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Ocean Planet   作者: 唯野人鳴
第二章 始まりの日、祭り囃子
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第三節

 外に出ると、そこは相変わらずの狂乱騒ぎだった。

 しかし、通路を通る前と違って、動きが阻害されるほどではない。その違いが、ふと目についた。

 人の数も、その騒ぎも収まったわけでもないのに……?

 そしてもう一つ気になるのは、所々にいる警備員の多さだ。重要な式典があるということを差し引いても、その数は異常と言っていいほど多い。


「いったい、どういうことなんだ……?」


 だが、おかしいのは通路を通る前ではない。

 そう感じる。

 直感だが、この騒ぎには、人の意思が介在している気がするのだ。

 動きが、不自然に統制されている、とでもいうのだろうか。まるで、規律の行き届いた行進でも見ているかのような――。


「まもなく、到着いたします」


 俺の思考を遮ったのは、車に搭載されたAIから発せられた合成音声であった。

 前を見つめると、空に突き刺さらんばかりの塔が一本建っていた。周りにあるビル群よりも、明らかに背ひとつ分飛び抜けている。

 ビルは、鉄骨造の単純な構造をしたものだ。出来るだけシンプルに、余計な装飾を取り除いたもの。

 窓は少なく、一見すると電波塔かと勘違いしてしまいそうな外見をしている。

 間違いなく、この船のシンボルである建物。そして、人類の絶頂期である技術の粋を詰め込んだもの。

 過去への執念と、記憶を表現した建物。


「管理、政府……」


 この建物自体を見る機会は幾百々もなくあったが、実際に中に入るのは初めてのことだ。なかなかに、ワクワクする。


「一応、警告しとくぞ」


 ふと、美紀が俺たちの耳に寄せて小声で呟く。


「管理政府の、それもトップクラスの地位にいる連中は、思考がひどく貴族的だ。私たちの存在など、消費する道具程度にしか思っていないだろう。要するに、出来るだけ機嫌を取れということだ。……ま、今回合う奴そんな気質は持ってないから、少しは安心しても良いと思うけどな」

 

 ――――貴族的性質。

 噂には聞いていたが、実際そんな奴らと相対しなければならないのかと思うと、少しばかり憂鬱になる。こんな長年、トップに立ち続けることが出来るような奴らだ。単なる愚鈍な連中ではないのだろうが、言葉が通じるかどうかは別だ。

 アタマが良くても、シコウが違えば意味が無い。

 それは、偏屈だとか傲慢だとかいう前に、常識が違うということだから。意思は当然すれ違い、通じ合うことはない。


(なら、どうするかな……)


 貢ぎ物でも持って行くか。

 それで、相手のご機嫌が取れるなら良いものだが。


「さて、準備はよろしいですか」


 車が政府内の駐車場に入ると、影法師はドアを開け、そう促してくる。


「ええ、もちろん」

「当然」


 覚悟はもう、出来ている。


          *


 鉄の塔を、エレベーターが上っていく。

 優に何キロとあるだろう距離を、一瞬にして駆け上がる様は、まるで一発の弾丸になったような錯覚を覚える。

 足首まで埋まるほどの柔らかな絨毯に慄きながら、加速度的に増えていく階数を数える。

 今現在、何階なのだろうか。

 この高速のエレベーターに乗っていながら、もう五分間は経っている。


「……どれだけ長いんだ、これ」

「階数にして、2520階あります」


 少し呆れ気味に俺が言うと、影法師は、しれっとした顔でそう答える。

 ……2520。そこまでくると、いったいどれだけの長さなのか想像もつかなくなる。

 人は、自らが想像できる範囲のすべてをかなえることができるというが、どうやら、過去の偉人たちと俺とでは、想像力でさえも大きな隔たりああるらしい。


「それで、今回は何回あたりで止まる予定なんですか?」


 雪花が、そう尋ねる。

 そうだ、さすがに最上階まで行くような羽目にはならないだろう。


「そうですね、面会室は1500階となっております。後、そうかからずにつくはずです。今しばらくのご辛抱を」

「へぇ、今回はまた、ずいぶん高いところでやるんだな。これは、あいつなりの歓迎の印と思っても良いのか?」


 興味深げにそういう美紀。

 そういえば、今回合う相手は美紀の知り合いでもあるのだったか。この様子を見ると、それなりに浅からず深い仲であるらしい。

 いったい、どういう知り合いなのだろう。

 目的地に着くまでにあと少しは時間があるようだし、少し、その知り合いとやらについて尋ねてみることにする。


「な、美紀。実際、どういう奴なんだ?今日合う知り合いって」

「ん、ブライアンのことか。どういう奴って……。あー、なんていえばいいのかな、古き良きアメリカ人――っていうのが、一番しっくりくる言い方かな」


 やや言葉に詰まりながら、 今時、一つの国の括りで人物を評価するというのも珍しい話だ。国という概念が崩壊し、血という血が混じり合った今となっては、民族的性質という言葉はたいして意味を持たない。

