エピソード 1ー3 想いを告げるには
執務室を後にした俺は、廊下でお喋りをしていた二人に引き留められた。ブラウンの髪のメイドがミリィ母さんで、黒髪のメイドがミシェルである。
「……なんか、懐かしい組み合わせだな」
ミリィ母さんは、メイドとして変わらず俺の世話係を続けているけど、ミシェルの方は教職にかかりっきりになっていた。
この二人が一緒にいるのを見るのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。
「それで、俺に話があるって……なんの用事なんだ?」
ミリィ母さんに向かって問いかける。今年で三十二歳になるはずだけど、その外見はいまだに二十代前半と言っても違和感がないほどに美しい。
実際、現在は未亡人と言うこともあり、かなりモテるらしい。そんな母さんが、両手のひらを胸の前で併せながら、ぽつりと言った。
「実は、結婚しようかと言う話をしていまして」
「ななっ、ななっなあっ!?」
――ミ、ミリィ母さんが結婚!? だだだだ誰と!? い、いいいいや、動揺してる場合じゃない。おお、落ち着け、落ち着いて冷静に対処するんだ!
「……まずはクレアねぇに頼んで、相手の身元を調査だ。ミリィ母さんを再び悲しませないような相手か確認しないと」
「……リオン?」
「あとは……そうだな、ソフィアに頼んで、本人の過去や性格を調べよう。母さんを本気で大切に思ってるならともかく、もしそうじゃなければ――生まれてきたことを後悔させてやる」
「ていっ」
「いてぇっ!?」
額にびしっとチョップを食らった。母さんに叩かれるとか初めてな気がする。なんか、ちょっとショックなような、嬉しいような……
「落ち着きなさい、リオン」
「え? 俺は冷静だぞ。冷静に、今後の行動を考えてただけだ」
「よけい悪いじゃないですか。と言うか、私じゃなくてミシェルの話ですよ?」
「なんだ、ミシェルの話か。……そっか、ミシェルもついに結婚するのか、おめでとう! 心から祝福するよ」
ミシェルはミリィ母さんと同い年。ミリィ母さんと同じくらいの若さと美貌を保っているから、相手には困っていないはずだけど、この世界基準で言うと立派な行き遅れ。
俺達が頼りすぎなせいで結婚出来ないんじゃないかと、ちょっと心配していたのだ。
「……………………いえ、あの。良いんですけどね? 良いんですけど…………なんとなく腑に落ちないのは、どうしてなんでしょうね?」
せっかくお祝いの言葉を投げかけたのに、ミシェルはどことなく不満げだ。
「ミシェルが決めた相手なんだろ? それを当人でもないのにあれこれ口出しするなんて野暮、するもんじゃないと思うんだけど?」
「……言い分は正しいんですけど、数十秒前の自分の発言をお忘れになっていませんか?」
「ミリィ母さんは別なんだよっ」
「……良いですけどね。それより私は求婚されただけで、まだ結婚すると決めた訳じゃありませんよ?」
「あぁ、そうなのか? なにか不安があるのなら、身元の調査くらい引き受けるけど?」
「そう言うのは結構です」
……キッパリ断られた。人柄とか将来性とか、確認するのは重要だと思うんだけどなぁ。
「でも、結婚を決めた訳じゃないってことは、迷ってるんだよな? なにか力になれることがあるのなら、相談に乗るけど?」
パッと思いつくのは、相手がミューレの街以外に住んでいるパターンだ。どちらかが引っ越しをするのは、この世界の環境では大変だろう。
「……本当に、相談に乗ってくださいますか?」
「ミシェルには世話になったからな。任せとけ」
率直に言って、いまのグランシェス家は、お金でなんとか出来るたぐいの内容であれば、解決できないことはない。
ミシェルがなんらかのしがらみで迷っているのなら、問題なく解決出来るだろう。
――と、調子に乗った結果、
「では、早くクレア様を幸せにしてあげてください」
お金では解決出来ない要望を突きつけられた。
――僅かな沈黙。俺はクルリと身を翻した。
「それじゃ、俺はソフィアを探してるから」
「逃がしませんよ」
いつの間にか回り込んでいたミリィ母さんに行く手を阻まれる。
「……ええっと、ミリィ母さん。そこを通してくれると嬉しいんだけど?」
「ミシェルの相談に乗ってあげると言ったでしょう?」
「むぐぐ……分かったよ」
俺は仕方なく、本当に仕方なくミシェルへと向き直った。
「ええっと。取り敢えず、だ。クレアねぇの幸せと、ミシェルの結婚にどんな関係が?」
「言ったじゃないですか。私はクレア様が結婚するまで、独身でいるつもりだって。だから、クレア様には早く幸せになってもらわないと困るんです」
「クレアねぇの幸せを願うなら、急かすべきじゃないと思わないか?」
「そこは問題ありません。私は、早く結婚してあげてくださいと言っているのではなく、早く幸せにしてあげてくださいと言ってるので」
「なるほど……」
って、納得させられてどうする。
「あのさ。ミシェルはたぶん、そうやって俺に発破をかけてるんだと思うんだけど……悪いけど、その頼みは聞けないよ」
俺はキッパリと口にする。
その言葉に迷いがなかったからだろう。ミシェルは表情を曇らせた。
「……クレア様のことを好きではないのですか?」
「好きか嫌いかって言えば、もちろん好きだよ」
「だったら、なぜです。アリスさんや、ソフィア様とはお付き合いなさっているのでしょ? それなのに、クレア様だけ残されて、可哀想じゃないですか」
