エピソード 2ー6 シスターズ7/48
「い、いや、その、たしかに俺も色んな技術開発に関わってますけど、アリスが情報のでどころだって言うのも嘘じゃないです、よ?」
俺はなるだけ平静を装って言い放つ。足湯につけた足を中心に、小刻みに波紋が生まれているのは……余談である。と言うか、向かいの席につくクレインさんには見えないはずだ。
前世の記憶による技術開発。それをハイエルフが持つ古代技術だと言い張っていた嘘が暴かれ、慌てふためくグランシェス伯爵の図。――と言うか、俺のことなんだけど。
あの頃の俺は、離れに閉じ込められていて、ろくに教育を受けていない設定だった。だから、あの嘘は有効だったんだけど……そうだよなぁ。あれから数年、その設定も忘れ気味だったし、いい加減バレててもおかしくはない、か。
……参ったなぁ。クレインさんと敵対するつもりはないんだけど――と、渋い顔をしていると、心配するなとクレインさんが笑い飛ばした。
「お前が持つ技術の重要性を考えれば、そのでどころを隠そうとするのは当然のことだ。だから別に怒ってはいない。ただ、嘘がバレバレだぞと指摘しただけだ」
「うぅ……なんかすみません」
「良いと言っている。それよりも俺は、伏竜が動き始め、今後どのようになるかが楽しみで仕方ないんだ」
「……なるほど」
俺達はあらゆる分野に革命を起こしてきたからな。次はどんな技術が提供されるのかと、期待する気持ちは判らなくもない。
「あらゆる功績を姉に譲っていた頃でさえ、ハイエルフの少女に、伯爵令嬢。果ては王女まで義理の姉妹にくわえていたからな。本気を出したお前が、一体どれだけ義理の姉妹を増やしていくのか――とな」
「楽しみって、そっちですか!?」
「うむ。ちなみに俺は、三年で48人に賭けている」
「しかも賭の対象にまで! そんなに増やしませんよ!?」
「ふっ、この数字はかなり信頼のある数字だぞ。なにせ、ある情報と引き替えに、アリスティアから聞き出したのだからな!」
「なんか意味深な数字だと思ったら、やっぱりアリスかっ!」
義理の姉妹を48人とか、絶対に狙ってるだろ。シスターズフォーティーエイトとか作らないからな?
「しかしまぁ……良くそんな大穴狙いにいきましたね」
「……大穴?」
「だって、普通に考えて0人。賭けるとしても、数人とかでしょ」
「いや、他の賭けている奴も大抵数十人単位だ。大穴狙いで一桁という奴もいるがな」
……義理の姉妹が増えること自体おかしいのに、一桁が大穴ってどういうことなの。
「あの……俺って、みんなからどんな目で見られているんですか?」
「姉妹ハーレム伯爵だな」
「……ぐう」
ホントに共通認識だったとは……ちょっと泣きそうだ。
「ともあれ、表舞台に上がるのは一向に構わん。お前と交流の深い俺としても、その方が断然に嬉しいことだ。ただ……」
クレインさんはそこで一度言葉を切り、少し真面目な表情を浮かべて続ける。
「表舞台に上がると言うことは、それだけ敵が増えると言う意味でもある。分かっているとは思うが、くれぐれも気をつけろよ」
「もちろん気は付けますけど……その言い方、なにかあるんですか?」
「お前……様々な知識を持っているくせに、時々抜けているな」
思いっ切りため息をつかれた。その表情は、なんで知らないんだよと言わんばかりである。
「……ええっと、なにかありましたか?」
「クレア嬢から聞いたが、クラリーチェが来たのだろう?」
「あぁ……あのユリっ子ですか」
「……ユリ?」
おっと、ユリなのは知らなかったか。取り敢えず誤魔化しておこうと、俺はなんでもありませんと首を横に振った。
「それで、クラリィがどうかしたんですか?」
「……お前は、ノエル姫殿下のことをどの程度知っている?」
「クラリィのご主人様で、第一王女。王位継承権が第三位の切れ者ってことくらいです」
「……そうか。悪いことは言わん。お前ももう少し、そう言ったことに関心を持った方が良いぞ? いや、本当に……な?」
何故か哀れむような目で見られた。いやまぁ確かに、そう言う方面はクレアねぇに任せっぱなしだからな。表舞台に上がる以上、そっち方面の知識も必要かも知れない。
