エピソード 3ー4 クレアからの手紙
明日からは森で数週間過ごすことになる。なので色々と準備が必要なんだけど、それらの大半を、クレインさんの使用人が引き受けてくれた。
と言う訳で、グランプ侯爵邸の客間。俺は久々のティータイムを楽しんでいた。
「こうして二人で紅茶を飲むなんて随分と久しぶりだな」
向かいの席にはミリィ母さん。
クレアねぇやアリス。そしてソフィアといった面々が一緒になってからは、ミリィ母さんはずっと使用人として働いてくれている。
こんな風に一対一でティータイムを過ごすのは本当に久しぶりだ。離れに閉じ込められていた頃を思いだして懐かしくなる。
いや、閉じ込められていたのが懐かしい訳じゃないぞ。俺にそんな趣味はないからな。
「リオンの回りには、いつも可愛い女の子達がいるものね」
「それは否定しないけど……なんかトゲがある気がするんだけど?」
「まさか、そんなことはないわよ? ただ、いつになったら孫の顔を見させてくれるのかしら――とは思うけどね」
「……孫って、俺はまだ十六歳だぞ」
「もう子供がいてもおかしくない年齢よ?」
……そうだった。十二歳で結婚出来るからな。十六で子供がいるのは珍しくない。と言うか俺も、ミリィ母さんが十六の時に産んだ子供だったな、そう言えば。
「まあ……今はまだ考えられないな。もう少し色々と落ち着いたら考えるよ」
アリスに続いてソフィアと付き合うことになったけど、クレアねぇとの関係はまだハッキリしていない。エリーゼさんの件もあるし、さすがに孫とか考えている余裕はない。
「ふふっ、楽しみにしているわよ」
何処まで分かっているのか、ミリィ母さんはクスクスと笑う。とまぁそんな感じで久々の家族での団らんを楽しんでいるとエルザが尋ねてきた。
「どうかしたのか?」
「はい、クレア様からお手紙が届いています」
受け取って素早く手紙の封蝋に目を向ける。間違いなくクレアねぇからの手紙のようで、そこにはグランシェス家の紋章が刻印されていた。
エルザに感謝の言葉を伝えて手紙を見ようとするが、エルザは退出しようとしない。
「まだなにかあるのか?」
「明日からの森の探索、私を護衛としてお連れ下さい」
「そのことか。言っただろ、屋敷に残ってくれって」
「リオン様達が護衛を必要としないほどお強いのは存じております。しかし私はリオン様達を護るために存在しているのです」
なにやら必死な面持ち。まるでここで置いて行かれたら、自分の存在価値がなくなってしまうと思っているかのような表情だ。
「あのな、エルザ。俺はエルザが必要ないなんて言ってないぞ。必要だから、屋敷に残ってくれって言ってるんだ」
「どういうことでしょう?」
「リュクスガルベアを狩るには、気配察知の恩恵を持つアリスを外すわけにはいかない。そして、エリーゼさんの心配をするソフィアもな」
そういう意味では、いなくて問題ないのは俺くらいだろう。けどそんな俺も、二人に任せて留守番なんて出来ないし、サラさんにレミーを任された責任もある。
「留守のあいだ、ミリィ母さんを護っててくれ。俺の代わりに、な」
「それは、あの……もしかして?」
エルザは少し焦るような表情を浮かべる。もしかしてがなにを指すのか考え、すぐにエルザが誤解していることに気が付いた。
エルザは、俺がクレインさんを信用していないと思ったのだろう。だから俺はそうじゃないと首を横に振った。
「この屋敷にいる限りは安全だ。けど、この街は治安が良いとは言え、ミューレの街ほどじゃない。貴族の関係者だからって狙われることもあるんだ。そういう意味で、エルザについていて欲しいんだ」
そうして、俺はクレインさんが一部の領民に恨まれていることを伝えた。
「そう言うことですか。かしこまりました。このエルザ、騎士の名誉に懸けて、必ずやミリィ様をお守りします」
「ああ。任せたぞ」
とまあそんな訳で、俺はエルザを見送った。
ちなみに、エルザを見送ったあとのミリィ母さんの一言は、リオンは心配性ねぇだった。正直、ミリィ母さんにだけは言われたくない。
