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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第六章 海の向こうの大陸で――

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エピソード 1ー7 自分だけは普通だと思ってる人々

 アルベルト殿下とノエル姫殿下の両名が、ミューレの街の足湯メイドカフェに入り浸っている。そんな噂を聞きつけた俺は、クレアねぇと二人で足湯メイドカフェに乗り込んだ。

 ――だけど。

「……あれ? 今って営業中だよな?」

「そのはずだけど……妙に静かね」

 店内には客が一人もおらず、謎の静寂が下りていた。

 しかしよく見ればメイドの格好をした店員はいる。にもかかわらず、彼女たちは直立して物音一つ立てようとしない。異様な緊張感に包まれている。

 一体なにがって思っていたら、奥からメイドがゆさゆさと胸を揺らしながら走ってきた。


「足湯メイドカフェ『アリス』へお帰りなさいませですわ。ご主人様、お嬢様……って、リオンお兄様と、クレアお姉様じゃないですか。お二人してどうなさったんですか?」

 やって来たメイドは、この国のお姫様だった。

「……なんでリズがメイドカフェで働いてるんだ?」

「アカネさん経由で、臨時のバイトを頼まれたんですわっ」

 人に頼られるのが嬉しいのだろうか? そんな風にのたまうリズは何処か誇らしげだけど、まったくもって意味が判らない。

 あとついでに、なぜか他のメイドさんが、俺達の会話をはらはらといった様子で見守っている。本気でまったくもって意味が判らない。


「良く判らないけど……臨時のバイトって、馬車の作業の方はどうしたんだ?」

「そっちは三十分おきにお店の前まで来るようにして貰ってるんですの」

「……ようするに、バイトの掛け持ちってことか? 一国の姫様が良くやるな」


「「「――一国のお姫様っ!?」」」


 周囲から一斉にそんな声が上がる。その直後、店員の一人がぱたりと倒れ伏した。

「メ、メルっ、しっかりしなさい!」

「だ、だめ、気絶してるわっ!」

「この子、プレッシャーに耐えかねて、リズちゃん。いえ、リズ様に甘えてたから」

 気絶した少女にほかの店員達が駆け寄り、口々にそんなことを言う。


「……なあ、一体どうなっているんだ?」

 俺は意を決して、気絶した店員を介抱している女の子の一人に話し掛けた。

「ええっと……貴方は?」

「あぁ、俺のことも知らないか。俺はリオン、リオン・グランシェス。ここの領主だよ」

「きゅぅ~~~」

 ……いやだから、なぜにそこで目を回す。取り敢えずその子が倒れないように抱き留め、倒れないように支える。

 なんだか良く判らないけど、話の出来そうな人は……と、周囲を見回した俺は、俺に縋るような視線を向けているメイドを見つけた。


「キミは、話が出来そうだな?」

「あ、はい。私はリオン様が妹属性の少女には優しいことを知ってますので」

 ……否定したい。否定したいけど、この子にまで萎縮されては意味がないので、涙を呑んでスルーしておく。こうして既成事実になっていくんだろうなぁ――と思ったその時。

「――それは誤解よ」

 なんと、あのクレアねぇが訂正をしてくれた。幼少期に出会って以来、おかしなことばっかり言っていたクレアねぇだけど、婚約して色々と変わったんだなぁ。

「妹属性にはじゃないわ。妹属性にもよ。弟くんはお姉ちゃんにも優しいんだからねっ!」

 ……うん、まぁ、そんなことだろうとは思ったよ、こんちくしょう。


「と、取り敢えず、なんでこの子達が気絶したのか、事情を説明してくれるか?」

 俺は咳払いを一つ、強引に話を戻した。

「それはその……プレッシャーに堪えかねたんだと思います。先日から王子様と王女様がこの店に滞在なさっているので、ずっと緊張を強いられていたんです。それに加えて……」

