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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第五章 想いを伝えるために

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エピソード 2ー1 表舞台への第一歩

 俺が表舞台に上がる。そのためになにをすれば良いか? その答えは至ってシンプルだ。クレアねぇに任せるではなく、俺が主体でなにかを為し遂げれば良い。

 そして、そのための事業は既に考えている。

 という訳で、ある日の午後。俺はアカネを屋敷に呼び出した。執務室はクレアねぇの私室と化しているので、足湯のある応接間へと招く。

 紅い髪に紅い瞳。アカネという名にふさわしい容姿の持ち主で、うちとの取引を切っ掛けに大きな商会を設立。今ではミューレの街に拠点を置く商人を纏める立場にある。

 そんなアカネが身につけるのは、アリスブランドの最新作。秋らしい色合いの、ゆったりしたワンピースだ。

 着こなしは完璧で、幾重にも重ねたフリルが、ぺったんこな胸をカバーしている。


「……なんや、また失礼なこと考えてへん?」

「気のせいだ。それより雨の中、急な呼び出しに応じてくれてありがとうな。足湯に浸かってくつろいでくれ」

 俺が向かいの席を勧めると、アカネは頷き、素足を晒してお湯へと浸した。

「足湯は気持ちええけどな。くつろぐのは、なんの話か聞いてからやわ。今回うちを呼んだのはどんな用事なん? ねーさんにプレゼントする品でも用意すればええんか?」

「今回は別件だ。リズを抜きでナマモノを輸送する計画、何処まで進んでる?」

「グランシェス領から主要な場所に限って言えば、街道の整備はほぼ完了してるし、保温箱や馬車の改造は順調やね」

「魔術師や、中継地点についてはどうだ?」

「中継地点は点在する村に厩舎と家を建てるだけやからね。なんの問題もないよ。ただ魔術師は予定の半数くらいしか集まってないわ。やっぱり、絶対数が少ないからねぇ」

 唐突な問いかけにもかかわらず、淀みなく答える。そんなアカネに感心しつつ、俺はその報告内容を吟味する。


「あんまり大きく計画を変更するならって心配したけど……これなら大丈夫そう、かな」

「なんやの、変更って? またなんかとんでもないことを企んでるのか?」

「企むって酷いな。ただ、一度に輸送出来る積載量を増やそうと思っただけだよ」

「積載量を増やすって……にーさんのことやから、ちょっぴりとか言うレベルやないんやろうね。どれくらい向上する予定なん?」

「そうだなぁ。たぶん五割り増しくらいにはなると思う。ただ、実際のところは、試してみないと分からない……って、どうかしたのか?」

 アカネがなんというか……なんかものすっごい呆れ顔で俺を見ていた。


「なんというか……にーさんのことやからとんでもない数値を言うとは思ってたけど、それを考慮しても、一割二割やと思ってたわ。つい最近、五日かかる距離を二日にまでつめたところやのに、何処まで常識を覆すつもりなん? 冗談やないよ」

「それは……ごめん?」

「いや、謝る必要はあらへんけど……一体なにをするつもりなん?」

「ああ。それなんだけど……これを見てくれ」

 そうして俺が取りだしたのは、模型サイズの馬車と――同じく模型サイズのレール。

 ――そう。俺が思いついたのは鉄道馬車だ。

 地球の歴史で考えると、これも蒸気機関と同じくらい未来の技術。けどレールを敷いて馬車を走らせるというのは、蒸気機関ほど複雑な技術を必要とする訳じゃない。

 技術的に考えれば、この世界に普及させても問題はないだろうと判断した。

 そういう訳で、俺は模型を使って鉄道馬車について説明を始めた。


「……なるほどなぁ。平らなレールの上を走ることで、従来の馬車より速度が出せる言うことなんやね?」

「大雑把に言えばそうだな」

 車輪とレールを磨いた金属にすれば、摩擦係数が下がる。

 問題は振動が発生することだけど、そっちは馬車にサスペンション的なモノを開発済みなので問題はない。つまり、鉄道馬車はすぐに開発が可能である。

「せやけど……移動速度が上がっても、元々一泊二日一杯やから、そこまで影響はないんと違うの? もちろん、別の地域では有用やと思うけど」

 アカネの言うとおり、リゼルヘイムとミューレのあいだは、ぎりぎり二日で到着するのが現状。到着が夕方から午後になったところで、影響のある品は少ない。

 まあ……ナマモノくらいかな。

 だから――


「最初にも言ったけど、速度を増やすんじゃなくて、積載量を増やそうと思ってる」

「あぁ……そうか。速度が上がるのは馬車を引きやすくなるから。だったらその分、荷物を増やしても問題ないという訳やな。たしかに革命的やけど……問題もあるんやろうね?」

