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世界という理不尽な箱の中で  作者: あるふ
第1章 真実と覚醒
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第7話 心理

 真っ暗な部屋、明かりは携帯電話の液晶だけ。その画面に映っているのは一人の少年。少女は膝を抱え、ただその写真を見続ける。「待ってて、もうすぐだから」少女の声はどこか虚ろでありながら、熱に浮かされたようなものでもあった。





 扉を閉め、「はぁ」と大きな溜息を吐く。場所は寮の自室。ふらふらと歩いてベッドに倒れ込む。どっと疲労が押し寄せる。

 着替えた玲羅を連れて、寮へ帰るために廃ビル群を出た。そこで待ち受けていたのは、美少女である玲羅への男女問わず集まる視線と、一緒に歩く俺にも向けられる視線。注目されることに少しは慣れているつもりだったが、普段向けられるものとは全く異なる視線による精神的疲労は大きかった。最初こそ興味深そうに街を観察していた玲羅だったが、途中から異常に視線を集めていることに気付いたのだろう。「なんだか目立っていないか?」と声を潜めて、問いかけてきた。内心ではローブ被ったまま歩いた時と変わらなかったんじゃないかと思いながら、「気のせいだ」と返した。納得していないようで、「この時代は他人をジロジロと見るのが普通なのか」等と呟いていた。

 そんな感じで寮の近くまできた後、「あれが俺が住んでいる寮だ」と示した。続けて、「忍び込むにしても、今は目立つ。ひとまず別れて、玲羅は日が落ちてからもう1度こい。俺の部屋は2階で、窓をあけて待っててやる」と説明し、「わかった」とうなずいたのを確認し、一人で寮の自室へと戻ったのだ。次があるとしたら、帽子かフードつきの服を用意すると決めて。

 ベッドに倒れ込んだまましばらく体を休ませた。その後、疲れからくる眠気に任せ、意識を手放そうとした時、コンコンコンとノックが部屋に響く。仕方なく、睡眠を要求する身体を起こし、扉へ向かう。扉の向こうから「渦閃、起きてるかい?」と鋼の声が聞こえた。扉開けると、新品の制服と残りと思われる金を持った鋼がいた。

「そういえば朝にサイズを聞くのを忘れていて、渦閃は僕と同じような背格好だから僕のサイズと同じものを買ってきたんだけど、それでよかったかい?」

「悪い、サイズのこと忘れてたわ。それで大丈夫だ」

「じゃあこれ。はい」

制服と残りの金を受け取り、お礼をいう。

「ありがとな」

「どういたしまして。それより体の具合は?」

「問題無い。明日はたぶん学校に行ける」

「そう。じゃあ夕飯一緒に食べないかい?食堂だろう」

構わないと言いかけ、その言葉を飲み込む。

「いや、今日は自分の部屋で食べるわ。悪いな」

「わかったよ。じゃあまた明日」




 少女の家はごく普通だった。少女と、父と母と兄の4人で、貧しくもなく裕福でもない生活をしていた。家族の仲も悪くは無かった。けれど、その平穏な生活は唐突に崩れさった。中学生だった少女は3つ年上の兄に犯された。受験からくるストレスが原因だったのだろう。少女は泣きながら頼んだ「お願い、やめて」と。何回も、何回も、頼んだ。けれど、その願いは最後まで聞き入れられなかった。

 少女は、これは嘘だ、夢なんだ。そう思おうとしたことで、少女はこの時助かることは出来なかった。だが、ただ一心に嫌だと、それだけを願っていれば、兄を殺すことで、人間でなくなることで、助かっただろう。少女は助からないことと引き換えに、まだこの時は(・・・・)人間でいられた。

 少女の兄は、ことを終えたあとに泣きながら土下座して少女に謝った。空虚になった少女には、もうどうでもよかった。だから虚ろな笑みを浮かべ「もういいよ」といったが、兄はさらに泣き、より一層謝罪の言葉を口にするだけだった。それから、空虚な少女は、今までと同じように振る舞った。結果、兄の少女に対する態度を除けば、家庭も学校も今までと同じ平穏だった。けれど少女の目には映るのは空しい風景だけだった。




 鋼の誘いを断った後、コンビニで二人分の弁当とお茶を買い、部屋に戻った時には日が暮れかけていた。そろそろか。窓の前に椅子を移動させ座って寮の付近を観察する。外を歩く人は、帰宅するのだろう人が多く今がピークといった感じだ。もう少し時間が経てば、人もまばらになり、日も沈む。そうすれば、誰にも見つからず寮に忍び込むこともできるだろう。3m近い塀も、2階の窓から部屋に入るということも、あいつなら特に気にする必要はないだろう。

 そして暗闇を動く人影を見つけた。俺の方に一度視線をよこし、周囲に誰も人が無いことを確認し、軽々と塀を飛び越えた。敷地内に侵入した後、1階の住人に見つからないようにだろう、俺の部屋の窓の真下から少し横の位置に移動し、シッシッと追い払うような動作を俺に向けておこなった。俺が窓から離れると、ガッという音とともに玲羅が窓枠にしゃがむような姿勢で着地していた。わかっていたが、でたらめな身体能力だ。あとパンツ見えてんだよ。すぐにそこから降りろ、バカ。

 とりあえず、靴を脱がせ椅子に座らせた後、飯を食べることにした。例のごとく乾パンを取り出した玲羅に、買っておいた弁当とお茶を渡し、自分の分を食べ始めた。昼と同じように、何かと理由をつけて受け取れないと言っていたが、お前の分として買ったから食べないなら捨てることになると言って強引に受け取らせた。まったく、分かりやすいやつだ。玲羅より速く食べ終わった俺は、風呂を入れてに行き、戻ってきてお互い食べ終わったのを確認したところで話を切り出す。

