エピソード 2ー4 依頼
不意に響いた救いの声に視線を向ければ、冒険者風のお兄さんとお姉さんが、颯爽とこちらに向かって歩いてくるところだった。
そんな二人に向かってサラちゃんが微笑みかける。
「メリッサさんにマックスさん。護衛の依頼はもう終わったんですか?」
「ああ。依頼人の馬車が最新式でな。予定より移動速度が早かったんだ。ホント、グランシェス伯爵様には感謝してもしきれねぇよ」
思わず咳き込みそうになった。まさかこんなところでも感謝されてるなんて思ってなかった。と言うか、サラちゃん。「そうだったんですねぇ~」とか言いながら、チラチラっとこっちみんな。バレるじゃないか。
「それはともかくサラ、ギルドの受付嬢が、ギルドメンバー同士の争いを推奨してどうするのよ。少しは自重しなさいよ」
「はぅ……ごめんなさい」
メリッサと呼ばれた女冒険者に叱られたサラはシュンと項垂れる。メリッサはそれを見届け、今度はダニエルへと視線を向けた。
「あんたもよ、ダニエル。新人をダシに、サラを口説いてるんじゃないわよ?」
「あぁ? 俺はサラの不正を問いただそうとしただけだぜ」
「冗談はそれくらいにしておきなさい。まだサラに絡むなら、私が相手になるわよ?」
メリッサはおどけた口調で言い放つ。だけどその言葉に嘘はないのだろう。その証拠に、メリッサの立ち姿には隙がうかがえない。
「――ちっ、わーったよっ!」
僅かな沈黙の後、先に引いたのはダニエルの方だった。ダニエルは不満気な様子を隠そうともせず、メリッサから視線を外す。
そうして足跡をどすどすと鳴らせて立ち去っていく――寸前、
「俺はな、なんでも金で解決出来ると思ってる連中が大嫌いなんだ。このギルドで好き勝手出来ると思うなよ」
すれ違いざまに捨て台詞を吐いて立ち去っていった。
程なく、メリッサが俺達の方へと視線を向ける。
「さて、キミたち大丈夫だった? それとも、よけいなお世話だったかしら?」
「いえ、目立ちたくなかったから助かりました。ありがとうございます」
俺はぺこりと頭を下げる。それに合わせて、ソフィアとアリスも頭を下げた。
「そう。なら良かったわ。それじゃ私達は行くわね」
メリッサはそう言って、ツレのマックスと立ち去ろうとする。俺はその背中に慌てて呼びかけた。
「あ、ちょっと待って下さい。お礼にお二人に夕食を奢らせて貰えませんか?」
「え、食事を奢ってくれるの?」
「こら、メリッサ。これから依頼人に報告があるだろ?」
「あ~、そうだったわね。――という訳だから、お礼は気にしなくて良いわ」
「そう、ですか」
ついでにリュクスガルベアの話もしてみようかと思ったんだけど……まあ、用事があるのなら仕方ない。俺はそれじゃまた機会がありましたらと二人を送り出した。
そうして二人がいなくなるのを見届けてからサラちゃんへと視線を戻す。人の話を聞かない幼女は何故かシュンと項垂れていた。
「……どうしたんだ?」
「いえ……あの、さっきメリッサさんに、目立ちたくなかったって」
「あぁうん。今日はギルドの視察と、魔物の素材入手を依頼しに来たんだ。だから、冒険者を敵に回すようなマネはしたくなくてさ」
「ギルドの……視察。も、申し訳ありません!」
いきなりサラちゃんが深々と頭を下げる。余りにも深く頭を下げるモノだから、栗色のポニーテールがバサリと落ちてきた。
「ええっと……急にどうしたんだ?」
「さっきのは私が勝手に暴走したんです」
「うん、そうだったな」
「はうっ。そ、そこは、そんなことないよと言うところではないでしょうか?」
「いや、だって暴走しまくりだったじゃないか。人の話も聞かないし」
「はうぅ……そ、そうですよね。私が悪いんです。……そ、そう言う訳なので、どうか、ギルドのことを悪く報告しないで下さい」
