エピソード 3ー5 いざ森へ
――翌朝。待ち合わせ場所である町外れでレミーと合流したのだけど、
「……みなさん、森を舐めてるんですか?」
開口一番、レミーはジト目で言い放った。
「いや、別に舐めてないけど……どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃありませんよ。なんですか、その格好は」
言われて俺は自分の着ている服を見下ろす。俺が着ているのは、ワイシャツに長ズボン。アリスの紋様魔術が刻まれた、いつもの動きやすい服装である。
「……何処もおかしいところはないと思うけど?」
「いえ、リオン様も十分突っ込みたいところですけど……まあ百歩譲るとして、後の二人は明らかにおかしいですよね……?」
言われて二人に視線を向ける。
アリスが着ているのは、肩出しのブラウスに、ティアードスカートのミニ。ニーハイソックスとスカートのあいだに見える絶対領域がまぶしい。凄く俺好みの服装である。
続いてソフィアが着ているのは、白と黒を基調としたゴシックドレス。大きく広がったロングスカートの裾から、ニーソックスがちらりと見え隠れしている。やはり可愛い。
「何処もおかしくない。可愛いだろ?」
「いえいえいえ、たしかに可愛いですけど、そう言う問題じゃなく! その格好で森に入るつもりですか? 虫に噛まれたり怪我をしますよ!?」
「あぁ、そういう意味なら心配いらないぞ。俺達の服は特別製だから」
もちろん、アリスが刻んだ紋様魔術のことである。今回はいつもの三点セットからレーザー級を外し、代わりに厚手の布地くらいの防御力が付与されているのだ。
ちなみに、今まで深く考えてなかったんだけど、一人が常時発動出来る紋様魔術の数には制限があるらしい。
紋様魔術は人が無意識のうちに魔力素子を返還して得た魔力を消費して発動する。なので、魔力の消費量にもよるのだけど、一般的には三つくらいが限界らしい。
なお、無理をして複数の紋様魔術を併用した場合は、魔力欠乏症――衰弱して、一時的にエリーゼさんと同じような状態になってしまうとのこと。
もっとも、意識的に魔力を生み出せる俺やアリスならある程度の融通は利くんだけど……その辺はたぶん、ソフィアに併せたのだろう。
まあそれはともかく、レミーに紋様魔術が刻まれているから大丈夫だという説明をした。
「大丈夫だって言うならなにも言いませんけど……もし無理そうなら、途中でも引き返しますからね?」
「ああ。それで構わないぞ。と言うことで、さっそく出発しよう」
「私が森を切り開くので、皆さんはその後についてきて下さい。それと、ペースがきつかったら言ってくださいね」
たどり着いた森の入り口、レミーが茂みを切り開きながら歩き始めたので、俺はその言葉に従い、後をついていく。
だけど……隣を歩きたいからだろうか? ソフィアは俺の横で、いつの間にか抜き放った短剣を振るいながら、自分で道を切り開いている。
今更だけど、ゴシックドレスを着た幼い少女が、短剣を振るいながら森を突き進む光景はちょっと……いや、かなりシュールだ。
そんなことを考えながら、反対側に視線を向ける。こちらではアリスが、やはり俺の隣を歩いていたのだけど……アリスはなにをするでもなく、スタスタと歩いている。
なんでそんな平然と歩けるんだ――って思ったら、行く先の茂みが自らアリスを避けているように見える。
……もしかして、精霊魔術を使ってるのか? ズルイ、俺も使おう。
んんっと……風圧で掻き分ければ良い感じかな? いや、それだと絡まってるツタが排除出来ないな。風圧で退かない枝やツタだけは切断して……っと。
おぉ、これは便利だな!
――とまぁそんな感じで森を進むことしばし、俺はおもむろに足を止めた。前を歩いていたレミーが足を止め、呆れ眼で俺達を見ていたからだ。
「……皆さん、ホントに規格外なんですね。なんだか自分の常識が揺らぎそうです」
「あぁ、気持ちは判るぞ。アリスとソフィアは規格外だからな」
「……えっと、いえ……そうですね」
呆れ眼で見られてしまった。俺も規格外とか言いたいんだろか?
