エピソード 1ー7 レーザー級、再び
スフィール家から帰宅して数日経ったある日。俺が屋敷の足湯に浸かって物思いにふけっていると、背後から誰かが抱きついてきた。小柄な体格ながら、背中に押し当てられる豊かな感触。俺に抱きついているのはソフィアだろう。
いつもはここで「だーれだ?」とか言ってくるんだけど、今日は無言のまま。
「……ソフィア? どうかしたのか?」
「ありがとうね、リオンお兄ちゃん」
「うん? いきなりどうしたんだ?」
「お母さんのこと、助けようとしてくれてありがとう」
「あぁ、そのことか。気にしなくて良いよ」
ソフィアが悲しむ姿は見たくない。と言うことで、グランシェス家の総力を挙げてクスリの材料を集めることにしたのだ。
そもそも、エリックさんがクスリの制作を断念していたのは、世界樹の葉がどうやっても手に入らないからだ。その世界樹が校舎裏に生えていると分かったいま、クスリを作らない理由はない。例え相手が、俺の家族を殺した男の奥さんだったとしても、だ。
そんな訳で、クスリを作ることにしたんだけど、リュクスガルベアのキモや、地竜の爪も十分に貴重な素材とのこと。なので今は、どうやったら手に入るかを調査中である。
「リオンお兄ちゃん」
「うん?」
「……大好き」
「知ってるよ」
俺は軽く受け流し、背後から抱きついているソフィアの腕を撫でる。するとソフィアは「むーむーむー」と唸りはじめた。
「なんだよ?」
「そこは、俺もだよって言うところでしょ?」
「だが断る」
「お兄ちゃんのイジワルーっ」
拗ねるソフィアが可愛い。背後からぎゅーっと首を絞めてくるけど、どっちかって言うと思いっ切り抱きつかれてる感じだ。
とまぁそんな感じでじゃれていると、クレアねぇがやって来た。
「あら、二人とも揃ってるのね、ちょうど良かったわ。今から少し良いかしら?」
「良いけど、どうかしたのか?」
「オープニングセレモニーに参加して欲しいのよ」
「オープニングセレモニー……って、なんの?」
「少し前から作ってた施設が完成したのよ」
「良いけど……いつの話だ? 材料の入手方法が分かったら、それどころじゃなくなるかもしれないぞ?」
「あぁ、それなら問題ないわよ。だって、今からだもの」
「……今から? オープニングセレモニーが?」
「ええ、今から」
「ふむ……」
なんだか良く判らないけど、現在は調査の結果待ちだし、特にやることもない。クレアねぇには領地経営を頑張ってもらってるから、協力するのはやぶさかじゃない。
――と、了承した結果。
水着に着替えた俺は、砂浜に設置されたデッキチェアに寝そべって夏を満喫していた。
いや、意味が判らないと思うけど、俺も良く判らない。湖の畔に建てられた小屋に放り込まれ、水着に着替えて砂浜で待つように言われたのだ。
ちなみに、そんな湖があるのはミューレの町外れ。つい最近まで小屋どころか、湖すらないただの平原だったはずなんだけどな……
「弟くん、お待たせ?」
おもむろに背後からクレアねぇの声が響く。
「クレアねぇ。言われた通り水着に着替えてきたけど、ここは一体――」
なんなんだと振り向いた俺は、そこにたたずむクレアねぇの姿を見て息を呑んだ。
クレアねぇが来ているのは、いわゆるチューブトップタイプの黒いバンドゥビキニだ。
胸のラインを美しく見せるのが特徴で、リングで絞った胸のあいだには、ハッキリと大きな谷間が存在感を示している。
モデルかよと突っ込みたくなるような、プラチナブロンドの美少女がそこにいた。
と言うかクレアねぇってば、いつの間にこんなにスタイルが良くなったんだ。出会った頃はぺったんこの幼女だったのに。今じゃすっかり大人の仲間入りだなぁ。
「こ~ら、弟くん。そんなに見られたら恥ずかしいじゃない」
「――っ、ごめん」
慌てて胸元から視線を引っぺがす。そうしてクレアねぇの顔を見ると、その頬がほのかに赤く染まっていた。
「少し大胆かなとも思ったんだけど……弟くんの反応を見ると、アリスに任せて正解だったみたいね」
「よく似合ってるよ。と言うか、アリスのお奨めだったか」
どうりで俺好みのデザインだと思ったよ。
「それで、弟くんってば、さっきなにか言いかけなかった?」
「ああ、えっと……ここは一体なんなんだ? ここに湖なんてなかったよな?」
「アリスが作ったのよ」
「あぁアリスか……って、うん? 作ったって、なにを? ……湖を?」
「そうよ。アリスが『夏と言えば水着――なんだけど。ミューレの街には泳ぐ場所がないんだよね。……よ~し、作っちゃおう!』って」
「アリスはホントにもう……」
夏と言えば水着ってところまでは理解出来るけど、泳ぐ場所がないからなんて理由で湖を作るとか自重しなさすぎだ。
