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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第四章 過去の想い

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エピソード 4ー8 アリスチート再び

「精霊魔術で胃の中を洗浄しよう!」

 意識が混濁して水を飲ますこともままならない。そんなエリーゼさんの胃を洗浄するにはそれしかないと、アリスに向かって言い放つ。

 ――だけど、アリスはどこか困ったような表情を浮かべた。


「……無理だよ。リオンだって知ってるでしょ。人の体に宿る魔力が干渉を引き起こすから、他人の体に直接影響を及ぼすのは凄く難しいって」

「そうだな。でも逆に言えば、魔力が枯渇している相手なら可能だろ」

「エリーゼさんが本当に魔力素子(マナ)変換器不全なら可能だったかもしれないね。けどエリーゼさんは病じゃなくて、毒を飲まされただけ。不可能だよ」

魔力素子(マナ)変換器不全じゃなくても、魔力が枯渇してれば良いんだろ? なら話は簡単だ。自然に変換される以上の魔力を消費させれば良い」

「それって……まさかっ!」


 驚きに声を上げる。そんなアリスの髪に手を伸ばし、銀の髪飾りをそっと外した。その瞬間、髪飾りに刻まれていた紋様魔術の効果が解除され、アリスの右目が金色に変わる。

 俺はそれを見届け、今度はその髪飾りをエリーゼさんの髪へと取り付けた。

 エリーゼさんの瞳は最初からブルーだけど、アリスの瞳とは少し違う。左右の瞳を比べてみると、右目の虹彩が少し変化していた。紋様魔術が起動している証拠だ。

 そして、一般人が同時に維持出来る紋様魔術は三つ程度。それより多くの紋様魔術を起動させれば、時間と共に魔力が枯渇する。


「たしかに魔力を枯渇させれば、干渉を引き起こさないかもしれない。人体に直接影響を与える精霊魔術も不可能じゃないと思う。だけど……それでも、胃を直接洗浄するなんて高度な精霊魔術、いくら私でも無理だよ」

