エピソード 3ー7 正しい答えはきっと存在しない
「――おい、これはどういうことだ!」
ほどなく、拘束された状態で目を覚ましたダニエルが声を荒げる。
「取り敢えず、それはこっちのセリフだ。どうして俺達の後を付けたりしてたんだ?」
「なっ!? 俺達の尾行に気付いていたのか!?」
「尾行してたって認めるんだな?」
「……いや、それは」
ダニエルは視線を逸らす。その態度は、尾行を認めたも同然だ。
だからだろう。近くで話を聞いていたレミーがショックを受けている。同じ村の出身だって言ってたもんな。
長引かせるのもあれだから、俺はさっさと核心に迫ることにした。
「お前達の目的はなんだ? 俺達を殺すつもりだったのか?」
「な、なにを言ってやがる。そんなはずないだろ!」
「だったらどうして、俺達がガルベアに襲われるタイミングを見計らって背後から襲い掛かってきたんだ?」
「それは誤解だ!」
心外だと言わんばかりに叫ぶ。その表情は本当に驚いているように見えた。だから俺は、あれ? と思って首をかしげる。
「……誤解だって言うなら、なにが目的なんだ?」
「俺達は、だから……その、ガルベアに襲われたお前らを、助けようとしただけだ」
「…………は? 助けようと? それは、レミーをってことか?」
「レミーはもちろんだが、お前達もだよ」
意外すぎる答え。にわかには信じられないので、俺はソフィアに視線を向ける。するとソフィアは、嘘は吐いてないよと頷いた。
と言うことは……本当に善良な冒険者なのか?
「なぁダニエルさん、最初に俺達に絡んだのはどうしてだ?」
「言っただろ。金でランクを買ったとしても、誰も得しないって」
「だったら、なんでサラさんにあんなことを言ったんだよ?」
「……あんなこと?」
「不正をバラされたくなきゃ一晩付き合えって言っただろ?」
俺も最初は、ダニエルが善意で言ってる可能性を考えた。けどあんな発言があったから、俺はダニエルが悪人だと思い込んだのだ。
「お前が問題を起こしたら、サラの責任になるだろ? だから、止めさせようと思ったんだよ」
「だからってなんで一晩って話になるんだよ。最初からそう言えば良いだろ」
「いや、それは、だからだな……」
言いよどむダニエル。
話を聞いてショックから立ち直ったレミーが、「ダニエルさんは不器用ですけど、昔からサラお姉ちゃん一筋なんですよ。幼馴染みですからね」と教えてくれた。
「幼馴染みって……ダニエルさんって何歳だよ?」
サラと親子ほど年齢が離れてるのに幼馴染みはないだろうと突っ込んだんだけど、ダニエルからは二十一だという答えが返ってきた。マジかよ、三十代だと思ってたぞ。
でも、そうか……二十一と十八ならごく普通の年齢差だな。見た目はともかく。
どうやら、本当に善良な冒険者らしい。
……って、あれ? でもソフィアは、ダニエルを投げ飛ばしたんだよな? 恩恵があるから、投げる前に敵意があったか判ったんじゃないのか?
「なぁ、ソフィア?」
「うぅん、そんなことないよ?」
……いや、まだなにも聞いてないんですが。
「あのさ」
「――あのね、お兄ちゃん。お兄ちゃんを馬鹿にする人は、ソフィアの敵なんだよ? 決して逃してはいけない、敵、なんだよ?」
「お、おう……」
敵意がないのは気付いてたけど、敵だと認識してた訳ね、納得した。俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、もう少し平和的な考えをして欲しい気がする。
「なぁ兄ちゃん、誤解が解けたのなら、この拘束を解いてくれねぇか?」
「あっと、そうだな……」
俺はダニエル達を拘束から解放。ダニエルには悪かったと謝っておいた。
……いや、紛らわしい行動をしたダニエル達も悪いとは思うんだけどな。ソフィアの行動についてはちょっと、申し訳ない気がしないでもなかったからな。
「それで、これからどうするつもりだ? まだ後をついてくるつもりか?」
縄を解かれて体をほぐしているダニエルに向かって問いかける。
こちらにやましいことはないけど、後をずっと付けられてると知っていい気はしないので、出来れば立ち去って欲しいところだ。
「安心しな。ここまで迷惑をかけたんだ。俺達は引き下がるさ――と言いたいところだが、最後に一つだけ頼みがある」
「……取り敢えず聞こう」
「レミーはサラの妹分。つまりは、俺にとっても妹のようなモノなんだ」
……そうかなぁと無言で首をかしげる。横でレミーがぽつりと違いますと呟いたような気がするけど……まあ心配だから危険な目に遭わせたくないという意味なのは分かった。
つまり――
「レミーを連れていくなと言いたいのか?」
「それじゃレミーもお前も従わないだろ? だから、お前の強さを証明してくれ」
「……俺の?」
「ああ。さっきの不意打ちは鮮やかだったが、リュクスガルベアに通用するとは思えん。お前が皆を護れるだけの強さがあると証明してくれ」
「それくらいなら構わないけど……野営地は見たんだろ?」
アリス曰く、数日前から尾行してたとのこと。野営地は毎晩建設しているから、こちらに化け物じみた魔術師がいることは理解しているはずだ。
それとも、冒険者にとっては、あれくらい普通だったりするんだろうか?
