エピソード 1ー5 お飾り当主であるがゆえに
――初秋のある日。俺とソフィアとティナの三人は護衛のエルザを伴って、採掘の視察や支援をするためにレリック子爵家を訪れていた。
トレバーの実家と言うことで、彼が出迎えてくれることを期待したんだけど……出迎えてくれたのは中年男性と、俺より少し年上の青年だった。
「本日は遠方よりご足労頂きありがとうございます。私がレリック子爵家の当主、メイソンと申します。そしてこいつが息子のネイサン。以後お見知りおきを」
メイソンが恭しく頭を下げ、それに続いてネイサンが頭を下げる。ただし、俺ではなくソフィアに向かって、だ。
これは俺の予想だけど、グランシェス家の当主が視察に向かうという連絡を受けて、当主代理であるクレアねぇがやってくると勘違いしていたのだろう。
取り敢えず、俺は彼らに恥を掻かせないように、さり気なくソフィアの前に移動。こちらこそ初めましてと応じた。
「グランシェス伯爵家当主、リオン・グランシェスです」
地位的にはこちらが上だけど、相手は年上なので丁寧な口調で名乗る。それに対し、彼は少し失望する様な表情をにじませた。
「そうですか。貴方がリオン様ですか。噂は聞き及んでいます」
噂とか、ろくなモノじゃない気がする。相手の態度を考えても、その予想は当たっているだろう。という訳で、墓穴は掘りたくないのでスルーしておく。
「それでリオン様。お連れのお二人はどなた様でしょう?」
「義妹のソフィアに、領地経営の補佐を務めるティナです。今日の視察の補佐をして貰うために連れてきました」
「おぉ、ソフィア嬢というと、多くのスウィーツを生み出したというあの! 噂はかねがね聞き及んでおります。ぜひ、よしなに」
「……ソフィア・グランシェスです」
気さくに話し掛けるメイソンに対し、ソフィアは素っ気なく答えただけだった。
スカートの端を摘んで膝を曲げる作法、カーテシーは本来目上の者に使う作法だから、この場合は言葉だけでもおかしくはないけど……いくらなんでも愛想がなさ過ぎだ。
メイソンもちょっと戸惑っている。なので俺は、「すみません。ソフィアは少し人見知りなもので」とフォローを入れておいた。
「そ、そうでしたか。こちらこそ、馴れ馴れしくしてしまったようで申し訳ない」
「いえいえ。それより早速で申し訳ないんですが、鉄鉱石の採掘場を視察させて頂いてもよろしいでしょうか?」
理由は判らないけどソフィアが不機嫌なので、俺はさっさと本題に入る。
「そうでしたな。では現場まで使用人に案内させましょう」
そう言ったメイソンさんが、使用人に指示を出そうとする。だけどそれより一瞬早く、ティナが「失礼ですが――」と口を挟んだ。
「メイソン様は視察にご同行されないおつもりですか?」
「申し訳ありません。我々には対応しなければいけない案件も多く、今日は屋敷を空けることが出来ないのです」
「……伯爵家の当主が視察に来ているんですよ? 勝手に見て回れと言うつもりですか?」
「いえいえ、まさか。当家の使用人にちゃんと案内させますので、どうかそれでご容赦を。それに……視察と言っても、採掘場を見て回るだけでしょう?」
お前が視察をしても、分からないだろうと言う意味を含んでいるのだろう。どことなく蔑むような口調だ。
それを聞いたティナが小さな手で拳を握りしめ、一歩前に出た。
「メイソン様――」
「ティナ、俺は構わないから」
なおも言いつのろうとするティナをやんわりと諭す。そうして、ありがとうなと声をかけて、俺の後ろへと下がらせた。
「メイソンさん、現場の監督は現地にいるんですか?」
「ええ、それはもちろん」
「なら問題ありません。地図だけ頂ければ、我々だけで現地に向かいますので」
それだけを告げ、俺達はさっさとその部屋から退出した。
現地までは馬車で四半刻。メイソンさんはすぐに案内役と送迎の馬車を手配すると言ってくれたんだけど、俺はそれを丁重にお断りした。