「ともかく、ノエル姫殿下は要注意だ」
「……ノエル姫殿下がうちにちょっかいをかけてくると?」
「そう言うことだ。心当たりがないとは言わせんぞ。お前はアルベルト殿下を支持しただろう? あれで二人が擁する派閥のパワーバランスが大きく崩れたんだ」
「……二人の仲は悪いんですか?」
さすがにアルベルト殿下やノエル姫殿下のプロフィールくらいは調べている。けど、詳しいところまでは知らない。少なくとも、二人が対立しているなんて話は聞いたことがない。
さっき呆れられたのはそれが理由なのだろうか。
「仲が良いとは言えないな。あと、それぞれを支持する者にもメンツというモノがある」
「つまり、ノエル姫殿下を支持する者がなにかしてくると?」
「もしくは、ノエル姫殿下自身が、自分を支持するモノを意識してなにかするかもしれん」
なるほど――と、俺はクレインさんのセリフを聞いて納得した。
レリック領でぞんざいに扱われた件。俺は気にしていないのに、俺を支持する者達のメンツがあると、周りの人間が問題として取り上げた。
あの時と似たような現象が起きるかも知れないと言うことだ。
「……厄介ですね」
なにが厄介って、この場合は謝る方法がないと言うことだ。メイソンさんのように失言をしたのなら、それを謝罪することで相手のメンツが保てる。
だけど今回は、グランシェス家が力を持ちすぎたのが原因だ。うちに力がありすぎてごめんなさい――とか、火に油を注ぐ結果しか想像出来ない。
かと言って、アルベルト殿下からノエル姫殿下に乗り換えるなんて悪手以外の何物でもないし……上手くバランスが取れたら良いんだけど。
なんて考え込んでいたら、クレインさんが「それじゃ次の問題だ」と切り出した。まだあるのかとため息をつきたくなるのを我慢。「なんですか」と問い返した。
「問題というのは、パトリックの話だ」
「パトリックが……またなにかしでかしたんですか?」
思わず渋い顔をしてしまう。
「いや、そうではない。街でいざこざを起こしているところを捕らえたのだ。そして尋問をした結果、森での一件を裏で手引きしたのがパトリックだと確定した。どうやら、お前に復讐するのが目的だったようだ」
「そう、ですか……」
薄々はそうだと思っていたけど、実際にそうだと聞かされるとやはりショックだ。俺のせいで生徒を危険にさらした訳だからな。
「ただ、黒幕という訳でもないようだ。あいつを更に裏で操っているヤツがいるようだ」
「……なるほど」
それにはあまり驚かなかった。パトリックが犯人かもしれないと聞かされたときから、その可能性は考えていたからだ。
なにしろ、パトリックは勘当になった身。情報網がなければ、資金だって苦しいはず。それなのに生徒の課外授業を知っていたし、盗賊には前金をしっかり支払っている。
なので、彼の背後に誰かいる可能性は考えていた。
「ちなみに、その黒幕の正体は分かっているんですか?」
「残念ながら、パトリックに接触したのは末端のようでな、芋づる式とは行かなかった」
「……ロードウェル家とか?」
「それはないだろう。ロードウェル家もいまや、お前のもたらす利益にどっぷりだ。お前を敵に回すはずがない」
「そうですか……」
と言うか、どっぷりって。うちのもたらす利益が危ないクスリみたいに言わないで欲しい。
「他の有力者にしても同じだ。お前を取り込もうとする者は数多くいるが、敵に回す者がこの国にいるとは考えにくい」
「……もしかして、別の国からの介入を疑っているんですか?」
「あくまで可能性の話だ。恩恵持ちを使ってパトリックの記憶を探らせたが、それ以上の情報は引き出せないと判断した。よって、あいつはもはや用無しだ」
「……用無し、ですか」
「ああ。生かしておいても問題しか起きない。だが……お前はそう思わないのではないかと思ってな。あいつの処遇については、お前の意向も聞いておこうと思ったのだ」
「俺の意向を聞いて、貰えるんですか……?」
パトリックは知らなかったと思うけど、結果的に王女であるリズを危険にさらした。
ロードウェル家を勘当されていなければ、一族郎党皆殺しになってもおかしくはないほどの罪。俺の一存でどうにか出来るモノなのだろうか?