「そうだなぁ……宿場町のいくつかは廃れるだろうな」

 以前はミューレの街から、リゼルヘイム王都まで五日かかっていた。

 だから、様々な場所にある宿場町が利用されていた。けど、馬車の移動速度が上がり、交易馬車なんかが宿を取る場所は中央付近のみに限定されるようになった。

 現時点でも、宿場町として立ち行かなくなりつつある村は存在する。鉄道馬車の普及により、旅人が鉄道馬車を使うようになれば……確実にいくつかの宿場町はつぶれるだろう。


「なるほどなぁ。そうなると対策も考えなあかんね。にーさんはなんや考えてるん?」

「いま考えてるのは、なにかしらの特産品を造ることだな。それが無理なら……どこかに引っ越ししてもらうように支援するしかないけどな」

 宿場町――と言っているが、厳密に言うと宿場村。人口数十人程度の小さな村が多い。

 ミューレの街は労働力が不足しているし、その人達を受け入れるのは問題ない。けど、出来ればその村を存続出来る形にしてあげたい。


「引っ越しは分かるけど……特産品なんて簡単に造れるモノやないやろ?」

「そうでもないぞ。最近はミューレの街の規模が大きくなってきたからな。シルクの生産なんかが追いついてないし、木材もいまは大丈夫だけど将来的には足りなくなる」

 ちなみに木材については、建築材料としてだけでなく、将来的に蒸気機関車も見据えているからだ。石炭を掘れるなら良いけど、木炭も視野に入れるべきだと思っている。

 なので、うちが支援して植林を手がける必要があると考えている。


「……はぁ。凄すぎてため息しかでえへんわぁ。良くそんなに色々と思いつくなぁ。……いや、知ってるというべきなんかな?」

 意味ありげな視線。態度には出さなかったはずだけど、内心ではおやっと思った。いまの口ぶりはまるで、俺に前世の記憶があることを知っているかのようだからだ。

 けど、それを知っているのはごく限られた相手だけ。アカネにはまだ教えていない。

 いくらアカネが鋭いからって、前世の記憶があるなんて突拍子もないこと、予測出来るとは思わないんだけど――

「そんなに警戒せんでも心配あらへんよ。これ以上詮索する気はあらへんから」

「そ、そうか」

 ……この反応、確実に気付いてるな。なんで分かったんだ?


「これはうちからの忠告やけど、リズちゃんの口はちゃんと塞いどいた方が良いと思うよ?」

「――ぶっ!?」

 あんなにちゃんと口止めしたのに、まさかのリズ経由、だと?

「まあ、うちが知ってると誤解したみたいやけどね」

「あぁ……なるほど。アカネの話術にやられたのか」

 これは俺のミスだな。後でリズに、誰が知ってるかちゃんと教えておこう。そう思いつつ、深々とため息をつく。


「にーさん、詮索せぇへん言うてるのに、そんな露骨に反応されたら困るんやけど?」

「確認するかどうかの違いで、どのみちバレバレなんだろ?」

「最初はなんの冗談かと思うたけどね。よく考えたら、にーさんの知識が既に冗談みたいなレベルやからね。まあ……納得やね」

「そうか。一応言っておくけど……」

「分かってる。言いふらすつもりはないから、安心してな」

「だったら良いよ、アカネは信頼してるし」

 俺がそう言った瞬間、アカネは紅い瞳を丸くした。そしてほのかに、頬も赤く染める。

「にーさんは相変わらず口が上手いねぇ。うちまでシスターズに入れるつもりなん?」

「いや、他意はないぞ」

「それは残念。にーさんに囲われて、遊んで暮らすのも悪くないと思ったんやけどねぇ」

「そんな打算的な妹はいらん」

「ふふっ、そうやろね。うちもいまは商売やってる方が楽しいわ。いまは、な」

 アカネにしては珍しいけど、俺をからかってるのだろう。耳からこぼれ落ちた赤毛を指で払い、悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「――話を戻すぞ。その鉄道馬車だけど、取り敢えずミューレの街からリゼルヘイムまでレールを敷こうと思ってるんだ」

「大々的に宣伝するのなら妥当な場所やろうね。なら、いつもどおり、後はねーさんと話し合って決めたらええか?」

 それはいつものパターン。だけど俺はそれに待ったをかけた。

「今回の件は、俺が主体で進める予定なんだ」

「……ん? そうなん? うちはかまわへんけど……どういう風の吹き回しなん?」

 いつもと違った流れに、アカネが紅い瞳を妖しく輝かせた。なんらかの問題が起きていることを察したのだろう。さっきまでとは違う、張り詰めた空気を醸し出している。

 そんなアカネに向かって、俺は「実は……」と、切り出す。


「クレアねぇに、お見合い話が一杯なんだ」

「…………はあ。それで?」

「グランシェス家を牛耳ってるのが、クレアねぇだと思われてるのが原因なんだ。だから、俺が表舞台に上がることにした」

 大まじめに訴える俺に対し、アカネはなぜか窓の外を見上げた。それに釣られて、俺も窓の外を見上げる。秋の長雨はまだ続いていて、アリスが造った透明な窓硝子を伝い落ちている。