「遊び目的だけじゃなくて、一応は非常用の貯水湖を兼ねてるのよ? 最初の水はリズの精霊魔術に頼ったけど、後は川の水を引き込んでるしね」
「……貯水湖」
兼ねてるって言うか……と俺は周囲を見回す。
きめ細かな砂浜に、南国にありそうな木々が植えられている。湖も透明度が高くて綺麗なブルーだし、完全にリゾート地だよこれ。
……いや、確かに水は貯まってるけどさ。
「ようするに、この湖の完成記念パーティーってことか?」
「ん……? なんの話だっけ」
「クレアねぇが言ったんだろ。オープニングセレモニーに出席してくれって」
「あぁ、それ。みんなを集めるための口実よ。明日からは一般に解放する予定だから、今日は関係者にだけ開放して遊ぼうと思って」
「……あぁうん。そんなことだろうと思った……って、関係者?」
一緒にいたソフィアは確定のはずだけど……何処までが関係者に含まれるんだと聞くより早く、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「リオンお兄ちゃ~ん」
見れば水着姿のソフィアが砂浜の上を走ってくるところだった。
「よお、ソフィアも着替えて来たんだな」
「うん。他のみんなも、もうすぐ来るよ」
そうなんだと相づちを打ちつつ、俺はソフィアの水着に注目する。
ソフィアが身につけるのは、フリルを重ねたワンピースタイプの水着。年相応の可愛らしさを引き立てていると思う。
「あ、アリスお姉ちゃん、こっちこっち」
ソフィアがクルリと背を向ける。その背中を見た俺は思わず咳き込んだ。前から見たらワンピースデザイン。しかし後ろから見たらビキニデザイン。
いわゆるモノキニというエロ――大人びたデザインの水着だったのだ。
「ソ、ソフィア、そのデザインは……」
「えへっ。どうかな、似合ってるかな?」
「えっと……似合ってるよ」
似合ってる。似合ってるのは事実なんだけど……なんだろ。背は低めで少し幼さが残る顔立ちだけど、胸だけは大きい。
そんなソフィアが正面から見ると可愛らしい、けれど後ろから見るとセクシー系の水着を着てるって言うのはなんか……すっごいインモラルな雰囲気がある。
「ふふん、私がコーディネートしてあげたんだよ」
ソフィアの背後からひょこっと顔を出したアリスが悪戯っぽく笑う。
「やっぱりお前か――って、アリス」
こっちは正真正銘のビキニタイプ。
フリルなんかがついてて可愛らしさをアピールしてるけど、そのスタイルの良さはまるで隠れていない。と言うか、惜しげもなく晒してる。
水着の白と桜色の髪は清純そうなイメージなのに、そのスタイルと水着のデザインがミスマッチでやばい。悔しいけど、俺の好みを良く理解してると思う。
「どう、かな? 似合ってる? 興奮した?」
「ああ、似合ってるよ。興奮――って、なにを聞いてるんですかねぇ!?」
サラッと変な質問を混ぜるのは勘弁して欲しい。
「なにって……感想?」
「似合ってるとは思うよ。思うけど、さすがに露出度が高すぎじゃないか?」
この世界の平民は、下着や裸で男女一緒に水浴びをすることがある。だからこの世界基準で言えば、三人の水着は露出過多とは言えないだろう。
けど、俺の基準で言えば大胆すぎる。真面目な話、興奮するレベルで困る。
砂浜には俺達以外に人がいないとは言え、いつ誰が来るかは分からない。俺以外の誰かに、三人のこんな姿を見せるのは……なんとなく嫌だ。
そう思ったのだけど、アリスは大丈夫だよと笑った。なんというか……凄く、意味ありげな表情である。
「この水着はね。紋様魔術が刻んであるんだよ」
「紋様魔術って……レーザー級のことか? 水着が謎の光りで隠れる……って、逆にえっちぃ気がするんだけど?」
スカートの中が謎の光りで見えないなら分かる。けど、水着部分が光って見えないとか、逆になにも着てないように見える気がする。
なんて思ってたら、アリスは違うよとばかりに、人差し指を顔の横で振った。
「水着に刻んだのは、ただのレーザー級じゃないよ。これを見て――」
アリスはいったん腰に手を当てると、その手を俺に向かって突き出した。
「……手がどうかしたのか?」
白くしなやかな手。日の光を浴びてキラキラと輝いているように見えるほどに綺麗だけど、だからどうしたという話しである。
「私の手じゃなくて、手に持ってる布だよ」
言われて目をこらすと、アリスは手に透明な布を持っていた。キラキラ光って見えたのは、その布が光りを乱反射させていたからのようだ。
「その布がどうかした……いや待て、透明な布?」
一瞬遅れて、その異常性に気付く。もとの世界ならともかく、化学繊維のないこの世界に、透明な布なんて存在するはずがない。
「この布の繊維はね、魔物化した蜘蛛の糸を使っているの。透明だから編むのが大変だけど、丈夫で肌触りも良いんだよ」
