エピソード 2ー7 永遠の十七歳
クレインさんの襲撃があってから数日ほど経った十月の終わり。
俺は再びレリック子爵家の領地へと向かうことになった。トロッコなどの設置が始まったというので、その視察である。
ちなみに、同行者はアリスとソフィア、それに護衛のエルザだ。なにげに、戦力的に最強パーティーである。これならたとえ誰が襲ってきても……止めよう、フラグになりそうだ。
それはともかく、たどり着いたのは子爵家のお屋敷。今日は到着するなり使用人が出迎え、応接間へと通された。そうして、主人を呼んできます――と、待たされているところだ。
「むぅ……今日尋ねるって言ってあったのに、待たされるってどういうことなんだろうね」
「ソフィア、そう言うな。相手にだって都合があるんだろ」
「そうだけどぉ……前回あんなことがあったから、むうううううう」
気持ちは判らないでもないけど、まだ待たされて数分。特に失礼な対応をされている訳でもないのに、いくらなんでも怒りすぎである。
「ねーソフィアちゃん、前回ってそんなに酷かったの?」
「酷いなんてモノじゃないよ、アリスお姉ちゃん。 リオンお兄ちゃんが挨拶してるのにぞんざいな態度だし、そもそも――」
アリスに向かって、不満を並び立てる。そんなソフィアを横目で眺めていると、後ろに控えていたエルザが顔を近づけてくる。
「誰かに見られているような気配を感じます」
「……だろうな」
貴族のお屋敷にある応接間なんかには、覗き穴みたいなモノが存在することが多い。
待たされている来客者がどんな行動をするか観察して情報収集、そのあとの話し合いを有利に進めるためだ。
「……気付いているのなら、止めなくてよろしいんですか?」
耳打ちしたエルザが視線を向けるのは、怒りをぶちまけているソフィア。
エルザが心配する気持ちは判る。こちらの様子をうかがってるのがメイソンさん自身か、それとも使用人かは分からないけど……子爵家への不満を口にしてる訳だからな。
「気にするな。と言うか、俺達が気付く気配に、あの二人が気付かないと思うか?」
気配察知の恩恵を持つアリスと、近接戦闘のスペシャリストであるソフィア。たぶん今この状況で、俺が死角からなにかを投げつけたとしても、二人は平然と対処する。
そんな二人が、盗み聞きに気付かないはずがない。つまりは、気付いた上で彼等に向けて苛立ちをぶちまけている訳だ。
「そう言うこと、ですか。……恐ろしいですね」
「グランシェス家の女性は、容赦ないのばっかりだからな」
「……それには同意しかねます。私も命は惜しいですから」
「真理だな」
……と言うか、そろそろ止めるべきかもしれない。ソフィアもまだ怒ってると言うよりは、前回は腹が立った。だから、ちゃんと謝らないと許さない――と言うアピールだろう。
そう考えると、やりすぎたら逆効果だ。怒り狂ったソフィアとの面会とか、俺でも逃げ出したくなるレベルだからな。という訳で――
「ソフィア、それくらいにしておけ。前回の件は不幸な行き違いがあっただけで、反省してるって話だろ。あんまり物騒なことを言うんじゃないぞ」
ソフィアに向かって――けれど、聞き耳を立てている相手を意識して言い放つ。それがわかったのだろう。ソフィアは「お兄ちゃんがそう言うのなら……」と大人しくなった。
そして、その言葉は相手にも届いたのだろう。ほどなく、メイソンさんが姿を現した。なんというか……見るからに顔色が悪い。
「た、大変お待たせいたしました、リオン様。そして、そのご一行様」
入り口の前、ピンと背筋を伸ばしたメイソンさんが、がばっと頭を下げた。仮にも貴族様の態度じゃないんだけど……と思いつつも、俺達は席を立って挨拶を返す。
「こちらこそお忙しいところに申し訳ありません」
「ま、まさかそんなっ! リオン様のご来訪より、優先することなどありません。お待たせしてしまったのは、そのっ! そうっ、リオン様にどのような服を着てお会いすれば良いか迷ってしまったのです!」
