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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第四章 過去の想い

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エピソード 3ー8 悲しみよりもつらい想い

 リュクスガルベアのキモがなければ、エリーゼさんの命は救えない。だけど、唯一の望みは他人の手に渡ってしまった。

 その状況でどうするべきなのか。俺はその答えを出すためにマックスを見返した。

「俺は……ソフィアを心から大切に思ってる。だからソフィアを護るためなら、なんだってするつもりだ」

「それは……宣戦布告って意味か?」

 マックスが少し俺達から距離を取り、メリッサが腰の武器に手をかける。

 俺はそれに対し――ハッキリと首を横に振った。そうして訝しがるマックス達に向かって、苦笑いを浮かべてみせる。


「俺が罪を背負ってソフィアが幸せになるなら、そうしたかもしれないけどな。きっとそうはならない。だから……俺はあんた達と敵対はしない」

「……どういう意味だ?」

「言っただろ。俺はソフィアを護るって」

 キモを奪うのに、彼等を殺す必要なんてない。

 リュクスガルベアを殺してしまえば、彼等の生け捕りという目的は達成出来ない。そうでなくても、持てる権力の全てを使って上から圧力をかけるという選択肢だってある。

 手段を選ばなければ、キモを手に入れる可能性はいくつか存在する。


 だけど……だけど、だ。

 俺達はそう言った理不尽に晒され、それに抗ってここまできた。もしここで自分達が同じことをすれば、俺は必ず後悔する。

 自惚れかもしれないけど……俺が後悔する姿を見たら、ソフィアは自分を責めると思うのだ。そしてそれは、親を失う悲しみよりもつらいことだって、俺は思う。


 だって……ソフィアは、俺のために自分の父を殺した。

 もちろん、そのおかげで救われたことだってある。けど、俺が上手く立ち回れば、ソフィアが親殺しをすることなんてなかった。

 ソフィアに十字架を背負わせたのは……他ならぬ俺。

 だから俺は、ソフィアを巻き込んでしまったことを悔やんでいる。そしてその罪悪感は、あの悲劇から立ち直った今でも、完全に消えた訳じゃない。

 俺はそんな後悔を、ソフィアにはさせたくない。


 ――だから俺は、ソフィアとの約束を破る。

 例えそれでソフィアを悲しませ、嘘つきと罵られる結果になったとしても、ソフィアに自分のおこないを後悔させるよりはマシだと思うから。


「俺は、あんた達に危害を加えない、約束する」

「……どうやら、本心みたいだな」

 無言で俺の様子をうかがっていたマックスが呟き、おもむろに剣の柄から手を離した。

「もちろん本心だ。それに、彼女達もいるからな」

 俺はもと来た道を示す。そこには少し遅れて到着したレミーたちの姿がある。

 ダニエルは……ともかく、レミーは俺を信じてガイドを引き受けてくれたのだ。そんな彼女を裏切る訳にはいかない。


「レミーと……ダニエルたちか? あいつがお前の依頼を受けたのか?」

「いや、ダニエルはさっきそこで遭遇しただけだ」

「ふぅん。まあともかく、俺達に危害を加えるつもりはないんだな?」

「もちろんだ。……って言っても、直ぐには信用出来ないだろうから、俺達は先にここから立ち去るよ。邪魔をしたな」

 そう言って踵を返し、少し離れた場所にいるソフィアのもとへと歩み寄る。


「……ソフィア、すまない」

 どんな言い訳をしたって、俺がエリーゼさんの命を諦めたのは事実だから。俺は深々と頭を下げて、ソフィアの下す判決を待った。

「……リオンお兄ちゃん顔を上げて」

 ソフィアの呟きを聞いて、俺は恐る恐る顔を上げる。そこには、悲しみを湛えたソフィアの顔があった。


「リオンお兄ちゃん……酷いよ」

「……ごめん」

 言い訳は見つからなくて、俺はただ謝罪を口にする。それに対して、ソフィアはふるふると首を横に振った。

「ソフィアは、もう子供じゃないんだよ?」

 告げられたのは、予想とまるで違う言葉。どうしてこのタイミングでそんなことを言われるのか……意味が判らなくて戸惑いを覚える。

「ええっと……それは、分かってるけど?」

「分かってないから怒ってるんだよっ!」

 ソフィアが俺に向かって声を荒げる。そんな様子に驚き、俺は思わず息を呑んだ。


「……たしかに、ソフィアはお母さんを救いたいって思ってるよ? だけど、だからって、ソフィアがお兄ちゃんに罪を犯してまで救って欲しいなんて願うはずない。ましてや、そんな理由で、ソフィアがお兄ちゃんを責めるはずないじゃない!」

