エピソード 3ー1 森の守護者と書いて、自然破壊者と読む
ところ変わって執務室。
――本来は俺のために作った執務室だったんだけど、ずうっとクレアねぇが使っていたので、正式に明け渡し、俺の執務室は足湯のある部屋に移動した。
なので、名実ともにクレアねぇのモノになった執務室。俺とクレアねぇはテーブルを挟んで話し合いの席に着いていた。
「盗賊の被害が出てるって話だけど……実際どれくらいの被害なんだ?」
「交易馬車の行方不明数は、更に二つ増えて合計で五件。レールは重かったからか一本だけだけど、枕木や砂利に及ぶまで盗まれていたそうよ」
「……枕木や砂利まで?」
馬車が行方不明と聞いた時は、お金目当ての犯行だと思ってたんだけど……レール、それも根こそぎとなると……技術を盗むのが目的か?
けど、うちの技術は全部、順次公開することになっている。たしかに、盗めば少しだけ早く知ることが出来るけど……デメリットの方が大きいはずだ。
それなのに盗む理由は……良く判らないなぁ。
そういえば、パトリックが生徒を襲ったのも、俺に対する復讐と同時に、生徒を攫うのが目的だったな。黒幕がいるって噂だけど……同一人物か?
うぅん。現時点で判断を下すには情報が少なすぎる。
「取り敢えず……アカネの管理下にあった交易馬車も行方不明になってるんだよな?」
「最初に行方不明になった馬車はそうね。でも個人で商売をしている交易商も行方不明になっているの。だから、御者が積み荷を馬車ごと持ち逃げしたって可能性はほとんどないわ」
「なるほど……」
両方のケースが混じっているという可能性もあるけど、同時期に多発していることを考えれば、関連があると考える方が自然。乗務員ごと略奪された可能性が高そうだ。
「そういう訳だから、早々に対策を立てなきゃね」
クレアねぇの意見に俺は頷く。街道で行方不明者続出――なんて事件をいつまでも放置していたら、他にも模倣犯が現れるかもしれない。
そもそも、俺は鉄道馬車を完成させた功績で名声を得て、晴れてクレアねぇに告白するという計画を立てているのだ。盗賊すら捕まえられない無能とか言われる訳にはいかない。
盗賊には、俺の個人的な幸せのために滅んでもらおう。
「クレアねぇ、その件の調査、俺が引き受けるよ」
「え、弟くんが? 危ないわよ?」
「大丈夫、ちゃんと護衛を連れて行くから」
「そういう問題じゃなくて。当主である貴方が、危険を冒す必要なんてないでしょ?」
「まぁそうなんだけど。今回の件はちゃんと解決しておきたいんだ」
「それはあたしのため?」
「……どうしてそう思うんだ?」
まさか、俺の計画に気付いているのかと警戒する。
「アリスから聞いたのよ。お飾り当主って呼ばれてる状況だと、あたしが馬鹿にされるって心配して、そうならないために頑張ってるんだって」
「そうだったのか……」
アリスのお節介め。……まぁ、よけいなお節介、とは言わないけどさ。本来の目的からは、微妙に目をそらしてくれてる訳だし。
なんにしても、クレアねぇが知ってるのなら話が早い。
「アリスやソフィアやクレアねぇ。みんなが前に進んでるのに、俺だけ変わらない――なんて訳にはいかないからさ。いや、少し違うか。俺が嫌なんだ。だから、俺にやらせてくれ」
「弟くん……分かったわ。その代わり、護衛にエルザ。それにアリスとソフィアちゃんも連れて行きなさい」
「エルザはともかく、アリスやソフィアはあんまり危険な目に遭わせたくないんだけど?」
「それ、あたしが弟くんに対して抱いてるのと同じ気持ちだから。弟くんにそんなことを言う権利はないわよ。そもそもあの二人がいて危険なら、弟くんじゃ対処出来ないでしょ?」
「……ごもっともで」
今の俺なら、ただの盗賊集団くらいならなんとでもなるはずだ。
けど、アリスは気配察知の恩恵で不意打ちは防げるし、飛び道具も無効化出来る。そしてソフィアは相手の心を読む恩恵のおかげで騙されるなんてこともない。あのペアを倒そうと思ったら……物量作戦くらいしかないだろう。
そんな二人に危険が及ぶ状況……俺とエルザだけなら間違いなく死ぬな。
「分かったよ。クレアねぇがそれで安心するなら、二人も連れて行く。その代わり、自分だけ除け者とか言って、あとで拗ねるなよ?」
「もうっ、そんなことで拗ねるわけないでしょ。でも……よいしょっと」
ソファから身を乗り出したクレアねぇは、そのままテーブルの上に乗った。そうして這って俺の前まで来ると、上半身を乗り出して抱きついてきた。
そして止める暇もなく、俺の頬に唇を押しつけてくる。
「お、おい、クレアねぇ?」
「ふふっ、お姉ちゃんの祝福よ。ここまでしてあげたんだから、ちゃんと無事に帰って来なさいよ? じゃないと、許さないからね」
「……クレアねぇ。分かったよ。ちゃんとみんなで無事に帰ってくる。約束するよ」
「信じてるわ。弟くんが盗賊を退治して、あたしを迎えに来てくれることを、ね」
「迎えにってなんだよ。帰ってくる、だろ?」
