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Ocean Planet   作者: 唯野人鳴
第二章 始まりの日、祭り囃子
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第四節

 役員寮に向かうのに、俺達はまた車で移動していた。

 先程とはまた別の車。とはいってもカラーリングが違うだけで、種類は全く同じなのだが。


「公的資料は既にこちらで回収していますので、部屋に残っている物は、自由に回収していただいて結構です。二週間経っても回収されない物についてはこちらで処分してしまいますので、回収はお早めにお願いします」

「はい、了解しました」


 車が二、三度道を曲がると、役員寮が遠目に見えてくる。

 一見して、岩の山を積み重ねでもしたような形をしていた。鉄の箱というよりも、より自然によった形をしているように見える。

 高さはだいたい20メートルほど。一般的なマンションと同程度だが、とにかく横の幅が広い。見渡さないと、視界にも収まらない程だ。


「ここが……」

「第一役員寮となります。主に、高官や重要プロジェクトに所属していた者に貸し与えられる施設です」


 影法師がそう説明すると、巨大な門扉の前で立ち止まる。扉の前にあった、タッチパネルに手をかざすと、数秒の後に扉が自動的に開いていった。


「部屋は、二階の十五号室です。カードキーをどうぞ」


 影法師が案内するのは、ここまでらしい。玄関前で、陣の部屋のカードキーを受け取ると、役員寮へと入っていく。

 役員寮は、どこぞの高級ホテルもかくやという、広々として清潔な雰囲気であった。エントランスは吹き抜けになっており、他の階の様子も窺える。

 内装は、檜を使った落ち着いた雰囲気で固められており、目に優しい作りになっている。


 ――――結構、上等なところに住んでたんだな。


 寮といった名前を持ってはいるが、この規模になるとまるでホテルといった風情だ。それも、結構に高級な。

 陣は、俺達に管理政府での生活を一切語ろうとはしなかったために、思った以上にそういった情報は入ってこない。

 どんな所に住んでいたのかも知らなかったのだという事実に、何となくショックを受ける。


「ね、あっちにエレベーターあるよ」


 エントランスの奥、雪花が指を指した先にエレベーターの姿が見える。ちょうど良く、一階に着いたままのようだった。


「ん、それじゃあ行こうか」


 やや駆け足で近寄ると、迷わず「開」のボタンを押す。

 ポーン、というやや間抜けにも聞こえる軽い音を伴って、扉が開かれる。

 中に、人はいないようだった。


「なんか、どきどきするね」


 雪花が、そういって微笑む。

 いたずらっぽい表情。先程の緊張とは違う、胸の高鳴りを俺も感じていた。この感覚は、子供の頃の秘密基地を探検するときの感覚に似ている。

 見ず知らずの非日常。心の持ち方が違うだけで、その味わい方には大きな差が生まれる。

 今俺達は、この展開を楽しんでさえいた。


「ああ、分かるな。こういう感覚は嫌いじゃないかも」


 頷きつつ、扉に現れた液晶画面から二階の文字を選択する。

 エレベーターが軽い動作音を響かせながら上っていく。

 何となく、手持ち無沙汰に内装を見渡す。さすがといえば良いのか、エレベーターの中まで高級感がにじみ出る作り方だった。

 確かに、一見すると品の良さが窺えて、得した気分にもなるが、こんな空間にいつまでもいるのかと思うと、どことなく気後れするような気がした。

 染みついた、庶民根性。

 やはり、人にはそれぞれ棲み分けが必要なんだなぁとか何とか思う。


「……あ、もう着くね」


 雪花が、階数表示がされたパネルを見てそう呟く。

 そのつぶやきとほぼ同時に、エレベーターが動作を停止する。扉が開くと、そこには複数の通路があった。

 四方へと伸びた通路には、それぞれ“一~十六”“十七~三十二”といった番号が振られている。

 おそらく、これがそれぞれの部屋へと続く道を示しているのだろう。


「こっちかな?」

「だろうな」


 一~十七と書かれたパネルがある道を選ぶと、何となく辺りを見渡しながら進んでいく。

 十五号室ということは、わりかし端の方にあるはずだ。パネルの番号を見比べていくと、当然のことだが、最後から二番目の所に陣の部屋はあった。

「ここ、だね」

 雪花が、影法師から預かったカードキーをスロットに差し込む。ガチャン、とやや古めかしい音たてて、ロックが外れたのが分かる。

 ドアノブを押し、部屋を見渡す。

 カーテンが閉められているのか、部屋の中は一見して暗闇に包まれていた。


「お邪魔しまーす」

「ま~す」


 何となく慎重に、抜き足差し足という感じで部屋の中に入っていく。

 人の姿を関知したためか、パッと蛍光灯が一瞬にして点灯する。


「へぇ、結構きれいな感じじゃない」

「む、一人暮らしにしては結構広いな、贅沢な」


 口々に勝手なことをいいながら部屋の中を見渡す。

 広さは、およそ3LDKといった所だろうか。部屋の中は、わりかし普通の内装だった。

 エントランスなど、目に見える部分と違ってよりシンプルな構造になっているようだ。

 部屋が全体的にきれいに見えるのは、あまり荷物を置いていないからだろう。

 こうしてざっと見渡しただけでも、配置された家具の少なさが分かる。


「さて――、家捜しを開始しますか」

「うぇっへっへ。やっちゃいましょうぜ、旦那」


 なんだ、そのノリ。

