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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第五章 想いを伝えるために

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エピソード 1ー6 決意の切っ掛け

 いきなりだけど、渓谷と聞いてどんな場所を思い浮かべるだろう?

 俺は平坦な大地に出来た大きな裂け目というイメージだったんだけど、たどり着いたのは双子の山のあいだにある広大な土地。俺のイメージとは違う地形だった。

 敷地も広く、山間の隠れ里とかがありそうな光景だ。道中も多少の坂道がある程度で、現地のすぐ近くまで馬車で訪れることが出来た。

 そんな訳で、たどり着いた現地。

 なにやら坑道っぽい入り口に、十数名の作業員がたまっている。


「すみませーん。代表者はいらっしゃいますかーっ」

 馬車から降りたティナが作業員達に向かって叫ぶ。ほどなく、一人の男がやって来た。四十前後くらいだろうか? 髭を生やしたたくましそうなおっちゃんである。


「わしが現場監督のギリアムだ。あんたらが、グランシェス家が使わしてくれたという、技術屋……なのか?」

 ギリアムと名乗ったオッチャンがティナに向かって尋ねる。

「初めまして、私はティナ。グランシェス家の使用人でございます。そしてこちらがグランシェス家の御当主様のリオン様と、その義妹であらせられるソフィア様でございます」

「よろしくな、ギリアムさん」

 馬車から降りた俺は軽く会釈をする。続いて、一緒に下りたソフィアもふわりと微笑んだ。


「ほう……お前さんがあの、姉妹ハーレム伯爵か」

「なにその不名誉な呼び名!?」

 反射的に叫んでしまう。とうのギリアムは何処吹く風といった様子だが、向こうで作業をしている連中が、何事かとこちらを見た。

 いかんいかん。気を付けないと、みんなを怯えさせるのは良くないと咳払いを一つ。何処でそんな噂を聞いたんですかと尋ねると、トレ坊だという答えが返ってきた。

「トレ坊?」

「トレバー様のことだ」

 あいつかよ、許すまじ。あとで覚えとけ……


「なんにしても、お前さんが姉妹ハーレム伯爵だと言うのなら話は早い」

「うん。まずはその呼び名について、お話、しようか?」

「おおっと、すまんすまん。トレ坊から色々聞いていたモノでな」

「さっきから気になってたんだけど……ギリアムさんはトレバーと仲が良いのか?」

「トレ坊のことなら子供の頃から知っておる。それでお前さんは堅苦しいのが嫌いだと聞いておったんでな。普通にしゃべらせてもらったんだが……失礼だったか?」

「いや、そう言うことなら構わないぞ」

 俺にとってのミリィや、クレアねぇにとってのミシェルみたいな感じなんだろう。俺と同じことを考えているのか、ソフィアもティナも大人しい。問題はないだろう。


「そうか。なら姉妹ハーレム伯爵。早速本題に」

「――入るのは良いけど、その呼び方だけは止めてくれ。俺のことはリオンで良いから」

「ならリオン、早速だが、鉱山の安全な掘り方について教えてくれ」

「分かった――と言いたいところだけど、まずは状況を教えてくれるか。なんかいきなり落盤を起こしたとか聞いてるけど」

「分かった。まずは――」

