エピソード 3ー6 ソフィアの逆鱗
旅人から評判が悪いと噂のアヤシ村。俺達を出迎えた村人を目にしたソフィアが、彼らの心の闇を暴き出した。それは――彼らが何人もの人を殺している殺人犯だという事実。
本音を言えば、想像もしていなかった。
たしかに、村に到着していないという情報は、村人が嘘を吐けば成立する。
だけどここはカリーナの故郷という話だし、いくら村の評判が悪いからといって、村ぐるみで馬車を襲うなんて信じられない。
だって、俺は領地の人間全てが豊かになるように努力を続けてきた。口減らしをする必要なんてない。盗賊になんてならずとも、平和で穏やかな暮らしが出来るように――って。
そして、その政策は上手くいっていたはずだった。
それなのに、ソフィアは断言した。彼らが、交易馬車を襲った犯人だ――と。
恩恵で相手の心を読むことが出来るソフィア。その恩恵の性質を知っていれば、隠し事をすることは不可能じゃない。けどそれは、ソフィアの隙を突いたときだけ。
彼等だけか、村ぐるみかはまだ分からない。だけど目の前にいる彼等は間違いなく、交易馬車を襲った犯人なのだ。
「リオンお兄ちゃん、大丈夫?」
ソフィアに顔を覗き込まれて、俺ははっと我に返る。
いけない。事情を考えるのは後だ。
まずはこれ以上後手に回らないようにする必要がある。そう思った俺は、アリスとリアナ。それにエルザと御者に小声で事情を説明、荒事になる可能性を示唆する。
「リオン、どうするつもり? 私なら、彼を一瞬で無力化出来るけど?」
物騒な――とは言わない。物証はなくとも、ソフィアが恩恵で彼等が殺人犯だと断じたのなら、それは間違いなく事実だから。
もしかしたら、なんらかの事情があるのかもしれないけど……それだって、理由があれば許せることではない。だから、彼を問答無用で無力化することに抵抗はない。
とはいえ、
「ソフィア、犯人はあの二人だけなのか?」
「ええっと……ごめんなさい。距離が空いてるから、今は確認出来ないよ。ただ……彼等は見張り役だと思う」
見張り、か。俺達を出迎えたのではなく、自分達を害するモノがいないかの見張っていたんだろう。だとすれば、他にも仲間がいるのは確実だ。
「アリスは周囲を警戒しておいてくれ。もう少し泳がせる。仲間がどれだけいるか確認してからじゃないと、逃げられるかもしれないからな」
例えどんな理由があったとしても、大量殺人者を逃がすことは出来ない。一人残らず、引っ捕らえる。そんな決意を抱き、みんなに作戦を伝える。
そうして覚悟を決め、村長宅へと向かう。その途中、ぽつぽつと雨が降り始めた。
やって来た村長の家。俺達は話し合いに使うような、大きな部屋へと案内された。
ちなみに俺達と言ったが、側にいるのはソフィアだけだ。他のみんなには馬車で待機してもらっている。
そうして待つこと十分足らず。
「ようこそおいで下さいました、リオン様。私はアヤシ村の村長、ミゲルと申します」
俺達が待機していた部屋に、ミゲルと名乗った二十代半ばくらいの男と、同年代くらいの男が一人。更には給仕らしき女性が一人、続けざまに入ってきた。
そしてその直後、ソフィアが俺の袖を引く。例によって、相手が嘘を吐いたときの合図――なんだけど……今のが嘘?
