エピソード 3ー6 襲撃者は……
レミーと共に帰還した野営地。つい四半刻前まではただの広場だったのに、今は人の高さくらいの土壁で覆われた謎領域と化していた。
十メートル四方くらいの空間が土の塀で囲われており、その中心に四人が十分に寝れそうな木造の小屋が建てられているのだ。
アリスの仕業か。相変わらず自重してないな……なんて思いながら、塀に近づくと、いきなり目の前の塀が沈んで入り口が出来た。
そしてその入り口の内側には、アリスが微笑んでいる。
「おかえり、リオン。早かったね」
「ただいま……と言うか、これはなんだ?」
「もちろん、私達が寝るお家だよ?」
「……建てたのか?」
「精霊魔術でちょちょいっとね」
「……ちょちょい?」
「ちょちょいだよ?」
「そっか……」
まぁアリスだからな――と思いつつも、仕事の速さに呆れてしまう。
小屋は四方に四本の柱を立て、そのあいだに薄い板を並べ立てて壁に。更に天井には木の板を斜めに並べただけの屋根。
小屋としては本当に簡単な作りだけど、四半刻足らずで作れるレベルじゃない。
ちなみに、家の側面を覗き込むと、トイレらしき穴まで掘られていた。本当に至れり尽くせりである。
「いくらなんでもやりすぎじゃないか? なんかレミーが固まってるぞ?」
門の前、レミーはいまだに呆然と立ち尽くしている。薪拾いから帰ってきたら、広場に建物が出来てたことを考えると無理もない反応な気がする。
「え、これでも自重したつもりだったんだけど、ダメだった?」
「少なくとも一般的な非常識の範疇を超えてると思うが……」
「非常識を超えてるって酷いなぁ。でもリオンがそう言うのなら、これくらいで自重しておくね。歩き続けて足が疲れてると思うし、お風呂や足湯を作ろうかと思ったんだけど」
そう言って踵を返す。そんなアリスの腕を捕まえた。
「……リオン?」
「やっぱりさ。他人がどうとかじゃなくて、俺達がどうしたいかだと思うんだ」
「……つまり?」
「ぜひ足湯も作って下さいお願いします」
仕方ないなぁと笑われた。
「それじゃ湯船を作るんだけど……ちょっと試したいことがあるんだよね」
「……試したいこと?」
この状況で更になにをしでかすつもりだと首をかしげる。
「こねた粘土を浴槽の形に固定して、精霊魔術で上手く水分を飛ばして加熱するから、リオンはその熱が周囲に逃げないように制御して欲しいの?」
「ん? あぁ……精霊魔術でかまどの代わりをしろってことだよな。普通にかまどを作れば良いんじゃないか?」
「だから、実験なんだよ」
「実験、ねぇ……。別に良いけど、互いに干渉しないか?」
魔術は通常の物理法則からは外れている。けど、なんでもありという訳ではない。
例えば、生物に直接影響を及ぼすことは非常に難しい。これは生物には多かれ少なかれ魔力が存在していて、それが干渉を引き起こすからだ。
そして干渉を引き起こすのはなにも、他人の魔力だけではない。
例えば、火と水の魔術を同座標で行使すれば、水が蒸発する、もしくは火が消えるといった、至って当たり前の干渉が起きる。
「息が合わなければ無理だね。けど――これで大丈夫だよ」
アリスがそう言った瞬間、アリスの感覚が俺の意識に流れ込んでくる。唐突に情報量が膨れあがり、俺は思わず顔をしかめた。
「おいおい、急に感覚共有を使うなよ」
ハイエルフであるアリスの持つ恩恵。契約した相手と感覚を共有する力だ。
「必要な情報だけだから、今のリオンならこれくらい大丈夫でしょ。それより、今から精霊魔術を使うから、それに干渉しないようにお願い」
「無茶振りしやがって~~~っ」
理論上は不可能じゃないかもしれない。
けどそれは、他人の視界を共有して、そこに写る視界を見ながら、遠隔操作で精密作業をするようなモノだ。いきなり言われて出来るモノじゃないと思う。
「リオン、はーやーくー」
「あぁもう、分かったよ!」
アリスの感覚に意識を集中して、精霊魔術を起動。熱をうちに押しとどめようとした精霊がアリスの操る精霊と干渉して、浴槽の形をした粘土を押しつぶした。
「…………………リオン」
「…………………な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
「じゃあ言うけど……リオンってもしかして不器用なの?」
「アリスが器用すぎるんだよっ! と言うか、悔しいからもう一回だ!」
と言うわけで、十回くらい同じ失敗を繰り返しつつ、なんとか陶器の湯船を完成させた。間に合わせのちゃちな出来だけど、今日一晩使うには十分だろう。
しかしこの技術、難易度はむちゃくちゃ高いけど……頑張れば鋼のような金属を作ることも可能かもしれない。そのうち、アリスと練習してみようかな。
ともあれ、陶器で出来た足湯は完成したので今回の実験は終了。俺は続けて料理用の小さなかまどを作ることにした。
「レミー、ここにかまどを作るから、薪はそこに置いておいてくれるか?」
「……え? あっ、は、はい。分かりました!」
いまだに硬直していたレミーがようやく我に返った。そうして俺の横に、運んできた薪を積んでいく。
「と言うか、一体なんなんですか? 建て物なんてさっきまでなかったですよね? 魔術って、こんなことまで出来るんですか?」
「魔術というか……これらはいわゆるアリスチートという奴だ。深く考えると疲れるから、そう言うモノだと納得しておくのが一番だぞ?」
「はぁ……良く判りませんが、とんでもないことだけは分かりました。サラお姉ちゃんが、Aランクだって言った意味が判った気がします」
呆れるレミーを横目に、俺は精霊魔術で簡単なかまどを作る。レミーは一瞬驚いたような表情を浮かべたけど、直ぐになにかを諦めたかのようにため息をついた。
「ただいま~」
かまどを作り終えた頃、ソフィアが帰ってきた。そう言えば姿が見えなかったけど、どこかに行っていたんだろうか?
