エピソード 4ー6 復讐の条件
「――そんな、どうして!?」
全員の心を恩恵で読み終わったソフィアが声を荒げる。ソフィアの恩恵を前に隠し事を出来る人間なんているはずがないのに、内通者が見つからなかったからだ。
「落ち着け、ソフィア。……エリックさん。屋敷の人間はこれで全員なんですか?」
「他の町や村に滞在している騎士などはいるが、ここ数日で屋敷を離れた人間はいない。屋敷にいるのはこれで全員だ」
「そう、ですか……」
調合室にキモがあると知ってる人物は、昨日屋敷にいたはずなんだけど……なにかを見逃してるんだろうか?
「リオンお兄ちゃん。こうなったら、全員の心を読み取ってみる」
焦れたソフィアが声を上げる。それは、全力で恩恵を使うという意味。つまり、ここにいる全員の記憶を、追体験するレベルで読み取ると言うこと。
大半はただの使用人とは言え、ソフィアの精神にどんな影響を及ぼすか想像出来ない。そんなこと、許可出来るはずがなかった。
「全力で恩恵を使うのはダメだ」
「でも、このままじゃ犯人が見つけられないよ!」
「分かってる。だから、ソフィアが相手の反応を見て、一人一人確実に嘘を吐いていないか確認してみてくれ」
「……分かったよ。取り敢えずは、そうする」
取り敢えずという言葉が引っかかったけど、それこそ取り敢えずはそれに頷くしかない。そう思って、ソフィアに二度目の尋問を任せる。
その直後、アリスに袖を引かれた。
「……どうかしたのか?」
「三人組が屋敷の廊下を歩いてるよ」
「……三人?」
屋敷の人間は現在、クスリを制作中のセスを除いた全員がこの中庭に集まっている。もしや犯人かと思ったんだけど――
「たぶん……一人はクレアじゃないかな?」
「クレアねぇ? どうしてスフィール家に?」
「分からないけど、どっちにしても迎えに行った方が良いんじゃないかな。人を探してるみたいだよ」
「そうだな。ならソフィアはアリスに任せて良いか? 放っておくと、全員の記憶を全力で読み取ったりしそうだからさ」
「うん、こっちは任せて。クレア達は執務室の方へ向かってるよ」
「ありがと。それじゃ、ちょっと行ってくる」
アリスにこの場を任せて、俺はクレアねぇ達のもとへと向かった。そうしてほどなく、廊下を歩くクレアねぇを見つけた。
クレアねぇとミシェル、それにエルザの三人だ。
「クレアねぇ!」
「あ、弟くん。ちょうど良かったわ。どうして屋敷に誰もいないの? 見張りも誰もいないから、ちょっとびっくりしたわよ?」
「あぁ……いまちょっと訳ありで、屋敷の人間は全員中庭に集まってるんだ」
「訳ありって?」
「実は……ごめん。せっかくクレアねぇが頑張ってくれたのに、リュクスガルベアのキモが盗まれたんだ。それでソフィアが尋問中」
「……キモが? ……やっぱり、そう言うことなのかしら」
クレアねぇはぶつぶつと呟き、そのまま考えるような素振りで黙り込んでしまう。
「……クレアねぇ? やっぱりって、なにか知ってるのか?」
「あぁ、うん。まだ確定じゃないんだけどね。でも、キモが盗まれたって言うのなら、可能性は高いかもしれないわ」
「どういうことなんだ?」
「説明は後よ。薬師に話を聞きたいのだけど、中庭にいるの?」
「いや、彼は……今は調合室にいると思う」
「ありがとう。――そういう訳だから、ミシェル。エリックさんやソフィアちゃんを調合室に連れてきてくれるかしら?」
「かしこまりました」
ミシェルがクルリと身を翻す。それを見届けた俺は、改めてクレアねぇを見た。
「事情を説明して欲しいんだけど?」
「まだ不確定な話なのよ。だから、まずは薬師に確認させて」
「……分かった。調合室はこっちだ」
俺はクレアねぇたちを伴って調合室へと向かって歩き出す。
「その薬師は調合室でなにをしているの?」
廊下を歩きながら、クレアねぇが問いかけてくる。ちなみに、エルザは空気を読んでいるのか、無言で後ろをついてきているようだ。
「セスはエリーゼさんのクスリを作ってるはずだよ」
「……クスリを? キモが盗まれたなら、クスリは作れないはずでしょ?」
「なんか、完治させる薬は無理でも、世界樹の葉と地竜の爪があれば、いまの症状を抑えるクスリは出来るかもって話だった」
「……ふぅん」
再び黙考するクレアねぇ。気になるけど、いまは邪魔をしない方が良いだろうと、俺は黙って調合室へと案内した。
「ここが調合室だよ。――セス、少し良いかな」
「……なにかご用ですかな?」
部屋をノックすると、ほどなく部屋からセスが姿を現した。
「貴方が薬師のセスね?」
クレアねぇが出し抜けに問いかける。
「……確かに私がセスですが、貴方はどなたですかな?」
「あたしはグランシェス家のクレアリディルよ」
