エピソード 2ー3 誕生日プレゼント
季節は巡り初夏。ミリィが居なくなってから迎える初めての誕生日、俺は九歳になった。そんな節目に、俺は父ロバートに呼び出された。
ミリィのように誕生日を祝ってくれるかもなんて期待してた訳じゃない。だけどそれでも、もしかしたら何らかの言葉を掛けてくれるかも……なんて思っていた。
だけど訪れた執務室。
「リオンよ、お前の婚約者が決定した」
父が俺に投げ掛けたのは、無慈悲な現実だった。
「……婚約、ですか?」
「そうだ。お前はいずれスフィール家の娘と結婚して貰う」
スフィール家? いつか何処かで聞いたような? どこか……は、離れしかないな。じゃあミリィかクレアねぇから聞いたはずだけど……あっ、思い出した!
「確か、俺より三つ年下の女の子が居るそうですね」
「……ほぅ? よく知っているな。その通りだ。お前にはスフィール家のソフィア嬢と結婚して貰う」
三つ年下の女の子、ねぇ。クレアねぇの相手と比較したら破格の相手だけど……知らない相手と結婚って言われてもなぁ。
「……拒否は、出来ないんでしょうね」
「無理だな。しかし、お前にとっても悪い話ではないはずだぞ」
意味深な眼差し。人に望まぬ婚約を押しつけてなにをって思ったけど、もしかして俺の内心に気づいた上での言葉なのか?
「……悪い話ではないというのは、どういう意味でしょう?」
「それは――」
「――それは、下賤なお前にお似合いの田舎貴族ってことだよ!」
突然扉が開き、見知らぬ少年が部屋に踏み込んでくる。……いや、見知らぬもなにも、俺の知ってる男性って、この世界では父しか居ないんだけどさ。
「ブレイク、ノックもせずになんだ」
「これは失礼、父上」
「父上って……もしかして兄上?」
「妾の子の分際で俺を兄と呼ぶなっ、汚らわしい!」
ブレイクは近くにあった調度品をひっつかみ、俺に向かって全力で投げつけた。
怒りにまかせて投げたせいで方向が定まっていなかったのか、調度品は俺の斜め後ろの壁にぶつかって砕け散る。
あぶないなぁ……顔にでも当たってたら大怪我をするところだぞ。
これが本当に俺の兄なのか? 瞬間湯沸かし器かなんかの間違いだろ。俺より六歳年上のはずだけど、これならクレアねぇの方がよっぽど大人じゃないか。
「聞こえなかったのか? 俺を兄と呼ぶなと言ったのだ」
「……失礼しました、ブレイク様」
出来れば兄とも仲良くしたいと思ってたけど、少なくとも今は無理そうだ。
まぁ彼はキャロラインさんに、自分の地位を脅かすかも知れない妾の子――なんて感じの悪口を聞いて育ってるんだろうし仕方ない。
グランシェス家を継いだ後なら精神的に余裕も出てくるだろうし、その頃にもう一度話し掛けてみよう。
今はそれよりも――と、俺は父に視線を戻す。
「婚約の件を了承する代わりに、一つお願いを聞いて貰えないでしょうか?」
「――なにを図々しい。お前は言われたとおりに結婚すれば良いのだ」
「ブレイク、お前は黙っていなさい」
「しかし父上――っ」
父に一睨みされ兄は一歩後ずさる。
情けない――って言いたいところだけど、今の父はかなり迫力があった。なんとなくキャロラインさんの言いなりみたいに思ってたから意外だ。
「リオン、お願いとやらを言ってみるが良い」
「結婚までにスフィール家を訪ねてみたいんです。その許可を頂けませんか?」
「……ほう? それは何故だ」
「どうせ結婚をするのなら、お互いのことを事前に知りたいと思ったからです」
なんて、嘘じゃないけど半分は建前だ。
相手と会ってみた結果、上手くやっていけそうなら結婚も考えてる。だけどそうじゃなかったら、結婚しなくて済む方法を考えるつもりなのだ。
なんて風に考えつつ視線を受け止めていると、父はにやりと口の端を吊り上げた。
「良いだろう。今すぐという訳にはいかぬが、結婚までに会う機会を作ると約束しよう」