「だろうな」

 エリーゼさんの胃の中に水を生み出して洗浄。更には気道を確保しつつ、胃の中の水を排出する。とんでもなく繊細な制御が必要になるだろう。

 だけど――


「森で試した二人で精霊魔術を制御する方法。あれなら可能性はあるはずだ」

「……本気なの? たしかにあの方法なら、複雑な精霊魔術だって使える。だけど、もし失敗したら……」

 アリスはそこで言葉を濁した。けどその先は聞くまでもない。失敗したらあのときの粘土と同じように、エリーゼさんの内臓が押しつぶされると言うこと。

「そうだな。でも……このままで助かると思うか?」

 ニンニクの効果は即効性ではないし、世界樹の葉は生命力を上げるだけ。このままエリーゼさんの容態が悪化を続けたら、助かる可能性は限りなく低いだろう。


「それに、もし一命を取り留めたとしても、後遺症の可能性があるだろ?」

「そうだね。処置を施さないと無事では済まないと思う。けど、分かってる? もし精霊魔術の制御を失敗したら、私達がエリーゼさんを殺すことになるんだよ?」

「そうだな……」

 エリーゼさんを殺す結果になれば、俺達はきっと後悔する。その場合、ソフィアは俺達に後悔をさせてしまったと自分を責めるだろう。

 それは森で危惧したのと似たような状況。

 だけど――だ。

 ここで失敗を恐れ、その結果エリーゼさんを死なせてしまったら……俺は絶対に自分を許せない。それはきっと、最悪の結末だ。

 だから――


「少しでもエリーゼさんの生存率を上げるためなら、恐れずにチャレンジするべきだ。俺は絶対にエリーゼさんを救うって、ソフィアと約束したんだから」

「……覚悟があるんだね?」

「ああ。付き合わされるアリスには悪いと思うけど……いひゃい」

 頬をつねられた。シリアスな状況でなんてことをするかな。

「私だって同じ気持ちだよ。だから、巻き込むなんて言うと……ほっぺたつねるよ?」

「つねる前に言ってくれ。……と言うか、ホントに良いんだな?」

「もちろんだよ。私はリオンと一緒の道を歩むためにここにいるの。リオンが前に進むというのなら、例えそこが茨の道でもついていくよ」

「アリス……ありがとう」

 アリスが俺の隣を歩いてくれる女の子だって再確認して嬉しくなる。だけどそれと同時、俺の選択がアリスに影響を与えると理解して少し不安になった。


「そんな顔しないでよ。失敗しなければ良い話でしょ? 大丈夫、私とリオンなら、絶対成功させられるから!」

「……ああ、そうだな」

 あのときは十回くらいで成功した。確率にして十%程度。だけど、十回目でコツを掴んだとも言える。

 だから――あのときの十回目を、一度で掴み取る。俺とアリスなら出来るはずだ。俺は二人で精霊魔術を使う覚悟を決め――エリックさんに視線を向ける。


「エリックさん、エリーゼさんに精霊魔術を使いたいんですが……」

「もちろん否はない」

「いえ、あの……失敗したら即死する可能性もあるんですが、それでも――」

「――それでもだ。キミ達の話は聞いていた。その上でスフィール伯爵家の当主として正式に依頼する。だから失敗を恐れず、母に治療を施してくれ」

「エリックさん、それは……」

 俺は思わず息を呑んだ。わざわざ当主としての依頼だと明言した。つまりは、もし失敗したとしても責任は自分にあると、エリックさんは言っているのだ。


「弟くん、それにアリスちゃん。あたしの見立てでも、このままじゃエリーゼさんは助からない。だから、方法があるのなら試すべきよ」

「クレアねぇまで……」

 俺は思わず呆れてしまう。

 クレアねぇの医療知識なんて、俺と同じ程度。そのクレアねぇの見立てなんて宛てにならない。だと言うのに、クレアねぇはこのままじゃ助からないと断言した。

 その理由はエリックさんと同じ。あたしも責任を負うと、クレアねぇは言ってるのだ。


「……ほんと、お人好しばっかりだな」

 俺の呟きに、みんなが苦笑いを浮かべる。そんなみんなの思いに答えるためにも、失敗は許されない。俺は気合いを入れるために自分の頬を叩いた。


「ちなみにリオンくん、今の話はこちらからソフィアに伝えようか?」

「……ソフィアなら同意してくれるでしょう。だから、聞かなくて良いと思います」

 もちろん、それは建前だ。母親の生死に関わる決定に関わらせたくないだけのこと。それに気付いた三人が再び苦笑いを浮かべる。

 甘いとか、お人好しだとか言いたいのだろう。けどそれをいうなら、ここにいる全員が同類だ。だって、俺の意見に誰も反論しないのだから。


「それじゃ申し訳ないですが、エリックさんはセスを連れて退出して下さい」

「分かった、それじゃ後は任せる」

 エリックさんは頷き、セスを引き立てようとする。だけどそのセスが抵抗。俺に憎悪の籠もった視線を向ける。

「――なぜですか! なぜそこまでしてエリーゼ様を助けようとするのです! 彼女は貴方の父を殺したのでしょう? それを許すというのですか!?」

「……父を想うのなら、許すべきじゃないのかもしれないな。父はきっと、自分の妻を殺した者達を許さないはずだから」

「それならばどうして復讐しないのですか! 貴方にとって父親とは、その程度の相手だったんですか!?」

「――セス! 言って良いことと悪いことがあるだろう!」

 エリックさんが声を荒げる。そうしてセスを無理矢理に引きずり出そうとしたけど、俺はそれを待ってくださいと遮った。

 一刻を争う状況ではあるけど、こんな気持ちのままじゃ集中出来ない。だから――と、俺はセスの前に立った。


「俺はセスの言う通り、何年も前に亡くなった父より、いま側にいるソフィアの方が大切だと思ってるよ。それは間違いなく理由の一つだ。だけど……それがなくてもやっぱり、エリーゼさんを救ったと思う」

