エピソード 4ー3 エリーゼの本心
数時間後。俺達は何事もなく、スフィール家に到着した。
ちなみにメンバーは俺とアリスとソフィア。それにエルザとミリィ母さんの五人。クレアねぇは仕事があるからとグランシェス家に残っている。
俺も遊んでる訳じゃないけど、クレアねぇに任せっぱなしでさすがに申し訳ない。
エリーゼさんの件が片付いたら、クレアねぇを少し休ませてあげよう。なんてことを考えていたら、エリックさんがエントランスまで走って迎えに来た。
「リオンくん、母のクスリを作る材料が揃ったと聞いたが、事実なのか?」
「ええ。事実ですよ。――ミリィ」
メイドとして随伴しているミリィ母さんに指示を出す。ミリィ母さんは直ぐにかしこまりましたと、三つの素材を取り出して見せた。
「それぞれ、リュクスガルベアのキモ、地竜の爪、世界樹の葉でございます」
「おぉ……凄い。さすがだな、リオンくん。この国で最大の権力を持つと言われるだけのことはある」
「いえ、運が良かっただけです」
……と言うか、最大の権力という噂は初耳だぞ。さすがに、この国の最大の権力者は国王だと思う。……たぶん。
「それにしても……結構な量だな?」
「ええ。どれくらい必要か分からなかったので。キモと爪はあるだけ持ってきました。世界樹の葉は一束だけですけど……足りますよね?」
「恐らく十分だろう。さっそく薬師に渡しに行っても良いだろうか?」
「ええ。もちろんです。俺も話を伺いたいので同行してもよろしいですか?」
「あぁもちろんだ」
「ありがとうございます。……二人はどうする?」
後半はアリスとソフィアに向かって訪ねる。
「ソフィアはお母さんに会いに行ってきても良いかな?」
「俺は大丈夫だけど……」
エリーゼさんの容態が悪化したとしか聞いていないからな。ソフィアは実の娘だし、面会謝絶なんてことはないはずだけど……どうなんですかとエリックさんを見る。
「容態は思わしくないが、面会出来ないほどではない。眠っているかもしれないから、使用人に確認させよう」
「――と言うことらしいぞ」
「それじゃ、ソフィアはお母さんのところへ行ってみるよ。だから、セスさんにはよろしく言っておいてくれるかな?」
「ん、分かった。なら……アリスは?」
「私は……そうだね。ソフィアちゃんについていくよ」
「そうだな。そうしてくれ」
と言う訳で、ソフィアとアリスは離れの方へ。俺はエリックさんと一緒に、スフィール家お抱えの薬師の元へと向かうことにした。
そうしてやって来たのは屋敷にある、重鎮が住む区画だった。と言っても、なにか大きな違いがあるわけでもなく、絨毯のしかれた廊下が続いている。
「そう言えば、薬師はスフィール家に古くから仕えているんでしたっけ?」
「ああ。セスというのだが、薬師として代々家に仕える家系の生まれでな。俺やソフィアも子供の頃はよくお世話になったモノだ」
「……お世話に、ですか?」
エリックさんは知らないけど、ソフィアは出会った頃から健康体だ。薬師にお世話になると言われてもピンと来ない。
「……良く稽古をつけてもらっていたからな」
「あぁ……」
誰にとか、なにをとか、言葉を濁した時点で色々と察した。
恐らくは剣の稽古で傷だらけになって、治療をして貰っていたと言うこと。そしてその相手はたぶん、元騎士隊長の執事――ソフィアが殺したレジスだろう。
それを雑談として話すには重すぎる。なので話を逸らすことにした。
「ちなみに、小さい頃によくお世話になってたと言うことは、ソフィアはその薬師に懐いていたんですか?」
「ん? あぁそれはもちろんだ。さっきも言ったが、彼は代々うちに仕えてくれている家系の生まれでな。ソフィアも彼のことは信頼していると思う」
「へぇ……ソフィアが」
スフィール家にいた頃のソフィアは、恩恵の力をもてあましていたが故に、結構心を閉ざしてた。そんなソフィアが信頼する相手は珍しい。
薬師ってどんな人だろうって思ってたけど……どうやら良い人っぽいな。