「ほう、貴方があのクレアリディル様ですか。わたしになにかご用でしょうか?」
「ええ。エリーゼさんの病気の件で、貴方に尋ねたいことがあるの」
「ふむ……良く判りませんが、どうぞ中にお入りください。あまり広い場所ではありませんが、椅子くらいはございますので」
「いいえ、ここで結構よ」
「……そう、ですか」
セスが戸惑いの表情を浮かべる。そしてそれは俺も同じだった。クレアねぇがこんな風に他人の好意を拒絶するのを見るのは初めてだったからだ。
そして、俺の中でまさかという思いが生まれる。
だけど、
「単刀直入に聞くわよ。エリーゼさんが結核性の魔力素子変換器不全と言う病に冒されているのは事実かしら?」
クレアねぇの質問は、俺の予想とは少し違っていた。そんな質問に対して、セスは慌てることなく「もちろんです」と答えた。
「……本当に?」
「ええ。間違いありません」
「あたしの情報網でも、魔力素子が変換出来なくて体調を崩すという病は確認している。けどそれは、魔力素子を変換する訓練を積むことで改善するとあるわ」
「……なるほど。さすがはグランシェス家を取り仕切るお方。博識ですな」
「病が嘘だと認めるのね?」
クレアねぇが翡翠の瞳をすぅっと細める。けれどセスは落ち着いた様子で、いいえと首を横に振った。
「貴方様が仰っているのは、魔力素子変換器不全でございます。ですが私が申し上げているのは結核性の魔力素子変換器不全。普通の処置では治らないのです」
「ふぅん……少なくとも理屈は通っているわね」
「もちろん。事実ですから」
「それじゃあ……貴方は結核の意味を知っているのかしら? その言葉は、あたし達が生み出した造語よ?」
正しくは、前世で使われていた‘結核’という単語を、この世界に存在する似た意味の言葉を組み合わせて作り出した言葉。
結核が原因っぽい症状の病のいくつかに結核性と名付けたが、それはあくまで症状から判断しただけ。細菌を確認している訳ではない。
それらの話を聞き終えたセスは沈黙した。その表情が引きつったようにも見える。だけど、それはほんの一瞬だった。
「もちろん存じ上げています。グランシェス家から送られてきた資料を見た結果、奥様の病が結核性だと判断したのです」
「判断、ねぇ。一体どういう基準で判断したのかしら?」
「長年の経験と勘によるモノです。ですから……もしかしたら、結核性などではないのかもしれませんな。ですが、ただの魔力素子変換器不全でないのは事実です」
ここに至って、俺もセスが怪しいと感じ始める。と言うか、露骨に怪しい。けど、決定的なボロを出さないのもまた事実。
その厄介さからか、クレアねぇは密かにため息をついた。
「……質問を変えるわ。貴方が特効薬だと言ったクスリだけど、どれだけ調べても記録になかったわ。それに地竜の爪に至っては、クスリになるという話すらないのだけど……本当にそんなクスリは存在するのかしら?」
「クスリに関しては、私も以前に古い書物で読んだだけなので、なんとも言えませんな」
セスはのらりくらりとクレアねぇの追及をかわし続ける。このままでは、セスを追い詰めるのは難しいだろう。
――ソフィアという存在がいなければ、だけどな。
タイミングを計ったかのように、廊下の向こうからミシェルに連れられたソフィアたちが姿を現す。それに気付いたクレアねぇが冷たい笑みを浮かべる。
「ソフィアちゃんの前でもいまの話が出来るかしら?」
「……これまでのようですな」
深いため息を一つ、項垂れて頭を振った。今までの抵抗はなんだったんだと言いたくなるほどの豹変ぶりである。
そんなセスを前に、みんなと一緒に到着したアリスが、どういうことなのと俺に視線を投げかけてくる。
「実は……セスが今回の件に関わってたみたいなんだ」
「――なっ!? なにを言い出すんだリオンくん。セスは古くからうちに仕える薬師なんだぞ!? 彼がそんなことをするはずがない!」
同じく到着したエリックさんが信じられないと声を上げた。だけど、
「いいえ、リオン様の言っていることは事実です」
他ならぬセス自身が俺の言葉を肯定した。
「……バカな。お前が内通者だというのか?」
「いいえ。賊が入ったというのは、私の自作自演だったのです」
その言葉を聞き、俺はキモだけがなくなっていた理由を理解した。セスはエリックさんの話を聞き、俺達がキモの入手に一番手間取ったことを知っていたからだ。
だけど、エリックさんはまだ信じられないのだろう。いや、信じたくないのかもしれない。彼は恐る恐ると言った面持ちで、セスに問いかける。
「本気で……本気で言っているのか? 今回の一件、お前の仕業だというのか?」
「はい、その通りです」