まあそれはともかく――と、俺はクレアねぇからもらった手紙を開封。その中身に目を通し、思わず息を呑んだ。
「……リオン、どうかしたの?」
「ちょっとアリスのところに行ってくる」
「あら、さっそく孫を作る気になったのね」
「なんでだよっ、ちょっと手紙の内容について話してくるだけだ!」
ともあれ、俺はアリスの部屋の前に到着。扉をコンコンコンとノックする。
「――リオン? 入って良いよ」
「……良く俺だって分かったな」
俺は少し驚きつつ部屋の中に。そこにはアリスとソフィアが丸テーブルを囲んでお喋りをしていた。
「リオンのノックの癖くらい覚えてるよ。それに、この屋敷でノックが三回な人も限られてるしね」
「あぁ、そっか」
ノックの回数は用途によって別けられている――と言うのは、もとの世界では諸説あった。けど、この世界ではちゃんと回数が決まっている。
ノックの回数が三回なのは親しい間柄だけ。この屋敷に滞在するものでアリスの部屋を三回ノックするのは、俺とソフィアとミリィ母さんくらいだろう。
「それで、どうかしたの?」
「あぁ、いや、アリスに用事があってきたんだけど……」
俺は二人のいる丸テーブルの席に座りつつ、ソフィアをちらり。
「うん? もしかして夜の秘め事? それだったら、ソフィアも参加するけど?」
「――違うから!」
……って、いま参加するって言わなかったか? いやいや、気のせいだな。気のせいに決まってる、気のせい……だと良いなぁ。
「ねぇリオン? 確かにソフィアちゃんは高度なプレイにも耐えうる知識を持ってるけど、最初くらいは二人っきりでしてあげた方が良いんじゃない?」
「だから違うっつってんだろ!? ……って、そう言えば、俺とソフィアが付き合い始めたって、報告はまだだったな。なんか知ってるみたいだけど」
「あぁうん。それならソフィアちゃんから聞いたよ。おめでとう、リオン」
「ありがとう……って、アリスから祝福されると、ちょっと悩ましいな」
「なになに? リオンは私に嫉妬して欲しいの?」
「そう言う訳でもないんだけどな……」
特定とは言え多数の女の子と付き合う以上、女の子同士は仲良しの方が良いに決まってる。けど、少しは妬かれたいと思ったりもする。
あとは、なんかこう……罪悪感的に責められた方が楽な気もする。
「大丈夫だよ、リオン。私はリオンが好き。それにソフィアちゃんやクレアのことも、ね。だから、四人で上手くやっていけるよ」
「ありがとう……って言うか、さらっとクレアねぇも含まれてるんだな」
「今更仲間はずれにはしないでしょ?」
「仲間はずれって……」
付き合う付き合わないはそう言う理由で選ぶものじゃないと思う。とは言え、クレアねぇに告白されてからはや数年。いいかげん答えを出す時期なのかもな。
「今回の問題が解決したら、クレアねぇとも話してみるよ。アリスは……良いとして、ソフィアもそれで良いかな?」
「うん。ソフィアはみんな一緒の方が嬉しいよ」
「そっか……ありがとう」
ホッとする反面、やっぱり少しだけ寂しい。と、そんな俺の内心を読んでいるのだろう。アリスがクスクスと笑った。
「男心は複雑だねぇ」
「……ほっといてくれ」
「ふふっ、良いけどね。それで、ホントのところはなにをしに来たの?」
「実は相談があったんだけど……」
クレアねぇからの手紙に書かれていたのは、エリーゼさんの病状について。容態が悪化したため、このままではあと数ヶ月の命だと書かれていたのだ。
それをソフィアに教えるべきか否か。それをアリスに相談しに来たんだけど……正直、タイミングが悪かった。
「リオン? なにか問題があったの?」
「それは……」
アリスに問われて、俺は思わずソフィアを盗み見てしまう。そんな俺の視線に気付いたソフィアが小首をかしげた。
「……リオンお兄ちゃん?」
「――っ」
とっさに浮かんだのは、この事実をソフィアに教えるべきではないという思い。だけど、その感情がソフィアに伝わってしまう。
