エピソード 1ー5 加害者であり被害者でもある
エルフの里までは獣道を通るため、馬車で行くことは出来ない。それにエルフ達が殺気立っているので、ミリィ母さんと護衛の三人には、馬車と共に近くの村まで引き返してもらった。
という訳で、エルフの里に向かったのは俺と三姉妹。アリスママの案内に従って、小道を歩くことしばし、アリスの実家にたどり着いた。
木造の、暖かみのある家。俺にとっては実に六年ぶり。ここに滞在した期間は短かったけど、なんだか凄く懐かしく感じる。
前世の妹であるアリスの生まれ育った家だから……なのかな。
リビングへと案内された俺達は、温かい飲み物と軽食でもてなされた。
このままのんびりくつろぎたい気分だけど……と、俺はみんなの様子をうかがう。アリスはいまだに不機嫌だし、ソフィアやクレアねぇもくつろいでいるとは言いがたい。
アリスママも気にしているようなので、このままなかったことにとは行かないだろう。
という訳で、俺がみんなを代表してアリスママ――今更だけど、フィリスティアと言うらしい、から事情を聞くことにした。
「さっそくですが、事情を説明してくれますか?」
「ええ、そうね。まずは……これを見て頂戴」
フィリスティアさんがテーブルの上に一振りの短剣を置く。実用品と言うよりは、芸術性の高い短剣。その柄の部分には、グランシェス家の紋章が刻まれている。
うちの騎士が持つ、身分証のような短剣……なんだけど、目の前にある短剣は、デザインが本物と少し違っている。恐らくは誰かが作ったコピー品だろう。
「……これを何処で?」
「去年の暮れ――つまりは数週間ほど前に、森で見つけたのよ。そしてその前日、エルフの娘が一人行方不明になっているの。私達は誘拐されたと考えているわ」
「そう言うこと、ですか……」
孫娘がどうとか聞いた時点で、人間がなにかしたであろうことは予想してたけど……最悪のケースだ。まさかグランシェス家が疑われているとは思わなかった。
短剣は偽物だから、うちの騎士でないことはありえないんだけど……それを信じてくれるかどうか、だな。
「お母さん、まさか私達を疑ってるの? リオンは絶対にそんな命令出さないし、騎士達だってそんなことしたりしないよ!?」
「まぁ……そうでしょうね。アリスがいてそんなことを許すはずがないし、リオンくんは貴方が選んだ人だもの。私は貴方達を信じているわ」
詰め寄るアリスに対し、フィリスティアさんはキッパリと答える。それで毒気を抜かれたのだろう。アリスは冷静さを取り戻したようだ。
「それじゃお母さんがリオンを呼んだのは……身の潔白を証明してもらうため?」
「それもあるけど、犯人捜しと、攫われた娘の捜索を手伝ってもらおうと思って。だからまさか、リーベルさんがあんな暴挙に出ると思わなかったの」
「思わなかったって、そもそもどうしてあんなマネを?」
「それは……」
フィリスティアさんが言葉を濁す。それを聞いて、俺は森でのやりとりを思いだした。
「……あのエルフ、孫娘とか言ってましたよね?」
「ええ、お察しの通りよ。誘拐されたのはサリア。リーベルさんの孫娘なの」
「やっぱり、そういうことですか」
俺達を襲撃したリーベルさんは、孫娘を誘拐されて怒り狂っていたと言うこと。そう考えれば、あの暴走ぶりも理解できなくもない。……と言うか、俺に危害を加えられたら我を失う娘が、うちには複数いるからな。
なので問題は、そんなリーベルさんに、何人ものエルフが賛同していることだ。
「今回の一件、多くのエルフが俺達の仕業だと思っているんですか?」
「……そうね。エルフの娘が一人行方不明になっているのは事実だし、その周辺にその短剣が落ちていたのも事実だから。貴方達の仕業だと思っているエルフは多いわ」
「そうですか……」
「だから、彼らの暴走を予測出来なかったのは私の落ち度よ。本当にごめんなさい」
フィリスティアさんが俺達に向かって頭を下げた。
それを見た俺は、両隣にいるみんなに視線を向ける。みんなは話を聞いて溜飲を下げたのか。俺の視線に気付くと、こくりと頷いてくれた。
「事情は分かりました。頭を上げてください」
「許してくれるのかしら?」
「ええ、そのつもりです。ただ……疑いが晴れてからで構いません。リーベルさんの口から、彼女たちに正式な謝罪を要求します」
「……それはつまり、事件解決に協力してくれると受け取っても良いのかしら?」