村長であることか、もしくは名前……と考えていると、ソフィアが「前者だよ」と呟いた。
つまり、この村長は偽物ってこと。これが王族なら影武者なんて可能性もあるけど、村長でそれは考えられない。
けど、どうして偽物なのかと聞かれたら……分からないな。ソフィアに聞けば答えてくれそうだけど、それは後回しだ。ソフィアの恩恵は、ぎりぎりまで秘密にしておきたいからな。
「……リオン様、どうかなさいましたか?」
「あぁいや、なんでもない」
「……そうですか? それで、本日はどのようなご用件でしょう?」
「実は最近、交易馬車が行方不明になるという事件がこの街道で多発していてな。なにか情報がないかと、各宿場町で情報を集めているんだ」
「そうだったんですか。御当主自らとはご苦労様です。私は聞いたことがありませんが、中には噂くらい聞いたことのある村人がいるかもしれません。すぐに何人かよこしましょう」
ミゲルは俺に断りを入れると、給仕へと視線を向ける。
「すぐに皆を呼んでくれ。いつものように、な」
「分かりました、すぐに呼んできます」
ミゲルの指示を聞いた女性が退出する。そのやりとりの最中にも、ソフィアは俺の袖を引いた。『私は聞いたことがない』と、ミゲルが言った瞬間だ。
まあ当事者だとしたら、知らないはずないよな。
「しかしリオン様。御当主が自ら調査するような大きな案件なのですか?」
「被害額的なことを言ってるのなら答えは否だ。馬車の積み荷は単なる量産品だし、レールに至っては単なる鉄の棒だ。被害額なんてしれてるよ」
「鉄道馬車なるモノは、流通に革命を起こすと聞いておりますが?」
「へぇ、よく知ってるな?」
鉄道馬車は彼等の生活に直接影響のあるモノだから知っていてもおかしくはない。それを理解した上で、あえて探るような口調で問いかける。
「いえっ、その……旅の行商人が話しておりましたので」
「なるほど。……まぁ、たしかに鉄道は革命だろうなぁ」
「ええ、そう聞いています。それで、自ら調査に乗り出したと言うことでしょうか?」
「言っただろ。盗まれて困るようなものじゃないって」
普通なら、機密情報の詰まったレールが! と慌てるところかもしれないけど……グランシェス家で開発したありとあらゆる技術は、学園を初めとした教育機関で公開している。
レールを盗まれて困るのは、名誉を除けば、敷き直す手間と材料費的なモノだけだ。
「では、どうして自ら調査なさっているのですか?」
「……そんなことを聞いてどうするんだ?」
「い、いえ、ただ、私はリオン様がこの事件をどう思っているのかお聞きしたいと。ただそれだけでございます」
時間稼ぎか、それとも情報が欲しいのか、ミゲルはきわどいところまで突っ込んでくる。もしかしたら、俺達をここから帰すつもりがないのかもしれない。
とはいえ、時間が欲しいのはこっちも同じだ。それに相手がしゃべればしゃべるだけ、ソフィアが相手の情報を引き出してくれるからな。
「俺がこの事件の調査に乗り出したのは……そうだな。グランシェス領に住む民は全員、俺にとって身内みたいなものだからだ」
「……身内、ですか?」
「そうだ。俺にとっては身内も同然なんだ。だから、行方不明になった連中を探してる。もし生きているのなら、助け出すためにな」
そして、もし殺されているのなら――犯人にその落とし前をつけさせるために、だ。
もちろん、身内と言っても、そこに優劣は存在する。全員がアリス達と同じくらい大切だと言うつもりはない。遠い親戚くらいの感覚だ。
それでも、グランシェス家の当主として、領民に対する情は持ち合わせている。
「……なるほど。噂に聞いていた通り、グランシェス家の御当主様は情に厚いお方のようだ」
ミゲルがそこまで言った瞬間、不意に部屋の外から物音が聞こえた。そしてそれを聞いた瞬間、ミゲルの表情が一変。邪悪なモノへと変化する。
「――どうやら準備が整ったようですな。それでは、リオン様には色々とお話を聞かせて頂きましょうか。我が、主のために――っ!」
不意に、まるでなにかの合図のように、ミゲルが高らかに告げる。
そして…………周囲を沈黙が満たした。
「……なんだ、どうなっている!?」
ミゲルと、後ろに控えていた男が顔を見合わせる。やはり、さっきの言葉を合図に、俺達に奇襲をかける予定だったのだろう。
だけど……
「無駄だ。お前の仲間は無力化したからな」
「……なんだと?」
「お前達が交易馬車を襲った犯人だってことは、最初から分かってるんだよ」
「――っ」
ミゲルが息を飲み込む。その瞬間、俺はソフィアに合図を送った。ミゲルがなにを思い浮かべたか。その内容を知るためだ。
「……最悪だよ、リオンお兄ちゃん。‘まさか村人と成り代わっていたことに気付いているのか?’だって。この人達は村の住人じゃない。村人を殺して、村を乗っ取ったんだよ」
「――そう、か……」
アヤシ村は、宿場町としては小さな――数十人規模の村だ。領主として考えれば、小さな村一つ分の被害ですんだと考えるべきかもしれない。
だけど……数十というのはただの数字じゃない。その一人一人が、平和を願って生活している人々の数だ。それを……村人になりすますために皆殺しにした?
