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Ocean Planet   作者: 唯野人鳴
第二章 始まりの日、祭り囃子
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第二節

 支度を終え、玄関の前に出ると、そこにはもう雪花と美紀が先に集合していた。


 美紀は、接待用であるノリの効いた黒い女性用のスカート型のスーツを着ている。うっすらとだが化粧もしており、まさに大人の女性といったファッションだ。


 雪花は、爽やかな白いワンピースを着ている。赤い髪とのコントラストが非常に美しく、見ている俺を思わずどきっとさせた。


「ゴメン、お待たせ」

「よし、各人準備は終わってるな?」


 全員が揃ったのを確認すると、美紀が号令を掛ける。

 玄関先には、金属のような深みのある灰色をした車が止まっている。昨日とは違って、オープンタイプではないものだ。

 フォルムは、流曲線を意識した品のある大柄なタイプ。私的に津ものではなく、仕事で使うときや、真面目な用のあるときに使用するものだ。

 車は既に起動しているようだった。エンジン音は全くしないが、フロントガラスに映っている画面でそれが確認できる。


「それじゃ、いこうか」


 車に乗り込むと、微かに檜の匂いが漂ってきた。本能的に、心が安らぐ匂い。背が深く沈む感触が心地良い。

 ……ゆっくりと、地面を踏みしめるようにして車が発進する。

 車の外を、景色がコマ送りに流れていく。

 しばらくの間、特に詰まることもなく車は動いていたのだが、十分ほど走り、市街地に入ったところで、妙に道路が渋滞してきていた。


「ん……、なんか妙に混んでるな」


 美紀がそう呟く。

 普段からは想像出来ない光景だ。

 そう思ったところで、ふと、思い当たることがあった。


「あれじゃない?今日って、確か、Eastとのドッキングがされる日だったじゃない」

「――……あぁ、そういやそうだったっけ。まずいな、これじゃ管理政府に入れるかも分からん」


 しばらく進むと、街はもはやもはや狂乱と言っていいほどの騒ぎになっていた。まさに、お祭り騒ぎという形容詞が当てはまるような有様で、いつまでも車は遅々として進まない。


「ああ、くそ。時間に間に合うかな、これ……」


 美紀は微かに苛立ちを含ませながら、空いてる方の車線に車を移す。

 これならば、いっそ歩いた方が早いかもしれないと、頭の中でそう思う。

 いよいよ、狂乱騒ぎの中心へと入っていくと、いっそ五月蠅いぐらいの騒ぎが耳をつく。

 あたりには露天があふれ、空には真昼間から花火が打ち上がり、普段の静寂さからは想像もつかない騒がしさだ。

 そこらから聞こえてくる祭り囃子に顔をしかめていると、窓を外から叩かれる音がした。


「……すいません、少々よろしいですか」


 窓の外を見上げると、警官帽をかぶった男が立っていた。黒い帽子に、黒い制服。日差しが影になって、その表情は窺えず、その妙に聞き取りにくい声も相まって、のっぺりとした、影法師でも相手にしてるのではないかという不安が広がる。


「――……!」

 何もやましいことなどないが、不思議と背筋に緊張感が走る。車は、警官の誘導に従って関門を通り過ぎようとしていたときのことだった。

 美紀は訝しげな顔をして、運転席側の窓を開ける。


「……はい、何でしょう」

「突然申し訳ありません、十川美紀様ですね。ブライアン様より、貴方たちを案内するように申し使っております。現在、街はこの有様でして。これならば、私どもの車で移動した方が早いだろうと」


 警官の男は、ぼそぼそとした聞き取りにくい声でそう告げる。

 ブライアン、聞いたことのない名だ。いいようのない不安が広がるが、美紀にとっては既知の間柄らしい、ひとまず安心した表情になって、影法師に向かい声を掛ける。


「ああ、そいつは有り難い。それじゃあ、この車をどこかしらに停めてからにしてくれ。そっちの誘導には従うから」

「了解いたしました。それでは、ここから二百メートル先のところに臨時の駐車場がございますので、ひとまず、そこにお止めになればよろしいかと。警備員には話を通しておきます」

「ああ、よろしく」


 話が終わると、影法師は寄せていた顔を離し、車の前から立ち退いていく。その姿を目で追っていたはずなのに、次の瞬間には影法師は文字通り“影も形も”なくなっていた。

 ほう、と息を吐く。

 何とも利己的な話だが、何となく、あいつは信用ならない輩だと思う。特に、理由はなかった。

 けれど、あいつの纏う雰囲気が、自我というものがいっさい感じられらないあの雰囲気を見ていると、ひどく不安をかき立てられる。


「……なんか、怖い人だったね」


 そして、それは雪花も同じだったらしい。

 どことなく、不安そうな顔立ちをしている。


「大丈夫だよ、もう行ったから」


 そうだ、不安に思うことなんかない。

 第一、俺たちはなにかされているわけでもない。むしろ、親切にも俺たちを送ってくれるというのだ。なにも、おかしいことなどないではないか。


「でも、やっぱりおかしいよ。あの人の目……私たちを探ってるような、何かを見つけ出そうとでもしているかのような……。うん、とにかく怖い目だった。だって、あの人、何にも感じられないような無表情なのに、目だけがすごいギョロついてたの」

