エピソード 2ー1 マネをしただけ
久しぶりに訪れたグランプ侯爵領は、以前とは見違えるほどに豊かになっていた。
街の中心から順番に区画整理が行われているのだろう。クレインさんの屋敷の近くには、明らかにうちの技術の入った建物が並んでいる。
もちろん整備の終わっていない区画も多くあるが、そう言った場所に住む人々も明るく、活気があるように見える。
グランプ侯爵領は真っ先にうちのやり方に習い、平民の生活レベル向上に努めているから、その効果が出始めているのだろう。
ちなみに平民の生活水準を引き上げる方法には、貴族階級の優位性を引き下げるという部分も含まれている。だから、うちのやり方を敬遠している領主も最初はいた。
だけど、今ではほとんどの領主がうちに習っている。
それは何故か。答えは単純にして明確な理由。うちをマネた方が、自分達の生活水準が圧倒的に高くなるからだ。
例えば……税率。うちの技術を手に入れて領地を豊かに。けれど限界ぎりぎりの税を搾り取ろうとした領主がいた。
しかし、だ。どれだけ頑張っても生活が楽にならない民と、努力した分だけ幸せになれる民。どちらがよく働くかは考えるまでもない。
その結果、数年のあいだに他の領地との発展具合に大きな差が生まれた。
――とまあそんな感じで、うちをマネた方が結果的に自分が得をする。そう考えた貴族達は、こぞってうちの政策を模倣し始めたのだ。
そんな訳で、この国は少しずつ豊かになっている。中でも、うちの方策を真っ先にマネたグランプ侯爵領は頭一つ抜き出ているというわけだ。
その証拠に、向上したのは平民の暮らしだけではない。クレインさんのお屋敷自体も凄く立派になっている。俺とアリスが自重なしに作った、うちの屋敷と比べても遜色がないんじゃないかってレベルだ。
そしてそれは外見だけじゃなくて、内装にまで及んでいた。
お屋敷に到着した俺達は応接間に通されたんだけど、絨毯はふかふかでソファも座り心地が良い。さすがはグランプ侯爵家と言ったところである。
そんな部屋で待つことしばし、思ったよりも早く、クレインさんが姿を現した。隣には初老の執事を伴っている。その執事は以前に訪れた時にも会った記憶がある。
確か名前は……ジョセフとか言ったかな。
「良く来てくれたなリオン。それにソフィア嬢と……アリスティア嬢だったか」
おぉう。クレインさんがアリスの名前を覚えてる。
年齢的に興味なかったはずなのに……って、別に幼女しか名前を覚えない訳じゃないか。俺だって名前を覚えられてるしな。
ともあれ、まずは挨拶からだと、俺は口を開いた。
「こんにちは、クレインさん。随分と立派な屋敷になりましたね」
「おぉこれか? これはクレア嬢から技術者を貸して貰ってな。お陰で随分と早く作ることが出来た。その代わり、色々と融通させられたがな」
それを聞いて苦笑いを浮かべる。さすがはクレアねぇ。俺の知らないところでも色々やっているようだ。
「それはそうとリオン。手紙を読んだが、なにやら色々と探しているそうだな?」
「ええ。実はソフィアの母親の病を治すのに、いくつかの材料が必要なんです。それで、その材料がクレインさんの領地にあると聞いて来たんですよ」
「おいおい。相変わらず腹芸の出来ない奴だな。先にそんな情報を漏らしたら、俺に吹っ掛けられても文句は言えんぞ?」
「……吹っ掛けるつもりなんですか?」
「それはお前の出方次第だな」
クレインさんは悪人っぽく口の端を吊り上げる。
悪そうな顔だなぁと思っていたら、ソフィアに袖を引っぱられた。
なので、どうかしたのかとソフィアを見ると、逆にどうしてこっちを見るのとばかりに小首をかしげられる。
……ん? あぁ、そっか。
そう言えば前に交渉で訪れた時、クレインさんが嘘を吐いてたら、ソフィアが袖を引っぱって知らせてくれるとか言ってたなぁ。
あれって何年前だよ。良くそんなこと覚えてたな。
……と言うか、だ。
さっきのセリフが嘘? 俺の出方次第では吹っ掛けるって部分か? それはつまり……純粋に俺を心配してのセリフだってこと?
