エピソード 2ー6 背後にご注意
クレインさんが持つ地竜の爪を譲り受けるための条件は、ギルドと学校の視察に、フルフラット侯爵との確執に終止符を打つこと。
確執はなんだか良く判らないけど決着し、視察は報告書を提出するのみ。地竜の爪を譲り受ける目処は立った。なので後は、キモの入手報告を待つばかり。
――となったはずなんだけど……翌日。俺はグランプ侯爵邸の客室でやさぐれていた。
「……ソフィアが、ソフィアが昨日から口を利いてくれない――っ!」
「どう考えても自業自得だと思うよ?」
アリスの容赦のない突っ込みが痛い。
不毛な争いを続ける二人に、一番可愛いのはソフィアだと言ってやったんだと話した辺りから、なんだかご機嫌斜めである。
同じ年代――つまりは幼女として一番可愛いと言う話で、全ての意味において一番と言ったつもりはなかったんだけどな。
でも……アリスが焼き餅とか少し新鮮だ。
これはこれでありかもしれない――なんて思いながらアリスの頭を撫でつけると、そんなので誤魔化されないからね。とばかりにはたき落とされた。
「そもそも、リオンはどうして二人の争いに参戦なんてしたの? 所詮は人の趣味の領域。無意味な争いだって分かってるでしょ?」
「反省はしてるよ。でもさ、二人の不毛な争いをずっと聞かされてたんだ。色々言いたくなる気持ち、判るだろ?」
「それはご愁傷様と思うけどね。だからって、ソフィアちゃんの子供の頃の話をするのはダメだと思うなぁ」
「可愛いって言いたかっただけなんだぞ?」
「例えばね? 私がリオンが子供の頃にやらかしたあれこれとか、可愛かったって理由で誰かに言いふらしたりしたら嫌でしょ?」
「……俺、あんまり言われて困るような記憶がないんだけど」
「裕弥兄さんとしての、子供の頃の話でも? たしか子供の頃は、色々と夢を見てたよね。俺の右目には精霊が封印されてるんだとか――」
「すいませんでしたっ!」
言い訳の余地もなく俺が悪かった。
「反省したなら謝って来た方が良いよ?」
「謝りたいのは山々だけど、口を利いてくれないからなぁ」
「ん~そうだねぇ。ソフィアちゃんは郷土料理に興味があるみたいだから、お昼ご飯にでも誘ってみたらどうかな?」
「ご飯か……そうだな。それじゃ三人で――」
行こうかと告げる前に、アリスは首をやんわりと横に振った。
「私はグランプ侯爵様に頼まれた温泉の調査があるから、二人で楽しんできて良いよ。それに、渡すモノもあるんでしょ?」
「……気付いてたのか」
「恋人だからね」
さっきまで妬いてたくせに、相変わらず優しい。桜色の髪を揺らして微笑むアリスは相変わらず可愛いけど、だからこそ少し申し訳ない気分にもなる。
とは言え、今はソフィアが優先なのも事実。だから――
「ありがとうアリス。今回はアリスの優しさに甘えるよ。アリスも山に行くなら、護衛をちゃんと連れて行けよ?」
「うんっ」
アリスが嬉しそうに微笑んだ。
「……なんでそこで喜ぶんだ?」
「ふふっ。なんでもな~い」
「なんでもないようには見えないぞ?」
「ホントになんでもないよ。ただソフィアちゃんを心配しながら、私のこともちゃんと気にかけてくれる。リオンの優しさが嬉しかっただけ、だよ」
髪と同じくらい頬を桜色に染める。
そんな些細なことで喜ぶアリスはやっぱり可愛い。思わず、俺も山に付いていくとか言いたくなるけど、今回はソフィアが優先だと自重。
アリスにお礼を言って、ソフィアのところに行くことにした。
ソフィアの部屋の前。俺は控えめにコンコンコンと扉をノックした。
「……ソフィア。リオンだけど、話をさせてくれないか?」
そう問いかけてみるけど返事はない。
うぅん。朝食の席でも完全に無視されたからな。まだ怒ってるのかなぁ。
「ソフィア、昨日はホントにごめん。ずっとクレインさん達の争いを聞いてて……いや、ごめん、言い訳はしないよ。とにかく俺が悪かった」
やっぱり返事はない。けど、俺はせめて自分の気持ちだけは伝えようと続ける。
「でもな。俺にとってソフィアが可愛くて大切な存在なのは本当だ。だから、こんな風に喧嘩したままなのは嫌だ。勝手なことを言ってるかもしれないけど……許して欲しい」
出会った頃から可愛いとは思ったけど、それは妹を見るような感情で、恋愛対象としてみることはなかった。
だけど、あれから約六年。ソフィアはどんどん魅力的な女の子へと変貌していった。もう、ただの妹みたいには思えない。
アリスの件もあって不義理だとは思う。けど、アリスは許してくれた。だから、ソフィアも受け入れてくれるのなら、俺はソフィアとも一緒にいたいと思っている。
少なくとも、こんな風に喧嘩して疎遠になるのは絶対に嫌だ。紗弥と喧嘩して死に別れたときのような後悔は絶対にしたくない。
だから――
「今日の昼。良かったら二人で、街までご飯を食べに行かないか?」
そう言い残して、しらばく反応を待つ。けど、やっぱり反応はなかった。だから「返事は後で良いから」と言い残して、俺は部屋の前を立ち去った。
そうしてやって来たのは、グランプ家の食堂。緊張で喉が渇いたので、なにか飲み物を貰おうと思ったんだけど……俺は目の前の光景に絶望していた。
食堂の片隅の席。
ソフィアとミリィ母さんが並んで、仲良くお喋りをしていたのだ。
ちなみに、ソフィアの部屋からここまでは一本道。廊下を通って先回りすることは不可能だ。つまり、つまり……
――ソフィアは窓から一度外に出て、俺の先回りをしたと言うこと。
………………………うん、それはないな。
認めよう。ソフィアはそもそもあの部屋にいなかった。俺は、誰もいない部屋の前で、独り言をのたまっていたと言うことだ。
……う゛あぁあああああああああ。誰もいない部屋に向かって、あんな恥ずかしいセリフ。恥ずかしすぎて死んでしまう!