「そういう人には、これからも仕えてもらいたいですね」
「全くだ。とは言え……それも彼の代で終わるかもしれないが」
「……なにかあったんですか?」
「セスの息子はスフィール家に仕える騎士になったのだ」
「あぁなるほど。今度は騎士として代々仕えてもらうんですね」
必ずしも親の後を継ぐ必要がある訳じゃないし、同じように仕えてくれるのなら、悪くはない話だろう。そう思ったのだけど、エリックさんは静かに首を横に振った。
「盗賊を討伐する任務のさなかに死んでしまったんだ」
「そう、ですか……すみません、よけいなことを言いました」
「いや、構わないさ……と、ついた。この部屋だ」
言うが早いか、エリックさんは扉をノックする。ほどなく「どなたですか」と扉が開き、初老の男が姿を現した。
「エリック様、どうかなさいましたか?」
「ああ、朗報を届けに来たんだ。だがその前に彼を紹介しよう。グランシェス家当主であるリオンくんだ」
「リオン・グランシェスだ」
名乗ると同時に軽く会釈をする。だけどセスはそれに答えず、眼を見開いていた。
なにを驚いているのか知らないけど、どうしたモノか。そう思っているとエリックさんが咳払いを一つ。セスはハッと我に返った。
「し、失礼いたしました。お初にお目にかかります。スフィール家で薬師を務めるセスと申します。それで……今日はどのようなご用でしょう?」
「エリーゼさんの病を治すのに必要なクスリの材料を全て揃えた。だから貴方にクスリを作ってもらいたいんだ」
「ほ、本当にあの材料を揃えたというのですか!?」
「ああ。ここにある」
ミリィ母さんに頼み、クスリの材料全てを提示して見せる。するとセスはありえないモノを見たとばかりに、わなわなと身を震わせた。
「こ、これは……本物なのですか?」
「――セスよ。グランシェス伯爵を疑うなど失礼であろう」
「し、失礼しました!」
セスがとっさに頭を下げる。それを見て俺は苦笑いを浮かべた。
「別に構わないよ。信じられない気持ちも判るからな。でも間違いなく、リュクスガルベアのキモに、地竜の爪。そして世界樹の葉だ」
「ま、まさか本当に集めるとは……」
セスはふらりと上半身をかしがせた。それをエリックさんが慌てて支える。
「――大丈夫か?」
「あ、あぁ……申し訳ありません。まさか、これだけの素材を全て集められるとは思っていなかったので、驚いてしまいました」
「ははっ、セスが驚くのも無理はない。比較的入手が容易なキモが、一番入手が困難だったなどと言う非常識っぷりだからな」
薬を造る目処がついて気が緩んだのだろう。エリックさんは微かに笑った。
「……世界樹の葉ではなく、ですか?」
「世界樹の葉が一番簡単だったそうだ。正直、なんの冗談かと思ったぞ。さすがはグランシェス伯爵、常人とは常識が異なっているようだ」
酷い言いようである――と思ったのだけど、そう思ったのは俺だけのようで、セスはなるほどと納得している。
「――コホン。それで、セスと言ったか。クスリはどれくらいで完成するんだ?」
俺は話を戻すべく咳払いを一つ、セスに尋ねる。それで我に返ったのか、彼は慌てて佇まいをただした。
「し、失礼しました。クスリは……そうですな。一週間……いえ、三日あれば完成するでしょう」
「三日か……結構かかるんだな」
「キモは乾燥させる必要がありますからな」
「なるほど……そう言うことなら仕方ないな。エリーゼさんの容態が気がかりだから、出来るだけ急いでくれ」
「かしこまりました」
クスリの制作依頼をした後、俺はソフィアの様子をうかがうべく、エリックさんと別れて離れへと向かったのだけど――
「どうして? どうして会いに来ちゃダメなんて言うの?」
「何度も言っているでしょう。貴方と話すことはないと」
廊下を歩いていると、エリーゼさんの部屋から言い争うような声が聞こえてきた。ソフィアとエリーゼさんが口論をしてるみたいだ。
止めた方が良さそうだけど、話の流れが判らないことにはそれも難しい。取り敢えずは会話を聞きつつ、タイミングを計ることにした。