「……何故ですか?」

「父が俺に望んだのは復讐じゃなく、みんなの幸せだったから」

 父は復讐を願うことだって出来た。だけど父は最後の瞬間、俺にクレアねぇやミリィ母さんを頼むと言った。父は……俺に復讐を願わなかった。


「……復讐を誓った私が間違っているというのですか?」

「いいや。俺の父は復讐を願わなかったというだけの話だからな。あんたの息子が死に際になにを願ったのかは、俺には分からないよ」

「そう、ですか……」

 俺は自分のこれからのために、エリーゼさんを救おうとしている。だけど、セスは亡くなった息子を想うが故に、エリーゼさんに復讐をしようとしている。

 そんなセスが俺の言葉を聞いてなにを思ったのかは分からない。ただ彼は黙り込み、エリックさんに連れられて退出していった。

 そうして愁いを絶った俺は深呼吸を一つ、気持ちを入れ替えて振り返る。


「さて、と。それじゃ二人とも服を脱いでくれ」

「うん」

「分かったわ」

 なんの迷いもなく――けれど若干恥ずかしそうに、アリスとクレアねぇがブラウスを脱ぎ始めた。

「いやいやいや、俺が言い出したことだけど、もう少し戸惑うとか、こう……素直すぎやしませんかね?」

「エリーゼさんに服を着せて、紋様魔術を重ねて発動させるんでしょ?」

「いやまぁそうなんだけど……」

 ま、まあいいや。たしかにうだうだやってる余裕はないからな。と言う訳で、俺も紋様魔術の刻まれている上着を脱いだ。

 そうしてそれら全てをエリーゼさんに纏わせる。全ての紋様魔術が同時に起動、エリーゼさんの持つ魔力をどんどん消費し始める。

 この勢いなら、それほど時間を要せずに魔力を枯渇させられるだろう。


「アリス、今のうちに担当を割り当て……」

 アリスに視線を向け、俺は思わず黙り込んだ。当然と言えば当然だけど、アリスとクレアねぇの二人は揃って、上半身がブラしかつけていなかったからだ。

「ふふっ、なに固まってるのよ。あたしはともかく、アリスの下着姿なんて見慣れてるでしょうに」

「ううっうるさいなぁ。さすがにこんな状況には慣れてない!」

「ふぅん、アリスの下着姿を見慣れてることは否定しないんだぁ?」

「あーもうっ、からかうのは止めろっ。心配しなくても緊張はしてないから」

 俺の緊張をほぐそうとしたんだろうけど、その必要はない。失敗したらエリーゼさんが死ぬ状況とはいえ――いや、だからこそ、プレッシャーに負けたりはしない。

 大丈夫、俺はちゃんとリラックスしてる。だから、二人の下着姿を楽しむ余裕も……訂正。やはり少しだけ動揺しているようだ。


 俺は深呼吸を一つ、あらためてアリスと分担を決めた。そうして待つことしばし。エリーゼさんの起動していた紋様魔術が不安定になる。魔力が枯渇を始めたのだ。

 それを確認、俺はあらためてアリスを見た。

「さて……覚悟は良いか?」

「いつでも。アリスチートの名が伊達じゃないってところ、見せてあげる!」

 アリスチートって……その呼び名、いっつも不満そうにしてたのに――なんて思ったけど、いまはその言葉が凄く頼もしい。

「……分かった、アリスを信じるよ。それに俺だって何年もアリスと一緒に精霊魔術の練習をしてきたんだ。足手まといにはならない」

「うん、それじゃ――」

「――みんなでエリーゼさんを助けよう」

 ほどなく、アリスの感覚が俺の意識へと流れ込んでくる。俺はそれを受け入れ、アリスと感覚を共有。文字通り心を一つに、二人で一つの精霊魔術を発動した。

 そして――

 

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