……あれ? こっちの思惑がバレたって思ったけど気のせいか? それとも、判った上で会わせてくれるってこと? ……まぁ会わせて貰えるならどっちでも良いか。
そんな訳で、俺はお礼を言って執務室を後にした。
「弟くん、ここに居たのね」
離れへと帰ろうと屋敷を出たところで、クレアねぇに呼び止められた。
「クレアねぇ? どうかしたのか?」
「ええ。今日はね、弟くんにとびっきりのプレゼントがあるのよ」
「プレゼントって……なんでいきなり?」
「弟くんの誕生日だからに決まってるじゃない」
お、おぉぉぉぉ……ミリィが居なくなった上にさっきの展開で、もう誰にも祝って貰えないって思ってたからちょっと――いや、かなり嬉しい。
「ありがとう、クレアねぇ!」
思わずクレアねぇに抱きつく。
「お、弟くん、嬉しいのは判ったけど、さすがに誰かに見られたら大変よ? だから、その……そう言うのは、二人っきりの時に、ね?」
「ご、ごめん!」
飛び退いてクレアねぇを見ると、その頬が赤く染まっていた。
えっと……恥ずかしかったから、だよな? なんか姉としてしちゃいけない反応な気がするけど……気のせいだよな?
「こほんっ、それで弟くん、プレゼントはなんだと思う?」
「もしかして……」
「ええ、色々学びたいって言ってたでしょ?」
「おぉっ、さすがクレアねぇ!」
なんだろうな。もしかして書物かな? 魔術の使い方とか書いてる本だと凄く嬉しいんだけど……あぁでもこの世界の歴史書とかも捨てがたいし、世界地図とかでも良いなぁ。
「――アリスティア!」
クレアねぇが背後に向かって声を掛けると、曲がり角の向こうから十六、七歳くらいの少女が姿を現した。質素な服を着てるけど……凄い美少女だな。
「ええっと、その人がどうかしたのか?」
「プレゼントよ?」
「……はい?」
「だから、この奴隷が弟くんへのプレゼント」
「………………………あぁ、奴隷ね。奴隷。なるほど、それは丁度欲しかったんだ~とか言うかこのバカ姉!」
「ちょっ、バカ姉ってなによ!?」
「バカだからバカ姉って言ってるんだ! プレゼントが奴隷ってどういうつもりだ!?」
「ふぅ、弟くんは判ってないわねぇ」
クレアねぇは仕方ないわねとため息を吐いた。なんで俺の物分かりが悪いみたいな空気を醸し出してるんですかねぇ。
「あのね、弟くん。こんなに可愛くて若い奴隷よ? やることは決まってるじゃない。彼女を相手に色々な経験を積むと良いと思うわ」
「良いと思うわ――じゃないだろ! 弟になにを勧めてるんだよ!?」
百万歩ほど譲って、世界が違うからと奴隷の存在を許容するとしても、それを弟の誕生日に贈る意味が判らない。
なんか年を重ねるごとにクレアねぇの頭がお花畑になって言ってる気がするぞ。なんて思っていたら、クレアねぇが俺の耳元に顔を近づけてきた。
「弟くんは知らないかも知れないけど、その娘はエルフ族なの。見た目より長く生きていて、知識も豊かなはずよ」
クレアねぇは囁き声を残してクルリと一回転、俺から距離を取ると悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「――だから、ね。これから毎晩、彼女に色々と教えて貰えば良いと思うわ」
最初の焼き直しのようなセリフ。最初はふざけた内容だと思ったけど、さっきの囁きを考慮するとまるで意味が変わってくる。
「……もしかして、書物とかだとメイドさん経由でバレるから、こんなプレゼントにしてくれたのか?」
「ふふっ、みんなには秘密よ?」
そう言って人差し指を唇に添える、その姿はまるで天使のように見えた。最初はなにを馬鹿なって思ったけど、ちゃんと俺の頼みを覚えててくれたんだな。
「……ありがとうクレアねぇ。さっきはバカ姉なんて言ってごめん。最高の誕生日プレゼントだよ」
「ふふっ、そこは最高のお姉ちゃんだよって言って欲しかったんだけどなぁ?」