理由は単純。
「むーむーむーっ!」
見ての通り、ソフィアが思いっ切り不機嫌だったから。レリック家の人間がいるあいだは我慢してくれていたけど、案内役がついて回るとなるとそうもいかないだろう。という理由だ。
ソフィアも我慢の限界だったんだろう。山間にある採石場へと向かう街道で馬車に揺られながら、ソフィアはずっと不機嫌そうにうなっている。
とは言え、ソフィアはゆるふわの金髪に、吸い込まれそうな紅い瞳を持つ、ビスクドールのような美少女。ふくれっ面で唸る仕草も可愛らしい。
なので、よしよしとその頭を撫でてみる。
「……むぅ? ちょっと、リオンお兄ちゃん? なに?」
ソフィアはちょっと驚いたような顔で俺を見る。だけど俺は無言で、ソフィアの頭をわしゃわしゃとなで続けた。
「くすぐったい。くすぐったいってばぁっ。もぉ……めっ、だよ!」
ペチンと、手をはたき落とされた。その姿はやっぱり可愛いんだけど……やりすぎると本気で怒られそうなので、取り敢えず自重して話を聞いてみよう。
「ソフィアはなにをそんなに怒ってるんだ?」
「だって、すっごく失礼だったじゃない、あのおじさん!」
「そうですよ! 伯爵家の当主が、わざわざ視察に足を運んでるんですよ? 自分は用事があるから同行しないとか非常識です!」
ソフィアのセリフに、ティナが激しく同意する。馬車に乗ってからなにも言わないから、怒りを収めたのかと思ってたら……内心では怒ったままか。
「……まぁ、親切とは言いがたいけど、そこまで酷くはなかっただろ?」
取り敢えず、二人をやんわりと諭してみる。
「表向きはね。でもあのおじさん、本当は忙しくなんてなかったんだよ? それなのに、お飾りの当主の相手なんてしても、なんの得にもならないって、同行を断ったの」
恩恵で彼の心を読んでいたんだろう。ソフィアが不機嫌そうに言い放った。
なるほどね。それならあの態度も納得だ。俺が失望させるような言動をしたのかと思ったけど、俺の存在自体に失望してた訳だ。
でもまぁ表向きは、クレアねぇがグランシェス家を仕切ってることになってるからな。お飾り当主だと見下されてもしょうがない。
トレバーの身内が俺のことを知らないのは、少し意外だけどさ。
「リオンお兄ちゃんはすっごく頑張ってるのに、それをお飾りとかほんっと失礼だよね。あのおじさんの首をお飾りしちゃおうよ!」
ソフィアは短剣を隠し持つスカートの裾をぽふぽふと叩く。
ブラックジョークだと思うけど、ソフィアが言うとシャレにならない。いや、シャレこうべ(さらし首)にはなるかもしれないけど……こほん。
「ソフィア、本気じゃないと思うけど、あんまり物騒なことを言っちゃダメだぞ」
「――そうだよ、ソフィアちゃん」
俺に賛同したのはティナだ。本来はクレアねぇを補佐する使用人と、その家のご令嬢って言う間柄なんだけどな。学園からの付き合いだから、ずっと友達のように接している。
クレアねぇやアリスは良くも悪くもとんでもないことしか教えないけど、ティナはソフィアの良心とも言える存在だ。
そんなティナが、ソフィアを諭すように続けた。
「そんな物騒なことをしなくても、グランシェス家はレリック家と仲が悪いって噂を流せば良いんだよ」――と。
さすがティナ。それなら、俺達が直接手を下すまでもなく、みんながレリック家を追い詰めてくれるだろう……って、追い詰めてどうする。
「ティナまでなに物騒なことを言ってるんだ? そもそも、レリック家はトレバーの実家なんだぞ? 恩人に迷惑掛けたらダメだろ」
「そ、そうでした。申し訳ありません」
「分かってくれれば良いんだけど……」
「レリック家の次男とは仲良しだけど、当主と長男とは仲が悪いという噂にします」
「だーかーらーっ! なんでそう物騒な発想が出てくるんだよ」