「……何故、だ。何故その様なことをした!?」
エリックさんが声を荒げ、セスに掴み掛からんと詰め寄っていく。だけどセスは怯えることなく、エリックさんの視線を受け止めた。
「カルロス様とエリーゼ様が息子の仇だからです。私の息子が任務中に亡くなったのは、エリック様もご存じでしょう?」
「……もちろんそれは知っている。確かに命令を出したのは父かもしれんが、それで父や母を恨むのは筋違いというものだぞ? 騎士とは、そういう存在なのだからな」
「もちろん分かっています。ですがそれは、騎士として殉職したのならの話です。盗賊退治の任務中に亡くなったというのは、カルロス様の嘘だったのです」
「……お前はなにを言っているのだ?」
戸惑いの表情を見せる。そんなエリックさんに対し、セスは言い放った。
「――息子が死んだのは盗賊退治の任務中などではなかった。本当は盗賊の振りをさせられているときに、盗賊として殺されたのです」
俺は息を呑んだ。その言葉が意味することに心当たりがあったからだ。
スフィール家による襲撃事件。グランシェス家の警備が手薄だったのは、領地を騒がしている盗賊達を退治するため、多くの騎士が出払っていたから。
物的被害はあっても、人的被害はなし。ずいぶんと統率された盗賊だと聞いていたけど、今の話を聞いて合点がいった。
スフィール家の騎士が、盗賊達の手綱を握っていたのだろう。そして、そのうちの一人が、セスの息子だったということ。
つまりセスの息子は、カルロスが抱いた野望の犠牲になったのだ。
「……それは、事実なのか? セスの勘違いと言うことはあり得ないのか?」
エリックさんがいまだ信じられないといった面持ちで聞き返す。
「全てはエリーゼ様の口から直接うかがったことです」
「母上からだと?」
「エリーゼ様は夫と野望の両方を失い、生きることに絶望なさっておりました。そうして罪の意識に耐えきれなくなったのでしょう。私に様々な罪を告白なさったのです」
それを聞いた俺は、その話が事実だと思った。セスはエリーゼさんとカルロスさんが、グランシェス家を襲撃した犯人であることを知っていたからだ。
「……なるほど。事情は理解した。たしかにお前には同情の余地があると思う。しかし、だからといって母を殺させる訳にはいかない。キモを何処に隠したのか教えてもらおう」
「残念ですがそれは出来ません」
セスがキッパリと断言した。その瞬間、ソフィアが一歩進み出ようとする。恐らくはセスの心を読み、キモのありかを探ろうというのだろう。
そんなソフィアを横目に、セスはキッパリと言い放つ。
「なぜなら、キモは既に処分したからです」――と。
その言葉が真実だったのだろう。ソフィアは目を見開いて崩れ落ちる。それを見た俺は慌ててソフィアのもとに駆けより、その小さな体を抱き留めた。
「リオン、お兄ちゃん。セスは、本当に、キモを処分したって……」
「分かってる。だけど大丈夫だ。俺の予想が正しければ、キモなんてなくてもエリーゼさんは助けられるはずだ」
「え? リオンお兄ちゃん、それはどういう意味?」
「たぶんだけど……そもそもエリーゼさんは病気じゃない。だから、病を治す特効薬なんて最初から存在しない。――そう言うことだろ?」
最後はセスに向かって言い放つ。
伝説級の素材ばっかり必要だったのはそれが理由。
クスリはあるが、その材料はまず集められない。そう言っておけば、素材を集めるのに必死になり、その事実確認が疎かになるという思惑があったのだろう。
事実、俺達も素材集めを優先し、確認を後回しにしてたからな。
「……さすがはリオン様ですな。仰る通り、エリーゼ様の病についても真っ赤な嘘でございます。本当は、私が微量の毒を飲ませ続けていたのです」
「あぁ、なんということだ……」
信じていたセスに裏切られたからか。はたまたセスの息子の死に関する真実を知ったからなのか、エリックさん力なく天を仰いだ。
だけど俺はそんなセスの態度を前に、感じていた違和感が大きくなるのを自覚する。
ソフィアの前では嘘がつけない。だからソフィアが来た時点で罪を認めるというのは分かる。けど、それが分かっているのなら、前もって逃げることだって出来たはずだ。
にもかかわらず調合室に留まっていて、ソフィアが来るまでは事実を認めなかった。セスの行動には一貫性が感じられない。
……いや、待てよ。
ソフィアは恩恵をいつでも全力で使っている訳じゃない。
普段は相手の嘘なんかを見抜く程度で、心を読むのは必要と感じたときだけ。セスが嘘をつかない限り、ソフィアはセスの内心までは見ようとしない。
つまり、嘘を吐かなければ、本当に隠したい事実の発覚を遅らせることが出来る。セスの本当の目的は――っ!