 そんな前置きを一つ、ギリアムは崩落が起きるまでどんな風に掘り進めていたのかを教えてくれた。それを簡単に纏めると――まさにクレアねぇから聞いた通りだった。

 支保工(しほこう)もろくに設置せず、ただ真っ直ぐに掘り進めていたらしい。

 ちなみに支保工と言うのは崩落を防ぐための壁や柱で、坑道のモノは鳥居みたいな形をしているのが一般的だ。


「そうだなぁ。詳細は調査してみないと分からないけど、話を聞いた限りでなら、安全策を講じていけば問題ないと思う」

「ほう。その安全策というのは?」

「まずは正しい知識を得ることだな。崩落がどういう状況で発生するのか正しく知れば、事前に察知することが出来るからな」

 例えば崩落の前兆として、壁にひび割れが起きたり、天井からきしみ音が発生する。または水が漏れだしてくるなんて分かりやすい予兆もある。

 それらを定期的に調査することで、崩落を事前に察知する確率を上げる訳だ。


「つまり……崩れる前に逃げろと言うことか?」

「いまのはそう言う対策だな。もちろん、崩れないようにする安全策もあるぞ」

「ほうほう。それはどうやれば良いんだ?」

「難しいことじゃない。支保工を全域に施せば良いだけだからな。特に危険な場所にはコンクリートや鉄筋を使えば完璧だ」

「おいおい。簡単に言ってくれるな。それだけの材料を持ち込むのがどれだけ大変か分かっているのか?」

「分かってるよ。だから、その手段も考えてある」

 ちなみに、トロッコのことだ。アリスが蒸気機関とか言っていたので思いついた。


「ふむ。その手段とやらはあとで聞くとして、ともかく崩落を防げるというわけだな?」

「経験と知識がものをいうからな。経験がない以上、最初からゼロというわけにはいかないかもだけど……安全性は格段に上がるはずだ。他にも――」

 メタンガスは高いところにたまり、二酸化炭素は下にたまるため、ガスが抜ける構造にしつつ、酸素の供給をおこなうこと。更には、わき出るであろう水を抜くためのポンプなど、俺は様々な対策を説明していった。

 そうして一通りの話を終えた頃、街道の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「師匠――っ、久しぶりだな!」

「久しぶりだな。って言うか、いつまで俺のことを師匠って呼ぶ気だ?」

 ブラウンの髪に緑の瞳。実際は意外に良い奴なんだけど、軽薄そうな見た目をした青年。言わずとしれたトレバーである。

 そんな彼が俺を師匠と呼ぶようになった原因は、俺が入学早々にソフィアとアリスの二人を口説き落としたと思い込んでいたから。

 けど、実際は最初から仲が良かっただけ。それを知ったいま、俺を師匠と呼ぶ理由はないはずなんだけど……


「なに言ってるんだよ、師匠。師匠は師匠に決まってるじゃないか。聞いたぜ。今度はリーゼロッテ姫様まで口説き落としたって!」

「ちげぇよ。義妹にしただけだ」

「それは師匠にとって、ハーレムにくわえたのと同じ意味だろ?」

「だから違うって。それは一部の人間が言い張ってるだけだ」

「一部の人間って、例えば?」

 トレバーに聞き返されて、そうだなぁと考える。

「アリスとソフィアとクレアねぇ。あとはクレインさんに……ティナとリアナとリズもそうか。でも他には……エイミーとアカネがいたな。それ以外は、ミシェルとミリィ母さんくらいじゃないか?」