「はぁ……それは凄いけど、それがなんだって言うんだ?」
「分からない? これは私がさっきまでつけてたパレオだよ」
「……そんなの巻いてたのかよ。って言うか、透明の布なんか巻いても無意味だろ?」
「リオンに対しては、ね。これは、リオンにだけ見えない布なの」
「………………は?」
なにその、バカには見えない服みたいなノリは。
「この水着に刻んである紋様魔術は、淡い色のついた光を放ちつつ、なおかつ光りを散乱させる効果があるの。そうすると、どうなると思う?」
ガラスなどが透明な根本的な理由は、光りを透過させるから。光が透過しなければ、透明でなくなる。つまり――
「……色のついた不透明な布に見える?」
「そう言うこと。つまり、普通の人からは、普通の色鮮やかなパレオに見えるって訳」
「俺から見て透明に見えるのは、光りの散乱効果を打ち消してるってことか。……色の方も打ち消してるのか?」
「そう言うこと」
「な、なるほど……」
アリスのパレオなどは、透明な布で作られている。だけど、紋様魔術によって着色、光の透過を防いで不透明にしてある。
だから、他の人からは色のついた普通の布にしか見えないと言うこと。
言われて見返すと、ソフィアの背中部分や、アリスやクレアねぇのビキニが微かに煌めいている。他の人から見ると、フリルのついたおとなしめの水着に見えるんだろう。
でも俺は、その効果を打ち消す紋様魔術が刻まれた水着を着用しているから、アリスのパレオが透明になって見えない――と、アホだな。
まさに才能の無駄遣い。天才と馬鹿は紙一重って、こういうことを言うんだろうなぁ。
でも……俺だけが三人の大胆な水着姿を見れるって言うのは……ありだな。
みんなの大胆な水着を見たい。だけど、他の男たちには見せたくない。そんな男のジレンマを完璧に対応している。素晴らしい紋様魔術だと思う。
と言うか、だ。三人ともスタイル良すぎだろ。揃いも揃って胸が大きいし、腰はくびれてるし、顔は三者三様に整ってる。
水着はそれぞれの良さを引き立ててるし、なんというか……ゴクリ。
「――って、リオンお兄ちゃんは思ってるみたい」
「弟くんのえっちぃ」
「リオンもすっかり男の子だねぇ」
「お願いですから心を読むのは止めてくれませんかねぇ!?」
美少女三人の大胆な水着姿を前に、それが自分にしか見えていないと聞かされた。
そんな状況で、心の中でまで紳士でいるのはさすがに無理だ。人が必死に紳士っぽく振る舞おうとしてるのに、心を読むとか鬼畜すぎる。
こっちは二次成長も完璧に終わって、思春期真っ盛りなんだぞ。
――と言う訳で、ソフィア。無闇に俺の心を読んだら、しばらく頭を撫で撫でしてあげないからな?
おもむろに頭の中で思い浮かべると、ソフィアがビクリと身を震わせた。やっぱり続けて心を読んでたな。ホント、油断も隙もない。
だけどまぁ……これでしばらくは大丈夫だろう。
「ところで、口実とは言え、集まったからにはなんかするんじゃないのか? ここでぼーっとしてて良いのか?」
俺はクレアねぇに向かって尋ねる。
「まぁ、みんなで遊ぼうと思っただけだからね。ちなみに他の子達は、お仕事とかで来れなかったわ」
「それは――そうだろうなぁ」
夏なのでリズは精霊を使って冷やす作業が大忙しだし、学園は夏休みがないのでリアナやアイシャは授業中だ。
そしてアカネは商売で大忙しのはずだし、エイミーはウェルズの洋服店を盛り立てるために王都に帰っている。
本当はクレアねぇも忙しいはずだけど、たぶんティナが頑張ってるんだろう。
「ねぇ弟くん」
「なんだよ?」
「さっき、『それは――残念』って言いかけなかった?」
「キノセイデス」
棒読みになったのはご愛敬だ。即答出来ただけでも褒めて欲しい。
「別に慌てる必要ないのよ? リズやリアナ。それにティナやエイミーは貴方の義理の姉妹になったんだから」
「それな……」
ソフィアが作った部活のメンバー。シスターズの面々が、いつの間にやらミリィ母さんの養女になっていたのだ。
つまり、正式に俺の義理の姉妹。どれだけ増やすつもりなんだよと突っ込みたい。いやその前に、義理の姉妹なら慌てる必要がないってどういう意味だよと突っ込むべきか。
……今更だけど。
俺はハーレムを増やすつもりなんてないんだけどなぁ。
ハッキリ言って、クレアねぇとソフィアは例外だ。アリスが言い出したことだし、俺にとっても特別な存在になっている。
だから、ここにいる三人は受け入れるつもりでいる。でもそれは、例外中の例外。これ以上不義理なマネをするつもりはない。
……まぁそんな俺の意思とは関係無しに、義理の姉妹が増えていくんだけどな。義理の姉妹と、ハーレムは別だからギリギリセーフのはずだ。……たぶん。