「お母さんのわからず屋!」
「分からず屋で結構です。とにかく帰りなさい。何度も言っていますが、貴方はもうスフィール家の人間ではないのですから」
「……酷いよ。ソフィアはお母さんと仲直りしたいだけなのに……」
「酷いのは貴方です。以前にも言ったでしょう? 大切な者を殺された恨みは、そう簡単には消えないと」
「お母さんのバカ――っ!」
部屋からソフィアが飛び出して来たかと思えば、そのまま廊下の向こうへと走り去って行った。そしてほどなく、部屋の中からアリスが退室してくる。
「あ、リオン。来てたんだ?」
「ついさっきな。それより、ソフィアは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、あの二人は。と言うか、ソフィアちゃんが恩恵を使えば直ぐに解決すると思うんだけどね。どうして使わないんだろ?」
「あぁ、それな……」
俺はアリスに、ソフィアが恩恵を使えないと嘘を吐いたこと。そしてだまし討ちにならないように、実際に恩恵を使っていないことを話した。
「そっかぁ……そんなことがあったんだね」
「ああ、そう言う訳だから――頼んで良いか?」
「もちろんそのつもりだよ。ソフィアちゃんとお話をしてくるね」
アリスは言うが早いか、廊下をノンビリと歩き始めた。
そんな調子で大丈夫なのかって思ったけど、よく考えたらアリスには気配察知の恩恵がある。屋敷の何処にソフィアがいるのか把握しているんだろう。
始めてこの屋敷に来たときは、クレアねぇを探すのに苦労したのに。恩恵も普通にレベルアップしてるんだな、
なんてことを考えながら、俺はアリスの背中を見送った。そうして深呼吸を一つ、俺は部屋の扉をノックする。
「……どちら様ですか?」
「リオンです」
「……今度は貴方ですか」
「入っても構いませんか?」
「……好きになさい」
渋々といった感じの了承。だけど遠慮して帰る訳にはいかないので、俺は失礼しますと部屋の中に。俺の姿を見ると、エリーゼさんがこれ見よがしにため息をついた。
けど、それよりも、エリーゼさんの顔色が悪いのが気に掛かる。前回来たときよりも、確実に悪化しているようだ。
「おつかれのところをすみません。でも、どうしても、ソフィアがいない時に聞きたいことがあったので」
「貴方と意見が合うのは気に入りませんが、私も同じ考えです」
「そうですか。では、そちらからお先にどうぞ」
なんとなく想像はついているので順番を譲る。
「では単刀直入に聞きましょう。貴方は私のしたことを許すつもりなのですか?」
「まさか。許せるはずありませんよ」
エリーゼさんの問いに即答する。けどそれはエリーゼさんに取っても予想通りの答えだったのだろ。彼女は驚く風もなく続ける。
「では何故、ソフィアをここに連れてきたのです」
「ソフィアから聞いたでしょう? ソフィアが貴方との和解を願ったからです」
「ですが、貴方は私を恨んでいるのでしょ? なら当然、私とソフィアが仲良くするのは面白くないはずです。それなのに、どうしてあの子の我が儘を許すのです。どうでも良いからと、好きにさせているのですか?」
「なるほど、それがソフィアを追い返した理由、ですね?」
エリーゼさんは、俺が渋々ソフィアの我が儘を許していると思っている。そして、ソフィアがそんな我が儘を続ければ、俺が愛想を尽かすのではと心配しているのだ。
「先に私に質問させてくれるのではありませんでしたか?」
「……そうでしたね。なら質問に答えますけど、それは杞憂ですよ」
「何故です?」
「貴方のしでかしたことは許せませんけど、ソフィアには幸せになって欲しいですから」
「だから、ソフィアと仲良くしても構わないと?」
「ええ。ソフィアは貴方との和解を望んでます。だから俺のことなんて気にしないで、仲良くしてやってください」
「……貴方は、懐が深いのですね。あの時、貴方の才能に気付いていればと、悔やまずにはいられません」