「師匠の関係者のほぼ全員じゃねぇか。しかも当事者がいるし」

「……そ、そうとも言うかもな」

「そうとしか言わないだろ」

「むう……」

 あらためて考えると、俺の方が圧倒的に少数意見なんだな。むしろ俺と親しい人間で、義理の姉妹は恋愛対象じゃないと思ってる人間の方が思いつかない。

 あえて言うならアルベルト殿下だけど……妹のリズと結婚しようとしてたしなぁ。


「……まあ、好きに呼べば良いけどさ。変な噂を広めるのは止めてくれよ」

「ん? なんの話だ?」

「ギリアムさんにあれこれ教えただろ?」

「あ、あぁ、そのことか。すまん!」

 いきなりトレバーが頭を下げる。話の流れ的に、姉妹ハーレムは事実だろとか返ってくると思っていたので、少し意外に思って驚いた。

 だけど、続けられたトレバーのセリフに首をかしげることになる。

「師匠が表舞台に立ちたがらないのは知ってるけどな。ギリアムとは昔からなんでも話す仲だから、ついつい話しちまったんだ」

「表舞台って……むしろ日陰者になりそうな話なんだが?」

「……ん?」

 首をかしげる俺に、トレバーまで怪訝な表情を浮かべる。どうやら、なにか思い違いをしているらしい。


「ええっと……トレバーはなんの話をしてるんだ? 俺が言ってるのは、姉妹ハーレム伯爵なんて変なあだ名を教えたことだぞ?」

「あーあーあーっ、そっちのことか。なんだ、それは事実じゃねぇか」

 やっぱり予想どおりの反応じゃねぇか。こんちくしょう。なんて思いつつも、「違うからな?」と否定しておく。


「いやでも、実際にシスターズとか作ってるだろ?」

「あれはみんなが作っただけで、俺が望んで作ったわけじゃないぞ。……と言うか、トレバーは一体なにと勘違いをしてたんだよ?」

「ん? あぁ、グランシェス家が広めた技術の多くは、師匠が生み出したって話だよ。あんまり人に知られたくないって言ってただろ?」

「あぁ、ギリアムさんに教えたことを咎めたって思ったのか。前にも言ったけど、俺が目立ちたくないのは、変なしがらみを抱えたくないだけだからさ。トレバーが教えても良いと思った相手なら、別に気にしたりはしないぞ」

「そっか。へへっ、そう言ってくれるとちょっと嬉しいぜ」

「気にしなくて良いって」

 そもそも、だ。俺が表舞台に上がらないようにしていたのは、クレアねぇが自分の力でなにかを成し遂げたいと願っていたから。

 クレアねぇが表舞台で活躍しているいま、俺が裏方で居続ける理由はない。

 それに情報伝達の遅い環境だから、いまはまだ俺がお飾りだって思ってる人間が多いけど、それも時間の問題だろう。


「ところで、父達が見当たらないが……ここに来たのは師匠達だけなのか?」

「ん? あぁ、俺達だけの方が気楽だからな」

 同行を断られたという訳にもいかず、そんなセリフでお茶を濁す。

「そう、か。もしかして、父が失礼なことをしたか?」

「いや、別に――」

「――あのおじさん、すっごく失礼だったよ!」

「やはりそうか。すまない。父に代わって謝罪しよう」

 横から口を挟むソフィアに対し、トレバーが申し訳なさそうに頭を下げる。

 ……と言うか、ソフィアさん? キミは人の心が読めるくせに、どうしてそんな空気を読まない発言をするんですかね?

 ――てな感じで視線を向けたら「大丈夫だよ」と微笑まれてしまった。


「トレバーさんはね、以前のリオンお兄ちゃんと同じなの」

「俺と同じ?」

「優秀な次男は疎まれるってことだよ」

「俺は別に優秀じゃ……優秀?」

 途中で首をかしげたのは、トレバーが優秀だと聞いて疑問を抱いたからだ。

 けど考えてみれば、トレバーはしっかりミューレ学園を卒業してるからな。その辺の人間よりは十二分に優秀と言えるだろう。たぶん、きっと。


「トレバーの事情は分かったけど、それがさっきの大丈夫とどう関係があるんだ?」

 メイソンさんとは仲が悪いから、俺達が悪口を言っても大丈夫だって意味か? と、声には出さずに尋ねる。

 ソフィアはそれを読み取ったのだろう。「それもあるけど――」と言いながら、トレバーへと視線を向けた。

「ねぇトレバーさん。メイソンさんに、私達が機嫌を損ねてたって教えて良いよ。もちろん、リオンお兄ちゃんが、グランシェス家の実権を握ってるって話と一緒にね」

「……ソフィアちゃんはなにを考えてるんだ?」

「トレバーさんの予想している通りのことだよ」

 困惑気味のトレバーに対し、ソフィアは深紅の瞳を妖しく輝かせた。俺はそんな二人のやりとりを横目に、どういう意味だろうなと考える。


 率直に言って、メイソンさんは俺がグランシェス家に対して影響力を持っていないと考えているはずだ。だから、俺に対してぞんざいな対応をした。

 そんな彼に、俺の立ち位置を教えて、機嫌を損ねていると伝える。そうするとメイソンさんは焦るだろう。例えば……そう。俺がクレインさんを怒らせて焦ったときのように。

 実際のところ、あの程度で子爵家をどうこうなんて大人げないマネはしないけど、メイソンさんにはそれが分からない。だから、俺の機嫌を取る必要が出てくる。そしてその手段として最も有効なのが、友人であるトレバーに仲裁させる方法だ。