「あぁ、あの小屋はたしかに驚いた。だが、魔術は詠唱にやたら時間がかかるから、前衛が頼りなくっちゃ役に立たないって言うのが相場だろ?」
……なるほど、そう言う認識か。たしかにパトリックの黒魔術とか、いつまで待てば良いんだよとか言いたくなるレベルだったもんなぁ。
アリスの実力を理解した上で、俺に実力を見せろとか言ってるのなら、正直勝てないと思ったけど……そうじゃないようで安心した。
「つまり、俺がちゃんと戦えるって証明すれば良いんだな?」
「そうだ。俺とお前、布を巻いた剣で戦って、先に一本取った方が勝ちだ。その腰に吊した剣が伊達じゃないってところ、俺に見せてくれ」
……そっか、剣士だと思われてたのか。実力を見せるだけなら、無詠唱を見せて終わりだと思ってたんだけどな。
まあ良いか。俺だってエルザやソフィアに近接戦闘を習っている。それがBランクの冒険者相手にどれくらい通用するか試してみよう。
俺の強さがAランクの基準となっているのなら、Bランクのダニエルは俺よりも弱いという結論になる。けどそれは、サラの見る目が正しければの話だ。
それにサラは、俺の精霊魔術の腕も知っている。
剣術だけなら、ダニエルの方が俺より強い可能性は十分にある。ソフィアにあっさり投げられてはいたけど、元々ソフィアが規格外。油断したら負けるかもしれない。
だから、俺は精霊魔術以外の全てを使ってダニエルを倒す。――と言う訳で、俺はある準備をするためにアリスに声をかけた。
そしてほどなく。
「待たせたな。いつでも良いぜ」
ダニエルに声をかけた俺は、右手に愛用している長剣を持ち、左手にはアリスのレイピアと、布を巻いた二振りの剣を携えている。
「お前……二刀流とか、俺を舐めてるのか?」
「それはどうかな」
単純に二刀の方が強い――なんてことはありえない。
相手の両手での一撃を片手で受け止める筋力と技量を併せ持ち、初めて実戦レベルと成りえる。長剣の二刀流を実戦で使いこなせる人間なんてまずいないだろう。
だけど俺は問題ないとばかりに笑みを浮かべて見せ、ゆっくりと腰を落として構えを取った。そうして真っ直ぐにダニエルを見据える。
「ふん、その二刀流が伊達や酔狂じゃないところを見せてもらう」
ダニエルが長剣を構えながら、攻撃を促してくる。だけど、俺は沈黙を守った。
ほどなく、ダニエルがしびれをきらしたように再び口を開く。
「どうした? かかってこないのか? かかってこないのなら、こっちから――っ!?」
行くぜとでも言いたかったんだろう。
ダニエルが防御から攻撃へと意識を移した一瞬の隙。俺は左手で構えていたアリスのレイピアを、ダニエルに向けて――ぶん投げた。
「はあああああっ!?」
ダニエルは不意を突かれながらも、なんとかレイピアを弾く。だけど、投げると同時に走り出していた俺は既に懐の中。ダニエルの喉元に長剣を突きつけていた。
「……俺の、勝ちだな」
僅かな沈黙。
「いやいやいや! 俺の、勝ちだな。じゃねぇだろ!? なんだいまの、いきなり剣をぶん投げる奴があるか!」
「そんなこと言われてもな。剣を二本持ったまま戦えるはずないだろ?」
「ならなんで二本持った!?」
「もちろん、不意を打つためだが?」
「ふざけんなっ、あんな不意打ちが許される訳ないだろ!?」
「負けたのに見苦しいぞ。相手の心の隙を突くのは基本だろ?」
剣技では手も足も出ないような格上すらも一蹴する可能性を秘めている。基本戦術にして、究極の対人技術。もちろん、ソフィア先生の教えだ。
「馬鹿野郎っ、俺はリュクスガルベアと戦える技術を見せろって言ったんだ! 熊に心理戦が有効だと思ってんのか!?」
「それは……」
「――有効だよ」
ぽつりと呟いたのはソフィアだ。それを聞いたダニエルがソフィアへと視線を向ける。
「いやいや、嬢ちゃん。獣相手に心理戦なんて出来るわきゃねぇだろ」