「おかえり、何処に行ってたんだ?」
「夕食を取りに行ってたんだよぉ」
取りにってなんだと振り返った俺は、ソフィアの手に一羽の鳥が拘束されているのを見て硬直した。
「ソ、ソフィア? その鳥はどうしたんだ? と言うか、どうするつもりだ?」
「もちろん捕まえてきたんだよ。それよりお兄ちゃん、横に穴を掘ってくれないかな?」
「良いけど、なにをするつもりだ……?」
なんとなく嫌な予感を覚えつつ、精霊魔術で穴をあける。その瞬間、ソフィアがスカートの裾を翻して短剣を抜刀、鳥の首をスパッと刎ねた。
びくびくと震える鳥から流れ落ちる血が、俺の掘った穴に吸い込まれていく。
「ソソソッソフィア、な、なにをしてるんだ!?」
「なにって……血抜きだよ? そうしないと、お肉が血生臭くなっちゃうでしょ?」
「い、いや、それは知ってるんだけど……ざ、残酷じゃないか?」
「え、なにを言ってるのお兄ちゃん。いつもお肉を食べてるじゃない」
「それは、まぁ……そう、なんだけど……」
いや、冷静に考えれば、ソフィアはなんら間違ったことを言っていない。俺達が毎日のように食べている肉は、誰かがこんな風に処理しているものだ。
お肉を食べている以上、それを残酷だって批難することは出来ない。
だけど、だけど、だ。
ゴシックドレスを纏う、純真そうな外見のソフィアが短剣を片手に、鳥の血抜きをしている姿はなんというか……すっごいシュールだ。
と言うか、流れる血を見て微笑んでるのは、夕食のことを考えてるからだよな……?
「ねぇリオンお兄ちゃん?」
「はひ!?」
いかん、思わず声が裏返った。
「串焼きと蒸し焼きどっちが良いかなって」
「あぁ……えっと。串焼き、かな?」
「うん、分かったよぉ。それじゃ下ごしらえをしちゃうね」
ソフィアはさっき俺が作ったかまどに水の入ったお鍋を設置。手早く火をおこして。血抜きの終わった鳥を温め始めた。なんというか……作業に迷いがない。
まあ考えてみれば、ソフィアは料理をずっと勉強してたからな。こういうことが出来ても不思議じゃないか。
と言うか、見とれてる場合じゃないな。俺も甘えてばかりはいられない。
「ソフィア、俺にもなにか手伝えることはあるか?」
「それじゃあ、これを蒸した後、鳥の毛をむしってくれる?」
「……うぐ。も、もう少しハードルの低い作業はないですか?」
「羽をむしった後は……解体して、内臓の処理だけど?」
「羽をむしらせて下さいお願いします!」
わりと本気で涙目になった。
まあそんなこんなで、料理は完成するころには、俺の精神はすっかり疲弊していた。こんなのが毎日続くかと思うと……サバイバルって大変だなって思う。
いやまぁ、美味しかったけどね。凄く脂の乗った鳥の串焼き。
そんな調子で数日。代わり映えのしない森を進んでいると、アリスがおもむろにレミーの腕を掴んで歩みを止めた。
「近くに二頭のガルベアがいるよ。それも、片方は子供みたい」
「――え? どこですか?」
レミーの表情がいつになく真剣なモノへと代わった。今みたいにガルベアに遭遇してやり過ごしたのは何回もあったんだけど、今度は子供がいると聞いたからだろう。
小熊がいると、親熊は凶暴になるって言うからな。
「あっちの方……あの木の向こうかな?」
アリスは前方斜め右方向を指差す。釣られてそっちを見るけど、俺にはガルベアらしき姿は発見出来なかった。けど、レミーは小さく息を呑んだ。
「まずいですね。一度下がって距離を取りましょう」
レミーがそう言って来た道を引き返そうとする。けど、アリスが再びその腕を掴んだ。
「心配しなくて平気だよ。私がちゃんと追い返すから」
「疑う訳ではありませんが、避けられる戦闘は避けるべきです」
「それはまぁ……そうなんだけど、ね」
アリスにしては歯切れが悪い。こういう時はなにか理由がある。そう思った俺は「引き返すとまずいのか?」とアリスに尋ねた。
「んっとね。心配しないように黙ってたんだけど、数日前から三人組に後を付けられてるんだよね」
「ええぇぇぇえぇっ!? ど、どどどうしましょう? 盗賊の類いでしょうか!?」
レミーが驚きの声を上げた。
結構大声だったから、相手にも聞こえたんじゃないかなと思いつつ後ろを振り返るけど、見える範囲にそれらしき姿はない。