「ソフィア……」

 ここに来て、俺もようやくソフィアの言わんとしていることを理解した。

 ソフィアは俺がどんな想いでキモを諦めたのか理解している。だから、ソフィアに恨まれると思っている俺に対して、ソフィアは怒っていたのだ。

「……ごめん、ソフィア」

「うぅん。分かってくれれば良いよ。それに、ソフィアも間に合わなかったから」

「それは……」

 たぶんだけど、遠吠えに聞こえたのはメリッサたちとの交戦中に上げた威嚇だったんだろう。だから、どんなに急いでも間に合わなかったと思う。

 なのでソフィアに責任はないんだけど……果たしてそれが慰めになるのか、分からなくて、俺はなにも言えなかった。

 代わりに、一つの案を思いついた。


「ソフィア、他のリュクスガルベアを探そう」

「……え? どういうこと? この森で目撃されたリュクスガルベアはもう、狩られちゃったんだよ?」

「諦めるのはまだ早いよ」

 俺が離れに閉じ込められていた頃は、今よりずっとピンチの連続だった。だけど、それでも、諦めなかったから、俺達はここにいる。

 数年に一頭程度しか見つからないレアな魔物だとしても、連続して見つかる可能性がないわけじゃない。諦めなければ、可能性はきっとあるはずだ。


「リオンの言う通り、まだ諦めるのは早いよ。この森だって全部探した訳じゃないしね。なんだったら、私がこの森を全て伐採してあげるから」

「だから、エルフが自然破壊をしようとするなって」

「ソフィアちゃんのためなんだから無問題だよ」

「……そうかもな」

 ソフィアの幸せを守るためなら森の一つや二つ……なんて、なにも考えずに伐採するのはまずいけどな。人海戦術で森を分断して、ローラー作戦辺りが無難だろう。

 凄まじい費用がかかりそうだけど……大丈夫、お金なら使い切れなくて困ってる。ここで使わなければ、お金を持ってる意味がない。

「俺達は諦めない、必ずリュクスガルベアを見つけ出そう!」

「「うんっ!」」


「おいおい、盛り上がってるところ悪いんだが、俺の話はまだ終わってないぜ」

 水を差されて振り返る。いつの間にかマックスが俺達の背後に立っていた。

「……どういう意味だ?」

「さっきも言った通り、俺達は恩返しとして依頼主にリュクスガルベアを届ける。けど、依頼人がリュクスガルベアをどうするかは勝手だからな。お前達が是が非でもキモを欲しがってるって話を依頼人に伝えてやるよ」

「それは、ありがたい……けど、良いのか?」

 望外の申し出を耳に、俺は驚きを持ってマックスを見る。金貨千枚の報酬を躊躇いもなく蹴った以上、交渉の余地なんてないと思っていたから。


「勘違いするなよ。あくまで話を伝えるだけだ。依頼人が取引に応じてくれるかは分からないからな」

「それは分かってるけど……あんた達に利点がないだろ?」

「言っただろ。俺達の目的は恩返しだって。お前らと引き合わせた方が、恩人にとってプラスになるかもしれないだろ?」

「それは……」


 金貨千枚での取引は、依頼人に直接持ちかけろってことか。

 ついでに言えば、マックスがきわどい質問を投げかけてきた理由も理解した。

 依頼人が俺の申し出を断っても、俺が依頼人に危害を加えないかどうか――俺が信頼に足る人物かどうかたしかめるために、あえて俺を挑発したのだ。


「……無茶するなぁ」

「気に触ったか?」

「いいや、文句はないよ」

 そのせいで、俺は辛い選択を選ぶハメになった。とは言え、それがなければ、依頼主に紹介もしてもらえなかっただろう。だから、文句はない。


「ただ、俺達がホントに襲ってたらどうするんだって思ってな」

「その時は困ったかもしれないな。ただまぁ、そうはならないと思ってたが」

「どうしてそう思うんだ?」

「なんとなく、だな。こう見えても俺は、結構見る目があるんだぜ」

「……そうか」

 なんでこう、俺を信じる奴は揃いも揃って、そのセリフを言うんだろうな。俺は身内を守るのに必死なだけで、善人じゃないんだけどなぁ。

 まあ交渉の機会を失いたくないから、反論はしないけどさ。


「ただ……繰り返しになるが、俺達の依頼人は生け捕りを条件にしてる。キモを譲ってくれる可能性は低いぞ?」

「ああ、分かってるよ」

「なら良い。俺達はこれから街に帰って、依頼人に依頼達成の報告と、お前達の話を伝えるが……これからどうするつもりだ?」

「そうだな……依頼人に会わせてもらえるのなら、俺達も街に戻るよ」

「そうか、なら俺達と一緒に帰るか?」

「ああ、そうさせて貰おうかな」

 とまぁそんな訳で、キモの入手は保留。みんなで街に戻ることにした。相変わらずの綱渡りだけど、かろうじて希望は繋げた感じ、なのかな。


 ちなみに――

「えっ、ちょっ、なんか森の中なのに建物があるんだが!?」

「こっちにはお風呂まであるわよ!?」

 ダニエルさんより魔術の知識を持っていたマックスとメリッサが、帰り道で驚愕したのは……また別の話である。

 

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