「どうして出来ないと思うの? 獣にも意識はあるんだよ? そして意識がある相手なら、意識を誘導することは可能なんだよ?」
「いや、だから……」
「有効、だよ?」
「うぐ……」
反論しようとするダニエルに対して、ソフィアは無表情。だけど少し怒っているように見えるのは……不意打ちの技術を批難されたからだろうか? 言いしれぬ圧力がある。
そんなプレッシャーに晒されたダニエルは冷や汗を流しながら俺へと視線を戻した。
「とととにかく、もう一度俺と勝負しろ!」
びしっと指を突きつけてくるが、あんまり気乗りがしない。
さっきの不意打ち、たしかに決闘と考えると卑怯かもしれない。けど、あれに反応出来ない時点で、対人能力はしれている。正直、剣技に関しては期待はずれだ。
たぶん冒険者の強さとは、戦闘力だけで決まるモノではないと言うことなんだろう。
「もう一回やっても無駄だと思うぞ? と言うか、相手の強さを認めるのも、冒険者に必要な能力じゃないか?」
「うるさいっ! そんな服装で森に入る奴が信用出来るか!」
「おぉう……」
そう言えば、そうだった。肩出し&ミニスカートのアリスに、ゴスロリのソフィアだもんな。そりゃそんな姿で深い森に入ってる奴を見たら、普通は正気を疑うな。
なんて思っていると、ガルベアに似た――だけど、比べものにならないくらい迫力ある遠吠えが響いた。
「い、今のはリュクスガルベアの遠吠えです。子供の頃に聞いた記憶があります!」
レミーが少し怯えたような口調で叫ぶ。その瞬間、ソフィアが遠吠えの聞こえた方向に走り出した。
「――ソフィア!?」
慌てて追いかけようとするが、そんな俺の腕をアリスが掴んだ。
「私が追うよ。リオンは他のみんなを連れて来て!」
言うが早いか、アリスはソフィアの後を追い掛けて走り出してしまった。
自分で追わないのは歯がゆいけど、アリスには気配察知の恩恵がある。ソフィアの後を追うのにも、リュクスガルベアを探すのにも、アリスが適任だろうと任せることにした。
とは言え、俺達もノンビリする余裕はない。直ぐにみんなに視線を向ける。
「レミー、ソフィア達を追いかけるけど走れるか?」
「は、はい……大丈夫です」
遠吠えに恐怖を覚えたのだろう。大丈夫と言いつつも、その足取りはおぼつかない。立ち直るのに、少し時間がかかるかもしれない。
どうするべきか――と考え込む俺の隣で、ダニエルがレミーの護衛役を名乗り出た。
「お前は嬢ちゃん達を追ってやれ。俺達がレミーを護衛しつつ、後から追いかけてやる」
そう言われた一瞬、様々なことを考える。
でも、アリスやソフィアを放っておくのが心配なのも事実。ダニエルもこの森で活動するだけの実力はあるようだし……それで構わないかとレミーを見る。
「私のことは気にせず行ってください。すぐに追いつきますから!」
「……分かった。それじゃ俺は先に行くから、レミーはダニエル達と追いかけてきてくれ。目印は――必要ないな」
アリスが通ったところに整地された道が出来ている。アリスが全力で走るために、道を切り開いたのだろう。
俺は苦笑いを一つ、二人を追いかけるべく走り出した。
なんというか……森の中に草木の存在しない道があるのは物凄くシュールだ。と言うか、前にも言ったけど、エルフのくせに自然破壊にためらいがない。
相変わらず自重しないななんて思いつつ、アリスの作った道を駆け抜ける。そうして僅か数分。俺達は少し開けた場所にたたずむアリスとソフィアを見つけた。
そこにリュクスガルベアは――いた。
黄金の毛並みをしたガルベアが一頭、地面に倒れ伏している。もちろん見るのは初めてだけど、その黄金に輝く毛並みは間違いないだろう。
だけど、その側にいるのはアリス達じゃない。リュクスガルベアを見下ろすのは――メリッサとマックスだった。
先を……越されたのか?
