エピソード 4ー4 それぞれの想い
スフィール家に到着した日の夜。割り当てられた客間でくつろいでいると、扉が控えめにノックされた。ノックの仕方から考えて、どうやらうちの身内ではないらしい。
と言うことで椅子から立ち上がり、出入り口まで歩み寄って扉を開く。
「誰ですか……って、セス?」
エリックさんか、もしくはその使いだと思っていたので少し驚く。
「リオン様に少しお話を伺いたいと思いましてな。ご迷惑ですか?」
「いや、大丈夫だよ」
俺は少し戸惑いながらも、セスを部屋の中へと招き入れた。そうして部屋に備え付けの丸テーブルの椅子を勧める。
「飲み物はなにが良い?」
「お構いなく。長居はするつもりはありませんので」
お構いなくって言われてもなぁ。と言うことで、俺は少し待っててくれと、隣の部屋にいるミリィ母さんに紅茶を頼む。
「すみません、なにやら気を使わせてしまったようで」
「いや、構わないけど……話って言うのはなんなんだ?」
「話というのは他でもありません。エリーゼ様のことです」
「まさか……容態が悪化したとか?」
「容態は相変わらず良くありませんが、今回は別件です」
「……と言うと?」
いまいち要領を得ないので、詳しい説明を求めた。
「率直に伺います。リオン様は本当に、エリーゼ様の容態が回復することを望んでおいでなのですか?」
「……………それは、どういう意味だ?」
とっさに惚けてみせた――けど、まさか知ってるのか? カルロスご夫妻の所業は、ごく一部の関係者しか知らないはずだぞ。
「実はエリーゼ様が精神的に病んでいるときに、本人の口からお聞きしたんです」
「そう、か……」
離れに幽閉された直後のエリーゼさんは酷い落ち込みようで、それを薬師が献身的に支えていたとかエリックさんが言っていた。
だとすれば、セスの言っていることは事実だろう。
「何故そんなことを聞くんだ?」
僅かな沈黙の後、セスは「実は――」と口を開いた。
「さきほど、エリーゼ様から相談を受けました」
「相談って言うと……具体的には?」
「私は生を願っても良いのだろうか――と。エリーゼ様は生きながらえることに疑問を抱いておいでだったんです」
「それは……いまは死を望んでるってことなのか?」
「率直に言って、迷っておられたようです。自分のしでかした罪に対して、どうすれば責任を取れるのか、と」
「なるほどなぁ……」
予想外――と言うほどではないな。
エリーゼさんたちは、目的のために多くの人を殺した。だけどそれも失敗に終わり、目的を見失った。幽閉される立場になり、弱気になるのは十分に理解出来る。
「それで、考えはあらためてくれそうなのか?」
「リオン様から話を聞き、少しだけ考えが傾いたようです。ただ、本当にそれで良いのかと、いまだに悩んでおられるようでした」
「そっか。それで、俺がエリーゼさんの回復を望んでいるかって質問に繋がるんだな」
「その通りです。リオン様の率直なご意見をお聞かせ願えますか?」
「ああ、問題ない。俺はエリーゼさんの回復を望んでいるよ」
「それは……本心ですか? 大切な家族を奪われたのでしょう? 苦しむ姿を見たいとは思わないのですか?」
「……恨んでないとは言わないよ。だから、そういった感情が全くないとは言わない。けど、ソフィアが和解を望んでるからな」
俺の言葉はセスを通じてエリーゼさんの耳に入る可能性がある。だけど、だからこそ、俺は本人に言ったのと同じように、本音でもって答えた。
「ソフィアお嬢様のために我慢する、と?」
「我慢とは少し違うな。俺はエリーゼさんの生死よりも、ソフィアが笑顔でいることの方が重要なんだ」
「恨みを晴らしたいとは思わないのですか?」
「そういう気持ちがないとは言わないけどな……家族を失う悲しみは知ってる。だから、ソフィアにはそういう思いをさせたくないんだ」
「……家族を失う悲しみは耐えがたいモノですからな」
俺の意見に同調するように、セスがぽつりと呟いた。それを聞き、俺はエリックさんから聞いた話を思いだした。
「そういえば……セスも息子を亡くしたそうだな」
「ご存じでしたか。騎士としてスフィール家に仕えていたんですが、とある戦いで命を落としてしまいました。ですから、私もリオン様の仰ることは良く判ります」
「そっか。悪い、嫌なことを思いださせたな」
「いえ、私から始めた話ですから問題ありません。そして、色々とお話を聞かせてくださって、ありがとうございます」
「エリーゼさんのためになりそうか?」
「ええ。今の話を聞かせれば、エリーゼ様も生きる勇気を得ることでしょう」
「そうか、なら話した甲斐があったな」
「ありがとうございます。それでは、私はクスリを作りに戻ります」
「ああ。エリーゼさんのこと、よろしく頼むな」
「お任せ下さい」
セスはそう言って退出していった。
それからほどなく、ミリィ母さんが入れ替わりで訪ねてきた。
「……どうかしたのか?」
「え? いえ、紅茶をご所望だったのでお持ちしたんですが……?」
ミリィ母さんはメイド口調で話す。それを聞いて、俺は紅茶を頼んでいたことを思いだした。
「あぁ~悪い。セスはもう帰ったんだ」
「そうですか。……なら、この紅茶は下げるわね」
「――それなら、私に頂戴」
メイドから母親へと口調を切り替える。そんなミリィ母さんの背後から、アリスがひょこっと顔を出した。
「もしかしてソフィアの件か?」
「うん。一応リオンに報告しておこうと思って」
「ん、分かった。それじゃミリィ母さん、そう言う訳だから、紅茶は置いて行ってくれ」
「分かったわ」
ミリィ母さんがテーブルの上に紅茶を並べていく。それを終えると「アリスさん、ごゆっくり」と何処か意味ありげな言葉を残して退出していった。
それを見届けたアリスが、ぽふんと俺の向かいの席に腰を落とした。
「さて。結果から言うけど、ソフィアちゃんは大丈夫。最初はかなり感情的だったけど、今は冷静になってるよ」
「そっか。さすがアリスだな」
「ん~私は話を聞いただけだよ。ソフィアちゃん、以前よりずっと大人になってるもん」
「……アリスがそう言うのなら、そうなんだろうな」
なんて、人の話をただ聞くだけと言う行為は意外と難しい。もしもソフィアに聞いたら、立ち直れたのはアリスのおかげって言うだろう。
「それで、エリーゼさんの方はどうだったの?」
「エリーゼさんがソフィアを遠ざけようとしてたのは、予想通りの理由だったよ。あとは、特効薬の存在を知らなかったみたいだ」
「あぁ……そうなんだ? それじゃ、どうせ死ぬなら嫌われたままの方が、ソフィアちゃんが悲しまないとか考えてたんだ?」
「みたいだな」
「なら、特効薬も手に入るんだし、ソフィアちゃんと仲直りしてハッピーエンドかな?」
「そう、だな……」
余りにも色々なことがあったから、すぐに仲直りとはいかないだろう。
だけど、前世での俺たちとは違う。エリーゼさんの病は治るのだから、時間をかけてゆっくり解り合えば良い――と、このときの俺は考えていた。
――だけど、翌日の朝。
「リオンくん大変だ、キモが盗まれた!」
エリックさんが凶報をもって俺の寝室に飛び込んできた。