そんな理由で、何十人もの幸せを奪ったって言うのか?
「……お前の仲間は全部で何人だ?」
おもむろに問いかける。当然のことながらミゲルは答えない。けれど心を読んだソフィアが、二十人だと告げる。
「――アリス、外にいる敵は全部で十八人。この村に住むのは全員敵だ!」
「任せてっ!」
一人残らず引っ捕らえてくれと俺が言うまでもなく、アリスの足音が遠ざかっていく。彼女に任せておけば、外の連中は大丈夫だろう。残るは、この部屋にいる二人――っ!?
アリスへと意識を移した一瞬の隙、ミゲルが目前に迫っていた。どこから取り出したのか、その手には長剣が一振り。俺に向かって振り下ろされる。
――直後、鈍い金属音が室内に反響した。
「リオンお兄ちゃん!?」
「……大丈夫だ」
ミゲルの一撃は、護身用にと持ち歩いていた剣で防いでいる。ただ、予想よりずっとギリギリだった。このミゲルという男、たぶん……エルザよりも強い。
「リオンお兄ちゃん下がって。そいつはソフィアがやるよ!」
「いや、ソフィアはもう一人の方を頼む。こいつは――俺が倒すっ!」
受け止めていた剣を押し込み、ミゲルを強引に下がらせる。それと同時に俺は飛び出し、剣による攻撃を加えていく。
右から切り払い、敵のガードを弾いたところで、鋭い突きを放つ。そうして隙の少ない連続攻撃を放ち続けるが、ミゲルはそれを冷静に対処していく。
今まで戦った相手とは格が違う。きっと俺よりも強い剣士だ。
本当なら、ソフィアに任せた方が安全だと思う。だけど、俺は表舞台に上がると誓った。ここでソフィアに任せて、後ろで見ているだけなんて出来るはずがない。
なにより、ミゲルは俺の領民を殺した。カリーナの家族も、きっと……
せめて、俺の手で倒さないと気が済まない。
だから――と、俺は上段からの一撃を振り下ろす。ミゲルはその一撃を受け止め、鍔迫り合いとなった。
「ふん、中々やるじゃねぇか。お飾り当主って噂はデマだったのか?」
「事実だったさ。だけど、それはもう卒業なんだ、よっ!」
再び鍔迫り合いの状況から押し込み、ミゲルを強引に下がらせる。それと同時に俺はとびだし、剣を振るう――先ほどとまったく同じ攻撃を繰り出す。
だからこそ、読んでいたのだろう。ミゲルは下がりながら剣を振るい――俺の一撃を簡単に逸らした。そうして出来た俺の隙。ミゲルは剣を振りかぶり――
「これで、終わりだ!」
「――お前がなっ」
俺が放った精霊魔術がミゲルに直撃、彼は壁際にまで吹っ飛んだ。
「……せ、精霊魔術、だと?」
「悪いな。俺は精霊魔術の方が得意なんだ」
咳き込むミゲルを横目に、俺はソフィアへと視線を向ける。さすがというかなんというか、ソフィアはあっさりともう一人の男を無力化させていた。
それを見て、俺はほっと一息。
「――お兄ちゃんっ!」
ソフィアが警告の声を上げる。その意味を理解するより早く、俺は全力で飛び下がる。寸前まで俺のいた空間を、ミゲルの振るった剣が切り裂いた。
まさか、さっきの一撃を食らって動けるのか!?