「エリックさん、エリーゼさんの側には誰かいますか!?」
「急にどうしたんだ?」
「答えて下さい!」
「――っ。ここにいる我々以外は中庭に待機しているから、離れには誰もいないはずだ」
「アリスっ!」
俺が声を上げる。それだけで理解してくれたのだろう。アリスは身を翻して走り去って行った。そしてソフィアは俺の思考を呼んだのか、アリスの後を追いかけていく。
それを見た俺は、ソフィアを止めるべきかどうか迷う。けど……行かせてやるべきだろう。そう思って伸ばしかけた手を引っ込めた。
それよりいまはみんなに指示を出すべきだと考え、ミシェルへと視線を向ける。
「ミシェルは中庭に行って、使用人に待機命令の解除。そしてエリーゼさんのもとへ人を向かわせてくれ。大至急だ」
「かしこまりました!」
ミシェルも走り去って行く。その直後、エリックさんが俺に視線を投げかけてきた。
「……リオンくん。どういうことなんだ?」
「それは――これから確認します」
予想が外れていて欲しいという願いを込めてセスの反応を伺う。
セスの表情は動かない。けれど、無表情なのではなく――様々な感情を内包した、複雑な表情を浮かべている。
だけど、いやだからこそ、まだ間に合うかもしれない。もう結果が出ているのなら、曖昧な反応をする必要なんてないはずだから。
「……今回の件、いずれ発覚するのは分かっていただろう。どうして逃げなかった?」
「リオン様には判っているのではないですか?」
「時間稼ぎ、だな」
「ええ。エリーゼ様からは、ソフィアお嬢様は恩恵が使えなくなったと聞いていたので、恩恵が使えると聞いてかなり焦りましたよ」
エリーゼさんには、恩恵が使えなくなったと嘘を吐いていた。
つまり、セスがソフィアが恩恵を使えると知ったのは、中庭に人を集めてソフィアが恩恵を使うと言ったときに他ならない。
そしてその後、セスは単独行動を許され、使用人は全て中庭に集まっていた。
……あの時に気付いていれば。そんな風に後悔するけど、もはや後の祭りだ。俺は深呼吸を一つ。覚悟を決めて口を開いた。
「……エリーゼさんに、致死量の毒を飲ませたな?」
予想が外れていて欲しいと願う。だけど無情にもセスは唇の端を吊り上げた。
「病を治す特効薬だと嘘を吐いて毒を手渡しました。エリーゼ様は喜んで飲み下しましたよ。リオン様やソフィアお嬢様のおかげです」
「……そう、か」
なにを言いたいか理解して、拳をギュッと握りしめる。
――死を望んでいるモノを殺しても復讐にはならない。それはただの救済だ。だからセスはエリーゼさんを殺さず、ジワジワと苦しめることしか出来なかった。
だけど俺やソフィアに説得により、エリーゼさんは生きたいと願うようになった。そのエリーゼさんを殺せば復讐が成立する。
俺達のおかげで復讐の条件が整ったと、セスは言っているのだ。
胸がむかついて吐き気がする。俺がエリーゼさんを説得したのは、死なせるためなんかじゃない。ソフィアのために生きて欲しいからだ。
それなのにこの男は……っ。
「――エルザ。セスを拘束してくれ。俺達もエリーゼさんの元へ向かう」