「あぁ、なんとなく察した」

 アルベルト殿下と、ノエル姫殿下。そんな二人を相手に接客なんて出来ない! と店員達が悲鳴を上げた結果、責任者であるアリスか誰かの手によって、臨時の助っ人が雇われた。

 そして臨時のバイトに頼り切っていたら、その正体がリーゼロッテ姫だった――と。そりゃ気絶してもしょうがないな。


「まあ……その、なんだ。リズは俺より人懐っこいから大丈夫だ。アルベルト殿下と、ノエル姫殿下には俺の方から言っておく」

「ありがとうございます!」

 ……泣いて感謝された。この怯えよう。ただ居座ってるだけじゃないだろ、あの二人、なにかやらかしたな?

 この場はクレアねぇに任せて、俺は奥にあるVIPルームへと向かった。



 そうしてやって来たVIPルームの前。個室となる部屋の中にはアルベルト殿下とノエル姫殿下がいるはずだけど……なぜか話し声が聞こえない。

 いるはずだよなと思い、控えめにノックを四回。一呼吸置いて「誰かしら?」と言うノエル姫殿下の声が聞こえてきた。

「リオンですが、入ってもよろしいですか?」

「あらリオン、ちょうど良かったわ。入りなさいよ」

「……失礼します」

 そうして引き戸を開けて部屋の中に。足湯でくつろいでいる二人の姿を思い浮かべていた俺は、その光景を目の当たりにして数秒停止した。


「……なにをやっているんですか?」

「見ての通りだが?」

「貴方達を訪ねて来たのに、留守だから書類の整理をしてるのよ?」

「いやまぁそれは見たら分かりますが……」

 口々に答える二人を前に、俺はため息まじりに呟いた。

 なにしろ、二人が囲むテーブルの上には様々な書類が積まれている。足湯メイドカフェのVIPルームは、まるでクレアねぇの執務室のようになりつつあった。


「それにしてもここは素晴らしい環境ね。スィーツとやらは信じられないくらい美味しいし、足湯に浸かりながらの作業はリラックス出来る。なにより、この静かな環境が最高よ」

 静かなのは、街のしがないメイドカフェに、王子と王女がやって来たからだ――と、そこまで考えた俺はあることに気が付いた。

「もしかしてそれ、メイドにも言いましたか?」

「もちろん褒めてあげたわよ?」

「優秀な者を評価するのは、上に立つモノとして当然だろう?」

 二人の意見を聞いて、俺は無言で天を仰いだ。


 たしかに、褒めるのは大事だ。二人の来店に、意識を失う寸前まで頑張った彼女たちは評価されて然るべきだろう。

 しかし、しかし、だ。街にある足湯メイドカフェが静かなはずがない。

 ここからは俺の予想だけど、二人が護衛とかを引き連れて来店する。それを知ったみなは騒然となり――やがて緊張感から沈黙する。その状況で、静かであることが素晴らしいと褒められたら……あんな風になるのではないだろうか?

 俺達と同期なら、もう少し耐性があったんだろうけどな。ないものは仕方ない。と言うか、王子と王女が足湯メイドカフェで仕事するとか想定外だ。

 という訳で、俺は二人にその辺の事情を説明した。


「ふむ、そうか……それで妙に緊張していたのか」

「えぇまぁ。彼女たちもメイドとしての教育は受けていますが、庶民を相手にする店員としての教育ですからね。お二人をもてなすには経験不足です」

「そうか? なかなか精練された動きだったが」

「かもしれませんが勘弁してあげて下さい。彼女たちが心労で倒れます」

「ふむ、そう言うことなら仕方ない」

「そうね。あまり気苦労をかけてしまうと、クレアお姉様に嫌われてしまうし」

「……あ」

 そのクレアお姉様なら、フロアの方にいるぞと口をつきかけた言葉は慌てて飲み込んだ。

 今はまだ倒れた女の子を介抱中だろう。そんなところにノエル姫殿下が突撃を仕掛けたら、シャレ抜きで死人が出てしまう。

 ……いや、クレアねぇにメロメロなノエル姫殿下を見たら、親しみが湧いたり……する可能性は否定出来ないけど、今度はクレアねぇがあがめられそうだからやめておこう。


「どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません。取り敢えずはここから撤収して、屋敷に来て頂けますか?」