驚きつつも、次の一撃に備えて距離を取る。だけどそれよりも一瞬だけ早く、距離をつめてきたミゲルの回し蹴りが、俺の脇腹へと突き刺さる。
――寸前、俺はとっさに精霊魔術で防御した、はずだった。だけど、その蹴りの威力は凄まじく、俺は壁際にまで吹き飛ばされてしまう。
~~~っ、なんだよ、今の威力は。精霊魔術で防いだ上から吹き飛ばされるとか、ただの蹴りってレベルじゃないぞ? 無詠唱の魔術……いや、魔力は感じなかった。
だとしたら、ただの怪力? それとも、なんらかの恩恵か? 分からない。けど、今は次の攻撃に備えないと――と、俺は立ち上がってミゲルに視線を向ける。
だけどミゲルは追撃を仕掛けるでもなく、自らの手を見つめていた。
「くっ、くくくっ、これが秘薬の力か! 素晴らしい、素晴らしい力だ!」
なにやらテンションがおかしい。そして目が血走っている。
……秘薬とか言ったな。もしかして麻薬の一種か? それなら、痛みを無視して動けたのも、馬鹿みたいな力が出せたのもクスリの効果か?
分からないけど……相手が理性を失っているのなら焦る必要はない。理性を失った狂戦士なんて、いくらでも対処のしようがあるからな。
予想外の反撃は食らったけど、もう大丈夫。
ここから反撃開始だ――と、俺が思った瞬間、白と黒を基調としたゴシックドレスを翻し、少女が俺とミゲルのあいだに割り込んできた。
その少女がソフィアだと気付くのに、俺は一瞬の時をようする。ほんの僅かな時間とは言えソフィアだと気付けないほど、彼女が恐ろしく濃密な殺気を纏っていたからだ。
「………………………たね」
「……ソフィア?」
「……よくも、よくもお兄ちゃんを傷つけたね」
静かで、抑揚のない音色が室内に響いた。
「い、いや、落ち着け、ソフィア? たしかに吹っ飛ばされたけど、ちゃんと防御したぞ? 俺は別に、怪我とかしてないぞ?」
「許さない、許さない許さない!」
「だから、あの、ソフィアさん? おぉい、聞いてます?」
「貴方はソフィアが殺す。絶対に殺すからっ!」
「いやいやいや、殺しちゃダメだぞ? 生け捕りにして、話を聞くからな?」
「じゃあ、殺して下さいって泣き叫ぶまで地獄を見させるよ!」
……あぁ良かった。ちゃんと俺の声は聞こえているらしい……って、良いのか? 良くないような気がする。
本編の次回は三日、そして明日、一日にはお正月のお話をアップします。お正月の話は活動報告にあげると思います。まだ書いてませんが……w
ちなみに大晦日ですね。みなさんいかがお過ごしでしょうか?
緋色は異世界姉妹の売れ行きを気にしつつ、新作に着手しています。と言っても、異世界姉妹の合間にしか書いてないので、発表はだいぶ先になると思いますが。
話は変わりますが、異世界姉妹のイラストレーターである原人様が、ピクシブに表紙のタイトルがないバージョンをアップしてくださってます。興味のある方は、検索してみてください。
そして少し宣伝です。
以前にも触れましたが、ソフィアのショートストーリーがツイッターのプロフィールにあるURLから読めるようになっています。
もしよろしければご覧ください。(三つあるURLの一番下です)
また、同プロフィールにある、のべるちゃんのURLでは、『願い事、一つだけ』というループものの物語などを見ることが出来ます。(ノベルゲーム形式で、小説一冊分くらいの分量です)
最後に、なろうにアップしている作品。
――対象から自分に向けられる好意やその思い出と引き替えに、対象の傷や病を治す力を持つ少年と、すべてを忘れて敵意を抱く少女の物語。
繰り返される悲劇、それでも少年は前を向き続ける。
『青い鳥症候群』
完結作品なので、年末年始のお供にぜひっ。
なろう作品はもちろん、他二つも無料なので、この機会によろしければどうぞっ。
青い鳥症候群は、下の青字から。
緋色のツイッターには、なろうのプロフィールから飛べます。
それではみなさん、良いお年を。
来年も異世界姉妹と緋色の雨をよろしくお願いいたします。