なにそれ、クレインさんツンデレ疑惑? 男のツンデレとか別に嬉しくないんだけど。
「……なんだ、どうかしたのか?」
「いえ、なんでも。お気遣いありがとうございます。でもクレインさんが俺達に吹っ掛けるとは思ってませんよ。だって、うちと仲良くした方がお得でしょ?」
「くくっ、その通りだな」
あくまで悪ぶるクレインさん。その内心はソフィアにさらけ出されてる訳だけど……まあ情けだ。黙っててあげよう。
「俺達が探してる材料は二つ。まずはリュクスガルベアって魔物のキモです」
「リュクスガルベア……? ガルベアではなく、か?」
クレインさんが首をひねると、背後に控えていたジョセフさんがガルベアの変位種ですと補足した。
「ガルベアの変位種だと?」
「はい。数百頭に一頭の割合で生まれると記憶しております」
「数百頭だと? うぅむ……」
ジョセフさんとの短いやりとりの後、クレインさんは眉をひそめる。
「クレインさん、なにか問題があるんですか?」
「ガルベアは熊に似た魔物でな。図体が大きく、それほど個体数が多くないのだ。数百頭に一頭というと、相当に希少だと言えるだろう」
「つまり、滅多に発見されないと?」
「そうだ。しかもガルベアの毛皮は高価でな。その変位種の毛皮ともなれば、更に値がつくだろう」
「それは……厄介ですね」
ハンターに見つかれば優先的に狩られると言う意味。滅多に生まれず、長生きも出来ない。そんなリュクスガルベアを見つけ出すのは至難の業だろう。
「猶予はどれくらいなんだ?」
「ハッキリとは判りませんけど……一年くらいなら問題ないと思います」
本当のところは良く判らないけど、病気の進行を抑える薬はあるってことだからな。一年なら大丈夫だろうという憶測だ。
「ふむ。それなりに猶予はある訳か。それなら、冒険者ギルドを利用してみると良い」
「冒険者ギルドですか? 作ったばかりのはずですが……機能してるんですか?」
「規模は大きくないがな。素材集めの依頼などは、既に回り始めているようだ」
「そうですか。それじゃ後で顔を出してみます」
こういったケースも想定して冒険者ギルド設立だったんだけど、まさか自分がお世話になるとは思わなかった。
こういうのも、情けは人のためならずって言うのかな。
「それで、さっき探している素材は二つだと言ったな? もう一つはなんなんだ?」
「もう一つは地竜の爪です。……クレインさんがお持ちだというのは事実ですか?」
「地竜の爪か……確かにある。うちに代々伝わる家宝だがな」
「家宝……ですか?」
「グランプ家の初代は、地竜を退治した褒美として王女と結婚、侯爵家の地位を手に入れたのだ。地竜の爪はその証明のようなモノだ」
「そう、ですか……」
予想していた中で最悪のケースだ。
コレクション程度の感覚なら、なにかと交換、または買い取らせて貰うつもりだったんだけど……名誉のしるしだと、いくらお金を積んでも売って貰えないかもしれない。
「難しい顔をしているが、俺が譲らないとでも思っているのか?」
「……え? 大事なモノなんですよね?」
「確かに地竜の爪は、うちが侯爵家になった証とも言える家宝だ。だが、お前がうちにもたらした恵みはそれに勝るとも劣らん。条件次第では譲ってやらんこともない」
「その条件というのは……?」
さすがにここに来て、クレアねぇをよこせとは言わないと思うけど……条件を聞くまでは油断は出来ないと気を引き締めて尋ねる。
「俺からの条件だが、一つ目は最初に言った通り、ギルドと学校の視察だ。そして欠点や問題点なんかを報告して欲しい」
「それはそのつもりですが……一つ目と言うことは、二つ目があるんですよね?」
「ああ。それなんだが――少し待て」
クレインさんはそう言って指をパチンと弾く。程なく、隣の部屋から小さな……いや、体は小さいけど、胸は大きな幼女が現れた。
見た目は十歳くらいだけど、ここの使用人なのかな? 女の子はかなり上質そうなメイド服――ただしミニスカートで露出が多めなデザインを着用している。
女の子はそのスカートの裾を摘んでちょこんと頭を下げた。
「初めましてグランシェス伯爵様と、そのご一行様。私の名前はローリィ。クレインお兄様の義理の妹です」
――取り敢えず、どこから突っ込めば良いか判らなかった。
「…………………ええっと、キミはクレインさんの義妹なの? 義理の娘じゃなくて?」
「はい。義理の妹となっています。そして十二歳になると同時に妾にして頂く予定です」
色んな意味で犯罪だああああああああああああああああああっ!?
「クレインさん、未成年に手を出すのはまずいと思いますよ……?」
「心配するな。俺は紳士だから幼女には手をださん。成人するまで待つつもりだ」
……ロリコンの鏡……なのかなぁ。結婚が出来る歳まで待つと言ってる訳だから、間違ってはいないはずだけど……クレインさんは今年三十五歳。
まあ……この世界の子供は成長が早いからな。成人する十二歳になれば、外見は中高生くらい。三十代後半と中高生なら………うん。アウトだな。
と言うか、わざわざ義理の妹にしてから妾にする意味が判らない。
「ちなみにクレインさんって、両親が健在だったんですか?」
「いや、俺の両親は早くに他界している」
「ええっと……じゃあ、そのローリィは誰の養子なんでしょう?」
「細かいことは気にするな。あえて言うならグランプ侯爵家の養子で俺の義妹だ」
「意味が判らないんですが!?」
「義理の姉妹を作りまくってるお前には言われたくない。と言うか、義妹にした後にハーレムに加える。お前のマネをさせて貰っただけだぞ?」
「………………………………がふっ」
このおっさんは、なにを非常識なことやってるんだ!? って思ってたのに、俺のマネとか……いや、確かに言われてみればその通りなんだけどさ。なんだけどさ!
他人から見ると、俺もこんな感じなのか。精神ダメージが大きすぎる。
「リオン、大事なのはお互いの気持ちでしょ?」
アリスが耳打ちをしてくる。
言われてみれば、たたずむローリィから悲痛な雰囲気は感じられない。多分だけど、本人も望んでいる結果なんだろう。
……まあ、そう言うことなら、深くは突っ込まないでおこう。
「取り敢えず、ローリィの境遇は判りました。それで、地竜の爪を譲る条件とどう関係があるんでしょう?」
「ああ。実はな――」
そうして聞かされた条件とは、クレインさんとフルフラット侯爵の間で長年行われている議論に終止符を打つことだった。そしてそれに、ローリィが関係しているらしい。
凄く……凄く嫌な予感がします。






