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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第五章 想いを伝えるために

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エピソード 2ー4 クラリーチェ

「クレア様にお客様なんですが、いかが致しましょう?」

 ある日の昼下がり、俺がお屋敷の足湯に浸かって久しぶりの休みを満喫していると、ミシェルがそんな報告を持ってきた。

「……なんで俺に? クレアねぇにお客さんなんだろ?」

「実は予定にないお客様で、クレア様とティナは現在、お屋敷にいないんです。もうすぐ帰ってくるとは思うんですが……」

「なるほど。それで俺に聞きに来たのか。相手はどんな人なんだ?」

「それが、まずはクレア様に会いたいと、名乗って下さらないのでどうしたモノかと……」

 それを聞いて思いだしたのは、お見合やら金の無心で人が集まってくるという話。敵は可能な限り作りたくないけど、さすがに名乗らないような相手なら追い返すべきだろう。


「――ちなみに、容姿端麗な金髪のお嬢様です」

「……え? 女の子なのか?」

「ええ。年の頃はリオン様と同い年くらい。着ている服はアリスブランドの最新ファッションですし、どこかのお嬢様であるのは間違いないと思います」

「そう、なのか……」

 女の子なら、クレアねぇへの求婚は有り得ないし、アリスブランドの服を着ているのなら、お金の無心と言う可能性も低そうだ。

 他にもいくつか可能性はあるけど……


「……ふむ。クレアねぇが帰ってくるまで、俺が応対しておくよ」

「シスターズを増やすんですか?」

 ミシェルがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 相手が少女であるなら、俺への求婚という可能性もある。だから俺が会うと言い出したと予想したんだろう。けど、ハズレだ。