「ええ。エルフとは良い関係を築きたいですからね。人間の不始末はこちらで対処します」
フィリスティアさんは俺に、自分の不始末だと言って謝罪してくれた。
たしかに彼女の言うように、俺達個人は被害者だ。だけどエルフの代表と、人間の代表という立場で考えれば、俺達が被害者だとは言いがたい。
少なくとも、義理を果たす必要があるだろう。
それより問題は、グランシェス家の紋章が刻まれた短剣の存在だ。現場に落ちていたことを考えれば、無関係とは思えない。
けど、俺はそんな命令を出していないし、部下の暴走とも考えにくい。なので順当に考えれば、グランシェス家に罪をなすりつけた誰かの仕業と言うことになる。
何処の誰かは知らないけど、それを放置することは出来ない。
なにより――
「俺は、あなたに助けてもらった恩を忘れてませんよ」
フィリスティアさんにしてみれば、娘の手助けをしただけなのかもしれない。けど、エルフの手助けがなければ、俺はクレアねぇを救うことは出来なかった。
フィリスティアさんは俺の恩人だ。
だから、困っているのなら助けるし、先ほどの一連であれこれ言うつもりはない。リーベルさんの謝罪を、俺達ではなく、彼女達にと言ったのもそれが理由だ。
「……人間の成長は早いわね。ありがとう。サリアを連れ戻してくれた暁には、リーベルさんには必ず責任を取らせると約束します」
「……普通に謝罪だけで良いと思いますよ」
「いいえ、下手をしたらどちらかに死者が出ていてもおかしくなかった。そう考えれば、リーベルの行動はとても許されることじゃないもの」
「うぅん……その辺は彼女たちと話し合って決めて下さい」
俺が勝手に許すのもおかしいと思ったので、みんなに判断を委ねることにした。とは言え、彼女達がそんなきつい罰を求めるとは…………ちょっとありそうで心配だ。
もしもの時は頑張って仲裁しよう。
「それで、エルフが攫われたことについて、なにか情報があるなら教えてくれませんか?」
「そうね。まずは――」
フィリスティアさんから聞いた話を簡単に纏める。
エルフの娘が行方不明になった辺りにグランシェス家の紋章が落ちていた。そしてその数日くらい前から、グランシェス家の騎士が目撃されていた。その騎士はどうやら、グランシェス領へと向かったらしい。と言うことだ。
これだという犯人は想像出来ないけど……グランシェス領へ向かったと言うのなら、他に目撃情報があるかもしれない。
「グランシェス領に戻ったら情報を集めてみます」
「それでなんとかなるかしら?」
「……本物の騎士の行動と照らし合わせたら、なにか分かるかもしれません」
村には自警団のようなモノがあり、全ての村に騎士を駐屯させるなんてことはしていない。
ミューレ学園の卒業生には護衛の騎士がついているから絶対とは言えないけど、地方の村で騎士の目撃情報があれば偽物の可能性が高い。
少なくとも、うちの騎士の行動記録と照会してみる価値はあるだろう。
「ちなみに、その攫われたエルフの容姿はどんな感じなんですか?」
「あら、うちの娘だけで満足出来ないのかしら?」
「そういう意味じゃなくっ。外見が分からないと探しにくいからです!」
「分かってるわよ。そもそもリオンくんは、既にうちの娘だけじゃ満足出来てないでしょ?」
「うぐぅ」
そうなんだけど、そうなんだけど、そうなんだけどぉ。俺が率先してハーレムを築いたんじゃない。むしろアリスが率先したんだって言い訳したい。
いやまぁ、言い訳だって言ってる辺り、俺も自分が悪いって自覚はあるんだけどさ。
「真面目な話、攫われたエルフのことなら、アリスがよく知っているわよ?」
「あぁ……そう言えば」
言われてみれば、そこまで規模の大きい里じゃないから、里で育ったアリスなら知ってるだろう。と言うことで、俺はアリスにどんな容姿なんだと尋ねた。
「えっと、リーベルさんの孫娘だよね。名前はサリア。まだ百歳にもなっていない、若くて可愛い系のお姉さんだよ」
「ふむふむ」
と言うか、百歳未満は若いのか。まぁアリスも今年で二十五歳のはずだけど、いまだに出会った頃とまったく代わらない見た目だしな。
「ちなみにガーデニングが趣味で、凄く押しに弱そうな性格だよ」
「ガーデニング……」
森に住むエルフだから、なんらおかしなことはないんだけど……あらためてガーデニングとか言われると、なんか違う気がする。
