エピソード 2ー5 わりと前からバレてた
結局、第一王女からの手紙がなんだったのかは分からずじまいで一週間。そのことを忘れ始めた頃、クレインさんが突然訪ねてきた。
「先触れもなしにどうしたんですか?」
最近俺の私室となりつつある、足湯のある部屋でクレインさんを出迎える。男二人で足湯とか、誰得だよ――とか考えながら。
「リオン、俺は失望した!」
クレインさんはそんな風に嘆きつつ、靴下を脱いでズボンの裾をまくると、足湯にちゃぽんと浸かった。なんというか、言動がまるで一致していない。
「……いきなりなんなんですか? 温泉なら、アリスがちゃんと掘ってくれたでしょ?」
グランプ侯爵領は山が多く、源泉も豊富だった。なのでアリスはちょいちょいと、三カ所ほど温泉をぶち抜いていた。湯量に至っては、うちより豊富だろう。
「おぉ、その節は世話になったな。その件についてはあらためて礼を言う。だがいまは、それどころではない。お前が新しく始めたという事業のことだ!」
「……あぁ、鉄道馬車ですか?」
「そう、それだっ! 概要は聞いた。鉄道馬車が普及すれば、流通に再び革命が起こるだろう。あれは素晴らしい発明だ。それなのに、なぜ俺に声をかけない!」
「いえ、今はテストを兼ねているので。本格的に乗り出す頃には声をかけるつもりですよ?」
「馬鹿を言うな! 画期的な発明だぞ! いの一番に設置して、オーウェンの奴に自慢したいじゃないか!」
「子供かっ!」
――って、いかん。思わず突っ込んでしまった。最近仲良くして貰っているとは言え、相手は侯爵家。あまり舐めた態度を取ると、なにを言われるか判らない。
やばかったかなと、恐る恐るクレインさんの顔色をうかがう。彼は拳を握りしめて、プルプルと震えていた。
「すみません、今のはその、口が滑ったというか、なんというか……」
「子供でなにが悪い! 高速で走る馬車だぞ! 揺れが通常より少ないんだぞ!? 誰よりも早くに乗ってみたいに決まっているだろおおおおおおおおおおおっ!」
……あ、ホントに子供だった。いや、こういうのは若いって言うのか?
乗り物が馬車くらいしかない世界だからな。鉄道が出来たら興奮するって言う気持ちは判らないでもない。……と言うか、
「良くそんな詳しい内容まで知ってますね。まだ情報は公開してないはずですよ?」
「ふっ、グランシェス領には密偵を何十人も潜伏させてるからな」
「……多すぎです。あと、堂々と言わないでください。反応に困ります」
「なにを言っている。密偵を放つなんて、何処もやっていることだろう?」
「それは……まぁそうかもしれませんけど」
密偵とか聞くと、俺はなんとなく後ろめたく感じるんだけど……クレアねぇも同じことを言っていたからな。お互い様なんだろうか?
「という訳で、だ。早速うちの領地にも、鉄道馬車の設置をしてくれ」
「それは無理です」
「そこをなんとか。メリッサたちの屋敷も、お前の要望どおり作ったのだぞ?」
「それはありがたいですけど……」
さらっとこのあいだの貸しを引き合いに出されてる。
ちなみに、メリッサさん達に助けてもらったお礼に、屋敷をプレゼントした話である。彼女はグランプ侯爵領に残ることを希望したので、クレインさんに手を回してもらったのだ。
「それからレミーという娘の件だが、やはりお前が危惧していたとおり、たちの悪い連中に騙されていたぞ」
「あぁ……やっぱりですか」
クレインさんが罪滅ぼしとして支援したにもかかわらず、なぜかレミーが返せないほどの借金を抱えていたので、疑問に思って調べてもらったのだ。
「詐欺を行った連中は捕らえ、騙された者達の借金は帳消しにしておいた」
「ありがとうございます」
グランプ侯爵領の問題ではあるけど、レミーは俺にとって恩人の一人だからな。クレインさんに向かってぺこりと頭を下げた。
「うむ。感謝するが良い――という訳で、感謝の印に鉄道馬車を作ってくれ!」
「感謝はしてますけど、無理なモノは無理ですってば」
「なぜだああああああああああっ!?」
「必死かっ!?」
「必死だと言っているだろう!?」
「……開き直らないで下さいよ。いや、なんとなく気持ちは判りましたけど」
「分かるというのなら設置してくれ! もちろん、相応の報酬は払うし、人員もこちらで用意する。決して、そちらに損をさせるようなマネはせん!」