 怪しげなノリを始めた雪花にそう突っ込むと、陣の部屋をひっくり返し始めた。



「ない、ねぇ」

「ああ。碌なもんがねぇ」


 小一時間ほど、部屋の中を捜査してみたものの、たいした成果どころか、碌なモノが見当たらなかった。あるのは、陣の個人的な私物ばかり。


「考えてみれば、当たり前のことだったのかもしれないな。そんな、重要なヒントになるようなものがあるなら、とっくに管理背府の役人どもが回収してるだろうし」

「それは、そうなんだけど。見つかったのが愛読書とかその辺だけって、あまりにもむなしくない?」


 ブライアンとの交渉が大きな成果をあげたことで上擦っていた心が、しらけたように沈んでいくのが分かった。

 最も、何か良いことがあれ良いな、ぐらいにしか思っていなかったためか、それほどショックでもないことも事実だ。

 やはり、物事には妙な期待はしない方が良いらしい。

 偶然、何か拾いものができたらラッキー程度に思っておくのが、頭の良いやり方だ。


「そろそろ、美紀さんの方も用事が終わるだろうし」

「じゃあ、帰りに例のお祭りでも見て帰るか。まだ見れてない部分は、明日

以降に確認するか」

「そうだね、それが良いかも」


 手早く持って帰るものをまとめると、部屋から出て行く。

 手応えはあった。

 これからしなければならないことも明確になった。

 けれど、あいつが今どこにいるかは全く分からない

 これから、ゴールまでに何歩かかるかは分からないが、一歩は確実に進んだ。

 未だに五里霧中なのは変わらないが、霧の中に一本の道ができたような、そんな気がした。



「ふむ、ならそっちの方はたいした成果もなしか」


 美紀と合流した帰り、車の中で美紀はやつれた顔で言う。……よほど、あの男がしつこかったらしい。

 結局、美紀が合流するのにも結構な時間が掛かったために、祭りには参加することは叶わなかった。帰りに、飯の一つや二つ位を手に入れて、車の中で食べているぐらいである。


「ああ、一応まだ探してないところはあるんだけどな。まぁ、この分じゃ期待できそうにはないだろ」


 太陽は既に天頂を過ぎ、夕方と良いほどには、空がオレンジ色の光に包まれている。風は冷涼をはらみ、日中の暑さで火照った体に心地よく吹き付けていた。

 今日という一日が終わる。そんな事を、その情景に感じ取った。


「ま、ブライアンさんとの話し合いの方で一応の成果はあったわけだしね、そこまで悲観的に捉えることもないでしょう」


 窓を開けて、外の風を楽しみながら、雪花はそう言う。

 満足げな表情。雪花にとって、今日は満足できる結果らしい。


「それよりも、寧ろ美紀さんの方はどうなの?何だか散々迫られたけど、デートのお約束とかはしたのかな?」

「……今度の、日曜日に食事だけ」


 ……おお、押し切られたのか。

 意外な結果に、思わず目が点になる。美紀は何だか苦虫をかみつぶしたような、酷く屈辱的な顔をしている。

 しかし、全く好感度のない、興味もない相手ならば、美紀はそもそも相手にすらしない。つまりは、あんなノリでも、ある程度気に入ってはいるということか。

 ニヤリ――と、雪花と二人して顔を合わせる。

 美紀もいいかげん、自分の幸せを求めてもいい頃だと思うのだ。若くして孤児施設から俺達を引き取り、自分の幸せを二の次にして俺達を育て、一生懸命働いてきた。そんな美紀だからこそ、そろそろ自分のことを考えてみるべきなのだ。

 俺も陣も、それに雪花だって、親に付きっきりで世話を見て貰わなくちゃいけないほど幼くはない。生活だって安定してきたし、美紀ももう三十代に上る。もう、若いとは言えなくなってくるだろう。

 だから――これはまたとないチャンスだ。

 このまま、某氏と上手くいくだなんて事はとても保証できないが、これを機に、自分の幸せについて考えてくれれば万々歳だ。

 故に、俺と雪花はこれを好機と押し切ることに決めた。

 この鈍感女に、思い知らせてやるのだ――。

 そんな余裕が、俺達にあればの話ではあるのだが。


「なんて表情してるんだ、お前ら」


 美紀がいぶかしげにそう言ってくる。

 おっと、表情に出ていたか。

 雪花に目配せをすると、話を誤魔化していく。


「いや、別に何でもないよ」

「そうそう、前向いて運転しなって」


 下手な誤魔化し方だ。というより、我ながら誤魔化すような意志があるようには思えない。

 案の定、美紀はますます訝しげな顔になって、俺達を変なモノを見る目で見つめてくる。

 ニコニコとした満面笑みで美紀を見つめ返す。

 その表情から、俺達が何も言う気がないのを悟ったらしい。溜息をつくと、美紀はひとまず話題を変える。


「まぁ、何でも良いけどさ。それよりも、お前ら明日からどう動くのかは考えてあるのか?ブライアンとの交渉に使える材料も見つけなくちゃいけないんだぞ」

「明日は、とりあえず陣がドンぁ研究に携わってたのかを調べようと思ってる。交渉材料は……、まぁ、ぼちぼち考えようとは思ってるけど」


 陣が関わっていた研究とは何なのか。

 そこを辿っていけば、陣が何をなそうとしてのかも分かるだろう。

 それはいずれ、陣尾本に辿り着くのにも役立つはずだ。


「ふむ、まぁいいんじゃないか。やることが見えてれば何かと動きやすいだろう」

「何にせよ、陣さんが生きてるって分かったのはせいかだったね」


 雪花が、今日の総括をそう評する。

 遠くに、町の明かりが見えてきた。

 家路が、近づいている。

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