なにかと思ったら、視察と聞いて驚いた訳か。
「大丈夫だよ。リオンはちゃんとサラちゃんの苦労も判ってるから」
「うんうん。リオンお兄ちゃんは優しいんだよ」
アリスとソフィアが交互にフォローを入れる。それを聞いたサラちゃんは、不安と期待の入り交じった表情で俺を見る。
「心配しなくても、二人の言う通りだ。ギルドを悪く言うつもりはないよ。もちろんキミのことも、な」
この子の行動は行きすぎだったと思うけどけど、俺達の戦闘力を知った上での言葉っぽいし……なにより、セクハラは嫌だもんな。
「本当にすみません。私、時々周りが見えなくなっちゃって。こんなだから、グランプ侯爵様にも見放されて、ギルドに配属されたんです」
「ん? 見放されたら、ギルドに配属?」
どういう意味だと首をかしげる。
ギルドは俺が推奨して、クレインさんが優先して作った機関だ。だからそのギルドの受付に配属されたなら、どっちかって言うとエリートのはずだ。
「侯爵様のお気に入りの子はみんな学園に配属なんです。なので、侯爵様のハーレムには入れる可能性があるのは、学園に配属された子だって、もっぱらの噂なんです」
「……ハーレムに入りたいのか?」
「だって、ハーレムに入れば将来安泰じゃないですかっ」
「な、なるほど……」
でもそれなら、サラちゃんはロリ巨乳で、クレインさんの好みのど真ん中だよな。
それなのに学園に配属じゃないとなると、ホントに性格が原因なのか……? ちょっとしたたかなところはあるけど、悪い子じゃないと思うんだけどなぁ。
「うぅ、私なんてどうせダメダメなんです」
「ま、まあまあ。ギルドはこの街にとっても重要だしさ。ここで出世すれば、普通に将来安泰だと思うぞ?」
「そうなんですけど……ハーレム入りしたら、ずっと遊んで暮らせるじゃないですか」
……やっぱり性格が原因っぽい。けど、話が進まなそうだから黙ってよう。
「遊んで暮らしたい気持ちは判るけど、今日のところは仕事をしてくれないか?」
「――はっ。そうでした。ええっと……リオさんは冒険者として登録に来たんじゃないんですよね? そうなると、ご依頼ですか?」
「うん。ちょっと頼みたい依頼があるんだけど……ここじゃ目立つからさ」
「判りました。ではあっちのカフェに、会議用に仕切られた部屋があるので移動しましょう。ちょっと待ってて下さいね」
サラちゃんはそう言って奥の部屋に。「依頼の処理をするから、受付お願いします」と言って、カウンターから出てきた。
「お待たせしました。こちらですので案内します、ご主人様」
「……なんでご主人様?」
「私、カフェの方でも働いてるんです」
そう言って案内されたのは、ギルドと繋がった隣のフロア。カフェとご主人様でまさかと思ったけど、ウェイトレスは全員メイドの姿をしたロリ巨乳だった。
その名も幼女カフェ『マウンテン』。冒険者風の人達だけじゃなくて、一般人も多く来店してるのはこっちが理由のようだ。
もうヤダこの領地。
ともあれ、案内されたのはパーティションで仕切られた一室。俺達は思い思いの飲み物を注文して、受付嬢のサラちゃんと向き合っていた。
「それでリオさん、依頼とはどのようなモノでしょう?」
「ああ。実はな――」
前置きを一つ。俺はリュクスガルベアのキモを求めていることを話した。
「リュクスガルベアのキモ、ですか。リュクスガルベアが、ガルベアの希少種なのはご存じですか?」
「ああ。数百頭に一頭くらいしか生まれないって聞いてる」
「そうですね。ギルドが設立されて一年ちょっとですが、今までにリュクスガルベアの素材が持ち込まれたことはありません。相当に希少だと聞いています」