「あら、そうだったわね」
クスクスと笑うクレアねぇ。もしかして、俺が告白をするつもりだと気付いているんだろうか――と、そんな風に考える。
だから、その言葉に別の意味が含まれていることに、この時の俺は気付かなかった。
クレアねぇと別れた後。俺はミューレの街の中央通りにある大きな建物へと向かった。アカネの商会が使っている本店である。
ちなみに俺がこの建物を訪ねるのは何気に初めてだ。おっかなびっくり入り口の扉を開き、建物の中へと踏み込んだ。
そこに広がるのは大きなフロア。奥には受付があり、受付嬢らしき少女が二人。俺の存在に気付くと、営業用っぽい微笑みを浮かべた。
「アカネ商会、ミューレ本店へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あぁ……えっと、実はアカネに会いたいんだけど、今はここにいるかな?」
「失礼ですがお客様、アポイントは取っていらっしゃいますか?」
「いや、取ってないな」
「申し訳ありません、お客様。事前にご連絡を頂いていない場合は――あいたっ!? な、なにするんですか、先輩ぃぃ」
すまし顔で話していた受付嬢が不意に悲鳴を上げる。そうして、隣にいるもう一人の受付嬢を恨みがましげな目で睨み付けた。
良く判らないけど……カウンターの下で、なにかされたっぽいな。なんて思っていると、先輩と呼ばれた受付嬢が俺に向かって頭を下げた。
「失礼いたしました、リオン様。アカネは出掛けております。もうそろそろ帰ってくるはずなのですが……」
「あぁそうなんだ。それじゃ待たせてもらおうかな」
俺は受付嬢にお礼を言って、少し離れた窓際に設置されたソファに腰掛ける。そうして窓の外を眺めていると、さっきの受付嬢の会話が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと先輩っ。リオン様って、あのリオン様ですか!?」
「声が大きいわ。……でも、その通りよ」
「そ、そんなぁ。どうしてすぐに教えてくれなかったんですかああああ。私は顔を見たことがないのに……失礼なことを言っちゃったじゃないですかぁ」
「お顔は知らなくても、身なりで想像がつくでしょう? というか、つけなさい。私達はアカネ商会の顔となる受付けなのよ?」
「そうですけどぉ~。……うぅ。私、無礼討ちとかされちゃうのかな」
「リオン様はお優しいから大丈夫よ。でももし怒られるようなことがあれば……そうね。リオンお兄ちゃん――って呼んでみると良いわ。あの方は義妹が大好きだから、そんな風に甘えたら、どんなことでも許してくれるそうよ」
……途中まで、受付の厳しくも優しい先輩と、その後輩。と言った会話だったのに……何故そんなオチになった。と言うかその噂、広まりつつあるのかよ。こんちくしょう。
なんて感じで待つこと数分。足音が近づいてきた。
「にーさん、なんやお待たせしたみたいやね」
「こっちこそ急に来てすまない」
「にーさんやったら、いつでもかまわへんよ。それで、今日はどんな用件なん? 報酬さえ貰えるなら、大抵のことはこなしてみせるよ?」
アカネは肩まである紅い髪を掻き上げ、俺の向かいの席へと腰掛けた。
「実は……俺が義妹好きって噂をなんとかして欲しいんだ」
「うん、それは無理やね」
「即答!?」
「いくらうちでも、そんな有名な事実はなんともできへんよ。例えグランシェス家の力や、資金を全部使わせてもらったとしてもね」
「事実じゃないんだけどなぁ」
「……にーさん。現実は見た方が良いよ?」
「ぐぅ……」
し、しかたない。今回は引き下がろう。さすがにグランシェス家の権力と資金を使っても無理とか言われたら、どうしようもない。ということで、おいとましようと立ち上がる。
「……にーさん、そんなことを言うためにきたんか?」
紅い瞳が、呆れたように細められる。
「そんなことって、俺には重要なことなんだぞ……って、違う。他に用事があったんだ」
ショックすぎて思わず忘れるところだった。もっとも忘れて帰ったとしても、近いからもう一回来れば良いだけだけどさ。さすがにそれは恥ずかしい。
俺は咳払いを一つ。実は――と、街道で起きている事件の調査を引き受けたので、その情報を貰いに来たことをアカネに伝えた。
「にーさんが、事件の調査? それは……危ないんと違うか?」
「アリスとソフィアも連れて行くから平気だよ」
「いやいや、にーさん達の強さは知ってるけどな。意味もなく、当主が危険なことに首突っ込のは関心せえへんよ?」
「そうなんだけどさ……」
「うん? ソフィアちゃんの時みたいな事情があるん?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「ないけど?」
「……クレアねぇに良いところを見せたい」
「あははははっ」
思いっ切り笑われた。
「そ、そこまで笑うことないだろ?」