「結構距離は開いてるよ。最初は偶然かと思ったんだけど、時々三十メートル範囲に入ってくるんだよね。たぶんだけど、私達が通って出来た道を目印に、後を付けてきてるんだと思う」
「なるほど……」
俺達は豪快に森を切り開いて進んでいる。後を追跡するのは簡単だろう。
だけど……そうなると、偶然って線はなさそうだな。
ただの賊? それとも……と思い浮かべたのは、クレインさんの忠告だった。パトリック、もしくはその手のモノという可能性も否定出来ない。
だとしたら、いきなり殺しにかかってくる可能性もあるし油断は出来ない。それに、グズグズしてると、ガルベアと鉢合わせになる。
さてさてどうしたモノか――なんて思ってたら、前方から獣の咆吼が響いた。
「ガルベアに見つかったみたいだね。そして更に言うと、後ろの連中もこっちに向かって走り出したみたいだよ」
タイミングが悪い。いや……俺達を付けてきてた連中は、俺達がガルベアと交戦するタイミングを見計らってたのか?
「ふむ……アリス、ガルベアを傷つけずに追い返せるか?」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃあ、アリスはガルベアを追い返してくれ。俺は後ろの連中を相手にするから」
「りょーかいだよっ」
アリスはガルベアの方へと向かう。それを見届け、俺はソフィアに視線を向けた。
「ソフィアはレミーの護衛を頼めるか?」
「うん、任せて。リオンお兄ちゃん、気を付けてね?」
「ありがと、気を付けるよ」
ソフィアを安心させるように笑いかけ、それからレミーへと視線を向けた。
「そう言う訳だから、レミーは大人しくソフィアの側にいてくれよ?」
「いえ、あの……さっきからなにを言ってるんですか? ガルベアと盗賊に挟まれてるんですよね? 直ぐに離脱しないと!」
慌てるレミーの腕をソフィアが掴んだ。
「心配しなくて大丈夫だよ。ガルベアはアリスお姉ちゃんが追い返してくれるし、後ろの三人組はリオンお兄ちゃんが叩きのめしてくれるから」
「ですが……」
なおも不安げなレミーをソフィアが優しく諭している。
あっちは大丈夫そうだなと判断。俺は出来るだけ気配を殺して、近くの木陰に身を隠した。そうして背後から迫る連中に不意打ちを仕掛けるタイミングを計る。
ほどなく、草木を掻き分けて走ってくる音が聞こえる。俺は頃合いを見計らって飛びだし、驚きの表情を浮かべる男の鳩尾に拳を叩き込んだ。
……まずは一人。
「てめぇっ、なにしやがる!」
俺に気付いたもう一人の男が声を荒げるけど、それはこっちのセリフだ。ガルベアとの交戦中を狙って襲ってくるとか、根性が腐りすぎてる。
と言う訳で、俺は言うことはないと無言で距離をつめた。
「お、おい? ちょ、待て――くっ!」
男が慌てて戦闘態勢を取るけど――遅い。俺は軽くフェイントを一つ。足払いを掛けて転ばせ、その顎先を蹴り飛ばして意識を奪った。
そして残った最後の一人は――と視線を向けると、そいつは宙を舞っていた。どうやら、ソフィアに投げ飛ばされたみたいだ。なむ。
「二人とも、大丈夫だったか?」
「ソフィアは大丈夫だよ。レミーさんも大丈夫。アリスお姉ちゃんは……」
ソフィアはそう言って、アリスの向かった方へと視線を向ける。ちょうどアリスが戻ってくるところだった。
「私も大丈夫。ガルベアはちゃんと怪我をさせないように追い返してきたよ」
「おぉ、さすがだな」
撃退だけなら俺にも出来るけどな。熊の進化形みたいな魔物を怪我させずに追い返すのは難しい気がする。
「――えぇぇ!?」
不意にレミーが素っ頓狂な声を上げる。なにごとかと視線を向けると、レミーはソフィアの足下で倒れている男を見て目を見開いていた。
どうかした……って、え? このおっさんダニエルじゃないか?
……どういうことだ? てっきりパトリックの関係者かと思ったんだけど、このおっさんがパトリックに雇われてたとか?
それとも、パトリックとは無関係で、ただたんに俺達がAランクの冒険者になったことに嫉妬して襲い掛かってきた?
……まあ尋問すれば分かるか。と言う訳で、三人纏めて拘束した。