「お前はまだ自分の発言力を理解していないようだな」
「リズに危険が及んだとアルベルト殿下が知った場合、俺の発言力以前に、止められる人間はいないと思うんですが……?」
「それは、まぁ……な。しかし幸いなことに、あの件を知っているのは俺とお前達だけだ。お前が希望するのなら、娘達は口を閉ざすだろ? だから、俺も口を閉ざして構わない」
「……そう、ですね。それなら、パトリックに更正の機会を与えて下さい」
「ふむ。理由を聞いても良いか? まさか、同情などと言うつもりではあるまい?」
「ないとは言いませんけどね。どっちかというと、自分のためです。彼の顛末には、こちらにも責任がありますから」
理由がなんであれ、彼がしでかした罪は消えないし、許せることでもないだろう。けど俺が上手く処理していれば、ここまで大きな事件に発展することはなかった。
もしここで彼を死に追いやれば、俺自身が後ろめたい気持ちになると思う。だから、俺は自分の都合で、彼の処刑を否定した。
「ふむ……お前がそれを願うのならそのようにしよう。犯罪奴隷に落とし、うちで一からその性根をたたき直す。それで構わないな?」
「ええ、よろしくお願いします」
こうして、パトリックの件はようやく片付いた。今後パトリックが更正するのか、それとも俺達を恨んだまま一生を終えるのか、それは俺のあずかり知らぬことだ。
そうして短く息を吐く。そんな俺に向かって、クレインさんはそれじゃ本題だと言い放った。それを聞いた瞬間、俺はげんなりとした表情を浮かべる。
「……まだあるんですか? と言うか、今までのは本題ですらなかったんですか?」
「すまんな、色々と。お前達にはあまり負担をかけたくないのだが……」
「あぁいえ、こちらこそ文句ばかりですみません。クレインさんが俺を気づかってくれてるのは知ってますから、感謝してますよ」
最初は敵対するような形で知り合ったけど、クレインさんとの出会いは俺にとって幸運だった。侯爵家という権力に、俺達の持つ知識をいかす先見の明。この人が俺の後ろ盾になってくれなかったら、うちはもっと多くのトラブルを抱えていたはずだ。
だから俺はあらためて、ありがとうございますと感謝の意を伝えた。けど、ちょっと唐突すぎたのかもしれない。クレインさんは少し惚けた様子で俺を見た。
「まさか、お前にそんな風に思われているとはな。……リオン、俺のことを父さんと呼ぶ気はないか?」
「……は? はああああああああああっ!? なにを言ってるんですか!?」
「いやなに、ただの思いつきなんだがな。俺にまだ息子がいないのは知っているだろ?」
「ええ、まぁ……」
クレインさんは未婚――ではなく、若くして妻を亡くしている。その女性は子供を三人産んでいるが、その全員が娘だったらしい。
とは言え、クレインさんはまだまだ現役だからな。そのうちローリィ辺りが子供を産むはずだし、跡継ぎ問題は解決されるはずなんだけど……
「お前がうちの領地に来てくれれば助かる」
思いつきと言う割りに、口調が少し真面目っぽい。俺は勘弁してくださいと突き放した。
「申し訳ありませんけど、俺はグランシェス領を放り出すつもりはありませんよ」
「やはり、か。お前ならそう言うだろうと思ったがな。……仕方がない。うちの娘を誰か、義理の姉妹として迎え入れる方で手を打とう」
「なにさり気なく、二択だったみたいに言ってるんですか。俺はこれ以上義理の姉妹を増やさないって言ってるじゃないですか」
俺はキッパリと宣言する。その瞬間、クレインさんはにやりと口の端を吊り上げた。
「良いだろう。お前がそこまで言うのなら、俺はもうなにも言わん。その代わり、もしその言葉を反故にした場合は、俺の娘を義妹にくわえてもらうぞ」
「……いやいや、ダメですよ。なぜそんな話になるんですか?」
「なにを心配している。お前は今後一切、義理の姉妹を増やさないのであろう? それならば、なんら心配することはないではないか」
「そんな安っぽい挑発に乗ると思ってるんですか?」
「……ダメか?」
「ダメですよ。第一、俺にメリットがないじゃないですか」
「つまり、メリットがあれば良いというのだな?」
「え、いや、そう言う問題でも――」