「……はぁ、今日も良い天気やねぇ」

「いや、思いっ切り雨が降ってるんだけど」

「にーさんは、雨が嫌いなんか? うちは恵みの雨やと思うんやけど」

「まあ、そう言う考え方もあると思うけど……って、そうじゃなくて」

「ねーさんの件なら、にーさんが告白したら済む話やないの?」

 いきなり話題が戻った。そしてその通り過ぎて反論が出来ない。


「なんや、そう出来へん理由があるん?」

「理由というか……さ。俺はなんて言われてるか知ってるか?」

「姉妹ハーレム伯爵」

「ちっがーうっ! そっちじゃなくて、世間一般にだよ」

「世間一般にも似たような呼び名で――」

「聞きたくないっ! そんな事実は聞きたくないから! 俺が言ってるのはそっちじゃなくて、お飾り当主の方だよ」

「あぁ……そっちか。たしかに聞いたことはあるけど……それは情報収集能力が低い人間だけが言うてることやから、別に気にする必要はあらへんのとちゃう? むしろ、それ言うてる方が恥ずかしいパターンやで?」

「いや、それは知ってるんだけどさ……」

 例えば相手が貴族や商人なら、その法則は当てはまるのかもしれない。けど、一般人なんかは知らなくて当たり前。それは無理からぬことだ。

 つまり割合で言えば、俺がお飾りだと思っている人間の方が圧倒的に多い。


「いまクレアねぇと付き合ったとして、その関係を公表したら、間違いなくクレアねぇに迷惑がかかるだろ?」

 お飾り当主よりも、うちの息子の方が――とか、クレアねぇは男を見る目がない――とか。色んな噂が立つのは想像に難くない。

 クレアねぇなら、そう言った悪評を一掃することすら、弟くんのためだからって言ってくれるとは思う。けど出来ることなら、そんな苦労はかけたくない――という訳だ。


「なるほどねぇ。なんというか……男の見栄、みたいな感じなんか?」

「身もふたもないことを言うな。まぁ……否定はしないけど」

 たぶんクレアねぇだけじゃなく、アリスやソフィアもさっさと告白した方が良いって言うだろう。それは判ってる。だから……やっぱり男の見栄みたいなモノなんだろう。

 ……しょうがないだろ。分かってても、やっぱり格好つけたいんだから。


「と、いう訳で、だ。今回の鉄道馬車については俺が主導で行いたいんだけど……構わないか? もちろん、クレアねぇには話を通してあるんだけど」

「そういうことなら、むしろうちは歓迎やよ。うちとしても、にーさんに目立ってもらった方が嬉しいからね」

「……そうなのか?」

「うちはほら、グランシェス家との繋がりが出来て急に大きくなったやろ? せやから、やっかむ連中が多いんよ」

 詳しく聞けば、俺経由でナマモノの取引する権利を手に入れたから、お飾り当主に体を売って取り入った――見たいに言われているらしい。

「なんか……すまん」

 まさか、アカネにまで迷惑をかけてるとは思ってなかった。

 一つ一つはそれほど大きな問題じゃないはずだけど、目立ちたくないってだけの理由で、どれだけの人に迷惑をかけるんだって話である。


「別に気にする必要はないけどね。にーさんが街道に行くつもりなら、一つ忠告しとくわ。最近リゼルヘイムへ向かう街道で、盗賊の類いが出没してる、なんて噂があるんよ」

「……盗賊って言うと、商隊から積み荷を盗んだり?」

「いや……それが、交易馬車が乗組員ごと行方不明になったりしてるみたいなんよ」

「乗組員ごと? それは、雇われ商人が馬車ごと積み荷を持ち逃げしたとか?」

「うちが雇った者達やからね。それはないと思うんやけど……その辺も含めて調査中なんよ。もう少しなにか分かったら報告させてもらうわ」

「……ふむ。そっか。もし必要なら、うちの騎士とかも遠慮なく使ってくれ。周辺の治安維持も、領主としての務めだからな」

「ありがとう、そうさせてもらうわ」

 ……しかし、交易馬車が行方不明か。原因不明って話だけど、きな臭いのも事実。鉄道馬車を開発する際は気を付けなきゃ、だな。



次話は26日を予定しています

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