信じたくはないけど、リュクスガルベアに目立った外傷はない。マックスたちの手によって、生け捕りにされたんだろう。
つまり……キモは手に入らない。それを理解した俺は恐る恐るソフィアを見る。
ソフィアは下を向いて震えていた。そしてそんな彼女を、アリスが抱き寄せている。
俺も直ぐにソフィアの元に駆けよろうとする。だけど、今は先にやるべきことがあるはずだと思い直して、マックスたちの元へと歩み寄った。
「よお、誰かと思えばお前らか。本当に森まで来たんだな」
俺に気付いたマックスが軽く手を上げる。
「ああ。けど、一足遅かったみたいだな」
「そうだな。悪いがリュクスガルベアは、俺達が生け捕らせてもらった」
「みたいだな。けどあんな巨体、どうやって連れて帰るつもりなんだ?」
「これがあるからな、心配はねぇよ」
マックスが取り出して見せたのは、熊の首に巻けるほどの太さの首輪。
その首輪には、奴隷を縛る紋様魔術の刻印に似た紋様が刻まれている。効果のほどは分からないけど、それを使ってリュクスガルベアを連れて帰る手はずなんだろう。
「……なあ、もう一度聞くけど、そのリュクスガルベアを譲ってくれないか?」
「前にも言っただろ、それは出来ないって」
「金貨で千枚と言ってもか?」
「おいおい、金貨千枚って……本気で言ってるのか?」
マックスと、そして近くで話を聞いていたメリッサが絶句する。けど無理もない。少し豊かな暮らしをする平民で、年収は金貨五枚程度。その二百倍の金額だからな。
本当は、お金で解決なんてマネはしたくない。だけど、このチャンスを逃せば次の機会があるかどうかは分からない。
猶予があるなら、もう一頭見つかるまで待てば良い。けど、クレアねぇから届けられた手紙から考えて、次の機会までエリーゼさんが生きている可能性は低い。
――つまり、ここで彼らを説得出来るかどうかが、エリーゼさんの命を左右する。
「譲ってくれるのなら、可能な限りのお礼はするつもりだ。だから、どうかリュクスガルベアを譲ってくれないか?」
この通りだと俺は頭を下げた。
「……一つ聞かせてくれ。どうしてそこまで必死なんだ?」
「ソフィアの……俺の大切な女の子の、母親の病を治すために必要なんだ」
「命がかかってる訳か……」
少し困ったような表情を浮かべたマックスは、無言でメリッサと視線を交わす。僅かな沈黙を挟み、再びマックスから紡がれたのは、
「……悪いな。やっぱり譲れない」
俺の望みを打ち砕く言葉だった。
「……どうしてだ。俺が金貨を用意出来ないと思っているのか?」
「そう言うわけじゃない。その服装を見るだけでも、金を持っているのは分かるからな」
「なら、どうして断るんだ。家族を買い戻すとか言ってたじゃないか。金貨千枚あれば可能だろ?」
「そうだな。確かに金貨千枚もあれば、全員を買い戻すことだって夢じゃない。それに魅力を感じないって言えば嘘になるさ」
「だったらどうして……」
「言っただろ、恩人の頼みだって。依頼人は俺達の父親を救ってくれた恩人なんだ。だから、金貨を何千枚積まれたって、お前らの頼みは聞けない」
「そう、か……」
心のどこかでは、お金さえ積めばなんとか出来ると思ってたんだろう。俺は想像以上にショックを受けていた。
「それで、お前たちはどうするつもりなんだ?」
「……どうする、とは?」
「このままじゃキモは手に入らない。だから……諦めるのか? それとも……俺達を殺して奪うつもりか? って聞いてるんだ。ここなら、誰も目撃者はいないぜ?」
なにを馬鹿な――とは言えなかった。エリーゼさんを救うには、それしか手段が残っていないと思ってしまったからだ。
少なくとも、この選択肢はキモを諦めるか否かじゃない。罪を犯してエリーゼさんを救うか、倫理に従ってエリーゼさんの死を受け入れるかの二択と言えるだろう。
だから――
そう聞かれた俺は、思わずソフィアの様子を盗み見た。次の瞬間、ソフィアが短剣を持ってマックスに襲い掛かる。そんな未来を想像してしまったからだ。
幸いと言うべきか、ソフィアはアリスの腕の中で大人しくしている。少なくとも、突発的に襲うつもりはなさそうだ。
だけど……ソフィアが大人しくしているのはきっと、俺がエリーゼさんを必ず助けると約束した。その言葉を信じているから。
だとしたら、ここでキモを諦めるのは、ソフィアに対する裏切り行為となるのではないだろうか?
その答えは、たぶん……‘なる’だろう。
俺はエリーゼさんを必ず救うと約束した。目の前に救う手段があるのにそれを実行しないのは……約束を反故にするも同然で……ソフィアはきっと、俺を恨むだろう。
ならどうするのが正解なのか?
考えた末に、俺は一つの答えにたどり着いた。