 俺の問いかけに、二人は少し残念そうな面持ちで顔を見合わせる。迷惑をかけているのは理解したが、出来ればここから移動したくないと言った感じだろう。

「……仕方ありませんね。では引き替えに、ミューレの街とリゼルヘイムの王城に、ここより快適な足湯付きの執務室を制作してプレゼントします」

「――なんだと!?」

「それは本当なの!?」

 二人とも物凄い食いつきである。

「リゼルヘイム王都付近に温泉はないので、ここから輸送したものを温めて使うことになりますが……問題はないでしょう」

 輸送自体はお祭りの折に経験済み。あとは定期的におくれるかどうかだけど……幸いなことに、鉄道馬車の完成も近い。無茶なプランではないはずだ。


「しかしリオンよ、それは願ってもないことだが、今すぐには不可能だろう? ここから出たら、我々は何処の足湯に浸かれば良いというのだ?」

 どっぷりはまってるなぁ。とは言え、今はちょうど真冬。足湯を楽しむにはちょうど良い季節だからその気持ちは良く判る。

 あぁでも、夏は夏で温泉を冷まして冷泉にして浸かるという楽しみ方が閑話休題。


「取り敢えず今日は、俺の使っている執務室をお貸ししますよ」

「お前の使っている執務室だと?」

「ここと同じように足湯がありますよ。それに、設備もここより快適ですよ?」

「よし、すぐに移動するぞ!」

「なにをしているのリオン、すぐに移動の手配をするのよ!」

 実に現金な二人である。けど、足湯の魔力に魅せられたというのなら同士も同然だ。全力で協力しよう。という訳で、俺は事情を説明するためにフロアに戻った。



 ――その後、足湯カフェについては、みんなをねぎらって今日はお休みに。お客にも迷惑をかけたことを考慮して、明日から半額にするように指示を出した。

 店は忙しくなるけど、心労はかからないから大丈夫だろう。……一応、バイトの応援は要請しておいてあげようかな。あと、ボーナスとか。

 それはともかく、やって来たのは俺の執務室。アルベルト殿下とノエル姫殿下、それに俺とクレアねぇが集合していた。

 部屋の湿度が高くなりがちなので調度品はあまり置かれていないけど、くつろぐために必要な設備は揃っている。そんな部屋を眺めながら、アルベルト殿下が感嘆のため息をついた。


「これは……なかなかの設備だな」

「でしょ? ここで作業をするのは快適ですよ。しかも、机に置いている資料なんかがしけらないようになっているんです」

「……なんだと? 特に細工がしてあるようには見えないが、そんなことが可能なのか?」

「机に湿度を抑制する紋様魔術が刻んであるんです。だから、この席に誰かが座っているあいだは、机の上だけは湿度が抑えられるんです」

「紋様魔術というと……アリスとか言ったか? あのエルフの娘が刻んだのか?」

「ええ、そうですけど……それがどうかしたんですか?」

「いやなに、その紋様魔術。リゼルヘイムに作る執務室にも刻んでくれないかと思ってな」

「……別に構いませんけど、王都になら紋様魔術を刻める人間くらいいるのでは?」

 なんでわざわざアリスにと首をかしげる。その瞬間、アルベルト殿下だけでなく、ノエル姫殿下やクレアねぇまで呆れるようなため息をついた。なにその反応。


「……ええっと、なにか変なことを言いましたか?」

「あのね、弟くん。たしかに紋様魔術はマイナーな魔術じゃないわ。むしろ紋様が刻まれた品は一般人にも使えるから極めてポピュラーな技術よ? でもね、実際に実用化されているのは奴隷に言うことを聞かせるような紋様くらい。あとは風を吹かすくらいしかないのよ?」

