、この国の赤字にはならない。ならないけど……金貨90枚分って、なにに使えば良いんだ?


 ――はっ、足湯イヌミミメイドカフェの資金かっ! さすがに二割くらいは冗談だったんだけど……本格的に考えてみようかな。などと考えているあいだに、アリス達と合流。

 今日は宿で休み、情報収集は明日から開始することになった。そうして、すっかり日が沈んで暗くなった道を歩き、商会で教えてもらった宿へと向かう道すがら――

「どうだ、そっちにいたか!?」

「いや、こっちにはいない。あっちに逃げたかもしれん!」

 なにやらトラブルが近づいてきた。

 

 

 こっそりと言いつつ、むちゃくちゃ目立ちまくってるリオン達ですが、あまり目立ってる自覚はありません。普段からすると自重してるつもり見たいです。


 次話は30日を予定しています。

 それと、おかげさまで青い鳥症候群がネット小説大賞の一次選考を通過しました。

 応援してくださった方々、ありがとうございます。

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