 俺へのお見合い話だとしたら、もちろん丁重にお断りする。けど、もし本当にそうなら、ある程度の情報網を持っている証になるからな。

 有用そうな人材なら、会っておくべきだと思ったのだ。



 そんな訳で俺は応接間へと移動。扉をノックして部屋の中へ。おとなしめの調度品で整えられた部屋の中心。ミシェルから聞いたとおりのお嬢様がたたずんでいた。

 しかし……金髪ツインテールか。ブルーの瞳は吊り上がっているし、なんというか……凄くツンツンしている。デレるかどうかは……知らないけど。


「貴方は何処のどなたかしら? あたしはクレアお姉様に会いたいと言ったのだけど」

「悪いがクレアねぇは留守だ。そのうち帰ってくると思うけどな」

「……クレアねぇ? 貴方、もしかして」

「俺はリオン。リオン・グランシェスだ。よろしくな、お嬢様?」

 名乗りつつ、君も名乗っていないというニュアンスを含ませる。その瞬間、少女は片手を腰に当て、びしっと俺を指さし――

「あたしは貴方のことがキライよ!」

 いきなり嫌われた。意味が判らない。


「ええっと……俺はキミに嫌われるようなことをした覚えはないんだけど?」

「何人もの女性に手を出しておいて、良くそんなことが言えるわね。この女の敵!」

「ぐぅ……」

 むちゃくちゃ正当な理由だった。身に覚えがないどころか、身に覚えがありすぎで、まるで反論の余地がない――と、俺は思わず後ずさった。

 だが、俺が下がった分だけ、少女はずかずかと詰め寄ってくる。


「だいたいなんなのよ。伯爵令嬢にハイエルフ、あげくはお姫様にまで手を出して、どれだけ見境ないのよ。もう少し節操というモノを持ったらどうなの?」

「いや、リズには別に手を出してないぞ……?」

「どうして出さないのよ、可哀想でしょ!?」

「どっちなんだよ!?」

 意味が判らない。


「あたしが言いたいのは、節操を持ちなさいってことと、釣った魚にはちゃんと餌をあげなさいってこと。別に矛盾してないでしょ?」

「むう……」

 そう言われるとそうかもしれないけど……釣った覚えがない場合は、どうしたら良いんだろうなぁ。……あぁ、無意識に釣り上げるなと言うことか、納得だ。


「その気がないなら優しくしない。優しくするなら、最後まで責任を持ちなさいよ」

「たしかにそうだよな、なんか申し訳ない」

「だいたい、シスターズってなによ。ハーレムならまだしも、全員を義理の姉妹にするとか、頭おかしいんじゃない?」

「……そうだよな、ホントに申し訳ない」

「そもそも、クレアお姉様にまでちょっかいかけるとか、ありえないでしょ!? クレアお姉様とは、あたしが結ばれる予定なのよ!」

「……うん。重ね重ね申し訳な……ん? え? なに、どういうこと?」

 反射的に謝ってから、途中で違和感に気が付いた。


「なによ。あたしの未来設計に文句があるわけ?」

「いや、文句って言うか……キミは女の子。クレアねぇと同性なんだぞ?」

「あら、それがなんだって言うの? 女の子同士なんて普通じゃない」

「……普通?」

 そうだっけ? と、思考を巡らす。

 最近の地球では認められつつあるけど、一昔前の地球では差別されていたはずだ。……あぁでも、中世の頃はそれなりに受け入れられてたんだっけ?

 そうなると、この世界では普通のこと、なのかな?


「そもそも、姉妹じゃないと愛せないとかいう狂った貴方に言われたくないわ」

「……ごもっともで」

 いや、言っておくけど、姉妹じゃないと愛せないと認めたわけじゃないぞ? むしろ俺は、ノーマルな恋愛を望んでる。好きになった相手がたまたま、前世の妹だったり、半分血の繋がった姉だったり、義理の妹だったりしただけだ。

 ……なんだろう、凄く言い訳がましく聞こえる気がする。


「と言うか、貴方は女性同士の恋愛を認めないタイプ?」

「え? いや……そうだなぁ。ユリって良いよね」

「あら、偏見はないのね」

 少し意外そうな目で見られる。そのブルーの瞳の奥に、少しだけ俺を見なおすような色がにじんでいるのは、なんだかんだ言ってこの世界でも偏見はあると言うことなんだろう。


「話が逸れたな。ようするにキミは、クレアねぇに会いに来たってこと?」

「ええ、そうよ。クレアお姉様はあたしの憧れだもの」

「なるほど……」

 得体が知れないけど……ただのファンというわけではなさそうだ。なぜなら、俺に対する態度は別として、少女の口調や立ち居振る舞いがクレアねぇに似ているからだ。

 この世界に映像を記録する媒体なんてモノは存在しない。

 だから似ているのがただの偶然でなく影響を受けているのであれば、クレアねぇと実際に会ったことのある人物と言う可能性は高いだろう。

 なんて分析をしていると、ちょうど扉がノックされた。

 そして――


「お待たせしたわね、あたしにお客様って聞いてるけど、どちら様――」

「――クレアお姉様!」

 少女がクレアねぇに飛び掛かった。その勢いは凄まじく、とっさに精霊魔術でクレアねぇを護ろうと思ったほどだ。けど、知り合いっぽいので問題ないだろう。そう思って静観する。

 直後――

「お姉様お姉様お姉様おーねーえーさーまーっ!」

 少女はクレアねぇの胸に顔を埋めて、思いっ切り胸の感触を堪能し始めた。女の子同士のスキンシップと考えれば、許される範囲だと思う。

 けど、相手は自称ユリっ子。果たして……セーフなんだろうか?


「な、なんなのよ貴方。何処触って――ひゃんっ!? こらっ、いい加減に、あぁもう、ちょっと、弟くん!? 見てないで助けなさいよ!?」

「キマシタワー」

 思わずお約束のセリフを口にする。ちなみに、すっごい久々の日本語? である。

「意味不明なこと言ってないで助けてよ!?」

「いや、なんて言うかさ? これが男なら許せないけど、女の子に襲われるクレアねぇはありだと思う。と言うか、知り合いなんだろ?」

「あたしはこんな娘、知らないわよっ!」

 ……あれ? 昔なじみがじゃれあってると思ったんだけど……違うのか? それだったら止めた方が良いのかな――と、思ったその時、

「酷いです、クレアお姉様! クラリィをお忘れですか? 王城ではあんなに可愛がってくれたではありませんか!」

 少女が不満げに叫び声を上げた。クレアねぇの胸に顔を埋めたままで。なんか、しゃべってるのか、胸にむしゃぶりついているのか良く判らない勢いである。


「ひゃんっ、ちょっと、胸に向かってしゃべらないで! って、クラリィって……貴方、もしかして、あのクラリーチェなの? というか――」

「クラリーチェなんて水くさい。クラリィとお呼び下さい、おねえさまいったあああああああああああああああああああ!?」

 クレアねぇの拳がクラリーチェと名乗った少女の頭部に、思いっ切り振り落とされた。かなり本気の――俺でも悶絶しそうな一撃を受けて、クラリーチェは絨毯の上を転がりまわる。