サラちゃんの言葉に、ソフィアが少し不安げに俺の袖を掴んだ。だから俺は安心させるために、ソフィアへと視線を向ける。
「大丈夫だって。ここ一年で持ち込まれたことがないってことは、逆に考えればどこかで狩りを免れて生きてるリュクスガルベアがいるかもしれないってことだろ」
なんて、ちょっと楽観的かもしれないけどな。その可能性は零じゃないはずだ。だから大丈夫だよと、俺はソフィアの金髪を優しく撫でつけた。
「……リオンお兄ちゃん。うん、ありがとう」
「リュクスガルベアのキモを依頼で募集するとして、相場はどれくらいなの?」
ソフィアの頭を撫でる俺に変わり、アリスがサラちゃんに尋ねた。
「そう、ですね……銀貨で三十枚もあれば十分だと思います」
「それは……安くないか?」
銀貨三十枚。銀貨が百枚で金貨一枚だから、農民の給料一、二ヶ月分って考えれば、結構な金額ではある。
けど、希少な熊のキモって考えると安い気がする。
「ガルベアのキモはお薬として有名ですが、リュクスガルベアはどちらかという、黄金に輝く毛皮や、絶品だと噂のお肉が有名ですから」
「……ふぅん?」
意外とキモの需要がないってことなのかな。
まぁエリーゼさんを救うクスリを作るには、世界樹の葉がいるからな。リュクスガルベアのキモだけあってもしょうがないんだけど……他に用途はないんだろうか?
「銀貨で三十枚かぁ……リオン、どうする?」
「そうだなぁ……」
アリスに問われて意識を戻す。そうして改めてサラちゃんに視線を向けた。
「同量の場合、お肉はどれくらいなんだ?」
「ええっと……そうですね。お肉は縁起物とされているので、同量だと銀貨五十枚くらいの値がつくと思います」
「なら、キモは金貨三枚で依頼するよ。それと少量でも構わない」
「えっ!? それだと相場の十倍以上ですよ!?」
「うん。でも、リュクスガルベアって相当でっかいんだろ? 肉も相当量あるだろうし、持ちきれないのを理由に、捨て置かれたら困るからさ」
なくて困らないモノなら無駄遣いするつもりはないけど、通常価格に設定したのが理由で、キモの入手を失敗したら泣くに泣けないからな。
それに、いつもよりリュクスガルベアの価値が高くなれば、普段は他のことをしている冒険者が、リュクスガルベアを探してくれるかもしれないという思惑もある。
「判りました。そう言うことでしたら、金貨三枚で依頼を出しておきますね。ちなみに依頼主は……グランシェス伯爵でよろしいんですか?」
「そうだな……あ、いや。リオで頼む」
パトリックに気を付けろと言われていたのを思いだして訂正する。さすがに気にしすぎだとは思うけど、万が一俺の名前を見て嫌がらせとかされたら困る。
「判りました。それではリュクスガルベアのキモを金貨三枚にて、リオさんのお名前で依頼書を出しておきます。ご依頼の場合は、前金が必要となりますが……」
「あぁうん。何があるか判らないし、ギルドに全額払っておくよ。だからもし俺がいない時に持ち込みがあったら、代わりに引き取っておいてくれないか?」
「かしこまりました」
「後は……俺はリュクスガルベアのキモなんて見たことがないんだけど……」
「その点はご安心下さい。うちのギルドには相手の嘘を見抜く恩恵持ちが所属していますので、偽物を掴まされる心配はほぼありません。罰則もありますしね」
「そっか。それじゃ安心だ」
と言う訳で、ギルドへの依頼は完了した。これで後は任せておけば安心――と言い切れないのが辛いところだけど、取り敢えずやるべきことはやった。
最終的には金額を上げるとか、自分達で探しに行くとか、考えなきゃいけないけど、取り敢えずは待機。そのあいだに学園の視察をすることにした。
クレインさんの作った学園。な~んか、嫌な予感がするんだけどなぁ……