普通はそんなことを言っても、なにも起きないはずだけどな。うちはこの国の影の支配者とまで言われているグランシェス家だ。
俺があいつ嫌いとか言った日には、周囲の人間が子爵家を本気で潰しそうな気がする。
「ご安心ください。世間話でうっかり、他の家の使用人に情報を漏らすだけですから。リオン様が動いたと思われることはありません」
「だからダメだって。と言うか、そんなことをしたら、クレアねぇに怒られるぞ?」
「それなら問題ありませんよ?」
あっさりと言い放つ。そんなティナの様子に非常に嫌な予感を覚える。
「一応聞いておくけど……なんでだよ?」
「リオン様に仇なす敵は、グランシェス家の全てを使って叩きつぶして良いと、クレア様より許可を頂いていますので」
「クレアねぇの奴は、ホントにもう……」
もうちょっと自分の権力とか、影響力とかを考えて発言して欲しい。……いや、考えた上での発言なのかもしれないけどさ。
「とにかく、俺がお飾り当主だって噂されてるのは事実なんだからさ。それを信じてるからって理由で、害を為すようなマネをしちゃダメだ。これ、当主としての命令な?」
「ですが……リオン様がお飾りでないことは、少し調べれば判ることなんですよ?」
「それでも、だ。そもそも俺に気づかう必要はないって、いつもみんなに言ってるだろ? ちょっと失礼な態度くらい今更だ」
例えば――アカネ。俺は気にしたことないけど、ため口でにーさんと呼ぶし、礼儀うんぬんだけで考えるなら、メイソンさんの方が百倍マシだと思う。
「リオン様を蔑ろにするのと、リオン様と仲良くするのは違います」
「む、そう言われるとあれだけど……」
アカネは俺と親しくしてくれているからこそのため口。俺が構わないと言った結果、身分を無視してため口で話してくれている。
けれどメイソンさんは、表向きは敬語で、実際には俺を見下した態度を取っている。
それを一緒にするのは……たしかに、アカネに失礼ではあるな。
「言い分は分かったけど……それでもダメだ。領民を蔑ろにしてるとかなら許せないけど、俺を蔑ろにしてるのが気に入らないなんて個人的な理由で権力を振るっちゃダメだ」
「リオン様……分かりました。リオン様がそこまで仰るのなら、私も必死の思いで耐え難きを耐えることにします」
……そんなに耐えなきゃダメなレベルなのか。そんな風に言われるとちょっと申し訳ない気もするけど、ここは我慢してもらうことにしよう。
「ソフィアも、物騒なことを考えちゃダメだぞ?」
「……リオンお兄ちゃんがそう言うなら、ソフィアも我慢するけど……でも良いの? あのおじさんが息子を同行させてたのって、クレアお姉ちゃんに縁談を申し込むつもりだったから、だよ?」
「………………………………へぇ」
なるほど、なるほどね。なんでわざわざ長男を連れてきてたんだろうって疑問だったけど、そっかぁ。クレアねぇが来ると思ってたからかぁ……
「という訳だから、やっちゃおうよ!」
「そうだな――とか、言わないからな?」
「えぇ……」
すっごい不満そうだ。俺が本気で賛同すると思ってたんだろうか? いくら独占欲が強くても、俺はそんな理由で子爵家を潰したりしないぞ。
……トレバーの実家じゃなければ、自制が利かなかったかもしれないけどさ。
とまぁそんなことを考えながら、採掘場へと向かった。
こっそり、こっそーり、アリスとリオンが夕焼けの彩る教室でなにをしていたか、活動報告にショートショートをあげてあります。
ただし、閲覧の際はくれぐれもご注意ください。異世界姉妹本編が自重しない指数10だとしたら、活動報告にあげたショートは20くらいあります。
閲覧時に胸焼けや立ちくらみなどを起こした場合、直ちに現実に立ち返ることをおすすめします。
……まあ半分くらいは冗談ですが、計画も構成もなく思うままに書いただけなので、いろいろ責任は持ちません。突っ込みは受け付けますがw
次話は17日を予定しています。