 個人の性格が重視され、一人一人の価値観で世界は構成されている。


「典型的なアメリカ人ってーと、アレか?意気揚々とか勇猛精進とか、その辺の」

「と、いうよりも脳内極楽天国のお花畑っていう言い方の方が合ってかるもな」


 思っていたよりも、残念な輩らしい。

 美紀が脅してくるものだから、きっと厳つい性格をした奴だと想像していたというのに。


「まぁ、もちろん単なる馬鹿というわけでもないんだが」


 何かを思い出しでもしたのだろう。美紀は口元に苦笑を浮かべている。

 雪花は興味深そうに美紀に尋ねる。


「ふぅん、面白い人なの?」

「隙は多いな。ま、その辺は話したら分かるだろう。さて、そろそろ着くみたいだぞ」


 直後、チン、という軽い音ともに、エレベーターが目的地に到着する。ふっと、体が軽くなったかのような錯覚を覚える。実際に乗ってるときには分からなかったが、体に重力でも掛かっていたらしい。

 唾を、飲み込む。

 この扉が開かれたら、そこからはもう後戻りは出来ない。いかに残酷な真実が待ち受けていようとも、そこから目をそらすことは出来ないのだ。

 ジワリと、背中に冷や汗が浮かぶ。


「……大丈夫、だよな」

「うん、絶対」


 光が、漏れ出す。

 扉が今、開こうとしていた。


          *


「やぁ、久しぶりじゃないか、美紀!相変わらず美しい、キミの輝く瞳はあの夜空に座すスピカよりもなお輝いて見えるよ!」

「ありがとうブライアン。貴方も壮健そうで何よりだわ」


 ――――扉を開け放って、息をつくまもなく放たれたそのくさい言葉に、俺と雪花は思わず鼻白む。

 ブライアン・ジェノルは、健康的で、爽やかな雰囲気の男性であった。輝く金髪と、口元に浮かべた真っ白なはのコントラストが、何となく目にまぶしい。

 何よりも怖いのは、そのくさすぎる所作にわざとらしさはなく、何よりも自然に振る舞っているところだ。

 おかしいといえば、美紀の挙動もそうだ。優しげな笑み、柔らかな雰囲気と、女性的な言葉。どれもこれもが、本来の美紀が持つ性質と異なっている。

 明朗快活、頭脳明晰、尊大不遜。これらの言葉が、美紀を表すときに最も適当に当てはまることだろう。

 それなのに、この態度。いわゆる、猫をかぶってるという奴なのだろうか。相手の好みに合わせるように、自らを偽ってしまう。

 どうやら、相手はそういう外面とは対局いるような奴だろうから、こういった手管も有用なのだろう。


「さて、本当はキミとの再会の喜びを存分に分かち合いたいものだが、キミたちは僕何かしらの用があると聞いている。そう、緊急を要する、重大な用事が」


 そういって、ブライアンは俺たちを見つめる。そう、ここからは俺たちが成さなければいけないことだった。美紀の手を借りて良いのはここまで。

 後は、俺たち自身の言葉が重要だった。


「初めまして、Mrブライアン。このような場を設けていただいたことに感謝いたします」


 まずは、雪花がそう切り出す。

 すらすらと、澱みのない声だった。表情も、声質も落ち着いていて、嫌みのない、堂々とした態度。

 こういう時、雪花のこの胆力は非常に助けになる。

 ブライアンは、応用に頷き、先を促してくる。

 後を引き継ぐように、今度は俺が言葉を紡ぐ。


「……残念ながら、私たちはまだこういう場に慣れていません。故に、単刀直入に用件を言わせていただきます。――――陣、十川陣にという名前について、何か聞き覚えはありませんか」

「さて――どうだろう。確かにそういった名前は耳に入っている。優秀な研究者だということもね。だが、それだけではいまいち分からない。君たちは、私にいったいなにを求めている?単刀直入に言いたまえ。本当の意味で」