俺はエリーゼさんの呟きに、無言をもって答えた。その通りだと思ったからではなく、俺にも非があることを自覚しているからだ。
俺は単に前世の知識を持っているだけ。本当に才能があれば、悲劇を事前に回避することが出来たはずだからな。
「私の話は終わりです。それで、貴方の話とはなんですか?」
「二つほどあります。と言っても、一つ目は報告ですけどね」
「……報告? 貴方が、私にですか?」
「ソフィアと正式に付き合うことになりました。と言っても、恋人は既に二人目なんですが、お許し頂けますか?」
「……久しぶりに、貴方に対して殺意が湧きました。他に言いようがないのですか?」
「言いつくろっても、二人目なのは事実ですから。そして、三人目が増える可能性が高いです。とは言え、軽い気持ちではありません。だからこその報告です」
「……その言葉に偽りはありませんね?」
「ええ。グランシェス家の名誉に懸けて」
アリス辺りなら、そんなモノに誓われてもとか言いそうだけどな。エリーゼさんにはこれが一番だろうと思って、家の名を引き合いに出す。
そして、もちろんその気持ちに嘘偽りはない。
「……もとより、私にあの子の母親としての資格はありません。あの子が受け入れたのなら、それで問題はないでしょう。ただし……あの子を泣かせるようなことをしたら、貴方のことを死んでも呪いますから」
「そんな気はないから大丈夫ですけど、それをソフィアに言ってあげるつもりはありませんか? ソフィアはきっと喜びますよ?」
「それが二つ目のお話ですか?」
「ええ。さっきも言いましたけど、俺はソフィアと貴方の和解を望んでいます。俺のことは気にしなくて良いですから、ソフィアと仲直りしませんか?」
「申し出はありがたく受けます。ですが、それは出来ません」
「……ソフィアを恨んでいるんですか?」
ソフィアはカルロスやレジスを殺し、エリーゼさんをも殺そうとした。それが原因かと思ったんだけど、エリーゼさんは静かに首を横に振った。
「恨んでいないと言えば嘘になりますが……それでも、あの子は私の大切な娘ですから」
「だったら、どうしてです。俺は気にしないって言ってるんですよ?」
「私の容態を聞いているのでしょう? 私はもうあまり生きられません。ここで和解しても、あの子が悲しむだけでしょう」
「長くない命って……クスリの話を聞いていないんですか?」
「……クスリ? そう言えば、ソフィアがその様なことを言っていましたね。ですが、私の病には特効薬がありません。セスから聞いていませんか?」
「……セスから?」
どういうことだ? クスリの材料が集まらないと思って、ぬか喜びさせないように黙ってたとかかな?
俺だったら、可能性が低くても教えるけど……セスは、クスリが集まらないと思ってたみたいだし、その気持ちは判らなくもない。
と言う訳で、俺は特効薬が存在することをエリーゼさんに話した。
「その様なクスリが……本当に存在するのですか?」
「ええ。ソフィアが頑張って集めたんですよ」
「あの子が私のためにそんなことを?」
「ええ。だから貴方は助かります。ソフィアと和解してください」
「それは……」
エリーゼさんはなおも躊躇う素振りを見せる。
「なにをそんなに迷っているんですか?」
「……私は多くの罪を犯してきました。そんな私が、本当にソフィアと和解しても良いのでしょうか?」
「それは……貴方やソフィアが決めることだと思います」
あの襲撃事件で死んだ人達の気持ちを考えれば、貴方は十分に苦しんだんだから、これからは幸せになるべきだ――なんて、とてもじゃないけど言えない。
けど、少なくともソフィアはそれを望んでいる。それは紛れもない真実だから。
「そう、ですね。ありがとう、リオンさん。少し考えさせてください」
「ええ、好きなだけ考えれば良いですよ。そうしてゆっくり時間をかけて、ソフィアと仲直りすれば良いと思います」
だって、エリーゼさんの病はもうすぐ治る。ソフィアと話す時間なんていくらでもあるんですから――と言い残し、俺は離れを後にした。