そりゃ俺だって、精霊魔術はそれなりに使いこなせてきてるけど……本当の意味で規格外な二人と一緒にされると……少し複雑な気分になる。
そんな俺の内心が伝わったのか、伝わらなかったのか、伝わらなかったんだろうなぁ……レミーはため息を一つ、前を向いて再び歩き始めた。
「なんにしても、このペースで進めるのは嬉しい誤算です。この分なら、先に出発したメリッサさん達に引き離されなくて済みます」
「このペースでか? ……かなりゆっくりなペースだろ?」
「普通はこれでも大変なんですよ? と言うか、草木が人を避けるとか想定外です」
「それを言われると困るけど……取り敢えず、もう少し早くても大丈夫だぞ?」
「いえ、体力も気にはしてますけど、これ以上急ぐとガルベアと遭遇する可能性が高まります。出来れば、不意の遭遇で戦闘になるのは避けたいですからね」
「あぁ……そう言うことか」
熊が魔力素子を吸収して変位した魔物だそうだからな。習性は熊と同じなんだろう。つまり、ばったり遭遇したら、ガルベアが驚いて襲い掛かってくるかもしれないと。
ガルベアとの遭遇を避けるだけなら、歌でも歌いながら歩けば良いんだろうけど、リュクスガルベアに逃げられるのは困る。
なにやら周囲を警戒して歩いているなとは思っていたけど、そういう理由だったらしい。と言う訳で、俺はなんとかならないかとアリスに視線で問いかける。
「そうだねぇ……生物が多いし森が深いからね。何秒かに一回探知する感じでも、半径三十メートルくらいが精一杯かな」
「ふむ。それなら、ガルベアを事前に発見出来そうか?」
「えっと……大型の生物がいるのは確認出来るけど、ガルベアとリュクスガルベアの区別なんてつかないから、どっちにしても視認する必要はあると思う」
「ふむふむ。まぁそれでも、進軍速度は上げられるよな?」
「そうだね。と言う訳でレミーちゃん、もう少し速度を上げて大丈夫だよ?」
「ええっと……どういうことですか?」
アリスの申し出にレミーは首をひねる。
「アリスは気配察知の恩恵を持ってるんだ」
「――恩恵!? それって神様から授かったと噂される能力ですよね? 凄いっ、恩恵を保持してる人と初めて会いました!」
レミーの尊敬の眼差しを受けて、アリスは苦笑いを浮かべている。まあソフィアも恩恵持ちだし、アリスに至っては恩恵の二つ持ち(ダブル)だからな。
「取り敢えず、三十メートル以内にガルベアがいれば教えてくれるみたいだぞ」
「三十メートル……凄いですね。歩いているあいだ、ずっと使っていられますか?」
レミーはアリスに向かって尋ねる。
「多少の疲労はあるけど、三十メートルなら大丈夫だよ」
「ちなみに、今は近くにガルベアとかいますか?」
「今はいないよ。さっき、レミーちゃんが回避した方向には一体いたけどね」
「ふわぁ……凄い、本当に分かるんですね」
「ふふっ、もしかして疑ってた?」
「え? いえ、その……ごめんなさい」
少し申し訳なさ気な表情を浮かべるレミーに、アリスはクスクスと笑う。
「こっちこそごめん、冗談だよ。レミーちゃんはガイドだし、不確かな能力を当てにする訳にはいかないもんね。でも、示した通り本物の恩恵だからペースを上げて良いよ」
「分かりました。それじゃ一日の遅れを取り戻しましょう」
そんなこんなで、俺達はすこしペースを上げて森の奥へと向かった。
それから、休憩を挟んで歩き続けること数時間。
日がだいぶ傾き始めた頃、レミーは少し開けた広場で足を止めた。
「そろそろ日が沈みます。今日はここを野営地としましょう。まずはテントと夕食の準備、それに薪拾いですね」
「あっ、それじゃ寝るところの準備は私がするよ」
アリスがいの一番に名乗りを上げる。それが予想外だったのだろう。レミーは少し意外そうな表情を浮かべた。
「手伝って頂けるのはありがたいですが……大丈夫ですか?」
「うんうん、心配しなくて平気だよ」
「そうですか。ではテントはアリス様にお任せします。あとは……」
「夕食の準備はソフィアがするよ!」
「えっと……」
ゴシックドレスを身に纏う、いかにもお嬢様な幼女。なので料理が出来そうには見えなかったのだろう。レミーは再び戸惑いの表情を浮かべる。
だから、ソフィアは料理が上手だから大丈夫だぞとフォローを入れておいた。
「そうですか。では……薪拾いを私が引き受けます」
「んじゃ、俺もそれに付き合うよ」
「え、ですが……よろしいのですか?」
「平気平気。薪を拾うのなら男手があった方が良いだろ。それにガルベアとかが出たときも、レミー一人じゃ危ないしさ」
「それじゃ……その、お願いします」
てな訳で、俺とレミーは薪拾いをすることになった。
「……なんと言いますか、伯爵様に薪拾いなんてさせて良いんでしょうか?」
薪を拾いつつ、レミーがぽつりと呟く。
「無理言ってガイドを引き受けてもらったのはこっちだからな。気にしない気にしない」
「うぅん。まあ……私一人でやれって言われると、それはそれで大変なんですけどね。皆さん自主的に手伝って下さったので、少し驚いてます」
「俺達はちょっと変わってるからな」
普通の貴族ならまず手伝わないだろう。……いや、そもそも森でサバイバルをしようと思わないか。
「でも、あの二人にテントと料理の準備をお願いして大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。ソフィアはさっきも言ったけど料理が上手だし、アリスは…………」
アリスの奴、テントの作り方なんて知ってるのか? あぁいや、俺と出会う前は旅をしてたんだし、テントを作ったことくらいあるだろう。
だけど……アリスの奴、なんて言ってた? テントを作る――ではなく、寝るところは私が準備するとか言ってたよな?
微妙なニュアンスの違いに一抹の不安を覚えるのは、俺の考えすぎ……なんだろうか?
「リオン様、どうかしたのですか?」
「なんか、急に嫌な予感がしてさ。違うな。嫌な予感って訳じゃないんだけど、自重されてない予感って言うのかな?」
「ええっと……?」
「悪い、なんでもない。取り敢えず薪も拾い終わったし、広場に戻ろう」
そうして帰ってきた野営地。
なにもなかったはずの広場に、人の高さくらいの土壁に囲まれた小屋が出来ているのを見て、俺はやっぱりかと苦笑いを浮かべた。