お前は初デートに遅刻する乙女かっ! と言う突っ込みは内心だけに留める。
しかし、待たされたことに対する皮肉みたいになってしまったようだ。純粋に気を使っただけで、イヤミでもなんでもなかったんだけどな。……だからソフィア、グッジョブだよっ。みたいな感じで、コッソリ親指を立てるのは止めなさい。
「取り敢えず、待たされたことは気にしていません。前回も――」
「前回は、誠に、誠に申し訳ありませんでした!」
メイソンさんが、がばっと土下座した。なんというか……見事な飛び土下座である。
「あの……メイソンさん?」
「クレアリディル様より書状で連絡は受けています。貴方こそが真の支配者で、クレアリディル様の寵愛を受けるお方だと! その様なお方が視察に来て下さったというのに我々は! 本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
……真の支配者。……クレアねぇの寵愛を受けるお方。いやまぁ、間違ってはいないんだけどさ。間違っては……いないんだけど。まあ良いか。
「頭を上げて下さい、メイソンさん。事情はうかがっています。俺は望んで日陰者を演じていましたから、誤解されたのも無理はありませんから。ですから、気にしてません」
「お、おぉ……なんと寛大なお言葉。メイソン・レリック。この大恩は生涯忘れませぬ」
大げさだなぁ。俺自身はまったく気にしてない話だから、あんまり謝られても困るんだけどなぁ。なんか、権力を笠に着て威張ってるみたいな気分になるし。
という訳で、俺は立って下さいとあらためて促した。それでようやく、メイソンさんは土下座を解いて立ち上がってくれる。
正直に言うと、ぞんざいに扱われてたときの方が気が楽だった。なんて言うと、相手が困りそうだから口にしないけどさ。
「それで、本日は再び視察にお越し下さったと言うことで、よろしいのでしょうか?」
「ええ。坑道の確認と、トロッコの確認です。報告書を読ませてもらった限りでは順調のようですが、一応は自分の目で確かめておこうと思いまして」
「そうでしたか。それでは今度こそ、私がご案内いたしましょう」
「あ~それなんですが……案内はトレバーにお願いしてもよろしいでしょうか?」
自ら案内しようと動きかけたメイソンさんを引き留めた。それで、俺がまだ怒っていると思ったんだろう。メイソンさんは不安げに俺を見る。
「ご存じかも知れませんが、トレバーとは友人なんですよ」
「トレバーがリオン様の友人だと言うのですか?」
「ええ。ミューレ学園では同期だったんです。彼から聞いていませんか?」
「確かにそんなことを言っていましたが、息子の見栄だとばかり思っていました」
「事実ですよ。彼とは今でも友人です」
「そう、でしたか。しかし、トレバーは不出来な息子ゆえ、リオン様の案内役が務まるとは思えません。ご休憩の時に、トレバーを向かわせると言うことでいかがでしょう? 」
「……彼は優秀ですよ。うちの学園も好成績で卒業していますので、案内役も問題ないと考えます。ですから、トレバーを案内役にお願いします」
俺が重ねて願い出た直後、メイソンさんは沈黙してしまった。トレバーとメイソンさんは不仲だって言ってたからな。その辺を考えているのだろう。
けど、そんな風に考える素振りを見せたのは一瞬、「リオン様がそこまで仰るのなら、トレバーに案内させましょう」と頷いた。
「そこのお前、馬車の準備を。それとトレバーを呼んできてくれ」
メイソンさんは手早くメイドに指示を出し、こちらへと向き直る。
「すぐに呼んで参りますので、少しだけお待ち頂けますか?」
「ええ、構いませんよ」
――と、形式だけのやりとりの後、メイソンさんは沈黙してしまう。そしてもちろん、ソフィアとアリスは始終無言なまま、周囲に沈黙が下りる。
俺とトレバーが懇意である。そのことで、レリック家にとってトレバーの存在価値は上がったはずだ。けど、それで全てが解決するとは思えない。