「ご、ごめんやよ。けどまさか、にーさんがそんなこと考えるとは夢にも思ってなかったわ。完全に予想外やよ」
「むぅ……好きな子に格好をつけたいって、普通の感覚だと思うんだけどな」
ちょっと不満げに言い放つ。するとアカネは「ふぅん?」と意味ありげに俺を見た。
「なんだよ?」
「いや、ねーさんのことは、姉弟として慕ってるだけやって言い張ってたんやなかったかなって思ってな」
あぁ、そう言えば、クレアねぇに対する想いは一部の人にしか打ち明けていない。アカネにはまだ言っていない話だった。
「今の話、クレアねぇには黙っててくれ」
「別にかまわへんけど……あぁ、それで表舞台に立つことにしたんやね」
バレバレである。
まぁ良いか。アカネなら口は堅いだろうし……ついでに頼み事もしておこう。
「アカネ、せっかくだから、プレゼント用にアクセサリーを頼む」
「うん? かまわへんけど……今度はなにが良いの?」
「そうだなぁ……ソフィアの時はヘッドドレスだったし、クレアねぇは……ネックレスかな、なんとなく」
「ネックレスやね。ねーさんに合いそうなデザインで作らせとくよ。それで……アリスさんの分は良いのか?」
「アリス?」
「二人だけプレゼントして、アリスさんにはせえへんつもりなんか? それとも、あの銀の髪飾りがそうなんか?」
……そう言えば、アリスにプレゼントってしたことないな。ふむ……そうだな。
「アリスにはあの髪飾りに変わる、アクセサリーにしよう」
「うちはかまへんけど……ずっとつけてるのなら、大切なモノなんと違う? もしそうやったら、困らせるかもしれへんよ」
「その点は大丈夫だよ」
あの髪飾りは、虹彩異色症を隠すためのマジックアイテムだ。最近はアリスがハイエルフだと知る人間も増えてきたし、屋敷にいるときなら隠す必要もない。
だから、代わりにつけられるアクセサリーにしようという訳だ。
「なんやよう分からんけど、にーさんがそう言うのなら注文しておくわ。それで話を戻すけど、街道で起きてる事件の詳細を聞きたい、やったか?」
「設置したばかりのレールの盗難と、交易馬車が御者ごと行方不明になったんだよな? 一応確認しておくけど……御者が逃げたって可能性は?」
「――ないと思うわ。もちろん可能性としてはゼロやないけど……少なくともうちは、その程度の損得勘定も出来へん人間を雇ったつもりはないからね」
「でも、うちの最新式の馬車一台と積み荷があれば、交易商としてやっていけるだろ? 独立とかの野望があれば、勝算のある賭じゃないか?」
「うちの馬車は特殊やから目立つし、うちの商会にみつからへんようにするには、少なくともこの街には近づかれへん。デメリットの方が高すぎると思うよ」
「そっか……ならやっぱり、盗賊の類いだろうなぁ」
「もしくは神隠し。なんて噂されてるね」
「神隠し、ねぇ……」
……さすがにそれはないと思う。魔術なんてある世界だし、俺も異世界から転生してきた訳だから、完全には否定出来ないけどな。
「馬車の失踪した地点やけど……ミューレとリゼルヘイムの中間よりもミューレ側やと思う」
「その根拠は?」
「馬を交換する中継点には到着してるけど、馬車が立ち寄りそうな宿場町で目撃情報がないんよ。せやから、行方不明になったのはその中間ちゅうことやね」
「なるほど。それならその付近の村で話を聞いてみるよ。不審者の目撃情報とかがあるかもしれないからな」
「それが良いと思うわ。あぁそれと、一つ頼んでもええかな?」
「内容によるけど……なんだ?」
「植林の件や。うちが植林の担当をするのはええんやけど、わざわざ木を植えるなんてしたことあらへんから、ノウハウがないんよ。それでアリスさんなら詳しいかなと思って」
「……なんでそこでアリスの名前が出てくるんだ?」
前世の知識を希望しているのだとしても、俺が目の前にいるのにアリスに聞く理由がわからないと首をかしげる。
「そんなん、エルフやからに決まってるやん」
「………………………………そういや、そうだったな」
いや、アリスがハイエルフだってことは覚えてる。もちろん覚えているんだけど……アリスは森の守護者って言うより、自然破壊者ってイメージだから結びつかなかった。
「ちょうど馬車が行方不明になってる辺りにある村やから、ついでにちょっと視察してくれると嬉しいわ。別に急ぎやないから、別の機会でもええんやけど……」
「いや、一緒に終わらせておくよ。その村の名前は?」
「ああ、村の名前は――」
アカネの口から告げられた村の名前を聞いて、俺はにやりと笑みを浮かべた。
購入特典のショートショートがもらえるお店を、活動報告に追記しました。
それから、リツイートやフォローなどありがとうございます。ソフィアのショートショートを楽しんで頂けたのなら嬉しいです。
おかげさまで、日刊ランキングにも返り咲いていました! でも、二度目ってどの程度伸びるんですかね。半年以上あいてるとは言え……ちょっと気になる今日この頃。
次話は20日を予定しています。