「それで、これからどうするんだ?」

「どうするとは?」

「ディザイアーについてだよ」

「とりあえずは、君を狙って現れるのを待つだけだが」

「ディザイアーを探知する、異能とか、未来の技術とか無いのかよ」

「そんなものがあれば、今すぐにでも【欲望に取り憑かれたもの】を殺しに向かっている」

「じゃあ、それまではずっと一緒に居るってことかよ」

「そうだな。まあ一週間以内には現れるだろう。【欲望に取り憑かれたもの】は欲望に忠実だからな」

一週間。それまでずっと一緒にいる。冗談じゃない、こんな常識知らずなやつを一週間も隠せるわけがねぇ。それに、四六時中一緒に居る必要は無いと認めたとはいえ、それもいつ変わるか分からん。学園にまで付いてくる、なんてことになりかねない。

「何か他に方法は無いのか?」

「ないこともない」

「何かあるのか?」

「知っての通り、私もウイルスによって異能を得ている。だから、ウイルスによって異能が覚醒した時、私の中のウイルスも微かに反応するのだ。まだ詳しい仕組みは分かっていないが共鳴のようなもので、全人類がウイルスを所持しているが、異能を得ている者だけが感知できる」

「つまり、あいつが異能を使えば、場所が分かるって言うことか?」

「そうだ。だが、あくまで異能が覚醒したらであって使えばという訳ではない。あの【欲望に取り憑かれたもの】は肉体を変化させるタイプだから分かるだけだ」

「ん?それは仮に人の姿をしたディザイアーが異能を使っても分からないということか?」

「そういうことだ。肉体を変化させるタイプの異能は、その度にウイルスの力を必要とする。であるのに対し、そうでない異能は、一度異能を得てしまえば自身の力として使うことができるため、ウイルスは反応しない」

「なるほど。ようするに、最初に異能に目覚めた時と肉体を変化させる異能が使われた時は感知できると。なら、あいつが異能を使うのを感知して探しに行けるってわけだ」

あるんじゃねえか、あいつを見つけ出す方法が。これで一週間も一緒に居なくてすむかもしれない。

「今回の場合は、ほとんど意味がないだろうがな」

「はぁ?なんでだよ」

「あいつが能力を使う時、それは渦閃、君を襲いに来た時だからだ」

早く見つけられるかもしれない。そのことに頭がいっぱいで忘れていた。

「だが、最初あいつが俺を襲おうとした時、他に何人も襲われたやつがいたろ。だったら、他のやつを襲うかもしれないだろ」

「予想でしかないが。最初のは力を持ったことでの暴走のようなものだろう」

「暴走?」

「異能が覚醒したら、それと同時にウイルスによる欲望増幅が起こる。そして、自分の意志は薄くなり。結果、本来の自分の願い、例えば「誰かを殺したい」というものから、単純化された「殺したい」にすり替わることがある。本来の欲望から歪んだ形の欲望に意識を乗っ取られ、異能の力を振るう」

「それが暴走?」

「おそらく奴は、君を殺そうとして異能の力を使ったが、ただ殺したいという欲望にすり替わり、誰彼構わず殺していたのだろう。奴は肉体変化型の【欲望に取り憑かれたもの】だ。欲望をある程度満たし、理性を取り戻してもその時には元の人間に戻っており、覚醒によってまた暴走する。そんなことを繰り返していたのだろう」

「なっ。あいつは昨日のようなことを何度もしてたっていうのかよ」

「私が来る前にいた、この時代、この地区の担当者から、昨日と同じ状況があったことが報告されていた」

「何度も暴走していたって言うなら、また暴走する可能性が」

「それは昨日、異能を使った状態で君を見ることで解決した。今まで欲望に意識を乗っ取られていたが、君を見たことで本来の欲望を思い出し、暴走せずに異能が扱えるようになった」

「っ」

(俺が恨みをかうようなことをしたせいで、俺のことを恨んだやつを化け物にして、その結果関係ないやつがたくさん死んで。なんだ、俺が奴に殺されるのは自業自得じゃねぇか。ちくしょう。今回のことは全部俺のせいじゃねぇか。)

「そうか。じゃあ、あいつがくるのを大人しく待ってるしかないってわけだ。話も終わったし、俺はこれから風呂に入ろうと思うが、先に入るか?」

「いや、私は渦閃の後でいいよ」

風呂場に向かう俺の背に

「今回のことは絶対に君のせいじゃない。【欲望に取り憑かれたもの】が起こす事件はすべて、ウイルスが原因で起こったことだ。それに、ひとは誰しも欲望を持っているが、欲望に乗っ取られることなく、常に理性を持って生きている。それでも【欲望に取り憑かれたもの】になるのはその者自身の責任だ。もちろん、そうでない場合もあるだろう。けれど今回の事件で君が責任を感じる必要は一切ない。だから、あまり自分を責めるな」

(はは。全部お見通しかよ。うるせぇって言い返してぇが、今の自分の顔を見られるわけにはいかねぇし、今言葉を返せば心の中に閉まっていること全部言わされそうだ。まったく、油断のならねぇ女だ)

 シャワーを浴びる少年の頬を流れる水は、少年の目から流れるものなのか、そうでないものかは分からない。ただ、その姿は、泣いているように見えた。


 ここまで読んでくださった方ありがとうございます。自分で書いていて、これが王道か邪道か分かりませんwこれからはたぶん更新ペースは落ちますが、1週間に1話は確実に更新します。

 面白いと思っていてくれる方がいるか分かりませんが、1章は最後まで書きあげますのでお付き合いください。2章以降は読者の皆さまの反応を見て決めたいと思っています。もっと続けろ。今すぐやめろ。どちらの感想もお待ちしております。

 誤字脱字の報告も宜しくお願い致します。

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