ないと言うより早く、クレインさんは「ならば」と続ける。
「お前がこの賭けに乗るのなら、今後一切、俺はこの話をしないという条件でどうだ?」
「むむむ……」
言い換えれば、俺が賭けに乗らない限り、日常的に娘を義妹にと迫ってくると言う意味。ある意味脅迫だけど……事実でもあるのだろう。
日常的に娘を養子にと迫られる結果、断り切れなくなると言う可能性もある。そう考えれば、分の悪い賭ではないはずだ。
「……分かりました。俺はもう義理の姉妹を増やしません。もし増えた場合は、クレインさんの娘さんを一人、俺の義妹にします」
「言ったな? 後からなかったことにはさせんからな?」
「ええ。ただし、養子にするだけですからね?」
さすがにこれ以上義理の姉妹が増えるとは思わないけど、今までも常識なんてくずかごに丸めてポイな勢いだったからな。もしもの可能性を考えて、予防線を張っておく。
ハーレム要員ではなく、ただの養子。これなら許容範囲だ。
それにグランプ侯爵家とは長い付き合いになりそうだからな。養子をとって繋がりを得るというのは悪い話じゃないはずだ。
問題は将来どうするかだけど……その子にもいつか、誰か好きな相手が出来るだろう。その時に反対せず、快く応援してあげれば済む話だ。
「ああそうだ。もし養子にすることになったら、ちゃんと娘に許可を取って下さいね。無理矢理とか、絶対にダメですからね?」
「ああ、それならなんの問題もない」
「……なぜです?」
なんとなく嫌な予感を覚える。
「実はな。養子の話を言い出したのは、俺の娘なんだ」
「……どうしてクレインさんの娘さんが?」
「それはたぶん、俺がお前を褒めちぎったせいだろうな。それで興味を持ったようだ」
「はぁ、そうだったんですか……」
と言うかこの人、家でそんなことをしてたのかよ。褒められて悪い気はしないけど……なんか、想像出来ないな。
「ちなみに、娘の名前はマヤという。夜色の髪が美しい娘でな。胸のサイズが発展途上だが、器量は良い。お前もきっと気に入るだろう。……どうかしたのか?」
「……いえ、なんでもないです」
マヤという名前、聞き覚えがある。このあいだクレインさんの屋敷に滞在していたとき、廊下で出会った引っ込み思案の女の子だ。
そう言えば、俺が義理の姉妹を増やす気はないと言って凄く残念そうにしていた。もしかして、あの時から俺に興味を持っていたのだろうか?
……と言うか困った。自意識過剰かもしれないけど、成り行きとあの時の態度を考えるに、好意を寄せられてる気がする。
もしそうなら、将来どこかに嫁がせるというもくろみが崩れる。それは……まずい、非常にまずい。こうなったら、意地でも義理の姉妹を増やさないようにしないと。
「あぁそうだリオン。そのうち、マヤがお前を訪ねてくると思うから、その時はよろしくしてくれよ?」
「………………………………は? いやいやいや、なに言ってるんですか? 賭けに乗ったんだから、結果が出るまで、そう言った話はしないはずでしょ!?」
いきなり約束を破るってどういうことだと焦る。そんな俺に向かって、クレインさんはドヤ顔で言い放った。
「俺は、な。しかし、娘が頑張るのは娘の勝手だ」
「な、なんですと――っ!?」
いやいやいやいやいや。そんな理屈が……約束ってどんな内容だっけ? たしか……賭けに乗った場合は、クレインさんはその話をしない、と。
……………うん。むちゃくちゃ穴だらけだな。
「ちなみに、娘をお前の義妹にする件については、賭が終わるまで口出ししないが、それ以外は権力の限りを尽くして介入するから覚悟しておけ」
「……そ、それは、もしかして?」
「うむ。誰か一人お前に義理の姉妹が増えれば、俺の娘は必然的にお前の義妹入りだからな。どうだ? オーウェンのヤツにも、年頃の娘がいるぞ?」
「マジで勘弁してください……」
なぜ気付かなかったのか。数分前の、予防線を張ったつもりでいた自分をぶん殴ってやりたい。お前ちょっと油断しすぎだ――と。……がっくり。
ちなみに、森での一件、今まではパトリックの仕業とは確定していませんでした。
第三章のキャラ纏めで「作者の思惑で首謀者にされた」とクレアがしっかりとばらしちゃってますが……酷い話ですね。
次話は11日です。