「いや、その辺に関しては信頼してますよ。それにクレインさんにはお世話になりっぱなしですから。可能ならクレインさんの希望に添いたいんですけど……」
「なにか問題があるというのか?」
「鉄道がどういうモノか情報を仕入れてるのなら想像がつくと思いますが、坂道に弱いんですよ。高性能なブレーキを開発しないと、どんな事故が起きるか分かりません」
クレインさんの治めるグランプ侯爵領は山に囲まれている。何処に向かってレールを引くにしても、坂道が行く手を阻むことになるだろう。
「そのブレーキの開発というのは、三日くらいで……」
「終わる訳ないじゃないですか」
笑顔で答えると、クレインさんはがっくりと机に倒れ込んだ。その落ち込みっぷりは、俺が同情するほどだけど……こればっかりは譲れない。
例えば鉄製の農具はぶっつけ本番で制作、後から問題点を改良していくなんてやり方をした。けどそれは、農具に不具合が出ても、大きな事故が起きないからだ。
坂道でブレーキがぶっ壊れたら大惨事になりかねない。
そうならないためには、十分なテストが必要だ。必要なんだけど……仮にも侯爵様が机に突っ伏してメソメソしている姿は見るに堪えない。
「もう一度聞きますけど、なぜそこまで急いでいるんですか?」
「鉄道馬車の有用性を理解しているからだ。今後は鉄道の繋がっている場所が、この国の中心となるだろう。乗り遅れる訳には行かん」
「……なるほど」
たしかにその可能性は否定出来ない。少なくとも、一年の遅れが大きな差になるのは間違いないだろう。子供っぽいと思ったけど、ちゃんと政治的なことも考えて――
「それにレールの上を馬車が走るというのは、なんというか……燃えるではないか!」
考えてはいるみたいだけど、根本的には子供っぽい。
「……仕方ないですね。馬車のブレーキ開発をしつつ、先にレールだけ敷きましょうか?」
「本当か!?」
クレインさんはがばっと起き上がり、机を挟んで俺に詰め寄ってきた。
「レールを敷くだけで数ヶ月かかりますからね。そのあいだにブレーキを開発すれば問題ないでしょう。人手はそちらで用意してもらいますけど……大丈夫ですよね?」
「ああ、もちろんだ。技術を提供してくれるのなら、労働力はこちらでなんとかするのは当然だ。もちろん、技術提供に関する報酬はちゃんと支払う」
「普段お世話になってるんだし、報酬なんかいりませんよ」
「おいおい。そんなことを言って、俺に恩を売ろうという腹づもりか?」
お金ではなく、貸し一つ。そんな意味に受け取ったのだろう。クレインさんは苦笑いを浮かべる。けど、その予想は完全にハズレだ。
「言葉どおりの意味ですよ。そもそも、お金ばっかりもらっても使い道がないので」
「それを信じると思うか? お金はいくらあっても困らんだろう」
「いえ、お金がありすぎると困るんです」
キッパリと言い切る。それは完全に予想外だったのだろう。クレインさんは「はあ?」と間の抜けた表情を浮かべる。
「おいおいおい、本気で言っているのか?」
「本気も本気。大マジです。アルベルト殿下から仰せつかった街道の整備で、どうしてうちが出資したと思ってるんですか」
「それは、グランシェス家の力を見せつけるためじゃないのか? 王家の血筋を迎え入れ、実績を得ることで、公爵に成り上がろうとしているという噂も聞いているが……」
「そんなの興味ありませんって」
過剰な地位を得て妬まれるのはごめんだ。
「では、なぜ莫大な資金を出資したのだ?」
「言ったじゃないですか、お金がありすぎると困るって」
技術開発のラッシュから三年以上。さすがに最初ほどではないとは言え、うちの売上高は軽く国家予算を上回る。そしてそれによって得られる利益も莫大だ。
紙幣があるならまだしも、この世界では金貨、銀貨、銅貨が貨幣に使われている。金貨をうちが大量に保有すると、金貨不足で経済への影響を引き起こしかねない。
ついでに言えば、各領主に貸し付けるという手段もあるにはあるけど、それはつまり各領主に大きな貸しを作ると言うこと。そういった形で権力を掌握するのは望むところじゃない。
――という訳で、流れ込んでくる貨幣を全力で消費する必要があるのだ。もちろん、領民の暮らしが豊かになるように開発や福祉をおこなった上で、だけどな。
「……なんというか、相変わらず規格外だな。お金がありすぎて困るなんて本気で言う奴は、世界広しと言えどもお前くらいのモノだろう」
「それはまぁ、否定しませんけどね。困ってるのは事実です」