「なん、だと……? それじゃ、レーザー級の紋様魔術も?」

「もちろん、アリスしか刻めないわ。もちろんダークネスもね」

「わーわーわーっ」

 俺は慌ててクレアねぇのセリフを遮った。

 アリスの手によって、パンチラ防止のレーザー級が制服に刻まれていることは周知の事実だけど、それを打ち消すダークネスの紋様が俺の服に刻まれているのは機密事項だからだ。

 と言うか、リズやクレアねぇのパンチラが俺だけには見えるとかこの二人に知られたら、間違いなく殺される。


「弟くん? 急にどうしたの?」

「あぁいや。温度調整や紫外線の割合カットなんかの紋様も無理なのか?」

「不可能ね。そもそも、紫外線ってなにそれってレベルだと思うわ」

「……なるほど」

 アリスや俺の使う精霊魔術は、この世界の一般的な魔術より威力が高い。

 それは例えば、火を燃焼させる場合に酸素を送り込んで火力を上げるなどなど、他の精霊魔術師に比べてイメージが具体的だからだ。

 逆に言うと、従来の魔術師に目に見えない物質の概念がない。紫外線や温度など、存在を知らない人間には、それらを操作する紋様魔術を刻むことは出来ないのだろう。


「しかし、そう考えるとあれだな。なんで今まで誰も聞いてこなかったんだ? ミューレ学園では、うちのあらゆる技術を教えるって方針だろ?」

「予想だけど……アリスブランドが独立してるからじゃないかしら?」

「あぁ……そういう」

 アリスブランドは独立した企業となっている。つまりはグランシェス家に出入りするアリスのお店ではあるが、グランシェス家の技術ではない、と。

「それで聞いても無駄と思われていたか、もしくは聞いても分からないと思われてたかは知らないけどね」

「服飾の授業はあっても、魔術関連の科目はなかったしな」

「来期から魔術科も増設してみる?」

「そうだなぁ。黒魔術や白魔術の使い手も呼び込んで、物理を取り入れて魔術の研究をおこなう。……意外と面白いかもしれないな」

 なんてことを話していると、いつの間にやら殿下と姫殿下に呆れ眼を向けられていた。


「……なんですか?」

「いやなに。グランシェス家の異常性をあらためて確認していたところだ」

「ほんとに、とんでもないことをさらっと言ってるわよね。魔術の学校なんて、そんな思いつきで作れるようなモノじゃないわよ、普通は」

「嫌だな、二人とも……俺が普通じゃないみたいに言わないでくださいよ」


「「「――え?」」」


「なんでクレアねぇまで!?」

「え、それをあたしに言わせるつもり?」

「いやいやいや。俺が普通じゃないとしたら、間違いなくクレアねぇは同類のはずだぞ?」

「いやねぇ。普通じゃないのは弟くん達であって、あたしは普通よ?」

「そうかなぁ……」

 俺が普通じゃないとしたら、クレアねぇはもっと普通じゃないと思う。この世界の生まれでありながら、異世界の知識に順応してるし。あと……実の弟を口説き落とすし。

 いやまぁ、俺は俺で実の姉に口説き落とされた訳だけど。

 ――コホン。それはともかく、だ。


「本題に入っても良いですか?」

「――待て。お前の用件がなにか知らんが、まずは俺達の用を先に済ませたい」

「あぁ、そう言えば。俺達に用があってミューレの街に来て下さったんでしたね」

 口が裂けても、遊びに来たのだと勘違いしてましたとは言わない。俺は素知らぬ顔で、用件はなんでしょうと尋ねた。

「話と言うのは他でもない。リオン、お前に危険を承知で頼む。リゼルヘイムの使者として、ザッカニア帝国へ行ってくれないだろうか?」

 どうやら、用件は二人も同じだったらしい。

 

 

 次話は10日を予定しています。

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