「くぅ~~~。なにするんですかぁ、クレアお姉様。……はっ、もしかしてこれはクレアお姉様の愛情表現なんですか? それだったらあたし、頑張って受け入れます!」

「愛情のない一撃だから黙りなさい。そもそも、人の胸を許可なく触るなって前にも言ったでしょ! あたしの胸を触りたかったら、弟くんの許可を取りなさい!」

「……なんで俺」

「あたしの胸は、弟くんのモノだからに決まってるじゃない」

 思わず横から尋ねると、速攻で返答された。

 まぁ……将来的には、クレアねぇの全てを自分のモノにしたいとは思ってるけど、ここでその発言は火に油を注ぐだけだと思う。と言うか、モノにするという言葉自体が色々語弊を招きそうであまり好きじゃない。

 なんて思っていたら、予想どおりクラリーチェに睨まれた。


「リオン・グランシェス!」

「……なんだよ?」

「あたしを一晩好きにして良いから、クレアお姉様の胸を触る許可をよこしなさい!」

「アホかっ、ダメに決まってるだろ!?」

「くっ、一晩では足りないというのね? だったら、好きなときに好きなだけ、好きなことをすれば良いじゃない! どう、これなら許可をくれるでしょ!?」

「必死かっ!? 生々しすぎるわ!」

 なにが怖いって、目がマジなのが一番怖い。蒼い瞳が血走ってる感じだ。クレアねぇの胸を触るためだけに、自分を好きにして良いとか貞操観念がぶっ壊れてる。


「……ねぇ、クラリィ。貴方もしかして、あたしをダシにして、弟くんを狙ってるわけじゃないでしょうね?」

 ジト目で問いかけるクレアねぇ。クラリーチェは「そ、そんなはずありませんわ」と後ずさった。動揺しているように見えるけど……たぶん迫るクレアねぇの目が怖いからだろう。

 あの殺気は、やましいことがなくても自白してしまいそうだ。

「……本当でしょうね?」

「ク、クレアお姉様への愛に誓いますわ」

「本当、でしょう、ね?」

「ええっと……殿方は複数の女性と一度に――なんてお話も聞き及んでおります。だからシスターズ入りを果たせば、クレアお姉様と絡む機会があるやも――とは思っています」

 ……やばい、この子マジでやばい。いままで知り合った中で、ダントツでぶっ壊れてるかもしれない。

 ちなみに、意味が判らなかった人は健全だ。これからも清く生きてくれ。分からなくても、ご両親とかに聞いちゃダメだぞ――と言う感じのやばさである。

 ……まあ、それはともかく、だ。


「結局、クレアねぇはこの子を知ってるのか?」

「……ええ、一応知っているわ。クラリィはええっと……」

「あたしの名前はクラリーチェ。ノエル・フォン・リゼルヘイム様にお仕えする筆頭侍女よ」

 ノエルというと、このあいだ話題に上がった、リゼルヘイムの第一王女である。たしか……その才覚を発揮し、女性でありながら異例の王位継承権第三位である――と聞いた気がする。

 実際のところ、リゼルヘイムにおいては女性が王位を継ぐ可能性は低い。けど、だからこそ、王位継承権第三位であるのは凄いみたいだ。

 それはともかく、その姫様の筆頭侍女ねぇ?

 侍女という割りには……クレアねぇに対する態度があれである。クレアねぇは仲良くなれば身分なんて気にするタイプじゃないけど……それだけだろうか?

 そう言えば、王族に仕える侍女とかは、貴族の娘が――なんて話も聞いたことがある。彼女はそのタイプ、なのかな? ……なんにしても、クレアねぇと仲が良いのは事実だろう。