冗談なのだろう、クレアねぇは悪戯っぽい笑みを浮かべている。だけど、俺にとってはそれくらい嬉しい誕生日プレゼントだったから、
「クレアねぇは最高のお姉ちゃんだよ」
「~~~~っ。あーもー可愛いわね、弟くんは! そんな素直な反応をされると、なんでも聞いて上げたくなっちゃうじゃない!」
そう言って俺をギュッと抱きしめてくる。……へぇ、まだ小さな子供だって思ってたけど、なにげに成長して……じゃなくて。
「こら、誰かに見られたらまずいって言ったのはクレアねぇだぞ?」
「あ、そうだったわね。ごめんね」
クレアねぇは俺から離れて頬を染めた。だから、反応がちょっとおかしいってば。
誰かに見られてないだろうな――と視線を巡らせた俺は、こちらを伺っているブレイクを見つけた。
……まさか今のを見られたのか? これはやばいかも……って思ったけど、彼は俺の視線に気付くなり、踵を返して立ち去っていった。
「弟くん、どうかしたの?」
「え? ……んっと、いや、なんでもないよ」
「そう? なら良いけど。奴隷の件はお母様には許可を取ってあるから心配しないでね」
「…………は?」
「だからね。奴隷をプレゼントなんてしたら、すぐにお母様の耳にも入るでしょ? だから、前もってお母様に許可を取ってあるの」
「許可って……まさ、か?」
「たぶん弟くんの予想通りよ。弟くんが婚約するって聞いたから、相手の女の子に嫌われないように、経験を積ませた方が良いと思うんだけど――って話したの」
「うわぁ………………」
なんてこったい。弟の性知識を心配して奴隷をあてがう姉と、それを許可する継母とか、俺はどんな反応をすれば良いんだよ。
なんて思ってたら、クレアねぇが再び顔を寄せてきた。
「メイドさんにもそれで話が伝わってるから、ちゃんとそれらしく振る舞うのよ?」
「……それらしく?」
「例えば、毎晩アリスティアと一緒に寝るとか、かしらね? あ、でも弟くんくらいの若い男の子って、一日に一回程度じゃおさまらないのよね?」
「――ぶっ!?」
ちょっと、なんて事を聞いてくるんですかね!?
「一日に何度かそれらしい行動を取った方が良いと思うんだけど、弟くんはどう思う?」
「て、適当で良いんじゃないかな?」
「ダメよ。もしバレたら、ミリィさんの二の舞なのよ。疑われないように、本来の行動に併せる必要があるわ」
「それは、そう、なんだけど……」
ぐぎぎ。なに? なんなのこの羞恥プレイ。俺はまだ二次成長が始まってないから、そんな事はないよとかマジレスすれば良いのだろうか……?
――って、そんなの言えるかっ!
「あのさ、クレアねぇ? 俺が上手くやっておくからさ。後は俺に任せてくれないか?」
「嫌よ。あたしはミリィさんのこと、凄く後悔してるの。だからもう、弟くんを悲しませないように、やれることはちゃんとやっておきたいのよ」
今まさに追い詰められてるんですけどねぇ!?
くっ、判ってやってるなら、このバカ姉! って文句を言うところだけど、なんか普通に俺の心配をしてるだけみたいだし、言ってることは正論だし……
俺は一体どうすれば良いんだ?
「まぁ良いわ。弟くんが教えてくれないなら、ミシェルに相談するから」
ふぁ!? ミシェルに相談? それはつまり、俺が一日に何回くらいするとか、そう言う内容の話をミシェルと話し合うって意味!?
そしてミシェルが、リオン様のお年頃なら――とか、クレアねぇに説明するの?
あわわわっ。それは、それは嫌すぎる!
「夜だけっ! 夜だけで大丈夫だから!」
「え、そうなの? 年頃の男の子はもっと多いものじゃないの?」
「俺はまだ年頃になってないから! だから回数が増えるのはもう少し大きくなってからなんだよ! だから一日一回で大丈夫!」
叫んでからなんて事を言ってしまったんだと思うけど後の祭り。
「そうなんだ? まぁ、弟くんが言うなら、そうなんでしょうね」
「う、うん。そうだね……」
俺は死んだ魚のような目で頷いた。