「……リオンお兄ちゃん、そんなところで頭を抱えてなにをやってるの?」
ソフィアの冷めた突っ込みが入る。
「い、いやなんでもないっ! と言うか、お茶なら、俺も一緒して良いか?」
「……別に、好きにしたら良いじゃない」
ぷいっとそっぽを向いてしまうソフィアも可愛い。じゃなくて、拒絶されなかったのはありがたい。俺はこれ幸いとソフィアの向かいに座った。
「ソフィア、あのさ。昨日はホントにごめん――」
「――ミリィお母さん」
謝ろうとするが、ソフィアはそれを遮るかのようにミリィ母さんに話し掛ける。
「今日のお昼、街に出かけても良いかな?」
「もちろんよ」
相変わらずこの二人は仲が良い。昼も二人で街に出かけるんだろうか? なんて思っていたら、ソフィアが視線を俺に向けた。
「ソフィアね、この地方の郷土料理に興味があるの」
「え? あ……うん。それで、ミリィ母さんと二人で出かけるのか?」
流れ的にそうなんだろうと思ったんだけど、何故か不満な顔をされてしまった。
「……リオンお兄ちゃんは、昨日のことを反省してるんだよね?」
「え? あぁ、うん、もちろんだよ」
「なら、街へお出かけに付き合ってくれたら許してあげる」
「……え? 良いのか?」
「そう言ってるでしょ? それとも、ソフィアと出かけるのは嫌なの?」
「まさか。そんなことないよ。ソフィアと一緒に出かけたい」
「――そ、そこまで言うなら、一緒に行ってあげるね」
ソフィアは言うが早いか、ばっと席を立った。
「……ソフィア?」
「お出かけの準備をしてくるの。一時間後に出発だからねっ」
ソフィアはそう言い捨てると、小走りに立ち去ってしまった。その横顔が少し赤らんで見えたのは……なんでだろう。
「……なぁミリィ母さん。ソフィアはまだ怒って……るんだよな?」
「うぅん、そうねぇ。もう怒ってないと思うわ。ただ、私から一つだけアドバイスさせて貰うなら……」
ミリィ母さんはそこで一度タメを作ると、紫の瞳を悪戯っぽく輝かせた。そうして、何処か楽しげな様子で言い放った。
「扉越しに謝罪する時は、相手が中にいるかくらいは確認した方が良いと思うわよ?」
「…………………………ええっと。なんでミリィ母さんが知ってるんだ?」
嫌な――とてつもなく嫌な予感に、冷や汗が止まらない。
「さっき、ソフィアちゃんと二人で廊下を歩いてたらリオンを見かけたのよね。それで、ソフィアちゃんが後を追いかけようって」
「それは……つまり?」
「リオンの一生懸命な謝罪を、ソフィアちゃんは直ぐ後ろで聞いてたってことになるわ」
「のおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
扉に向かって必死に謝る様子を後ろから見られてたなんて恥ずかしすぎる。どんな羞恥プレイだよ。もうまともにソフィアの顔を見れないよ!
――とか思ったけど、冷静に考えると元々ソフィアに聞かせる予定の話だった。結果的に考えれば、あり……だったのかなぁ。
「あれ? ソフィアは俺の話を聞いてたんだよな? だったら、さっきの食事の話は?」
「貴方の話を聞いたからに決まってるでしょ? そもそも貴方の後を追いかけたのは、昨日やりすぎたことを謝るためよ? リオンが先に謝ったせいで、言い出せなくなったみたいだけどね」
「そう、なのか」
つまり、さっきのソフィアは、謝りたいのに素直になれなくて、ツンツンしちゃってたと。なにそれ、凄く可愛いんですけど!?
なんて考えていたのがバレたんだろう。ミリィ母さんに呆れたような目を向けられる。
「……リオン。ここ最近、ソフィアちゃんの様子がおかしいの、ちゃんと分かってる?」
「ああ。ちゃんと分かってるよ。分かってるんだけど……ソフィアはやっぱり、少し背伸びをしてる感じが可愛いなぁ、と」
「分かってるのなら良いけど……そんなことを言うから、ソフィアちゃんが恥ずかしがって拗ねるのよ?」
「うっ、自重するよ」
――たぶん。