「よろしく、クラリーチェ。俺のことはリオンで良いよ」

「……あら、意外ね。身分をわきまえろとか、言われると思ってたわ」

「クレアねぇと仲良くしてる相手に、身分がどうのとか言うつもりはないよ」

 本来はダメなのかもしれないけどな。でも俺は、礼節と敬語は必ずしもイコールではないと思うのだ。うわべだけ丁寧な口調で、態度は思いっ切り失礼なヤツとかもいるしな。

「へぇ、さすがはクレアお姉様の弟ね、気に入ったわ。あたしのことはクラリィで良いわよ」

 しかしこの筆頭侍女、口調も態度も失礼である。……まぁ良いけど。


「それでクレアねぇは、クラリィとは王城で知り合っちゃったのか?」

「ええ。リズの件であれこれ動いていたときに、王城で不覚にも知り合っちゃったのよ」

「そうか、不覚だったのか」

「ええ、本当に不覚だったわ」

「――クレアお姉様が冷たい!?」

 ショックだとばかりに叫ぶクラリィ。取り敢えず、おもしろい侍女だと言うことは判った。


「それで、おもしろ筆頭侍女のキミが、クレアねぇになんの用なんだ?」

「なんか酷い言われような気がするけど……あたしがここに来た理由は決まっているわ。もちろん、クレアお姉様を押し倒すために来たのよ」

「追い返すわよ?」

 俺が答えるまでもなく、クレアねぇが突き放す。

「酷いです、クレアお姉様。口で言ってるだけで、実際には押し倒していないのに……せめて押し倒してからにしてください」

「弟くん、この子、門の外に捨ててきて貰っても良いかしら?」

 クレアねぇにしてはかなり辛辣だ。

 口ではこんな風に言ってるけど、実際のところはかなり気を許してるのかもしれない。だって、クレアねぇがこんな風にぞんざいな扱いをする相手なんて初めてだからな。

 ……まあ、全然これっぽっちも羨ましくない気の許し方だけどさ。


「取り敢えず、話くらいは聞いてやろうぜ。せっかく訪ねてきたのに、ろくに話もせずに追い返したら可哀想だろ」

「リオン……あなたって優しいのね」

 ポッと頬を染めるクラリィ。この子、ユリのはずだけど……もしかして両方いけるチョロインなのか?

「その優しさで、クレアお姉様をあたしに譲ってくれないかしら?」

 うん。全然、そんなことはなかったな。チョロインどころかしたたかだ。確実にクレアねぇを狙ってやがる。まったくもって油断ならねぇ。


「と言うか、本当にクレアねぇに会いに来ただけなのか?」

「そうだとしたらダメなの?」

「ダメでは……ないな」

 クレアねぇは放っておくといつまででも仕事をするタイプだからな。いままでも仕事をしてたみたいだし、たまには休ませてあげたい。

 友人が来たというのなら、ちょうど良い機会だろう。もっとも、クラリィと一緒にいて、クレアねぇの気が休まるかは……かなり疑問だけど。


「遊びに来たのがメインの理由よ。でも実は、ついでに手紙を持ってきたの。――という訳で、クレアお姉様、あたしのお仕えしているご主人様からお手紙をお預かりしてきました。どうかお受け取り下さい」

「……手紙? 貴方のご主人様、から?」

「ええ。あたしのお仕えする、可愛くて聡明な、ノエル姫殿下からのお手紙です」

「……別に良いけど」

 恭しく差し出された手紙を、クレアねぇは呆れた様子で受け取る。

 呆れているのは……姫様からの手紙を、クラリィがついでだと言ったからだろうか? それにしては、ちょっと呆れ方の質が違うような気がするけど……気のせいかな。

 ともあれ、第一王女からの手紙かぁ。クレアねぇなら第一王女と面識があっても驚かないけど……一体なにが書かれてあるんだろうな?

 なんて思っていたのだけど、クレアねぇは手紙を開くことなく俺を見た。


「弟くん。ごめんなさい、少し席を外してくれるかしら?」

「……クレアねぇ?」

 クレアねぇが俺に隠し事をしようとしている。想像もしていなかった展開に戸惑う。

「心配しないで、大丈夫だから」

 なにもなければ大丈夫だなんて言うはずがない。けど、クレアねぇが俺に話さないと決めたのなら、ここで追求しても無駄だろう。そう思った俺は小さく息を吐いた。

「もし困ったときは、絶対に俺に相談してくれよ?」

「ええ、それはもちろん、約束する」

 こちらを向いて、キッパリと頷いた。その表情から嘘は読み取れない。だから俺は、その言葉を信じて席を外すことにした。


 ……だけど、後から考えれば、クレアねぇを甘く見ていたと言わざるを得ないだろう。

 クレアねぇは無駄な嘘なんて吐かない。けど逆に言えば、必要なら嘘を吐くと言うこと。そしてクレアねぇが本気で隠し事をしたら、俺に見破れるはずがなかったからだ。

 

 

 次話は5日を予定しています。

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