「気のせいだよ、きっと」


 そういうしかなかった。

 自分でも、この不安は言葉で言いあらわしようがないと気づいていたからだ。


「ま、お前たちの気持ちも分かるがな。そういうことを判断するのは後でも良い」


 美紀はそう言って、走らせていた車をとあるテントの前に着ける。

 十メートル四方くらいの敷地に、白いテントと駐車場があった。急ごしらえで作ったらしい、その出来は間違っても良いとは言えない。

 とはいえ、各々の作り自体はしっかりしているので、安っぽく感じられるようなことはなかった。


「十川様ですね。話は聞いております。こちらへどうぞ」


 警備員の誘導に従って、そこらの駐車場に車を着ける。

 車から降りると、狙ったかのように、先程の影法師がどこからか現れた。


「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 俺たちが車から降りたのを確認すると、誘導するように歩き出す。俺は、その背中を見ているはずだ。確かに両の眼で見据えているはずなのに、どうしてか焦点は定まらない。

 そういえば、と思い起こす。

 俺は、未だにあの影法師の名前を知らないのだ。そして、顔も不思議と特徴がぼやけてしまって、上手く像として思い起こせない。もしかしたら――と、そう思う。もしかしたら、この不安もそれが原因なのかもしれない。

 駐車場の端、黒塗りの公用車の前で影法師は立ち止まる。


「関係者のみに解放された道を使うので、到着自体はモノの十分かそこらかと」


 そう言って、胸ポケットから取り出したキーを操作すると、車の全身を一瞬光が走ったのが見えた。

 ブン……と、鈍い電子音を奏でて車のヘッドライトが一瞬点滅する。おそらく、全自動の車両なのだろうと見当をつける。

 人が運転することを必要としない、全自動で動く車も、今となってはそう珍しくもない。珍しくないというか、現在の主流でもあるのだが。

 だいたいにおいて、この世界の人という労働力は機械に置き換えられる。そのことを俺はとやかく言うつもりはないのだが、美紀とっては違うらしい。俺達十川家は必要最低(つまりは自分たちの命に関わるモノ)のテクノロジー以外は極力排除して生活している。もちろん、それで不便していると行った感覚を抱いたことはないのだけれど。

 そんなこともあってか、笑えないことに、俺はこのハイテクノロジーが当たり前になっている時代において、機械の便利さというモノを体感することになっていた。


「へー。ホントに人が何もしなくても動くんだな」


 黒い艶のある車をしげしげと眺めて、そう呟くと、それに答えるように、雪花が車に乗り込んで笑う。


「あはは、美紀さんのハイテク嫌いは、もうほとんど病気の域に達してるもんね」

「だな、この年にして最新の科学に付いてけないとか、笑い話にもなんねぇよ」


 深く同意し、腕組みして頷くと、美紀は口元をゆがめ、冗談めかして笑う。


「はっ、機械なんぞ、人の悪の温床さ。今こそ人は自然に帰るべきなんだ」

「よりによって自然主義(ナチユラリズム)かよ……」

「鉄の上で暮らしてるのにね、私たち」


 二人してわざとらしく、呆れたようにため息をつく。 車に乗り込むと、運転席のパネルに行き先設定の画面が現れた。影法師が指を動かし、管理政府を目的地に設定する。


「それでは、出発いたします」


 車が、滑らかに動き出す。人が操作しなくても、ハンドルが独りでに動く様は、なかなかに不気味だ。

 ふと、足下がガクン、と揺れたような気がした。

 始めは気のせいかとも思ったのだが、目の前の景色が変わる……否、俺たちの足下が下がっているのを見て、少しの驚きを得る。

 なるほど、政府専用の通路とは、地下道にあったのか――。エレベーターのように下がっていく地面。地下道の先は、鈍い明かりに照らされている。

 車が、当然のように動き出すのをよそに、俺は、ある予感を感じてつばを飲み込む。



 いよいよだ――――。



 心の中で、そう思う。

 ここから、始まる。

 準備期間が終わり、いよいよ戦いが始まるのだ。

 どんな困難が待ち受けているのだろうか。俺は、走り抜ける事が出来るのだろうか。

 不安は、絶えない。


「でも、大丈夫」


 雪花が、俺の手を握る。

 柔らかい感触が、俺を思考の埋没から引き戻す。

 顔を上げると、そこには、優しげな瞳で俺を見つめる説の姿があった。

 この暗い明かりがそうしてるのだろうか。その瞳は、どことなく不安に染まっているように感じる。

 そうだ、不安がっても始まらない。ならせめて、顔だけでも笑ってみせるべきだろう。俺たちは、決して一人じゃないのだから。


「ああ、大丈夫だよ」


 前を向いたまま、そっと手を握り返す。

 ――――遠く、微かな光が見える。

 出口が見えてくる。

 まぶしすぎる光に目を細めると、ふと、目の端に空の青さが映り込んだような、そんな気がした。

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