「ふむ。お金がありすぎて困るというのなら、隣国の姫様でも買い取ってはどうだ? たしか、お前より少し年下の姫様がいるはずだぞ」
「……一応聞いておきますけど、姫様を買ってどうしろと?」
「もちろん義妹に」
「――しませんよ。問題の解決になりませんし、そもそもそんなふざけたことにお金を使ったら、領民の反感を買うじゃないですか」
「それはつまり、買おうと思えば買えるということか?」
「それは……まあ」
買えなくはないと思う。
ミューレ学園の生徒は今のところ、リゼルヘイムの住民しかいない。別に受け入れを拒否するつもりはないのだけど……受け入れますとも公言してないからな。
そのうち解決する問題ではあると思うけど、いま現在豊かになっているのはこの国だけ。隣国との格差は少しずつ広がっている。隣国の王位継承権が低いお姫様くらいは買えるだろう。
もっとも、隣国に金貨をばらまいても、各領地での金貨不足は解消出来ないのでやる意味はない。各領地から集まる金貨は、可能な限り各領地で使う予定だ。
ちなみに余談だけど、アリスブランドは今や、完全に独立した企業となっている。ちゃんと利益から、グランシェス家に税を納めているのだ。なので、この世界で個人として一番お金持ちなのは、恐らくアリスだろう。相変わらず自重してない。
それはともかく――と、俺はクレインさんに視線を戻す。彼はなるほどと頷いていた。
「話は分かった。お金を使わねばならんが、使い道も重要だと言うことだな。そうなると当然、誰かに施すのも論外という訳だ」
「ええ。孤児院に寄付する程度なら問題ないと思いますけど……それ以外は相応の理由がないとダメですね。みんなのやる気を奪いかねませんから」
「なるほどな。それで街道整備に出資したという訳か」
「その通りです」
とは言え、それでも領地の予算は黒字が続いている。
収入が減ったときに備えて、資産価値のある宝石や芸術品の買い入れもしているけど……そっち方面にも限度はある。使っても使っても黒字は減らない。
内政チートでこんな弊害が発生するなんて思ってもなかった。
「そうなると……そうだな。コンクールなんかを開催して、成績優秀者には支援するというのはどうだ? これなら優秀な人材も集まるし、一石二鳥ではないか?」
「一石二鳥で優秀な人材を吸い上げたら、他の領主から反感を買うじゃないですか。うちに人材が流れ込みすぎないように必死なんですよ?」
本音を言えば、人材は不足しているので欲しい。欲しいけど、それは何処の領地も同じなのだ。うちが吸い上げてしまうと、他の領地の反感を買ってしまうことになる。
少しだけ生活に余裕を持った平民が、更に豊かなミューレの街を目指して引っ越し。なんてことが起きないように、あれこれ手を回しているのだ。
「……なんというか、難儀だな」
「ええ、本当に……」
「いや、難儀なのはお前の存在だ」
「酷くないですか!?」
「酷いものか。真顔で、お金がありすぎて困る。なんて愚痴られた俺の気持ちを考えてみろ」
言われてみれば、グランプ侯爵領は五年くらい前までは貧困に喘いでいた。お金がありすぎて困ると言われて良い気はしないだろう。ちょっと反省しよう。
「すみません。今のはここだけの話にしてください」
「くくっ、ならば貸し一つというところだな」
「分かりました。では、レールの技術提供を真っ先に無料ですると言うことで」
「うむ、良いだろう」
茶番である。うちとしては助かるんだけどな。
だけど、そろそろ本気でお金の使い道を考える必要があるだろう。次は海洋船でも開発してみようか? ……交易での収入が増えそうだけど。
なんて考えていると、クレインさんがそういえば――と、切り出した。
「お前、ついに表舞台に上がったそうだな」
「……よく知っていますね」
「それはもちろん。噂になっているからな。伏竜がついに動き出した――とな」
「伏竜って、まさか俺のことですか?」
「他に誰がいる」
「……クレインさんには、技術のでどころはアリスだって教えたはずですけど」
最初にクレインさんの屋敷を訪れたとき、なぜこれだけの技術をと突っ込まれ、アリスがハイエルフとしての知識を放出したと誤魔化してくれた。
その嘘はまだ有効なはずだと思っていたんだけど――
「あんな出任せで、いつまでも誤魔化せると思っていたのか?」
「――ぶっ」
どうやらとっくの昔にバレていたらしい。
次は8日を予定しています。