「俺もそう思う。でも、だからこそ、すぐには踏ん切りがつかないんだ」
「……どういう、意味でしょう?」
ミシェルは首をひねる。それを横目に、俺は窓際へと移動。窓辺に肩を預けて、そこから広がる空を見上げた。風が強いのか、雲が結構なスピードで流れて行っている。
「俺はアリスが好きだから、前世の妹であることに目を瞑って告白した。ソフィアが好きだから、アリスに申し訳ないと思いつつも告白した。障害が気にならなかったわけじゃない。障害がどうでも良くなるくらい、好きだったからだ」
「……クレア様には、そこまでの感情を抱いてないと?」
「そんなことはないと思う。けどさ。俺がいま思ってるのは、まさにミシェルが言ったことなんだよ。クレアねぇだけ待たせて申し訳ない――ってさ」
もしクレアねぇに告白するとすれば、クレアねぇに対する同情なんかじゃなくて、俺がクレアねぇと一緒にいたいからという理由で告白したい。
「俺がクレアねぇに告白するとしたら、それは俺が心からクレアねぇを欲しいと思ったときだけだ。だから、ミシェルに頼まれたなんて理由で告白は出来ない」
……本音を言うと、恥ずかしくて転げ回りそうだ。けど、ミシェルはクレアねぇの母親みたいな存在だから。俺は羞恥心に耐えつつ、心の内を打ち明けた。
そして、俺の話を聞き終えたミシェルは……深々と頭を下げた。
「……申し訳ありません、リオン様。お節介を申しました」
「いや、俺の方こそ心配をかけてごめん。もう少し気持ちを整理したら、クレアねぇの想いに答えるつもりだから、少しだけ待っててくれ」
「ええ、分かりました。それまで、私も結婚は待つことにします」
「……結婚はしても良いと思うぞ? と言うか、あんまり待たせちゃ相手が可哀想だろ?」
「リオン様にだけは言われたくありませんね」
「……そぅだな」
想いを告げられたのはかれこれ五年くらい前だもんな。……うん、さすがに待たせすぎだと思う。良く愛想を尽かされなかったものだ。
「ちなみに、ミシェルの相手ってどんな人なんだ?」
「……身辺調査はいりませんよ?」
「しないって。ただ相手が別の街に住んでるなら、引っ越しをどうするかとかあるだろ? 俺としては、出来ればミシェルにはミューレ学園で教師を続けて欲しいし――」
必要なら、相手の男にミューレの街での働き口を斡旋する――なんてことも考えたんだけど、ミシェルはそれなら大丈夫ですよと笑った。
「私に求婚してくれたのは、同じミューレ学園の教師ですから」
「ああ、そうなんだ。それなら問題は…………………え?」
あ、あれ? 現役の教師って、ミシェル以外はみんなミューレ学園の卒業生だよな?
そして、生徒はみんな十二歳前後で、一期生と二期生は全て女の子。つまり、ミシェルに求婚した相手は、ここ二、三年で卒業した生徒と言うことに……
「つかぬことを聞くけど……相手は何歳なんだ?」
「今年で十四歳ですよ?」
「おぉう……」
年の差が……十八のカップルか。この世界では良くあるとは聞いてたけど、まさかこんな身近にそのカップルが存在するとは思わなかった。
「……もしかして、ダメだったでしょうか?」
「ん? あぁいや、少し驚いただけだ。本人達が望んだなら問題ないぞ」
と言うか、俺自身が前世の妹やら、義理の妹やら、実の姉に惹かれてる訳で……年の差カップル程度、なんの問題も感じない。
……俺が麻痺してるだけなんだろうか? そう思ってミリィ母さんの横顔を盗み見るけど、彼女もミシェルの縁談を祝福しているようだ。
と言うことで、問題はないだろう。
「まあ結婚するつもりなら、わざわざクレアねぇを待たなくて良いと思うぞ。ミシェルが幸せになった方が、クレアねぇも喜ぶはずだ」
「そう、でしょうか? 『なにそれなにそれ、なーにーそーれーっ!? あたしはまだなのに、ミシェルばっかりずるいわよ!?』とか言われないでしょうか?」
「……なんか、妙に真に迫った演技だったけど、過去にそう言うことが?」
「時々ありますよ? クレア様はわりとだだっ子です」
「マジか……」
図らずもクレアねぇの秘密を知ってしまった。俺の前ではいつもお姉ちゃんぶってるけど、意外と子供っぽいところもあるんだな。
今度それをネタにからかう――のは、抹殺されそうだから止めておこう。取り敢えず……なんだっけ? そうそう、レリック領へのお誘いで、ソフィアを探してるんだった。
――ミューレの街の片隅。某金髪幼女がポケットマネーで作った建物の一室で、とある部活の定例会議が行われていた。
某教師「――と言うわけですので、シスターズから寵姫に昇格するには、同情だけでは難しいでしょう」
某どじっ娘「つまり、リオンお兄様をお慕いするだけではダメ。大切に思ってもらう必要があるということですわね」
某村長の娘「大切にって言っても……ソフィアちゃんくらいリオン兄様に大切に思ってもらうのって、ちょっと無理があるんじゃないかな?」
某洋服店の娘「そうだよね。私達にも気をかけてくれてるけど、アリスさん達はやっぱり特別だよ」
某参謀メイド「悔しいけど、私もクレア様に並べるとは思えません。それならまだ、無視できないほどの同情を集める方が現実的だと思います」
某教師「ですが、リオン様はすでに皆さんを気にかけていますよ。これ以上の同情となると……質ではなく量、シスターズを増やすとかでしょうか?」
シスターズ「「「「それだーっ(ですわっ)」」」」
――そして、歴史は繰り返される。
次話は11日を予定しています。