「……リオンお兄ちゃん。ソフィアを心配して、なにか隠そうとしてる?」
「――ダメだっ!」
とっさに声を荒げた。だってこの状況はあの日――俺がソフィアの両親がなにをしたのか隠そうとして、ソフィアが恩恵で俺の心を読んだ時と同じだったから。
俺はあの日と同じ結末を予想して焦ったのだけど、ソフィアが浮かべた感情は絶望ではなかった。どこか穏やかな表情で、真っ直ぐに俺を見つめている。
「リオンお兄ちゃん。リオンお兄ちゃんが隠そうとするのなら、ソフィアは無断で心を読んだりはしないよ」
「ソフィア……」
あの日とは違う展開。ソフィアが成長してるんだなって思って嬉しくなる。けどその反面、次の言葉を予想して少しだけ困った。
そして、ソフィアは俺の予想どおりの言葉を口にする。
「でもね、それがソフィアを心配してのことなら教えて? ソフィアは大丈夫だから」
恩恵で心を読めば、直ぐに知ることが出来る。にもかかわらず、ソフィアは恩恵を使わず、俺に教えて欲しいと真正面からぶつかってきた。
そんな反応を見せられて、心配だから教えないなんて……言える訳ないだろ。
「分かった。教えるよ。でも、落ち着いて聞いてくれよ」
「ありがとう、リオンお兄ちゃん」
紅い瞳を輝かせ、ふわりと微笑む。ソフィアの成長は嬉しいんだけど……話す内容を考えると喜んでもいられない。
俺は小さく息を吐き「エリーゼさんの容態が悪化したらしい」と伝えた。
「……え、お母さんが? 嘘、だよね」
「残念だけど……容態が悪化したのは事実だ。クレアねぇから手紙が届いたんだ」
「それじゃあ……お母さん、死んじゃう、の?」
「いや、今は持ち直して小康状態を保ってるって。だから、数ヶ月は大丈夫だそうだ」
「それじゃ……今回のリュクスガルベアのキモを手に入れれば間に合う?」
「ああ。きっと間に合う。俺達だけじゃ絶対にとは言えないかもしれないけど……クレアねぇが方々で手を尽くしてくれてるんだ。だから、きっと大丈夫だよ」
本当なら、絶対に大丈夫だって言ってあげたいんだけどな。
不安を感じている俺が気休めを言っても、恩恵のあるソフィアにはきっと見透かされてしまう。そう思ったから、俺は正直に今の予想を伝えた。
「……リオンお兄ちゃん、教えてくれてありがとね」
「いや、良いんだけど……ソフィアは大丈夫か?」
「お母さんのことは心配だけど、二人が一緒にいてくれるから大丈夫だよ。……一緒に、いてくれるよね?」
そんな不安げな上目遣いを向けられ、ノーと言えるはずがない。
いや、そもそも言う気はない。と言う訳で「もちろんだよ」と答えた。
「ありがとうリオンお兄ちゃん。それじゃ今夜は一緒に寝てね」
「……はい?」
「それじゃ決まりだねっ!」
「待った待った、一緒に寝るって、なにを言ってるんだ?」
「この部屋で一緒に眠るって意味だよ?」
「いやいやいや、それはちょっとまずいだろ」
「大丈夫、寝るだけ、寝るだけだから!」
……いやそんな、さきっちょだけ見たいな口調で言われても。絶対に寝るだけで終わらないフラグじゃないですか。
「とにかく、ここはクレインさんの屋敷だし、一緒に寝るのはまずいって。アリスとソフィアの二人で寝れば良いじゃないか」
ソフィアが何処まで本気なのかは分からない。少なくとも、不安を押し殺したくてはしゃいでいるって言うのは間違いないだろう。
けど、いや、だからこそ、本当に寝るだけなのか怪しい。それで不安が消えるならとも思わなくはないけど……クレインさんの屋敷でソフィアと寝るのはまずい。
なんかこう……クレインさんに呪われそうな気がする。
「どうしてもダメ? ソフィアのお願い聞いてくれないの?」
「大抵のことは聞いてあげるつもりだけど、なんでもって訳にはいかないな」
「なんでもなんて言わないよぉ。えっちぃことだけ」
「それがダメなんですけど!?」
このあと、むちゃくちゃセットクした。
読み間違った人はかなり毒されてると思います。