 ブライアンは、にやりと、そう言って笑う。

 まるで、子供扱いだ。そもそもなにも求めはしないと、ただこちらは与える側なのだと、言外にそう伝えてきている。

 ……傲慢だとは、思わない。

 事実、経験でも、権力という力でも、こちらは同じフィールドにさえ立ててはいない。同じクラスの扱いをしろというのは、それこそ傲慢だ。

 ――――ならば、それに存分に甘えよう。

 こちらは、そんな風になりふり構っている余裕はない。

 横目で見渡すと、美紀は腕を組んで静観の構え、ブライアンは表情を変えず、雪花は、こちらを確かに見据えて頷いてくる。

 ……言葉を、切り出す。


「では、端的に言わせていただきます。―――こちらは、十川陣の消息を尋ねたい。いったい、あいつは今どこで何をしてるのかを」


 一言で、言い切った。

 本当のことを言うのであれば、もっと尋ねたいことは山ほどある。管理政府の目的は何か?なぜ陣は失踪を遂げたのか?そもそも陣はなにに関わっていたのか?疑問は、ヤマほどあるが、それは全部、後回しでも良いことだ。

 陣が帰ってきたときに、ゆっくり尋ねてやれば良い。

 一方、ブライアンは、ふむ……とあごに手を当ててなにやら考え込んでいた。

 そのまま、数秒時が過ぎる。

 美紀も、雪花も、俺も。まるで時が止まったかのようにゆっくりと過ぎる時間を体感していた。

 そして、ブライアンがやっとの事で口を開く。


「よろしい……。それに関して、私が言えることはひとつだ。あまり、私も多くの情報は持っていないがね。

 ―――いいか、十川陣は、少なくとも今この瞬間には生きている」


 時が、止まったかのような静寂。

 抱いたのは、とてつもない安心感。

 見ると、美紀は静かに息を吐き、雪花は、「良かった……」などと呟いている。

 最初の一歩にして、大きな戦果だった。


「しかし、残念なことに彼が今どこにいるのかは私も知りはしないのだ。むしろ、それは私たちが知りたいぐらいでね」


 ブライアンは、そう言葉を続ける。

 嘘を言ってるようには、見えなかった。

 しかし、まるっきりの真実というわけでもない。

 ……何かを、隠している。そして、何かを隠しているという態度を、彼は誤魔化そうともしていなかった。

 身振りや、手振り。大げさな表現が、それを物語っていた。


「……なにか、噂話程度でも良いのです。ヒントになるようなものは、ありませんか」

「――――そうだね」


 そう言って、ブライアンはにやりと笑う。

 よくぞ乗ってくれた――とでも、言いたそうな表情だった。やはり、根本的な部分で、腹の探り合いなどには向いていないらしい。


「正直、ないことはない。しかしだね、私も一役人として、守らなければならない秘密と利益がある。そうなるとそう、ここから先の問題は、君たちがなにを差し出せるかだ」

「端的に言うと、交換条件だと言うことですね」


 雪花が、そうまとめる。

 ……交換条件。

 俺たちは、何か差し出せるようなものがあっただろうか。それはまぁ、陣のことについては色々と知っているが、こいつらが求めているものとは違うだろう。

 こいつらが欲しいのは、陣の居場所を突き止めるのに必要な情報だ。

 最も、そんなすぐに突き止められるようであれば、こんなところに来てはいない。


「そういうことだ。まぁ、とは言っても、いきなりのノーヒントでは君たちも厳しいだろう。だから、ここはひとつ、私からのサービスとしておこう。これ以上の情報にはそれなりの料金を付けさせてもらうがね」

「――――それは、有り難いことですが」


 こう言っては何だが、正直な話、意外でもあった。例の貴族的性質とやらで、どんな無茶ぶりが飛び出すものかと身構えしていたのだが、案外こちらに有利な展開に持ち込んでくれた。

 なるほど、ここら辺が話が分かるという評価に繋がるのだろう。美紀が、情報提供のためのパイプ役として選んだのも分かる。

 あくまでも、まっとうな協力者としていうならば、この男はこれ以上ないほど適任だった。


「では、まずひとつ。私たちが彼を追っている理由は、彼の研究に直接繋がっているということ。

 二つ目は、全ての問題は新大陸プロジェクトに繋がっている、ということだ。彼の遺品をあさるとき、そこら辺に注意してみるのも良いだろう。

 そして最後。実質、有用な情報なのはこれだね。

 彼はどうやら、アリシア・藤堂にコンタクトを取ろうとしているみたいだよ」

 ブライアンが、サービスとして示した情報の中で、最も耳に残ったのは、新大陸プロジェクトという言葉だった。


 ―――新大陸プロジェクト。

 それは、CENTRALの住人であれば、誰もが既知で在るといいきってもいい、大がかりな計画だった。

 最も、ほとんどの人はそれほど身近なものだと考えてはいない。一種、都市伝説のようなものだ。

 新大陸プロジェクトとは、名前の通り、人類の新たな版図を作り出すことだ。もっと言えば、海の底に沈んだ大陸を、もう一度隆起させようなどと言うあまりにも大それたものでもある。