いや、この場合は義務ではなく、趣味であると言うことかな。
「それと、私が里にいた頃は良くしてもらったの。たから、もしどこかに捕まってるのなら、助けてあげたいな」
「アリスが世話に、か。それはなにがなんでも助けなきゃだな」
俺はそう言ってアリスとの会話をいったん終え、フィルスティアさんに視線を戻した。
「それじゃ、攫われたエルフについてはこちらで探しておきます」
「感謝するわ。もちろんこちらでも探すつもりだから、なにか分かれば連絡するわね」
「分かりました。こちらもなにか分かれば連絡します」
「お願いね。娘の捜索だけじゃなく、再発防止のために出来れば犯人も捕まえて頂戴」
「もちろんです。犯人が誰であっても、必ず相応の罰を与えると約束します」
エルフを攫った罪はもちろんのこと。グランシェス家の名を騙り、俺達とエルフの関係を壊そうとするなんて絶対に許すことは出来ない。
「それじゃ、話は以上ね」
「あぁそれと……いえ、そうですね」
「あら、そんな風に言われたら気になるじゃない」
「……実は、植林をするのにエルフの知識や経験を貸して欲しかったんですけど、今の状況じゃ協力を求められそうにないので。今回の件が解決してからにします」
もちろん、絶対に無理と言うことはないだろう。エルフだって生活があるわけだし、様々な技術と引き替えなら、協力を得られる可能性はある。
けど、エルフの娘が攫われたというこの状況、エルフを一人連れ出すだけでも、他のエルフの不信感が募りかねない。今は自重するべきだろう。
「なるほどね。たしかにそれは、事件解決後の方が良いでしょうね。でも、貴方が言いたかったことって、それだけじゃないんでしょ?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「だって、うちの娘が不満げなんだもの」
え? と思ってアリスを見ると、露骨に視線を逸らされた。なにやってるんだかと言いたいけど、気持ちは判る。俺だってアリスの両親に挨拶だって、覚悟してたからなぁ。
「ちなみに、いま話したとして祝福してくれますか?」
「……状況を考えると、手放しで祝福することは出来ないわね。少なくとも、同胞はいい顔をしないでしょうし、夫は反対するはずよ」
「ですよねぇ……」
リーベルさんの態度を考えるに、もし事件が最悪の結末を迎えれば、人間――グランシェス家とエルフが対立することになりかねない。
そんな相手と婚約すると聞いて、良い顔をする親はいないだろう。
「ごめんなさいね。本当なら……母親としては、娘が幸せならと言いたいところなんだけど」
「いえ、事情は分かります。だからこの件も、事件が解決したらあらためてお願いします」
「分かったわ。それじゃ事件が解決した暁には、私からも口添えをしてあげる」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、サリアが攫われた件、よろしくお願いするわ。……それと気になっていたのだけど、今回はずいぶんと大所帯なのね?」
「あっと、紹介が遅れました。俺の姉であるクレアねぇと、義妹であるソフィアです」
俺の紹介に続き、二人がそれぞれフィリスティアさんと挨拶を交わす。本当は婚約者だって紹介するつもりだったんだけど、アリスの件がまだなのでお預けだ。
なのでその説明はせず、遊びに来たという話だけをした。
「……そう、エルフの里に観光のつもりだったのね。それは申し訳ないことをしたわ。あまり外を出歩くのは好ましくないかもしれないけど、可能な限り対応させて頂くわ。なにかあれば遠慮なく言ってね」
「あ、それじゃソフィアは料理を教えて欲しい!」
「あら、貴方は料理が好きなの?」
「うん。大好きだよ。それで、エルフの里にしか伝わっていないような料理や食材があれば教えて欲しいの」
「それだったら、私も参加しようかな。久しぶりに、お母さんに料理の腕を見て欲しいし」
ソフィアの意見に、アリスが乗っかる。
「そうね。だったらちょうど良い時間だし、これから料理を作りましょうか。良かったら、貴方達も参加する?」
フィリスティアさんの問いかけに、クレアねぇも頷いた。
せっかくの婚約記念の旅行なのに、殺伐とした雰囲気のまま終わっちゃうのかなと心配したんだけど……少しは楽しい思い出も作れそうで安心した。
次話は3月1日を予定しています。