だけど……トレバーとメイソンさんの問題は家庭の事情だ。だから、他家の俺が口出しする案件ではないと思う。なにより、今の俺が不用意に口を出すと、強制力が働いてしまう。
だから、あとはトレバー次第。またなにかあれば別だけど、これ以上口を出さないで置こうと考える。だけど――
「メイソン様」
今までずっと沈黙を保っていたアリスが口を開いた。
「貴方は……そう言えば、名前を聞いていませんでしたな」
「名乗るのが遅れたことをお許し下さい。私はアリスティアと申します」
「おぉ……貴方があの、アリスブランドの創設者ですか。噂はかねがねお聞きしています」
メイソンさんにとってアリスの名前は、グランシェス家に匹敵するのだろう。貴族ではない少女が相手なのに、メイソンさんは丁寧な口調で答えている。
「それで、アリスティア嬢。私になにかご用ですか?」
「少し面白い話をお教えしようと思いまして」
「面白い話……ですか?」
「はい。リオンの子供の頃のお話です。リオンは、子供の頃はグランシェス家で蔑ろにされてました。けれど、それでも、リオンは家族と仲良くしたいと願っていたんです」
「そう、なのですか?」
俺の過去に驚いたのと、いきなりなにを言い出すんだと驚いたのが半分ずつといった感じだろう。メイソンさんは戸惑う素振りを見せる。
そんなメイソンさんに向かって、アリスは淡々と語り続ける。
「リオンは地位に興味ありませんでした。ですが、リオンの兄はそれを信じなかった。リオンを排除しようとして、自滅してしまった。もしリオンを味方に引き入れていれば、その名を歴史に刻んでいたはずなのに、です」
「………………」
ここまで来て、アリスの言わんとしていることを理解したのだろう。メイソンさんは沈黙してしまう。だけど、やはりアリスは止まらない。
「トレバーは言っていたそうですよ。父や兄と仲良くしたい、と」
「ご冗談を。あやつがそのようなことを言うはずがない」
「あら、メイソン様は、私が嘘を吐いているというのですか?」
「いえ、そうは申しませんが……」
否定しているが、疑っているのは明らかだ。そんなメイソンを見て、アリスはクスクスと笑い声をこぼした。
「申し訳ありません。今のはちょっとした冗談です。私ごとき小娘に言われても信じられないのは無理もありません」
……今この子、自分のことを小娘って言ったぞ。見た目は十六、七歳だけど、この世界では俺より八年早く生まれ落ち、前世では十五年ほど生きている。
つまり、アリスは立派なロリババア――いやなんでもない。とか思ってるあいだにも、アリスのセリフは続く。
「ですから、ご自分で確認なされてはいかがですか?」
「……確認、ですか?」
「優秀な者を上手く使いこなす。それは、上に立つ者に必要な能力だと考えます。……なんて、小娘の戯れ言ですね。生意気を言いました、忘れて下さい」
今この子、自分のことを小娘って――と言うのはともかく、あっさり前言を翻して頭を下げる。そんなアリスに、メイソンさんは毒気を抜かれたのだろうか? アリスの言葉を冷静に受け止めているようだ。
「さすがはアリスブランドの創設者ですな。いやむしろ、年の功と言うべきでしょうか」
「――うぇ?」
なにやら濁点が尽きそうな呻き声。アリスが驚きを持ってメイソンさんを見る。
「先ほどご自分を小娘と仰っていましたが、エルフが若い姿のまま数百年の時を生きることは存じております。アリスブランドを創設するほどのお方ですし、さぞ長い人生をお送りしているのでしょう」
なるほど。それでアリスに対する態度が丁寧だったのか。
「いえ、私は、その……」
「あぁ失礼。女性に年齢を聞くのは失礼でしたな」
今更である。
数百歳と誤解されるくらいなら、この世界に生まれ落ちてまだ二十四年ですと言わせてあげて! とか言いたいけど……狼狽するアリスが可愛い――じゃなかった、メイソンさんは年齢を誤解してるおかげで忠告を素直に受け取ったみたいだし、ここは黙っておこう。
次話は十四日予定です。
それと、近々ここか活動報告かどこかに一話、ショートをアップする予定です。
 