 この計画が発表されたのは、ずいぶん昔のことだったらしい。たしか、俺たちの両親が子供の時のことだったとか。

 五艇が協力体制で打ち立てた計画で、当初はあまりにも無謀なその作戦のために、速効で中止になったと聞く。

 最も、それは表の話。実際は、未だに計画は一部の関係者の手で進められているのだ――という、そんな噂が、真しめやかに伝えられている程度の、ほとんど都市伝説に近いものだった。

 それが、どうだ。

 全ての問題は、新大陸プロジェクトに繋がっている?

なんて、ばからしい展開だろうか。


(おいおい、ホントになにしてんだよ、陣)


 単に、行方不明の兄弟を探しているつもりが、一気に国家の陰謀とやらに首を突っ込む羽目になってしまった。

 そう、おそらくは陣が関わっていたという国家の秘密プロジェクトというのも、これのことなのだろう。

 美紀は、新大陸プロジェクトの事を知っていたのだろうか。その表情を伺うと、たいした動揺もなく、いつも通りの涼やかな表情。

 ――――そりゃ、大企業のキャリアウーマンとも成れば、そういうことにも耳が行くか。

 雪花も、あまりの急展開に目を白黒させている。


「さて――、私からは以上なのだが。何か、他に用事はあるかい?」

「いえ――。ありがとうございました」


 これ以上、情報が引き出せるようなことはないだろう。

 おそらく、新大陸プロジェクト途やらについても、詳しいことは自分の手で調べなければならない。それとも、他の情報と引き替えにして――だ。

 それに、十分すぎるほどの情報は手に入れた。

 


 陣は――――生きている。

 


 一日目にして、思わぬ大成果だ。

 何となく、肩の力が抜ける。


「では、私たちはこれで失礼いたします」


 そう言って、雪花が立ち上がって礼をする。

 俺も、その行動に習い、深く礼をする。


「ああ、ちょっと待って」


 そう言ってブライアンが呼び止めたのは、俺たちではなく美紀であった。

 はて、なに用だろうか。

 そう思って美紀を見つめると、その顔が何となく引きつっているようにも見えた。

 直後、ブライアンは立ち上がると、大げさな身振りで語り出す。


「なあ、美紀。そろそろ私の誘いを受けてはもらえないのかい?キミは頭が良い、聡明だ。だけど、そうやってのらりくらりと躱されてばかりでは、現実はなにも好転しないよ」

「ええ、ブライアン。私としても、あなたのデートのお誘いを受けたいのは山々なのですけど。いかんせん今はこの通りの忙しさで――。ごめんなさい、今度必ず予定は開けておくから」


 突如として繰り広げられたのは、メロドラマもかくやと言わんばかりの情景。ねっとりと、しつこい口説き文句を言い放つブライアンと、それをやんわりと、しかしあからさまに拒絶する女性。

 なんといか、こんな美紀は見たくなかった。

 ブライアンは、それでもめげずに、何とか美紀からデータの約束を引き出そうと必死だ。美紀も、口元に浮かべた柔らかい笑みが、どこか引きつり始めている。

 ――――これは、長くなるな。

 直感で、そう理解する。

 しかも最悪なことに、こういう類いの勘は往々にして当たるのが常だ。


「……先、出てようか」


 雪花が、呆れ気味にそう呟く。

 深く同意し、扉から出ると、そこには先程の影法師が立っていた。


「お話は、終わりましたか?」

「……ええ」


 そうですか――と、鷹揚に頷く影法師。

 こいつは、果たして何者なのだろうか。大方、ブライアンの部下か何かなのだろうが、そういうにはこいつの纏う雰囲気はひどく不穏だ。不気味で、なにやら肌がぴりぴりするような感覚がある。


「では、お先に遺品の方を受け取りになられますか?案内いたしますが」

「ええ……じゃあ、お願いします」


 美紀達の話はまだまだ終わりそうもない。

 それならば、先に用を済ませておくのも手だろう。


「では、こちらに」

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