 メイソンさんは、疎ましく思っているトレバーに頼らざるを得ない――てな感じかな。


「俺を気づかってくれてるのか? ソフィアちゃんの気持ちはありがたいけど、俺は別にこの家を継ぎたいと思ってるわけじゃないんだ」

「でも、お父さんやお兄さんに認めてもらいたいって思ってるでしょ?」

「それは……」

「それにトレバーさんは、レリック家はこのままじゃダメだとも思ってる。周囲の技術が躍進していく中、メイソンさんは変化を恐れているから」

 心を読んでいるのだろう。全てを知っているかのようにソフィアが語る。それに対して、トレバーは深緑の瞳を見開いた。

「……さすが、学園の魔女と呼ばれてただけのことはあるな。たしかにその通りだよ。けど、その目的のために、師匠達を利用するって言うのはなぁ」

「それは問題ないよ。お兄ちゃんは、トレバーさんに恩返しをしたいって思ってるから。だよね、お兄ちゃん」


 ソフィアに問いかけられるけど、本音を言うとちょっと考えが纏まってない。俺はソフィアみたいに、レリック領の事情を全部把握してるわけじゃないからな。

 とはいえ、トレバーには色々と世話になったし、いまでは友人みたいに思っている。だから、トレバーの助けになるのなら、好きにしてくれて構わないぞと告げる。

 だけど――

「そういってくれるのはありがたいんだが……」

 トレバーは何処か困ったように苦笑い。

「まあ、言いたくなきゃ言わなくて良いんじゃないか? 俺は別に、今回の件を問題にするつもりなんてないからさ」

「無駄だよ、リオンお兄ちゃん。リオンお兄ちゃんが問題にしなくても、ティナお姉ちゃんはクレアお姉ちゃんに報告するつもりだから」

 ソフィアの発言を受けて、そうなのかとティナを見る。ついさっきまで俺達の話を無言で聞いていたはずの彼女は、露骨に明後日の方向を見つめていた。

 だけど、俺がじぃっと見続けていると、耐えきれなくなったのだろう。やがてため息まじりに、俺の方へと向き直った。


「たしかに、私は今回の件はクレア様に報告するつもりです」

「それは……クレアねぇを通じて、レリック家に苦情を入れるって意味なのか?」

「ええ、端的に言えば」

「止めてくれよ。そんな大事にするような話じゃないだろ?」

 たかだか俺がぞんざいに扱われた程度で――と思ったんだけど、ティナはこれだけは譲れませんと首を横に振った。


「リオン様があの程度のこと、気にも留めていないのは分かっています。ですが今回は、グランシェス家当主として公式に訪問しているんです。それをぞんざいに扱われたなどと誰かの耳に入れば、グランシェス家が軽く見られます。そしてそうなると……」

「クレアねぇに迷惑がかかり、レリック家も窮地に陥る、か」

 なるほどね。俺がどう思っているかではなく、貴族としてのメンツの問題。放っておくことで事態が悪化し、クレアねぇにまで迷惑がかかると言われたら……俺に反論の余地はない。


「悪いんだけど、そういう事情らしい。だから今回の件はトレバーの口から、メイソンさんに言っておいてくれるか?」

「……分かった。そういう理由なら、間違いなく伝えておくよ。色々気を遣わせたようですまないな、師匠」

「いや、こっちこそ」

 本当は権力を笠に威張るとかしたくないんだけどな。ソフィアやティナに嫌な思いをさせてしまったし、クレアねぇにも迷惑をかけているなら話は別だ。

 今回の一件、きっちり解決することにしよう。

 

 

 一刻の長さについてですが、ご指摘があったので説明しておきます。

 一刻は二時間を想定しています。なので半刻が一時間、四半刻が三十分となります。

 また一刻に関しては、初出である部分に加筆しました。

 ただ、この世界には時計が存在しないため、現時点ではかなり曖昧な時間になっています。作中にある短時間の経過は、リオンの主観による影響が大きいことをご了承ください。

 

 次話は20日を予定しています。

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